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空蝉の春
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カーン、カーン、カーン、と鍛刀部屋に鳴り響く玉鋼を打つ音に、どこか緊張した面持ちで隣に座る五虎退を見やった夢子は小さく苦笑を漏らすとゆるり、とそんな五虎退の頭を撫でやった。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だって!どんな子が来てもきっとすぐ仲良くなれるよ!」
「は、はいっ……!!でも、もし失敗したらと思うとぉ……うぅ、すみません~」
そう言って笑みを浮かべる主に、ジワリと滲んできた涙を拭った五虎退は大丈夫大丈夫!青江くんや宗三さんだって失敗してるから、なんてカラリと笑った主を見やるとふと、その顔に安堵の笑みを浮かべた。
「あ!上手くいったみたいだよ!鍛刀時間は………え?」
無事表示された鍛刀時間に、ほっと胸を撫でおろした五虎退は、時間を見やりポカリと呆けた顔をする主君を見やると、もう一度表示される鍛刀時間を見やりハタと目を瞬かせた。
『2:29:59』と表示される時間に、薬研や他の兄弟達が言っていた『なかなか2時間半なんて来ないから安心しろよ!』という言葉を思い出した五虎退は、わぁ凄い!と声を弾ませた主を見やるとその顔を青くさせた。
(な、なんで2時間半が表示されて……?!も、もしかして何かトラブルが起きて時計が壊れちゃったんでしょうか?!)
「2時間半なんて太郎さん以来だ!早速手伝い札使ってお出迎えしなきゃ」
「あ、あぁああるじさま待ってくださいっ、まだ僕心の準備がぁぁ……」
まさか自分が近侍で2時間枠が表示されるとは思ってもいなかった五虎退はおろおろとするとそう言って手伝い札を取りに行こうと立ち上がった主を思わず引き留めていた。
そう言って目じりに涙を浮かべる五虎退にキョトリと目を瞬かせた夢子は今にも泣きだしてしまいそうな五虎退を見やると小さく苦笑を漏らした。
「じゃぁ五虎退の心の準備ができるまでみんなでお茶でも飲もっか!」
そう言って刀鍛冶の精に頑張ってね!と声を掛けた夢子はすみません…、と謝る五虎退の手を引き鍛刀部屋を後にした。
「へぇ、じゃぁもしかしたら太郎さん以来の大太刀かもしれねぇな!」
凄いじゃないか五虎退、と鍛刀時間のことをどこか嬉しそうに薬研たちに話す主に、そう言ってその顔を綻ばせる薬研を見やった五虎退はありがとうございます…、と困ったように笑うと手元へと視線を落としてしまい、どこか浮かない顔をする五虎退を見やった薬研は不思議そうにそんな五虎退の顔を覗き込んだ。
「おいおい、新しい仲間が来るってぇのにお前はなんでそんな浮かない顔してんだ?五虎退」
「だ、だって……薬研兄さんや鯰尾兄さんが近侍でも2時間なんて来なかったのに、ぼ……僕が近侍で来るなんてぇ~……、きっとバグか何かですよぉ……」
そう言ってふぇぇ、と泣き出してしまった五虎退に、あぁ、だからずっと浮かない顔をしてたのか。と仔虎を抱えすすり泣く五虎退を見やり苦笑を漏らした夢子は茶菓子へと手を伸ばすとソレを五虎退の前へとソッと置いた。
「大丈夫だよ、五虎退!きっと素敵な子が来てくれるよ!だって五虎退と私が気持ちを込めて鍛刀したんだもん!」
ほら、だからもっと自信持って!と笑みを浮かべた主に、初鍛刀で成功するなんて凄いことだぞ!と自分の背を叩いた薬研を見やった五虎退もはい…!とその顔に笑みを浮かべるとやっと安心したようにお茶菓子へと手を伸ばしたのだった。
「あ、あるじさま……た、鍛錬所が、空いたみたいですよ」
そう言ってヒョコリと審神者部屋へと顔を覗かせた五虎退に、あぁもうそんな時間か、と時計を見やった夢子は鍛刀完了を知らせに来てくれた五虎退と共に鍛刀部屋へと向かった。
鍛刀が終わり刀台に置かれる新しい刀を見やった夢子は太郎太刀に比べると随分と小振りにも見えるソレにキョトリと目を瞬かせた。
薬研が言っていた『2時間半は大太刀枠』の言葉を思い出していた夢子は、来てくれるならどんな子でも嬉しいんだけどね、と刀鍛冶の精にお疲れ様、と声を掛けると慎重にその刀身を持ち上げた。
「さ、五虎退!最後の仕上げたよ!」
「は、はいっ!」
そう言って刀に神力を注いだ主に、淡く光りだした刀身を見やった五虎退も緊張するよう抱えていた虎を抱きなおした。
「へし切長谷部、と言います。主命とあらば、何でもこなしますよ」
そう言って桜の花びらを舞わせながら顕現した刀に、歌仙や和泉守とあまり体格の変わらないその刀剣を見やった夢子はキョトリ、と目を瞬かせた。
「どうされました?主」
「えっ?あっ、なんでもないよ!!いらっしゃいへし切さん!」
どこか呆けた様に自分を見上げる君主に、慌てた様にそう言った主を見やった長谷部はどうぞよろしくお願い致します。と頭を垂れると、同じように呆けた様に自分を見上げる五虎退を一瞥し、不意に開いた戸に後方を振り返った。
「お、長谷部じゃねぇか。そういや2時間半枠にゃアンタもいたな」
「薬研藤四郎か、久しいな」
そう言って鍛刀部屋に顔を覗かせた薬研に、そんな薬研へと言葉を返す長谷部を見やった夢子はキョトリと目を瞬かせると薬研と長谷部を交互に見やった。
「薬研とへし切さんは知り合いなの?」
「ん?あぁ、俺と長谷部は信長公の所にいたんだよ」
「と言っても俺はすぐに下げ渡された身だがな」
そう言って自分を後ろ指差で指した薬研に、そんな薬研を一瞥しどこか冷めた様にハッ、と鼻で笑った長谷部は下げ渡された…?と小首を傾げる主を見やるとソッとそんな主の前へと片膝をついた。
「それで?俺は何をすればいいでしょうか?家臣の手打ち?寺社の焼き討ち?御随意にどうぞ」
「え?え……?」
そう言って胸に手を当て微笑を浮かべた長谷部に、主命とあらばなんでもいたしますよ。とどこか期待の眼差しで自分を見つめる長谷部を見やり戸惑う主に、苦笑を漏らした薬研はそんな長谷部の肩をポン、と叩いた。
「おーいおい、大将にあんま物騒なこと言うなよー、長谷部」
「なんだ薬研、主の命に従うのが我々刀剣男士の務めだろう」
「まぁそうだが、アンタにゃまずこの本丸に慣れてもらわなきゃいけねぇからな。五虎退、長谷部の案内頼むよ」
「は、はいっ!」
自分を制した薬研に、そんな薬研を不服そうに見やった長谷部はけれども薬研の言うことも一理あるか、と納得するとこ、こちらです!と歩き出した五虎退を一瞥し夢子へと向き直った。
「では主、また後程」
そう言って恭しく頭を下げ鍛刀部屋を出て行った長谷部に、また随分しっかりした人がきたなぁ、とそんな長谷部の背を見送った夢子は相変わらずだな、と苦笑を漏らす薬研を見やった。
「ねぇ、薬研、へし切さんは大太刀じゃないの?」
「あー、そうだな。長谷部は2時間30分枠の中で唯一来る打刀なんだよ」
大太刀じゃなくてがっかりしたか?と自分を振り返り苦笑を漏らした薬研に、うぅん、と首を振った夢子は新しく来た刀剣男士の顔を思い出すとふと、その顔に笑みを浮かべた。
「優しそうな人で良かった!」
「あー……まぁ……優しいっちゃ優しいが……」
そう言ってまた家族が増えたね!と喜ぶ主に、主君に従順すぎる昔馴染みを思い浮かべた薬研は不思議そうに自分を見やる主を横目に見やると苦笑を浮かべた。
「あんま長谷部に甘え過ぎんなよ、大将」
「え……?う、うん?」
そう言ってポン、と撫でられた頭にご飯だぜ、と歩き出した薬研の背を見やった夢子も頭に疑問符を浮かべるとそんな薬研の後を追うよう鍛刀部屋を後にした。
―――――
「主!俺はいつ近侍になれるんですか?」
「え……?」
本日の近侍である宗三とこれからの日程について話していた夢子は、そう言って自分を見下ろす長谷部を不思議そうに仰ぎ見た。
どこか真剣な眼差しで自分を見下ろす長谷部に、あれ?本丸 の当番制のことは初日に話したはずだけど…、と目を瞬かせていた夢子は、隣りから聞こえてきた溜息に宗三を振り返った。
「貴方、近侍は週ごとに替わると初日に教えられたはずでしょう……。畑や馬当番は日替わり、手合わせはやりたいもの同士で。そんなことも覚えていないんですか……?」
「そんなこと貴様に言われずとも分かっている」
そう言って呆れた様に自分を見上げる宗三を一瞥し言葉を返した長谷部に、不機嫌そうに眉を顰めさせた宗三。
「貴方、僕より後に顕現したんですから少しは僕の事敬ったらどうなんです?」
「ハッ、貴様の練度などすぐに追い越してやるさ」
打刀最弱が、とどこか見下したように宗三を見やる長谷部に、その眉間の皺を深くさせる宗三を見やった夢子はストーップ!と声を上げると二人の視線を遮るように手を上げた。
