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【新しいつぼみ】1話

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主人公
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立花ひなみは疲れていた。

ずっと憧れていた名門音楽学校「天音学園」の中等部に入学し、親元を離れ学生寮で暮らし、自立した自分になれると、順風満帆な日々を送るだろうとそう期待していた。しかし、その期待は無残にも一瞬で消え去った。

「天音学園」の実態は特待生ばかりが優遇される制度や一般の生徒には何も声をかけない教師陣など学校の根本から腐っていたのである。

そのような汚い大人の姿などわからない純粋な子どもたちは、自分に向けられる大人の評価がすべてであると信じて疑わない。

才能があっても特待生でなければ評価されない。一般の生徒が特待生よりも目立つようなことがあれば、教師に説教され、特待生の生徒たちにいじめられる。そんな理不尽が当たり前になっていた。

ひなみは特に素直だった分、もっと傷ついた。

父や姉の影響で音楽だけではなく演劇にも触れていたため、ひなみの演奏は表現力に優れていた。しかしそれを天音は良しとしない。

「下手なアレンジをするな」

「まず、きちんと楽譜通りに演奏もできていないのに何が解釈だ」

ひなみに対して教師たちはそういった言葉をぶつけた。何度も何度も彼女は自分の演奏を否定され続けた。
しかし、ひなみは自分の演奏しか知らない。そのため、演奏するたびに怒られた。

そんな生活を大切な中学生の三年間続けてしまったために、ひなみの心は疲れ切ってしまったのである。

(卒業コンサートなんて出たいわけじゃない)

中等部の卒業式の日。ほとんどの生徒はそのまま天音学園高等部へ進学するにもかかわらず開催される思い出作りのコンサート。例にもれず、ひなみも参加していた。観客は学校関係者や卒業生の限られた人しかいない。しかし人数の少なさはひなみにとって関係ない。天音の関係者であり、同級生であった卒業生がいるだけでひなみの演奏に対する評価など考えるまでもないのだから。

(もう、やめたい・・・)

ひなみは自分の演奏が終わったあと、早々に着替え、まだ卒業コンサートが続いている講堂から出て、うつむいたまま帰路についた。

「おい!」

そんな彼女に対してまっすぐ向けられた言葉に思わず顔を上げる。

ひなみの目の前には音咲学園というここから離れたところにある音楽学校の制服を着た男子生徒が立っていた。

「お前、このまま天音の高等部に行くくらいなら音咲に来い」

「え?」

彼はいったい何者なのかどうして他校の生徒がいるのか、様々な疑問が浮かんだがひなみはそのうちの一つも声に出すことはできなかった。
口に出す前に目の前の男から信じられない発言に面食らった。

「今のお前はお前じゃない。お前はもっと上を目指せる」

「何を、言っているのか…よく…」

「立花ひなみ、お前は天音にいるべきじゃない」

「でも、天音はずっと私のあこがれで、夢だったんです!それに今から受験なんて・・・」

ひなみ自身もわかっている。

このまま天音にいても自分にとっていいことなど一つもないことを。それでも自分にはヴァイオリンしかないから、天音しか知らないからどうすればいいのかわからない。

「立花、お前は何に憧れたんだ?場所か?学校か?天音の看板か?」

彼の言葉はひなみの核心を突いた。

「違う・・・私は・・・」

ひなみの目からぽろぽろと涙がこぼれる。スカートにしわが付くことも気にせず、ぎゅっと握りしめて彼女は叫んだ。

「私は、たくさんの人を笑顔にする演奏がしたい!笑われるんじゃなく、ただ聴いてほしい、私の演奏を聴いてほしかった」

(私はただ、お父さんがいたときみたいに私の演奏を聴いて笑ってほしかった、すごいねって頭をなでてほしかった)

ひなみの叫びを聞いて、男子生徒はニッと笑ってひなみの手に一つのメモを握らせた。

「俺は星川春樹、四月から音咲の二年。音咲はまだ二次募集をかけてる、立花なら自己推薦で余裕だから受かったらここに連絡して」

メモには星川春樹という名前とスマホの番号が記されていた。

「はい!」

ひなみは力強く返事をしてメモを握りしめた。星川は、その様子に満足そうにうなずき、振り返ってさっさと帰って行った。

ひなみはおもむろにスマホを取り出し、目的の人に電話をかける。

「・・・もしもし、お母さん?あのね、お願いがあって・・・」


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