【新しいつぼみ】5話
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「そんなことはどうでもよいのだよ!ひなみクンの演奏は本当に素晴らしい、先ほどの曲『愛のあいさつ』はイギリスの作曲家、エルガーの不朽の名作!この曲はエルガーの恋人であるキャロラインに婚約の記念として送ったという背景がある、まさにその情景が浮かんでくるような演奏だった、これはぜひともほかの曲も聴きたいものだ」
周りの騒ぎなど気にしないというかのように誉はひなみの演奏を褒めちぎる。そんな誉の言葉に続いてほかのみんなも賞賛の言葉を送った。
「誉さんの言ってることわかるかも、なんかわくわくするようなドキドキするような素敵な感覚だった」
「確かに、どんどん光があふれてくるような、それってこれからの明るい未来を表現してたんですね!」
「ヴァイオリンの演奏は初めて聴いたが、ぐっと来た」
ひなみは再び固まった。自分の演奏を出会ったばかりの人たちがたくさん褒めてくれる、また聴きたいと言ってくれるその事実が嬉しくて仕方なかった。それに何より……。
(きちんと耳を傾けて聴いてくれる、それが嬉しくて仕方ない)
「え!ひなみ、どうしたの⁉」
いづみは思わず叫んだ。いづみの視線の先でひなみがぽろぽろと泣いていたから。いづみが急いで駆け寄り、ひなみの手からヴァイオリンを取ってケースの上に置くとひなみは両手で涙をぬぐいながら、ぽつりぽつりと話し出した。
「私…今まで…今も、ずっと自信なかった…天音で落ちこぼれだったから」
「え!ひなみちゃんが⁉」
あんな演奏をした彼女が落ちこぼれだったなんてこの場の誰も想像できなかった。
「学内コンクールはダメダメで、学外のコンクールに出る機会すらなくて…だから、中等部の卒業と同時にヴァイオリンやめようと思ってた、その時に音咲に誘われて音咲を受験したの…」
「それで急に外部受験するって言い出したのね」
ひなみはこくりとうなずいて続けた。
「天音を出てからも、お姉ちゃんにもお母さんにも、それに優しく受け入れてくれたここの人たちにも、同じように思われるんじゃないかってずっと不安だった・・・それで勝手に線引いてた、みんなの中に入っていくのが怖くて・・・なのにみんな、私なんかの演奏をたくさん褒めてくれて、聴いてくれて本当にうれしかった」
涙を袖で拭いながら「ありがとう、ありがとう」と感謝の言葉を何度も繰り返すひなみに対してみんなが再び賞賛の言葉を送る。
「私なんかって言わないで、ひなみちゃんの演奏は本当に素敵だったよ」
「ひなみ、すごいからスーパーさんかくクンあげる、だから元気出して?」
三角からさんかくクンのマスコットを受け取りながらえぐえぐと泣くひなみと目線を合わせるようにいづみがしゃがむ。
「話してくれてありがとう、気づいてあげられなくてごめん、でもこれからは少なくともここには、ひなみのことを落ちこぼれなんて思う人はいない、だから安心して、ね?」
ひなみは、いづみの言葉を聞いていづみの後ろにいる劇団員たちに目を向けた。
返って来るのは温かくて、まぶしくて、不器用で、包み込んでくれるようなそんな笑顔たちだけ。ひなみはグイっと涙をふいてまっすぐ前を向く。
(今までずっと欲しくてたまらなかった、私の演奏を聴いてくれる人、ここの人たちは私を馬鹿にしない、笑わない、認めてくれる、褒めてくれる)
「改めて、これから、よろしくお願いします!」
その時のひなみの笑顔は今までで一番の笑顔だった。
(今までの暗い記憶は奥に仕舞ってしまおう…誰にも知られないまま、二度と同じ目に合わないように…つらくならないように―――。)
ひなみはそう自分に言い聞かし、嫌な記憶を胸の奥に押し込めた。
ここは温かく自分を迎えてくれる場所だから、自分がヴァイオリンをやっていていいのだと”唯一”認めてくれる場所だから。あんな情けない自分を知られたら、もうここにはいられないと。