「宗三さんもへし切さんも喧嘩しないで!へし切さんはなんでそんなこと聞いたの?」
「……もう既に俺が顕現してひと月は経っています。それなのに、何時になっても俺に近侍が回ってこないじゃないですか……」
そう言ってどこか肩を落とす長谷部に、つい最近初期刀へと戻ったローテーションに宗三さんの次は確か青江くんだったような……、と基本顕現順で回る近侍にう~ん、と声を漏らしていた夢子はそのことなら、と不意に上がった声に、モゾリ、と炬燵の中から這い出てきたにっかりを見やるとギョッと目を瞬かせた。
「次の近侍、僕が交代してあげようか……?」
「ちょっ、青江くん今までずっと炬燵に潜ってたの?!畑当番サボるなって歌仙が怒ってたんだよ?!」
「ふふふ、この子が僕を熱く抱擁してなかなか離してくれなくてね。もちろん、炬燵の事だよ?」
そう言ってよいしょ、とそのままテーブルへと凭れ掛かったにっかりは動く気などさらさらないのか眠たげで、ヨシ、歌仙を呼んでこよう。と炬燵から立ち上がろうとしていた夢子はまぁ待ちなよ、と掛けられた声に怪訝そうににっかりへと視線を戻した。
「どうだい長谷部君、僕と近侍交代してみないかい?」
「だ、だが近侍は週で決められているんだろう……」
「流石にタダでとはいわないさ、今日の畑当番を交代するっていうのはどうかな?それに、このまま律義に順番を守っていたら君の近侍はあと一ヶ月は回ってこないだろうしねぇ」
遅く顕現された定めだねぇ、と小さく肩を竦めたにっかりに、ホ、ホントに良いのか?とその目を輝かせる長谷部を見やった宗三はひどく呆れた様に溜息を吐き出した。
「まぁ、主が良いって言えばいいんじゃないかな?ねぇ、主?」
「え?え゛~……別に青江くんとへし切さんがそれでいいなら私は……」
「あ、有り難き幸せっ!!では早速畑当番へ行ってまいります!!」
そう言って脱兎の勢いで広間を出て行った長谷部に、ものすごくいい笑顔を浮かべていた長谷部の背を見送った宗三は三度溜息を吐き出すとふふふ、と笑うにっかりへと呆れた視線を向けた。
「ソレ、得をするのは貴方だけでしょう」
「まぁまぁ良いじゃないか。それに、これで少しは静かになるしねぇ」
彼、ずーっとソワソワしてて煩かったんだよね。とサラリと毒を吐いたにっかりはまた炬燵へと潜り始めていて、そんな自分を見やりそんなに近侍ヤだ?と声をかけてきた主を見やったにっかりは、キョトリと目を瞬かせるとゆるり、とその口元に弧を描いた。
「嫌なわけないだろう?近侍業務は君との仲をより親密にしてくれるからね。あぁ勿論主と従者として、だよ?それに、そんなに焦らなくとも近侍はちゃんと回ってくるしねぇ」
少し先に延びるぐらい、かまわないさ。と笑ってそのまま炬燵の中へ入って行ってしまったにっかりに、そっか、なら良かった。と安堵の息を吐き出していた夢子は良くありませんよ、と掛けられた声に宗三を振り返った。
「彼、今日厨当番でもあるでしょう。和泉守だけに任せると何が出てくるか分かりませんよ」
「そ、そうだったっ……!!ちょっと青江くん!今日厨番でしょ!!」
「ふふふ、バレてしまったねぇ」
そう言ってガバッと掛け布団を広げた主に、やれやれ、といった感じで炬燵から這い出てきたにっかりは行ってくるよ、と呆れる宗三と主へと後ろ手を振ると広間を後にした。
「まったく、青江くんはすぐ当番休もうとするんだから……」
「………明日から、長谷部が近侍なんですよね……?」
そう言って溜息を吐き出す主に、明日で変わる近侍に掛け札を見やった宗三はそうだね、と苦笑を漏らした主へと視線を落とすと小さく眉を顰めさせた。
「あまり………彼を甘やかしすぎないようにしてくださいね」
「え……?う、うん……」
そう言ってまったく…、とどこか呆れた様に溜息を吐き出した宗三に、薬研とは反対のことを言う宗三を見やった夢子はキョトリ、と目を瞬かせるとそれで午後からの出陣ですけど、と話を戻した宗三に、慌てた様に帳面へと視線を落とした。
――――――
「主!おはようございます!近侍の長谷部が参りました!」
そう言って失礼します!と襖を開いた長谷部に、丁度鳴った目覚まし時計を止めた夢子は時間ピッタリだ、と感嘆の声を漏らすと布団から立ち上がった。
「おはよう、へし切さん。今日からよろしくね……」
「えぇ、よろしくお願いします!さぁ、御召し物はこちらをお使いください!」
しっかりとアイロンをかけておきました!と皺ひとつない洋服を差し出した長谷部に、綺麗に畳まれるソレを見やった夢子はキョトリと目を瞬かせると呆けた様にそんな長谷部を見やった。
「わざわざ、アイロンかけてくれたの……?」
「えぇ、勿論です!いつ何時何があるかわかりませんので、貴女には最高の御召し物を着ていていただかなくては!」
そう言って胸元に手を当てた長谷部に、まるでみっちゃんみたいなことを言うな、とそんな長谷部から服を受け取った夢子はジッとその場に佇む長谷部をチラリ、と見やると気まずそうにソッとそんな長谷部から視線を逸らした。
「えぇ…っと、私着替えるから……」
「拝命いたしました、では俺は外でお待ちしておりますので支度が済みましたら共に広間へと向かいましょう!」
へし切さんは…、と言いづらそうに言葉を切った自分に、意図を汲みそう言って失礼します!と自分へと一礼をし部屋を出て行った長谷部を見やった夢子は、閉じられた襖にん~、と声を漏らすと寝間着を紐解いた。
(なんだろ……、しっかりしてるし凄く気が利く人だけど……こう、宗三さんや青江くんとの差が……激しくて……)
何とも言えないなぁ、とひどく面倒くさそうに自分を起こしに来る宗三や、ひどい時はこちら側が起こしに行く場合もあるにっかりにそう小さく零した夢子は新品同様のソレに袖を通すと審神者部屋を後にした。
「本日のご予定ですが第二部隊、第三部隊は遠征、我ら第一部隊は主が学び舎に行っている間に厚樫山に出陣いたします。主のご帰宅後、夕餉の前に演練を一度行いますのでお忘れなきよう」
「へし切さん、凄いね……いつも朝はちょっとバタバタしてて遠征組や出陣組もバタバタしちゃうから」
そうメモ帳らしきものを開き今日の予定を読み上げる長谷部に、朝食後に決めようとしていたことをもう既に済ませている長谷部を見やった夢子は助かるなぁ、と苦笑を漏らした。
ソレにハタと目を瞬かせた長谷部は笑みを浮かべる主を見やるとパッとその顔を輝かせた。
「主の役に立ってこその我らですから!何なりと御申しつけください!」
そう言って誉桜を舞わせる長谷部に、困ったように笑った夢子はありがとね、と言葉を返すと広間へと入って行った。
「やぁ、お早う主。朝餉の支度出来ているよ」
「お早う歌仙、みっちゃん。今日は卵焼きなんだね、美味しそう!」
既に広間に集まっている刀剣達に、おはようございます!と掛けられる声に挨拶を返した夢子はテーブルに並べられる朝食を見やると嬉しげに顔を綻ばせた。
厨当番でだいぶ変わる献立に、もっぱら厨に立つのは歌仙か燭台切なのだが、そう言って座布団へ腰かけた夢子は、チラホラ姿の見えない刀剣に、今日は非番できっと昼近くにならないと起きてこないであろうにっかりや和泉守に苦笑を漏らすと隣へと腰かけた長谷部を見やりキョトリと目を瞬かせた。
いつもであれば薬研か宗三の隣に座る長谷部が自分の隣へと腰かけたことに不思議そうに目を瞬かせていた夢子は、はい主。と茶碗を差し出した燭台切に其方へと視線を向けた。
「今日も一日学校頑張れるよう、腕によりをかけて作ったからね!」
沢山食べてね!と声を弾ませる燭台切にありがとう!と同じようにその顔に笑みを浮かべた夢子は、醤油に手を伸ばそうとし、スッと差し出された醤油を見やると隣に座る長谷部を振り返った。
「どうぞ、お使いください」
「あ、ありがと」
そう言ってにこやかに醤油を差し出す長谷部に、なんで分かったんだろう…、と醤油を受け取った夢子は遠くのほうで苦笑を漏らす薬研や宗三を見やると不思議そうに目を瞬かせたのだった。
「それでは主、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「うん、へし切さんも部隊長頑張ってね!あ、でも無理はしないでね。危ないと思ったらすぐ帰ってくること!分かった?」
「えぇ、承知いたしました」
そう言ってこちらを、と差し出されたランドセルに、正門まで自分を見送りに来た長谷部はこれから出陣なのだろう戦装束に身を包んでおり、ランドセルを受け取った夢子はじゃぁ我々も行ってくる、と掛けられた声に小隊を引きつれる鶯丸と一期一振を見やった。
「鶯丸、いち兄!みんなの事よろしくね!遠征の子達が帰ってくる頃には私も帰ってくるから!」
「えぇ、それでは行って参ります」
「あぁ、任された」
