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空蝉の春
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ワーワーと賑やかな中庭に、短刀達に誘われ鬼事をしていた夢子は自分の背中へと飛びついた乱に小さく驚きの声を上げた。
「主さん捕まえた!」
「あー……捕まっちゃった……」
乱ちゃんたち速いんだもん、と自分を捕らえた鬼に上がる息をはぁ、と吐き出した夢子は自分の背に乗りどこか楽しげに笑う乱を見やると、こら!と聞こえた声に中庭へと姿を見せた一期一振を振り返った。
「乱、そんな風に主殿に飛びついては主殿がケガをしてしまうだろう?」
「へへ、ごめんなさーい!」
そう言ってスルリ、と自分の背から降りた乱にこちらへとやって来た一期一振を見やった夢子はお怪我はありませんか?とどこか申し訳なさそうにその眉を下げる一期を見やるとフルフルと首を横へと振った。
「一期さん心配しすぎ!乱ちゃん軽いから大丈夫だよ!」
「ホントに?!ふふ、主さん大好き!」
そう言って笑えばその顔を綻ばせる乱に、そんな乱へと以後気を付けるように、と声を掛ける一期は粟田口の長兄の顔をしていて、そんな一期へとはぁい!と元気に返事を返した乱はじゃぁ次の鬼は主さんね!と言うと手に付けていた組紐を夢子へと渡しあっという間にその場を駆け出してしまった。
「うぅん……速いなぁ……」
「弟達と鬼事ですかな?」
機動力のある短刀達に、すでにかなり遠い所まで逃げている乱や五虎退の姿を見やりそうポツリと零していた夢子は、そんな自分へと声を掛けた一期を仰ぎ見た。
「うん!秋田と乱ちゃんと五虎退に前田でしょ、今剣と愛染くんも参加してるし……あぁ、薬研と厚もキョーセー参加してる!」
「ははは、それは随分と賑やかですな」
きっと乱辺りに無理やり引っ張ってこられたんだろう薬研や厚にクスクスと笑みを零した一期は追いつける気がしないんだよね、と苦笑いを浮かべた主に、もう半ば諦めている様子の主を見やるとふむ、と声を漏らし、主の目線に合わせるよう腰を折った。
「では僭越ながらこの一期一振、主殿にお力添えをいたしましょう」
「え?」
そう言うと御手を拝借。と自分の手を取った一期に不思議そうにそんな一期を見ていた夢子はそのまま軽々と自分を抱き上げた一期にハタと目を瞬かせた。
「い、一期さん……?」
「今剣殿や薬研には劣りますがまだ鍛錬中の者に機動で負けるわけにはいきませんからな」
どうぞお好きにお使いくだされ、と柔和な笑みを浮かべた一期にキョトリと目を瞬かせた夢子は自分と共に鬼役を買って出てくれるという一期にパッと顔を輝かせた。
「ありがとう!一期さん!よーし!じゃぁ狙うはキドー24の秋田ね!」
「はははっ、拝領いたしました!さて、では各個撃破と洒落込みますか」
そう言っていっけー!とひどく楽しげに声を上げた主に、各々のステータスをちゃんと頭に入れているのであろうそう言った主を見やり苦笑を漏らした一期は主を落とさぬよう抱きなおすとその場を駆け出したのだった。
「主君~、いち兄と手を組むのはずるですよ~」
「ふふふ~、いつも負けてばっかだからね!たまにはいいでしょー?」
あっという間に秋田を捕えてしまった一期一振に、そんな一期の腕からストンと降りた夢子はひどく悔しげな顔をする秋田を見やるとふふ、と楽しげにその顔を綻ばせた。
機動力ではまだまだ勝つことのできない兄に、これも戦略の一つだよ。と柔和な笑みを浮かべる一期を見やった秋田はそうですね、と苦笑を漏らすと手渡された組紐を腕に括り付けた。
今回は随分と早い段階で交代することのできた鬼役に、さすが一期さんだなぁ、と感心していた夢子はおぉい!と聞こえてきた声に縁側に立つ燭台切を振り返った。
「みんなー、夕飯が出来たから手を洗っておいでー!」
首からエプロンを下げる燭台切のその姿に、はーい!と返事を返した夢子は主屋へと駆けていく愛染たちを見やると一期を振り返った。
「一期さん、一緒に鬼やってくれてありがと!」
「いえ、お役に立ててなによりです」