そう言って自分へと一礼をし弟たちを連れ遠征へと向かう一期一振に、帰ったら茶でも飲んで少しゆっくりしたいものだな、と既に帰ってきてからのことを考えている鶯丸の背を押し歩き出した前田を見やった夢子は小さく苦笑を漏らすと長谷部を振り返った。
「それじゃぁへし切さん、行ってきます!」
「えぇ、お気をつけて」
そう言って手を振れば下げられる頭に、正門まで見送りに来た近侍は初めてだなぁ、と零した夢子はチラリ、と本丸を振り返ると苦笑を漏らした。
きっと自分が現世へと向かうまで見送るつもりなんだろう長谷部に、まるで犬みたいだなぁと小さく漏らした夢子は学校へと向かったのだった。
~~~~~
一日の授業も終わり、本丸へと帰ってきた夢子は正門に佇む見知った姿を視界に収めるとハタと目を瞬かせた。
戦装束のまま正門に立つ長谷部に、第一部隊が合戦場から帰って来たという知らせを受けたのは昼頃のはずで、日の暮れ始めた空を見やった夢子は何かあったのだろうか?と慌てた様にそんな長谷部へと駆け寄った。
「へ、へし切さん!!何かあったの?!」
「いえ?もうそろそろ主がお帰りになる頃だと思いお迎えにあがったのですが……」
どうかされたんですか?とどこか慌てた様子で自分へと駆け寄ってきた主を不思議そうに見やった長谷部は、そう言った自分にハタと目を瞬かせ大きな溜息を吐き出した主を見やると同じように目を瞬かせた。
「よ、良かった……その格好のままだったからてっきりなにかあったのかと……」
「申し訳ありません、報告書や主の御部屋の片付けをしていたらこんな時間になってしまい」
このようなお姿でお出迎えを、と自分の格好を一瞥し眉を下げた長谷部に、合戦場から帰ってきてから一時も休んでいないであろう長谷部を見やった夢子は困ったように眉を下げるとそんな長谷部の手を引き門をくぐった。
「あのね、へし切さん、別にわざわざお出迎えなんてしてくれなくても良いんだよ?それにへし切さんは出陣して疲れてるんだから帰ってきたら休んでいいの」
部屋の片付けや報告書はまた後でやれば良いの、と言って自分を仰ぎ見た主に、小さく眉を顰めさせた長谷部はいいえ、と言葉を返すと夢子の背からランドセルを抜き取った。
「俺は近侍なんです、主君を一番に出迎えるのは至極当然のこと。あと、俺のことはどうぞ『へし切』ではなく『長谷部』と呼んでください。その名前は前の主の狼藉で付いた名ですから、あまり好きではないので」
そう言ってさぁ夕餉の前に演練に向かいましょう、とランドセルを手に屋内へと入って行ってしまった長谷部にその背を呆けた様に見ていた夢子はお帰りなさい、と掛けられた声に洗濯籠を手に立つ宗三を振り返った。
「ただいま、宗三さん……」
「気になりますか?長谷部の事」
そう宗三へと言葉を返した夢子はそう言って自分の元へとやって来た宗三を仰ぎ見ると、長谷部が消えて行った戸口へと視線を向けた。
「私さ、別に役に立ってほしいとか、そんなこと思ってないよ……みんなが、ココにいてくれるだけでいいのに……。なんで、へし切さんはそうまでして近侍にこだわるんだろう……」
「………彼は、僕と違って魔王に捨てられてますからね。また、主に捨てられるんじゃないか、と不安なんでしょう」
役に立てばその分使ってもらえる、そう思うのは刀剣ならば皆同じでしょう。と淡々と言葉にする宗三に、そんな宗三をチラリと見やった夢子は『捨てられた』と言った宗三の言葉に、自分に忠義を尽くす長谷部のことを思い出すと隣に立つ宗三の手をソッと握りしめた。
「なんです?主」
「宗三さんはさ、その信長さんの所で一度で良いから戦ってみたかった?」
戦場に向かう刀剣にしては随分と華奢な体をしている宗三に、自分は籠の中の鳥だといつも言っている宗三を思い出した夢子は、そう言った自分を見やり不思議そうに目を瞬かせた宗三からソッと視線を逸らした。
「どうでしょうね、僕も彼も『織田信長』という人物に良い思い出なんてありませんから。それに、戦場に出るようになったのは貴女が主になってからですしね」
まったく今代の主は物使いが荒い、とあからさまな溜息を吐き出す宗三に、そう言いつつも口元に弧を描く宗三を見やった夢子もふふ、と楽しげに笑みを零した。
「へし切さんも、早くこの本丸に慣れてくれるといいな……」
ココにはもう信長さんはいないんだから、と零した主に、自分の手を掴むその小さな手を見やった宗三はソッと左胸に手を添えるとそうですね…。と返したのだった。
――――――
長谷部が近侍となり4日が過ぎ、いつもは束となっている報告書も2,3枚程度で、その殆どを長谷部一人でやっていることにん~…、と声を漏らした夢子は失礼します。と掛けられた声に審神者部屋へとやって来た長谷部を振り返った。
「主、お茶と茶菓子をお持ち致しました。休憩に致しましょう」
そうお盆を手ににこやかな笑みを浮かべる長谷部に、ありがと、と返した夢子はこちらから言わずともアレやコレやと身の回りのことを率先してこなす長谷部に、テーブルに置かれたお茶を手に取ると礼儀正しく正座をする長谷部をチラリ、と見やった。
少し前に宗三と交わしたやり取りに、彼がココまで自分に拘るのはやはり前の主が原因なんだろうか…。と宗三や薬研と同じ主の元に仕えていた長谷部に、なんだかなぁ…、と小さく零した夢子はいかがなさいました?と掛けられた声にお茶を啜ると、待てをする犬のように微動だにしない長谷部へと向き直った。
「ねぇ、長谷部さん。報告書とかさ、資材の管理とか、一人でやらなくていいんだよ……?私が学校から帰ってきてからで全然間に合うし、長谷部さん一人じゃ大変でしょ?」
「お気になさらないでください。それに主の御手を煩わせるわけにはいきませんから!」
なんでも言ってください!ととても良い笑顔で胸に手を添える長谷部に、そうじゃないんだけどなぁ…、とひっそりと溜息を吐き出した夢子は、それでもきっと一人で何でもやってしまうのであろう長谷部にありがとう、と返すとお茶を啜ったのだった。
(わぁ凄い……宿題がいつの間にか終わってる……)
お風呂の後にやろうとしていた学校の課題がいつの間にか終わっていることに、そこはかとなく自分の字体に似せ書かれている数字や文字を見やった夢子は長谷部さんか…、と小さく零すと床に敷かれる布団を見やった。
お風呂に行く際もテーブルの上に用意されていた寝間着に、色々やってもらえるのはありがたいんだけど流石に宿題やってもらうのはなぁ…、とそれでも出来上がってしまっているものは仕方ない、と明日の準備をすべくランドセル開けた夢子は既に揃っている教科書とノートにキョトリと目を瞬かせると、参ったなぁ…、と声を漏らしたのだった。
――――
「どうしよう、薬研………長谷部さんが優秀すぎて私駄目な子になりそう……」
そう言ってボスリ、と自分の肩へと頭を乗せてきた主に、教科書にワンポイントアドバイスが挟まってた…、と零した主を見やった薬研は開いていた医学書を閉じると小さく苦笑を漏らした。
「言わんこっちゃねぇな、だからあまり長谷部に甘えるなって言ったろ?大将」
「甘えるっていうか……甘えたつもりはないよ……ただ、気が付くとやること全部終わってて……。
………そう言えば私今週一回も報告書書いた記憶がない、ような……」
長谷部さんがやってくれたから良いや、程度にしか考えてなかった。と言って顔を上げた主はそれってヤバいよね?と困惑したように自分を見ていて、それにあ゛~、と声を漏らした薬研は先ほどいそいそと主君の着替えを用意していた長谷部を思い出すと、目の前の主君を見下ろした。
「刀剣男士が主に従順なのは別に悪いことじゃねぇさ、だが加減を教えるのも大将の役目だろ?」
「加減って言われても……本人がやりたいって言ってるのに駄目なんて言えないよ……」
そう言って困ったように眉を下げる主に、まぁ年上相手にゃ言いにくいか、と苦笑を漏らした薬研はけれど少し行き過ぎでもある長谷部の行動にたまには心を鬼にしろよ、とそんな主へと声を掛けるとうぅん…、と声を漏らした主にテーブルへと頬杖をついた。
「まぁ、奴が自分はそれで良いって思ってんなら別にほっときゃ良いことなんだが、俺っち達は人の身を得てそう長くねぇだろ?」
「え……?うん、そうだね?」
「知ってるか?大将。アイツの部屋、夜中になっても電気付いたままなんだぜ?飯だってろくに食わず出陣と遠征を繰り返してる。このままいけばアイツは使いモンにならなくなるぜ」
何時寝てるかも怪しいな、と零した薬研に、ここ最近少し顔色の悪い長谷部を思い出していた夢子も薬研の言葉にハタと目を瞬かせると暫く悩むよう視線を巡らせ、無言でその場から立ち上がった。
そのまま自分の部屋を出て行った主に、チラリと見えた横顔はどこか怒っているようにも見え、へぇ、あの大将が珍しいな、と小さく零した薬研はクツリと笑うと再び本へと視線を落としたのだった。
~~~~~~
紙を捲る音だけが静かに響く室内に、トントン、と聞こえた障子を叩く音に作業の手を止めた長谷部は長谷部さん居る?と掛けられた声にパッと顔を輝かせると慌てた様にその場から立ち上がった。
「はい!此処に!」
そう言っていかがなさいました?!と自分を出迎えた長谷部はひどく嬉しそうで、目の下に薄っすらと浮かぶクマと少しやつれているその顔を見やった夢子は、机に広げられる報告書を見やると長谷部の手を引き部屋の中へと入った。
「あの?主?」
「座って」
「え?は、はい」
そう言って指された座布団に、どこかその眉を顰めさせる主を見やった長谷部はなにかしてしまったんだろうか?と言われるままそこへと腰を下ろすと恐る恐るそんな主を伺い見た。
「あの、主……?どうされたんです?」
「ねぇ、長谷部さん、昨日は何時寝た?」
そう掛けられた声にハタと目を瞬かせた長谷部はジッと自分を見下ろす主に、その言葉の真意を汲み取るとバツが悪そうにそんな主君から視線を逸らすよう手元へと落とした。
「…………明け方、ですかね」
主の問いかけにそう言葉にした長谷部は眠れないの?と降ってきた声にそういうわけでは…、と言葉を詰まらせると小さく手を握りしめた。
どこか怒っているような主に、睡眠を取らないのは自分の勝手で主には何も迷惑はかけていないはずなんだが…、と思考を巡らせていた長谷部はねぇ、と掛けられた声に慌てた様に主へと視線を戻した。
「じゃぁ、なんで寝ないの?」
「それは、報告書などやることが残っていますから」
「ねぇ、それってホントは私がやらなきゃいけないことだよね?」
「い、いえっ!少しでも貴女の負担を減らせればと思い俺が勝手にやっていることですので……!!」
そう言って主が気にすることではありません、とどこかその顔に笑みさえ浮かべる長谷部に、小さく眉を顰めさせた夢子はそうじゃない!と声を上げるとそんな長谷部を睨みつけた。
「長谷部がしてることはただの自己満足じゃん……!!そんなことされたって私嬉しくないっ……、そうやって自分の時間を削ってまで頑張らないで……私のせいで長谷部が倒れるなんて嫌だよ……」
そう言って今にも泣きだしそうな顔をした主に、小さくたじろいだ長谷部は潤むその瞳を見やると戸惑うようにそんな主へと手を伸ばした。
「す、すみません……主……」
な、泣かないでください…、とひどく困ったように自分の顔を覗き込む長谷部に、戸惑う長谷部を見やった夢子はあぁ駄目だ、と零れ落ちそうになった涙を服の袖で拭うと宙を彷徨う長谷部の手をソッと握りしめた。
「ねぇ、長谷部……これからは一緒にお仕事をしていこう?だから夜はちゃんと寝て?ご飯も三食ちゃんと食べて、休める時はしっかり休んでほしい。ココでは長谷部がしたい事をしていいんだよ?」
そう言って自分の顔を覗き込むよう膝を付いた主に、ね?と笑みを浮かべた主はもう怒ってはいないようで、ソレに小さく安堵の息を漏らした長谷部もそんな主の手を握り返した。
「はっ、主命と「違うよ」」
そういつものように言葉を返そうとした長谷部は、そう言って自分の言葉を遮った主に、また少しその眉を顰めさせた主君を見やると小さくたじろいだ。
「これは主命じゃないよ、長谷部。家族としての、私からのお願い」
だから、聞いても良いし、別に聞かなくてもいい。と言葉にする主はどこか少し困ったように笑っていて、それにキョトリ、と目を瞬かせた長谷部は『主命』ではないと言った主の言葉にはぁ…、と声を漏らしていた。
「………お願い、ですか………?」
「そう、お願い。たしかに政府からの仕事をすることも大切だけど、本丸 に居る時ぐらいみんなには人として暮らしてほしいの」
そう言ってもう一度ゆるり、と握られた手をどこかぼんやりと見やった長谷部は、ねぇ、長谷部。とかけられた声に主へと視線を戻した。
「私は、信長さんじゃないよ。ここに来てくれた長谷部を、捨てるなんて事絶対にしないから、私にとって長谷部は大切な家族なんだから………だから無理はしないで」
「………っ、有り難き御言葉………っ、下げ渡しをされた俺には勿体無いほどです………」
そう言ってその大きな手をゆるりと両手で包み込んだ夢子は、そんな自分を見やりクシャリとその顔を歪めた長谷部を見やると困ったように笑みを浮かべそんな長谷部の顔を覗き込んだ。
「ねぇ、長谷部。今は何がしたい?長谷部の好きな事していいよ」
「………では、少しだけ………睡眠を………」
「うん!分かった!じゃぁ夕飯が出来るまで寝ようか!あ!お布団敷く?」
そうポツリと零した長谷部はどこか気恥ずかしそうで、そんな長谷部を見やった夢子はパッとその顔に笑みを浮かべると立ち上がろうとして、ゆるり、と掴まれた手に不思議そうに長谷部を見下ろした。
「主の御手を煩わせる訳にはいきませんので雑魚寝で構いません。ただ…………ひとつ我儘を聞いて頂けるのなら、少しの間でいいので………今暫く……俺の傍に居てください」
そう言ってますますその顔を俯かせた長谷部にキョトリと目を瞬かせた夢子はふふ、と小さく笑みを零すともう一度そんな長谷部の手をギュッと握りしめた。
「そんな事お安いご用だよー!」
そう言ってゆっくり寝てね!とまた腰を降ろした主に、安心したように口端を弛めた長谷部はそのまま床へと寝転がると目を閉じた。
「だから言ったでしょう?あまりコレを甘やかすな、と」
「宗三さん」
よほど疲れていたのだろう、目を閉じ直ぐに眠りについた長谷部に、ゆるゆるとその頭を撫でていた夢子は不意にかけられた声に部屋の入口に佇む宗三を振り返った。
「自分がどうなろうと主命が果たせればそれで良いと言う男なんですよ、コレは」
「うん………まさかこんなになるまで無理するなんて思わなかった」
もっと早く気づけば良かった……、と落ち込む主に、どこか安心したような表情で眠る旧友を見やった宗三は呆れた様に苦笑を漏らすと眉を下げる主を見やり、その側へと歩み寄った。
「別に、貴女が気に病む必要はないでしょう。全部コレが勝手にしていたことでしょう」
そう言ってポン、と撫でられた頭に自分を見下ろす宗三はどこか微笑をたたえていて、それに困ったように眉を下げた夢子はそんな宗三にうん…、と言葉を返すと長谷部へと視線を落とした。
「きっと………長谷部は何を言っても変わらないんだろうなぁ………心のどこかには『織田信長』がいて、それは何時までも消えない存在なんだろうなぁ………」
「随分………聡いじゃありませんか」
そう言って悔しいなぁ、と零した主に、ハタと目を瞬かせた宗三はひどく寂しげに長谷部を見つめる主へと視線を落とすとクツリと喉を震わせた。
「…………うん、今馬鹿にされたのだけは分かったぞ」
「褒めているんですよ。貴女は………本当に僕達のことをよく見ている……」
そう零した自分を仰ぎ見た主君はひどく不満げな顔をしていて、それに小さく肩を竦めた宗三は自分を見やり、また長谷部へと視線を落とした主に、同じように長谷部へと視線を落とした。
「………大切な家族だもん。宗三さんも、好きなようにして良いんだからね」
ココの籠の扉はいつでも開いてるから、と笑って自分を見上げた主に、呆けた様にそんな主を見ていた宗三はそう言って、どこか楽しげに自分を見やる主にグッと言葉を詰まらせると熱を持った顔を隠すよう口元に手を当てた。
「本当にっ、聡いですね……っ」
腹立ちますその顔っ、とそう声を震わせキッと自分を睨みつけた宗三はそのまま部屋を出て行ってしまい、まるで逃げるようにその場を立ち去った宗三に、苦笑を漏らした夢子はゆるり、と握りしめられた手に、未だ眠りの中に居るであろう長谷部を見やるとふと、その顔に笑みを浮かべたのだった。
打ち刀 へし切長谷部
「そんなに緊張しなくても大丈夫だって!どんな子が来てもきっとすぐ仲良くなれるよ!」
「は、はいっ……!!でも、もし失敗したらと思うとぉ……うぅ、すみません~」
そう言って笑みを浮かべる主に、ジワリと滲んできた涙を拭った五虎退は大丈夫大丈夫!青江くんや宗三さんだって失敗してるから、なんてカラリと笑った主を見やるとふと、その顔に安堵の笑みを浮かべた。
「あ!上手くいったみたいだよ!鍛刀時間は………え?」
無事表示された鍛刀時間に、ほっと胸を撫でおろした五虎退は、時間を見やりポカリと呆けた顔をする主君を見やると、もう一度表示される鍛刀時間を見やりハタと目を瞬かせた。
『2:29:59』と表示される時間に、薬研や他の兄弟達が言っていた『なかなか2時間半なんて来ないから安心しろよ!』という言葉を思い出した五虎退は、わぁ凄い!と声を弾ませた主を見やるとその顔を青くさせた。
(な、なんで2時間半が表示されて……?!も、もしかして何かトラブルが起きて時計が壊れちゃったんでしょうか?!)