では参りましょうか。と自分を見下ろし柔和な笑みを浮かべた一期一振に、差し出された手を見やった夢子はどこか気恥ずかしそうに笑みを浮かべるとそんな一期の手を取り、秋田達と共に主屋へと向かったのだった。
――――
「えっと……醤油買ったでしょ、洗剤も買ったし……うん!これで買う物は全部そろったね!帰ろっか、一期さん!」
「えぇ、お疲れ様です」
歌仙に頼まれた買い物に、メモ用紙と買い物袋を交互に見やり中身を確認した夢子は、今回の買い物に同行していた一期一振を振り返ると、そう言って持っていた買い物袋をさりげなく持って行った一期にあ、と声を漏らした。
「いいよ一期さん、それぐらい私がもつからー!」
「ははは、それではお供させていただいた意味がありませんからな」
荷物持ちぐらいさせてくだされ。と伸ばした手をやんわりと断った一期に、代わりにとでもいうようにその手を繋いだ一期を見やった夢子は、街中は人通りが多いですから、と柔和な笑みを浮かべ自分を見下ろす一期からパッと視線を逸らした。
「あ、ありがと……一期さん」
「なんのなんの、お安い御用ですよ」
そう言って帰りましょうか。と歩き出した一期一振に、自分の歩調に合わせるようゆっくりと歩く一期の背を見やった夢子は、繋がれるその手を見やるとふと、その口元を緩めさせた。
「では私はこちらを歌仙殿に渡して参ります」
「うん!ありがとう!」
暫くして着いた本丸に、そう言ってでは後程、と厨へと向かう一期の背をどこか惚けた様に見ていた夢子は、ポン、と不意に叩かれた肩に大きく肩を震わせると慌てた様に後ろを振り返った。
「どうした?大将。こんなところでボーっと突っ立って」
「や、薬研か……ビックリしたぁ」
そう自分へと声を掛けてきた薬研に、ハァ…、と安堵したように息を吐き出した夢子は、そんな自分を見やり不思議そうに小首を傾げる薬研を見やると、一期が消えて行った厨へと視線を向けた。
「一期さんって優しいなぁって、思って」
本当に王子様みたい、とポツリと零した主に、厨のほうから聞こえてくる兄と歌仙の声に同じように厨へと視線を向けた薬研は王子ねぇ、と声を漏らすとフッとその口元に弧を描いた。
「たしかに兄貴は優しいが、俺っち達には厳しくもあるんだぜ。合戦の時とかは特にな」
無茶をすると怒られる。とその時のことを思い出しているのだろうそう言って苦笑を漏らした薬研に、一期が怒っているところなど見たことのない夢子はそんな薬研を見やるとへぇ、と感嘆の声を漏らし厨へと視線を戻した。
「私、一期さんを困らせることはあるけど怒られたことってないなぁ」
「………そいつも十分問題だがな。まぁ、一期の兄貴や俺達にとってアンタは大事な大将で、自分が仕えるべき相手なんだ。歌仙の旦那や俺は、まぁこの本丸が出来てからずっと大将に仕えてるから大将相手にもズバズバものを言うが、元来兄貴はあぁ言う性格だ。主君に申し立てなんざしねぇだろうなぁ」
そう言ってどこか不思議そうに厨を見つめる主に、呆れた様に苦笑を漏らした薬研はそう言葉にする自分を振り返った主を見やるとポン、とその肩を叩いて歩き出した。
「大将も早いとこ着替えちまえよ。もうすぐ夕餉だぜ」
「あ、うん!」
そう言ってヒラヒラと後ろ手を振って広間へと入って行ってしまった薬研に、そんな薬研の背を見送り厨へと視線を戻した夢子はそこから聞こえてくる歌仙と一期の声を聞くとそっか…、と小さく声を漏らし苦笑を漏らした。
「……一期さんが優しいのは、私が“主”だからなのか……」
先程の薬研の言葉に、一期の自分に対する態度を思い出していた夢子はどこか腑に落ちた様にそう零すと厨から歌仙と共に出てきた一期を見やると、もう一度そっか、と零しそのまま自室へと向かったのだった。
――――
審神者のその時折の気分で変わる中庭の景色に、色づき始めた紅葉を仰ぎ見ていた夢子はポトン、と鼻先に落ちてきた何かに、足元に落ちたソレを不思議そうに拾い上げた。
オレンジ色の可愛らしい小花に、なんだろコレ?と不思議そうに手のひらの中のソレを見ていた夢子はおや?と聞こえてきた声に、中庭にやって来た歌仙を振り返った。
「こんなところで何をしているんだい?主」
「あ、歌仙!ねぇ、これなんて言う花かな?」