「2時間半なんて太郎さん以来だ!早速手伝い札使ってお出迎えしなきゃ」
「あ、あぁああるじさま待ってくださいっ、まだ僕心の準備がぁぁ……」
まさか自分が近侍で2時間枠が表示されるとは思ってもいなかった五虎退はおろおろとするとそう言って手伝い札を取りに行こうと立ち上がった主を思わず引き留めていた。
そう言って目じりに涙を浮かべる五虎退にキョトリと目を瞬かせた夢子は今にも泣きだしてしまいそうな五虎退を見やると小さく苦笑を漏らした。
「じゃぁ五虎退の心の準備ができるまでみんなでお茶でも飲もっか!」
そう言って刀鍛冶の精に頑張ってね!と声を掛けた夢子はすみません…、と謝る五虎退の手を引き鍛刀部屋を後にした。
「へぇ、じゃぁもしかしたら太郎さん以来の大太刀かもしれねぇな!」
凄いじゃないか五虎退、と鍛刀時間のことをどこか嬉しそうに薬研たちに話す主に、そう言ってその顔を綻ばせる薬研を見やった五虎退はありがとうございます…、と困ったように笑うと手元へと視線を落としてしまい、どこか浮かない顔をする五虎退を見やった薬研は不思議そうにそんな五虎退の顔を覗き込んだ。
「おいおい、新しい仲間が来るってぇのにお前はなんでそんな浮かない顔してんだ?五虎退」
「だ、だって……薬研兄さんや鯰尾兄さんが近侍でも2時間なんて来なかったのに、ぼ……僕が近侍で来るなんてぇ~……、きっとバグか何かですよぉ……」
そう言ってふぇぇ、と泣き出してしまった五虎退に、あぁ、だからずっと浮かない顔をしてたのか。と仔虎を抱えすすり泣く五虎退を見やり苦笑を漏らした夢子は茶菓子へと手を伸ばすとソレを五虎退の前へとソッと置いた。
「大丈夫だよ、五虎退!きっと素敵な子が来てくれるよ!だって五虎退と私が気持ちを込めて鍛刀したんだもん!」
ほら、だからもっと自信持って!と笑みを浮かべた主に、初鍛刀で成功するなんて凄いことだぞ!と自分の背を叩いた薬研を見やった五虎退もはい…!とその顔に笑みを浮かべるとやっと安心したようにお茶菓子へと手を伸ばしたのだった。
「あ、あるじさま……た、鍛錬所が、空いたみたいですよ」
そう言ってヒョコリと審神者部屋へと顔を覗かせた五虎退に、あぁもうそんな時間か、と時計を見やった夢子は鍛刀完了を知らせに来てくれた五虎退と共に鍛刀部屋へと向かった。
鍛刀が終わり刀台に置かれる新しい刀を見やった夢子は太郎太刀に比べると随分と小振りにも見えるソレにキョトリと目を瞬かせた。
薬研が言っていた『2時間半は大太刀枠』の言葉を思い出していた夢子は、来てくれるならどんな子でも嬉しいんだけどね、と刀鍛冶の精にお疲れ様、と声を掛けると慎重にその刀身を持ち上げた。
「さ、五虎退!最後の仕上げたよ!」
「は、はいっ!」
そう言って刀に神力を注いだ主に、淡く光りだした刀身を見やった五虎退も緊張するよう抱えていた虎を抱きなおした。
「へし切長谷部、と言います。主命とあらば、何でもこなしますよ」
そう言って桜の花びらを舞わせながら顕現した刀に、歌仙や和泉守とあまり体格の変わらないその刀剣を見やった夢子はキョトリ、と目を瞬かせた。
「どうされました?主」
「えっ?あっ、なんでもないよ!!いらっしゃいへし切さん!」
どこか呆けた様に自分を見上げる君主に、慌てた様にそう言った主を見やった長谷部はどうぞよろしくお願い致します。と頭を垂れると、同じように呆けた様に自分を見上げる五虎退を一瞥し、不意に開いた戸に後方を振り返った。
「お、長谷部じゃねぇか。そういや2時間半枠にゃアンタもいたな」
「薬研藤四郎か、久しいな」
そう言って鍛刀部屋に顔を覗かせた薬研に、そんな薬研へと言葉を返す長谷部を見やった夢子はキョトリと目を瞬かせると薬研と長谷部を交互に見やった。
「薬研とへし切さんは知り合いなの?」
「ん?あぁ、俺と長谷部は信長公の所にいたんだよ」
「と言っても俺はすぐに下げ渡された身だがな」
そう言って自分を後ろ指差で指した薬研に、そんな薬研を一瞥しどこか冷めた様にハッ、と鼻で笑った長谷部は下げ渡された…?と小首を傾げる主を見やるとソッとそんな主の前へと片膝をついた。
「それで?俺は何をすればいいでしょうか?家臣の手打ち?寺社の焼き討ち?御随意にどうぞ」
「え?え……?」
そう言って胸に手を当て微笑を浮かべた長谷部に、主命とあらばなんでもいたしますよ。とどこか期待の眼差しで自分を見つめる長谷部を見やり戸惑う主に、苦笑を漏らした薬研はそんな長谷部の肩をポン、と叩いた。
「おーいおい、大将にあんま物騒なこと言うなよー、長谷部」
「なんだ薬研、主の命に従うのが我々刀剣男士の務めだろう」
「まぁそうだが、アンタにゃまずこの本丸に慣れてもらわなきゃいけねぇからな。五虎退、長谷部の案内頼むよ」
「は、はいっ!」
自分を制した薬研に、そんな薬研を不服そうに見やった長谷部はけれども薬研の言うことも一理あるか、と納得するとこ、こちらです!と歩き出した五虎退を一瞥し夢子へと向き直った。
「では主、また後程」
そう言って恭しく頭を下げ鍛刀部屋を出て行った長谷部に、また随分しっかりした人がきたなぁ、とそんな長谷部の背を見送った夢子は相変わらずだな、と苦笑を漏らす薬研を見やった。
「ねぇ、薬研、へし切さんは大太刀じゃないの?」
「あー、そうだな。長谷部は2時間30分枠の中で唯一来る打刀なんだよ」
大太刀じゃなくてがっかりしたか?と自分を振り返り苦笑を漏らした薬研に、うぅん、と首を振った夢子は新しく来た刀剣男士の顔を思い出すとふと、その顔に笑みを浮かべた。
「優しそうな人で良かった!」
「あー……まぁ……優しいっちゃ優しいが……」
そう言ってまた家族が増えたね!と喜ぶ主に、主君に従順すぎる昔馴染みを思い浮かべた薬研は不思議そうに自分を見やる主を横目に見やると苦笑を浮かべた。
「あんま長谷部に甘え過ぎんなよ、大将」
「え……?う、うん?」
そう言ってポン、と撫でられた頭にご飯だぜ、と歩き出した薬研の背を見やった夢子も頭に疑問符を浮かべるとそんな薬研の後を追うよう鍛刀部屋を後にした。
―――――
「主!俺はいつ近侍になれるんですか?」
「え……?」
本日の近侍である宗三とこれからの日程について話していた夢子は、そう言って自分を見下ろす長谷部を不思議そうに仰ぎ見た。
どこか真剣な眼差しで自分を見下ろす長谷部に、あれ?
「貴方、近侍は週ごとに替わると初日に教えられたはずでしょう……。畑や馬当番は日替わり、手合わせはやりたいもの同士で。そんなことも覚えていないんですか……?」
「そんなこと貴様に言われずとも分かっている」
そう言って呆れた様に自分を見上げる宗三を一瞥し言葉を返した長谷部に、不機嫌そうに眉を顰めさせた宗三。
「貴方、僕より後に顕現したんですから少しは僕の事敬ったらどうなんです?」
「ハッ、貴様の練度などすぐに追い越してやるさ」
打刀最弱が、とどこか見下したように宗三を見やる長谷部に、その眉間の皺を深くさせる宗三を見やった夢子はストーップ!と声を上げると二人の視線を遮るように手を上げた。
「宗三さんもへし切さんも喧嘩しないで!へし切さんはなんでそんなこと聞いたの?」
「……もう既に俺が顕現してひと月は経っています。それなのに、何時になっても俺に近侍が回ってこないじゃないですか……」
そう言ってどこか肩を落とす長谷部に、つい最近初期刀へと戻ったローテーションに宗三さんの次は確か青江くんだったような……、と基本顕現順で回る近侍にう~ん、と声を漏らしていた夢子はそのことなら、と不意に上がった声に、モゾリ、と炬燵の中から這い出てきたにっかりを見やるとギョッと目を瞬かせた。
「次の近侍、僕が交代してあげようか……?」
「ちょっ、青江くん今までずっと炬燵に潜ってたの?!畑当番サボるなって歌仙が怒ってたんだよ?!」
「ふふふ、この子が僕を熱く抱擁してなかなか離してくれなくてね。もちろん、炬燵の事だよ?」
そう言ってよいしょ、とそのままテーブルへと凭れ掛かったにっかりは動く気などさらさらないのか眠たげで、ヨシ、歌仙を呼んでこよう。と炬燵から立ち上がろうとしていた夢子はまぁ待ちなよ、と掛けられた声に怪訝そうににっかりへと視線を戻した。
「どうだい長谷部君、僕と近侍交代してみないかい?」
「だ、だが近侍は週で決められているんだろう……」
「流石にタダでとはいわないさ、今日の畑当番を交代するっていうのはどうかな?それに、このまま律義に順番を守っていたら君の近侍はあと一ヶ月は回ってこないだろうしねぇ」
遅く顕現された定めだねぇ、と小さく肩を竦めたにっかりに、ホ、ホントに良いのか?とその目を輝かせる長谷部を見やった宗三はひどく呆れた様に溜息を吐き出した。
「まぁ、主が良いって言えばいいんじゃないかな?ねぇ、主?」
「え?え゛~……別に青江くんとへし切さんがそれでいいなら私は……」
「あ、有り難き幸せっ!!では早速畑当番へ行ってまいります!!」
そう言って脱兎の勢いで広間を出て行った長谷部に、ものすごくいい笑顔を浮かべていた長谷部の背を見送った宗三は三度溜息を吐き出すとふふふ、と笑うにっかりへと呆れた視線を向けた。
「ソレ、得をするのは貴方だけでしょう」
「まぁまぁ良いじゃないか。それに、これで少しは静かになるしねぇ」
彼、ずーっとソワソワしてて煩かったんだよね。とサラリと毒を吐いたにっかりはまた炬燵へと潜り始めていて、そんな自分を見やりそんなに近侍ヤだ?と声をかけてきた主を見やったにっかりは、キョトリと目を瞬かせるとゆるり、とその口元に弧を描いた。
「嫌なわけないだろう?近侍業務は君との仲をより親密にしてくれるからね。あぁ勿論主と従者として、だよ?それに、そんなに焦らなくとも近侍はちゃんと回ってくるしねぇ」
少し先に延びるぐらい、かまわないさ。と笑ってそのまま炬燵の中へ入って行ってしまったにっかりに、そっか、なら良かった。と安堵の息を吐き出していた夢子は良くありませんよ、と掛けられた声に宗三を振り返った。
「彼、今日厨当番でもあるでしょう。和泉守だけに任せると何が出てくるか分かりませんよ」
「そ、そうだったっ……!!ちょっと青江くん!今日厨番でしょ!!」
「ふふふ、バレてしまったねぇ」
そう言ってガバッと掛け布団を広げた主に、やれやれ、といった感じで炬燵から這い出てきたにっかりは行ってくるよ、と呆れる宗三と主へと後ろ手を振ると広間を後にした。
「まったく、青江くんはすぐ当番休もうとするんだから……」
「………明日から、長谷部が近侍なんですよね……?」
そう言って溜息を吐き出す主に、明日で変わる近侍に掛け札を見やった宗三はそうだね、と苦笑を漏らした主へと視線を落とすと小さく眉を顰めさせた。
「あまり………彼を甘やかしすぎないようにしてくださいね」
「え……?う、うん……」
そう言ってまったく…、とどこか呆れた様に溜息を吐き出した宗三に、薬研とは反対のことを言う宗三を見やった夢子はキョトリ、と目を瞬かせるとそれで午後からの出陣ですけど、と話を戻した宗三に、慌てた様に帳面へと視線を落とした。
――――――
「主!おはようございます!近侍の長谷部が参りました!」
そう言って失礼します!と襖を開いた長谷部に、丁度鳴った目覚まし時計を止めた夢子は時間ピッタリだ、と感嘆の声を漏らすと布団から立ち上がった。
「おはよう、へし切さん。今日からよろしくね……」
「えぇ、よろしくお願いします!さぁ、御召し物はこちらをお使いください!」
しっかりとアイロンをかけておきました!と皺ひとつない洋服を差し出した長谷部に、綺麗に畳まれるソレを見やった夢子はキョトリと目を瞬かせると呆けた様にそんな長谷部を見やった。
「わざわざ、アイロンかけてくれたの……?」
「えぇ、勿論です!いつ何時何があるかわかりませんので、貴女には最高の御召し物を着ていていただかなくては!」
そう言って胸元に手を当てた長谷部に、まるでみっちゃんみたいなことを言うな、とそんな長谷部から服を受け取った夢子はジッとその場に佇む長谷部をチラリ、と見やると気まずそうにソッとそんな長谷部から視線を逸らした。
「えぇ…っと、私着替えるから……」
「拝命いたしました、では俺は外でお待ちしておりますので支度が済みましたら共に広間へと向かいましょう!」
へし切さんは…、と言いづらそうに言葉を切った自分に、意図を汲みそう言って失礼します!と自分へと一礼をし部屋を出て行った長谷部を見やった夢子は、閉じられた襖にん~、と声を漏らすと寝間着を紐解いた。
(なんだろ……、しっかりしてるし凄く気が利く人だけど……こう、宗三さんや青江くんとの差が……激しくて……)
何とも言えないなぁ、とひどく面倒くさそうに自分を起こしに来る宗三や、ひどい時はこちら側が起こしに行く場合もあるにっかりにそう小さく零した夢子は新品同様のソレに袖を通すと審神者部屋を後にした。
「本日のご予定ですが第二部隊、第三部隊は遠征、我ら第一部隊は主が学び舎に行っている間に厚樫山に出陣いたします。主のご帰宅後、夕餉の前に演練を一度行いますのでお忘れなきよう」
「へし切さん、凄いね……いつも朝はちょっとバタバタしてて遠征組や出陣組もバタバタしちゃうから」
そうメモ帳らしきものを開き今日の予定を読み上げる長谷部に、朝食後に決めようとしていたことをもう既に済ませている長谷部を見やった夢子は助かるなぁ、と苦笑を漏らした。
ソレにハタと目を瞬かせた長谷部は笑みを浮かべる主を見やるとパッとその顔を輝かせた。
「主の役に立ってこその我らですから!何なりと御申しつけください!」
そう言って誉桜を舞わせる長谷部に、困ったように笑った夢子はありがとね、と言葉を返すと広間へと入って行った。
「やぁ、お早う主。朝餉の支度出来ているよ」
「お早う歌仙、みっちゃん。今日は卵焼きなんだね、美味しそう!」
既に広間に集まっている刀剣達に、おはようございます!と掛けられる声に挨拶を返した夢子はテーブルに並べられる朝食を見やると嬉しげに顔を綻ばせた。
厨当番でだいぶ変わる献立に、もっぱら厨に立つのは歌仙か燭台切なのだが、そう言って座布団へ腰かけた夢子は、チラホラ姿の見えない刀剣に、今日は非番できっと昼近くにならないと起きてこないであろうにっかりや和泉守に苦笑を漏らすと隣へと腰かけた長谷部を見やりキョトリと目を瞬かせた。
いつもであれば薬研か宗三の隣に座る長谷部が自分の隣へと腰かけたことに不思議そうに目を瞬かせていた夢子は、はい主。と茶碗を差し出した燭台切に其方へと視線を向けた。
「今日も一日学校頑張れるよう、腕によりをかけて作ったからね!」
沢山食べてね!と声を弾ませる燭台切にありがとう!と同じようにその顔に笑みを浮かべた夢子は、醤油に手を伸ばそうとし、スッと差し出された醤油を見やると隣に座る長谷部を振り返った。
「どうぞ、お使いください」
「あ、ありがと」
そう言ってにこやかに醤油を差し出す長谷部に、なんで分かったんだろう…、と醤油を受け取った夢子は遠くのほうで苦笑を漏らす薬研や宗三を見やると不思議そうに目を瞬かせたのだった。