可愛いお花が落ちてた!と声を弾ませ手のひらを自分へと向けた主に、小さな掌の中にあるこれまた小さな花弁を見やった歌仙はあぁ、と声を漏らすとその小さな花を摘まみ上げた。
「これは金桂の花弁だね」
「キンカ……?」
本丸にも咲いているのだねぇ、とどこか楽しげにその口元に弧を描く歌仙に聞いたことのないその名前に小首を傾げた夢子は、そんな自分を見やり天を仰いだ歌仙に同じように空を仰ぎ見た。
「現代では『金木犀』の呼び名の方が主流なのかな。あぁ、ほらそこに咲いているだろう?秋の季語にもよく使われることで有名な花さ。伝来は江戸時代でよく女人なんかが思い人に文を渡す際にこの花を添えていたそうだよ」
何とも風流だねぇ、とその顔を綻ばせ手近に咲いていたその金木犀の枝の端を手折った歌仙は、小さな花をいくつも咲かせるソレを見やると、はい。と手にしていた金木犀を主へと差し出した。
「キンモクセイなら知ってるよ、学校の帰り道とかによく咲いてるやつだよね!」
私この花の匂い好きなんだ!と差し出された枝を受け取った主君はひどく嬉しそうにその顔を綻ばせていて、ふわりと香る金木犀の香りに金木犀の木を見上げ僕も好きだよ、と返した歌仙はでもさ、と掛けられた声に主へと視線を落とした。
「なんで手紙にこの花を添えるの?伝えたいことがあるなら手紙に書けばいいのに」
「それじゃ風情がないだろう……。花に想いを認 めるからこそ雅なんじゃないか。それに、金木犀の花はその香りが強いことでも有名だからね、香り付けの一環として同封する者も少なくはなかったみたいだよ」
君もたまには文ぐらい書いたらどうだい?と呆れた様に肩を竦めた歌仙は想い…?と不思議そうに小首を傾げる主を見やると、主の手にある金木犀を見やりふと、その口元に弧を描いた。
「知っているかい、主?花にはそれぞれ“花言葉”というものがあるんだ。金木犀の花言葉は…………」
一期一振と金桂の花
SSオマケ→
「あ!いち兄ー!」
「主殿、どうされたのです?」
内番を終え、自室へと向かおうとしていた一期一振はそんな自分へと声をかけ、自分の元へと駆け寄ってきた主君を見やると不思議そうに目を瞬かせた。
自分のことを『一期さん』ではなく『いち兄』と弟たちのように呼んだ主に、随分と打ち解けてくださったようだ、とその顔を綻ばせていた一期はコレあげる!と何かの花の枝を自分へと差し出した主を見やるとキョトリと目を瞬かせた。
「これは、金木犀……ですかな?」
「中庭に咲いてたんだ。……いち兄に、あげるね!」
オレンジ色の花を咲かせるソレに、金木犀特有のあの甘い香りが鼻を掠めたことに金木犀を見やり、主へと不思議そうに視線を落とした一期はそう言ってその顔に笑みを浮かべた主を見やるともう一度手の中の金木犀を見やった。
可愛らしい花が咲くソレに、どことなく主を想起させるその花を見やった一期はふとその口元に弧を描くとソッと両手で金木犀を包み込んだ。
「ありがたき幸せ」
「うん……!じゃぁまた後でね!」
もうすぐ夕飯だよ!と自分へと手を振り廊下を駆けて行った主に、元気だな、と苦笑を漏らしていた一期はあれ?と掛けられた声にこちらへとやって来た乱を振り返った。
「わぁ!金木犀だ!可愛いねー!」
「あぁ、主殿にいただいたんだよ」
兄の手の中にある金木犀を見やりそう声を弾ませた乱は、そう言葉を返した一期に、何処に飾ろうか、と手の中の金木犀を見やりその顔を優しげに綻ばせる兄を見やるとキョトリと目を瞬かせ、もう一度その手の中の金木犀へと視線を落とした。
「主さんに、貰ったの……?」
「あぁ、中庭に咲いていたそうだよ」
今度我々も見に行こうか。といつもと変わらぬ笑みを浮かべる兄に、ふーん…、と声を漏らした乱はチラリ、とそんな一期一振を見やるとニコッとその顔に笑みを浮かべて見せた。
「良かったねいち兄!金木犀の花言葉には“気高い人”って意味があるんだって!」
「ははは、花に意味を込められるというのは少々照れ臭いものだね」
いち兄にピッタリだね!とその顔を綻ばせた乱はそんな自分の言葉にキョトリ、と目を瞬かせどこか気恥ずかしそうに頬をかいた一期を見やるとふふ、と笑みを零した。
(金木犀には他に『初恋』って意味もあるんだけど、教えてあーげない!)