「それでは主、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「うん、へし切さんも部隊長頑張ってね!あ、でも無理はしないでね。危ないと思ったらすぐ帰ってくること!分かった?」
「えぇ、承知いたしました」
そう言ってこちらを、と差し出されたランドセルに、正門まで自分を見送りに来た長谷部はこれから出陣なのだろう戦装束に身を包んでおり、ランドセルを受け取った夢子はじゃぁ我々も行ってくる、と掛けられた声に小隊を引きつれる鶯丸と一期一振を見やった。
「鶯丸、いち兄!みんなの事よろしくね!遠征の子達が帰ってくる頃には私も帰ってくるから!」
「えぇ、それでは行って参ります」
「あぁ、任された」
そう言って自分へと一礼をし弟たちを連れ遠征へと向かう一期一振に、帰ったら茶でも飲んで少しゆっくりしたいものだな、と既に帰ってきてからのことを考えている鶯丸の背を押し歩き出した前田を見やった夢子は小さく苦笑を漏らすと長谷部を振り返った。
「それじゃぁへし切さん、行ってきます!」
「えぇ、お気をつけて」
そう言って手を振れば下げられる頭に、正門まで見送りに来た近侍は初めてだなぁ、と零した夢子はチラリ、と本丸を振り返ると苦笑を漏らした。
きっと自分が現世へと向かうまで見送るつもりなんだろう長谷部に、まるで犬みたいだなぁと小さく漏らした夢子は学校へと向かったのだった。
~~~~~
一日の授業も終わり、本丸へと帰ってきた夢子は正門に佇む見知った姿を視界に収めるとハタと目を瞬かせた。
戦装束のまま正門に立つ長谷部に、第一部隊が合戦場から帰って来たという知らせを受けたのは昼頃のはずで、日の暮れ始めた空を見やった夢子は何かあったのだろうか?と慌てた様にそんな長谷部へと駆け寄った。
「へ、へし切さん!!何かあったの?!」
「いえ?もうそろそろ主がお帰りになる頃だと思いお迎えにあがったのですが……」
どうかされたんですか?とどこか慌てた様子で自分へと駆け寄ってきた主を不思議そうに見やった長谷部は、そう言った自分にハタと目を瞬かせ大きな溜息を吐き出した主を見やると同じように目を瞬かせた。
「よ、良かった……その格好のままだったからてっきりなにかあったのかと……」
「申し訳ありません、報告書や主の御部屋の片付けをしていたらこんな時間になってしまい」
このようなお姿でお出迎えを、と自分の格好を一瞥し眉を下げた長谷部に、合戦場から帰ってきてから一時も休んでいないであろう長谷部を見やった夢子は困ったように眉を下げるとそんな長谷部の手を引き門をくぐった。
「あのね、へし切さん、別にわざわざお出迎えなんてしてくれなくても良いんだよ?それにへし切さんは出陣して疲れてるんだから帰ってきたら休んでいいの」
部屋の片付けや報告書はまた後でやれば良いの、と言って自分を仰ぎ見た主に、小さく眉を顰めさせた長谷部はいいえ、と言葉を返すと夢子の背からランドセルを抜き取った。
「俺は近侍なんです、主君を一番に出迎えるのは至極当然のこと。あと、俺のことはどうぞ『へし切』ではなく『長谷部』と呼んでください。その名前は前の主の狼藉で付いた名ですから、あまり好きではないので」
そう言ってさぁ夕餉の前に演練に向かいましょう、とランドセルを手に屋内へと入って行ってしまった長谷部にその背を呆けた様に見ていた夢子はお帰りなさい、と掛けられた声に洗濯籠を手に立つ宗三を振り返った。
「ただいま、宗三さん……」
「気になりますか?長谷部の事」
そう宗三へと言葉を返した夢子はそう言って自分の元へとやって来た宗三を仰ぎ見ると、長谷部が消えて行った戸口へと視線を向けた。
「私さ、別に役に立ってほしいとか、そんなこと思ってないよ……みんなが、ココにいてくれるだけでいいのに……。なんで、へし切さんはそうまでして近侍にこだわるんだろう……」
「………彼は、僕と違って魔王に捨てられてますからね。また、主に捨てられるんじゃないか、と不安なんでしょう」
役に立てばその分使ってもらえる、そう思うのは刀剣ならば皆同じでしょう。と淡々と言葉にする宗三に、そんな宗三をチラリと見やった夢子は『捨てられた』と言った宗三の言葉に、自分に忠義を尽くす長谷部のことを思い出すと隣に立つ宗三の手をソッと握りしめた。
「なんです?主」
「宗三さんはさ、その信長さんの所で一度で良いから戦ってみたかった?」
戦場に向かう刀剣にしては随分と華奢な体をしている宗三に、自分は籠の中の鳥だといつも言っている宗三を思い出した夢子は、そう言った自分を見やり不思議そうに目を瞬かせた宗三からソッと視線を逸らした。
「どうでしょうね、僕も彼も『織田信長』という人物に良い思い出なんてありませんから。それに、戦場に出るようになったのは貴女が主になってからですしね」
まったく今代の主は物使いが荒い、とあからさまな溜息を吐き出す宗三に、そう言いつつも口元に弧を描く宗三を見やった夢子もふふ、と楽しげに笑みを零した。
「へし切さんも、早くこの本丸に慣れてくれるといいな……」
ココにはもう信長さんはいないんだから、と零した主に、自分の手を掴むその小さな手を見やった宗三はソッと左胸に手を添えるとそうですね…。と返したのだった。
――――――
長谷部が近侍となり4日が過ぎ、いつもは束となっている報告書も2,3枚程度で、その殆どを長谷部一人でやっていることにん~…、と声を漏らした夢子は失礼します。と掛けられた声に審神者部屋へとやって来た長谷部を振り返った。
「主、お茶と茶菓子をお持ち致しました。休憩に致しましょう」
そうお盆を手ににこやかな笑みを浮かべる長谷部に、ありがと、と返した夢子はこちらから言わずともアレやコレやと身の回りのことを率先してこなす長谷部に、テーブルに置かれたお茶を手に取ると礼儀正しく正座をする長谷部をチラリ、と見やった。
少し前に宗三と交わしたやり取りに、彼がココまで自分に拘るのはやはり前の主が原因なんだろうか…。と宗三や薬研と同じ主の元に仕えていた長谷部に、なんだかなぁ…、と小さく零した夢子はいかがなさいました?と掛けられた声にお茶を啜ると、待てをする犬のように微動だにしない長谷部へと向き直った。
「ねぇ、長谷部さん。報告書とかさ、資材の管理とか、一人でやらなくていいんだよ……?私が学校から帰ってきてからで全然間に合うし、長谷部さん一人じゃ大変でしょ?」
「お気になさらないでください。それに主の御手を煩わせるわけにはいきませんから!」
なんでも言ってください!ととても良い笑顔で胸に手を添える長谷部に、そうじゃないんだけどなぁ…、とひっそりと溜息を吐き出した夢子は、それでもきっと一人で何でもやってしまうのであろう長谷部にありがとう、と返すとお茶を啜ったのだった。
(わぁ凄い……宿題がいつの間にか終わってる……)
お風呂の後にやろうとしていた学校の課題がいつの間にか終わっていることに、そこはかとなく自分の字体に似せ書かれている数字や文字を見やった夢子は長谷部さんか…、と小さく零すと床に敷かれる布団を見やった。
お風呂に行く際もテーブルの上に用意されていた寝間着に、色々やってもらえるのはありがたいんだけど流石に宿題やってもらうのはなぁ…、とそれでも出来上がってしまっているものは仕方ない、と明日の準備をすべくランドセル開けた夢子は既に揃っている教科書とノートにキョトリと目を瞬かせると、参ったなぁ…、と声を漏らしたのだった。
――――
「どうしよう、薬研………長谷部さんが優秀すぎて私駄目な子になりそう……」
そう言ってボスリ、と自分の肩へと頭を乗せてきた主に、教科書にワンポイントアドバイスが挟まってた…、と零した主を見やった薬研は開いていた医学書を閉じると小さく苦笑を漏らした。
「言わんこっちゃねぇな、だからあまり長谷部に甘えるなって言ったろ?大将」
「甘えるっていうか……甘えたつもりはないよ……ただ、気が付くとやること全部終わってて……。
………そう言えば私今週一回も報告書書いた記憶がない、ような……」
長谷部さんがやってくれたから良いや、程度にしか考えてなかった。と言って顔を上げた主はそれってヤバいよね?と困惑したように自分を見ていて、それにあ゛~、と声を漏らした薬研は先ほどいそいそと主君の着替えを用意していた長谷部を思い出すと、目の前の主君を見下ろした。
「刀剣男士が主に従順なのは別に悪いことじゃねぇさ、だが加減を教えるのも大将の役目だろ?」
「加減って言われても……本人がやりたいって言ってるのに駄目なんて言えないよ……」
そう言って困ったように眉を下げる主に、まぁ年上相手にゃ言いにくいか、と苦笑を漏らした薬研はけれど少し行き過ぎでもある長谷部の行動にたまには心を鬼にしろよ、とそんな主へと声を掛けるとうぅん…、と声を漏らした主にテーブルへと頬杖をついた。
「まぁ、奴が自分はそれで良いって思ってんなら別にほっときゃ良いことなんだが、俺っち達は人の身を得てそう長くねぇだろ?」
「え……?うん、そうだね?」
「知ってるか?大将。アイツの部屋、夜中になっても電気付いたままなんだぜ?飯だってろくに食わず出陣と遠征を繰り返してる。このままいけばアイツは使いモンにならなくなるぜ」
何時寝てるかも怪しいな、と零した薬研に、ここ最近少し顔色の悪い長谷部を思い出していた夢子も薬研の言葉にハタと目を瞬かせると暫く悩むよう視線を巡らせ、無言でその場から立ち上がった。
そのまま自分の部屋を出て行った主に、チラリと見えた横顔はどこか怒っているようにも見え、へぇ、あの大将が珍しいな、と小さく零した薬研はクツリと笑うと再び本へと視線を落としたのだった。
~~~~~~
紙を捲る音だけが静かに響く室内に、トントン、と聞こえた障子を叩く音に作業の手を止めた長谷部は長谷部さん居る?と掛けられた声にパッと顔を輝かせると慌てた様にその場から立ち上がった。
「はい!此処に!」
そう言っていかがなさいました?!と自分を出迎えた長谷部はひどく嬉しそうで、目の下に薄っすらと浮かぶクマと少しやつれているその顔を見やった夢子は、机に広げられる報告書を見やると長谷部の手を引き部屋の中へと入った。
「あの?主?」
「座って」
「え?は、はい」
そう言って指された座布団に、どこかその眉を顰めさせる主を見やった長谷部はなにかしてしまったんだろうか?と言われるままそこへと腰を下ろすと恐る恐るそんな主を伺い見た。
「あの、主……?どうされたんです?」
「ねぇ、長谷部さん、昨日は何時寝た?」
そう掛けられた声にハタと目を瞬かせた長谷部はジッと自分を見下ろす主に、その言葉の真意を汲み取るとバツが悪そうにそんな主君から視線を逸らすよう手元へと落とした。
「…………明け方、ですかね」
主の問いかけにそう言葉にした長谷部は眠れないの?と降ってきた声にそういうわけでは…、と言葉を詰まらせると小さく手を握りしめた。
どこか怒っているような主に、睡眠を取らないのは自分の勝手で主には何も迷惑はかけていないはずなんだが…、と思考を巡らせていた長谷部はねぇ、と掛けられた声に慌てた様に主へと視線を戻した。
「じゃぁ、なんで寝ないの?」
「それは、報告書などやることが残っていますから」
「ねぇ、それってホントは私がやらなきゃいけないことだよね?」
「い、いえっ!少しでも貴女の負担を減らせればと思い俺が勝手にやっていることですので……!!」
そう言って主が気にすることではありません、とどこかその顔に笑みさえ浮かべる長谷部に、小さく眉を顰めさせた夢子はそうじゃない!と声を上げるとそんな長谷部を睨みつけた。
「長谷部がしてることはただの自己満足じゃん……!!そんなことされたって私嬉しくないっ……、そうやって自分の時間を削ってまで頑張らないで……私のせいで長谷部が倒れるなんて嫌だよ……」
そう言って今にも泣きだしそうな顔をした主に、小さくたじろいだ長谷部は潤むその瞳を見やると戸惑うようにそんな主へと手を伸ばした。
「す、すみません……主……」
な、泣かないでください…、とひどく困ったように自分の顔を覗き込む長谷部に、戸惑う長谷部を見やった夢子はあぁ駄目だ、と零れ落ちそうになった涙を服の袖で拭うと宙を彷徨う長谷部の手をソッと握りしめた。
「ねぇ、長谷部……これからは一緒にお仕事をしていこう?だから夜はちゃんと寝て?ご飯も三食ちゃんと食べて、休める時はしっかり休んでほしい。ココでは長谷部がしたい事をしていいんだよ?」
そう言って自分の顔を覗き込むよう膝を付いた主に、ね?と笑みを浮かべた主はもう怒ってはいないようで、ソレに小さく安堵の息を漏らした長谷部もそんな主の手を握り返した。
「はっ、主命と「違うよ」」
そういつものように言葉を返そうとした長谷部は、そう言って自分の言葉を遮った主に、また少しその眉を顰めさせた主君を見やると小さくたじろいだ。
「これは主命じゃないよ、長谷部。家族としての、私からのお願い」
だから、聞いても良いし、別に聞かなくてもいい。と言葉にする主はどこか少し困ったように笑っていて、それにキョトリ、と目を瞬かせた長谷部は『主命』ではないと言った主の言葉にはぁ…、と声を漏らしていた。
「………お願い、ですか………?」
「そう、お願い。たしかに政府からの仕事をすることも大切だけど、
そう言ってもう一度ゆるり、と握られた手をどこかぼんやりと見やった長谷部は、ねぇ、長谷部。とかけられた声に主へと視線を戻した。
「私は、信長さんじゃないよ。ここに来てくれた長谷部を、捨てるなんて事絶対にしないから、私にとって長谷部は大切な家族なんだから………だから無理はしないで」
「………っ、有り難き御言葉………っ、下げ渡しをされた俺には勿体無いほどです………」
そう言ってその大きな手をゆるりと両手で包み込んだ夢子は、そんな自分を見やりクシャリとその顔を歪めた長谷部を見やると困ったように笑みを浮かべそんな長谷部の顔を覗き込んだ。
「ねぇ、長谷部。今は何がしたい?長谷部の好きな事していいよ」
「………では、少しだけ………睡眠を………」
「うん!分かった!じゃぁ夕飯が出来るまで寝ようか!あ!お布団敷く?」
そうポツリと零した長谷部はどこか気恥ずかしそうで、そんな長谷部を見やった夢子はパッとその顔に笑みを浮かべると立ち上がろうとして、ゆるり、と掴まれた手に不思議そうに長谷部を見下ろした。
「主の御手を煩わせる訳にはいきませんので雑魚寝で構いません。ただ…………ひとつ我儘を聞いて頂けるのなら、少しの間でいいので………今暫く……俺の傍に居てください」
そう言ってますますその顔を俯かせた長谷部にキョトリと目を瞬かせた夢子はふふ、と小さく笑みを零すともう一度そんな長谷部の手をギュッと握りしめた。
「そんな事お安いご用だよー!」
そう言ってゆっくり寝てね!とまた腰を降ろした主に、安心したように口端を弛めた長谷部はそのまま床へと寝転がると目を閉じた。
「だから言ったでしょう?あまりコレを甘やかすな、と」
「宗三さん」
よほど疲れていたのだろう、目を閉じ直ぐに眠りについた長谷部に、ゆるゆるとその頭を撫でていた夢子は不意にかけられた声に部屋の入口に佇む宗三を振り返った。
「自分がどうなろうと主命が果たせればそれで良いと言う男なんですよ、コレは」
「うん………まさかこんなになるまで無理するなんて思わなかった」
もっと早く気づけば良かった……、と落ち込む主に、どこか安心したような表情で眠る旧友を見やった宗三は呆れた様に苦笑を漏らすと眉を下げる主を見やり、その側へと歩み寄った。
「別に、貴女が気に病む必要はないでしょう。全部コレが勝手にしていたことでしょう」
そう言ってポン、と撫でられた頭に自分を見下ろす宗三はどこか微笑をたたえていて、それに困ったように眉を下げた夢子はそんな宗三にうん…、と言葉を返すと長谷部へと視線を落とした。
「きっと………長谷部は何を言っても変わらないんだろうなぁ………心のどこかには『織田信長』がいて、それは何時までも消えない存在なんだろうなぁ………」
「随分………聡いじゃありませんか」
そう言って悔しいなぁ、と零した主に、ハタと目を瞬かせた宗三はひどく寂しげに長谷部を見つめる主へと視線を落とすとクツリと喉を震わせた。
「…………うん、今馬鹿にされたのだけは分かったぞ」
「褒めているんですよ。貴女は………本当に僕達のことをよく見ている……」
そう零した自分を仰ぎ見た主君はひどく不満げな顔をしていて、それに小さく肩を竦めた宗三は自分を見やり、また長谷部へと視線を落とした主に、同じように長谷部へと視線を落とした。
「………大切な家族だもん。宗三さんも、好きなようにして良いんだからね」
ココの籠の扉はいつでも開いてるから、と笑って自分を見上げた主に、呆けた様にそんな主を見ていた宗三はそう言って、どこか楽しげに自分を見やる主にグッと言葉を詰まらせると熱を持った顔を隠すよう口元に手を当てた。
「本当にっ、聡いですね……っ」
腹立ちますその顔っ、とそう声を震わせキッと自分を睨みつけた宗三はそのまま部屋を出て行ってしまい、まるで逃げるようにその場を立ち去った宗三に、苦笑を漏らした夢子はゆるり、と握りしめられた手に、未だ眠りの中に居るであろう長谷部を見やるとふと、その顔に笑みを浮かべたのだった。
打ち刀 へし切長谷部