きっとそう言う意味合いで一期に金木犀を渡したのだろう主に、それが良い意味なのか悪い意味なのかを考えた乱は、当人同士の問題だからな、とひっそりと苦笑を漏らすとそんな一期の背を押し広間へと向かったのだった。
「主さん捕まえた!」
「あー……捕まっちゃった……」
乱ちゃんたち速いんだもん、と自分を捕らえた鬼に上がる息をはぁ、と吐き出した夢子は自分の背に乗りどこか楽しげに笑う乱を見やると、こら!と聞こえた声に中庭へと姿を見せた一期一振を振り返った。
「乱、そんな風に主殿に飛びついては主殿がケガをしてしまうだろう?」
「へへ、ごめんなさーい!」
そう言ってスルリ、と自分の背から降りた乱にこちらへとやって来た一期一振を見やった夢子はお怪我はありませんか?とどこか申し訳なさそうにその眉を下げる一期を見やるとフルフルと首を横へと振った。
「一期さん心配しすぎ!乱ちゃん軽いから大丈夫だよ!」
「ホントに?!ふふ、主さん大好き!」
そう言って笑えばその顔を綻ばせる乱に、そんな乱へと以後気を付けるように、と声を掛ける一期は粟田口の長兄の顔をしていて、そんな一期へとはぁい!と元気に返事を返した乱はじゃぁ次の鬼は主さんね!と言うと手に付けていた組紐を夢子へと渡しあっという間にその場を駆け出してしまった。
「うぅん……速いなぁ……」
「弟達と鬼事ですかな?」
機動力のある短刀達に、すでにかなり遠い所まで逃げている乱や五虎退の姿を見やりそうポツリと零していた夢子は、そんな自分へと声を掛けた一期を仰ぎ見た。
「うん!秋田と乱ちゃんと五虎退に前田でしょ、今剣と愛染くんも参加してるし……あぁ、薬研と厚もキョーセー参加してる!」
「ははは、それは随分と賑やかですな」
きっと乱辺りに無理やり引っ張ってこられたんだろう薬研や厚にクスクスと笑みを零した一期は追いつける気がしないんだよね、と苦笑いを浮かべた主に、もう半ば諦めている様子の主を見やるとふむ、と声を漏らし、主の目線に合わせるよう腰を折った。
「では僭越ながらこの一期一振、主殿にお力添えをいたしましょう」
「え?」
そう言うと御手を拝借。と自分の手を取った一期に不思議そうにそんな一期を見ていた夢子はそのまま軽々と自分を抱き上げた一期にハタと目を瞬かせた。
「い、一期さん……?」
「今剣殿や薬研には劣りますがまだ鍛錬中の者に機動で負けるわけにはいきませんからな」
どうぞお好きにお使いくだされ、と柔和な笑みを浮かべた一期にキョトリと目を瞬かせた夢子は自分と共に鬼役を買って出てくれるという一期にパッと顔を輝かせた。
「ありがとう!一期さん!よーし!じゃぁ狙うはキドー24の秋田ね!」
「はははっ、拝領いたしました!さて、では各個撃破と洒落込みますか」
そう言っていっけー!とひどく楽しげに声を上げた主に、各々のステータスをちゃんと頭に入れているのであろうそう言った主を見やり苦笑を漏らした一期は主を落とさぬよう抱きなおすとその場を駆け出したのだった。
「主君~、いち兄と手を組むのはずるですよ~」
「ふふふ~、いつも負けてばっかだからね!たまにはいいでしょー?」
あっという間に秋田を捕えてしまった一期一振に、そんな一期の腕からストンと降りた夢子はひどく悔しげな顔をする秋田を見やるとふふ、と楽しげにその顔を綻ばせた。
機動力ではまだまだ勝つことのできない兄に、これも戦略の一つだよ。と柔和な笑みを浮かべる一期を見やった秋田はそうですね、と苦笑を漏らすと手渡された組紐を腕に括り付けた。
今回は随分と早い段階で交代することのできた鬼役に、さすが一期さんだなぁ、と感心していた夢子はおぉい!と聞こえてきた声に縁側に立つ燭台切を振り返った。
「みんなー、夕飯が出来たから手を洗っておいでー!」
首からエプロンを下げる燭台切のその姿に、はーい!と返事を返した夢子は主屋へと駆けていく愛染たちを見やると一期を振り返った。
「一期さん、一緒に鬼やってくれてありがと!」
「いえ、お役に立ててなによりです」
では参りましょうか。と自分を見下ろし柔和な笑みを浮かべた一期一振に、差し出された手を見やった夢子はどこか気恥ずかしそうに笑みを浮かべるとそんな一期の手を取り、秋田達と共に主屋へと向かったのだった。
――――
「えっと……醤油買ったでしょ、洗剤も買ったし……うん!これで買う物は全部そろったね!帰ろっか、一期さん!」
「えぇ、お疲れ様です」
歌仙に頼まれた買い物に、メモ用紙と買い物袋を交互に見やり中身を確認した夢子は、今回の買い物に同行していた一期一振を振り返ると、そう言って持っていた買い物袋をさりげなく持って行った一期にあ、と声を漏らした。
「いいよ一期さん、それぐらい私がもつからー!」
「ははは、それではお供させていただいた意味がありませんからな」
荷物持ちぐらいさせてくだされ。と伸ばした手をやんわりと断った一期に、代わりにとでもいうようにその手を繋いだ一期を見やった夢子は、街中は人通りが多いですから、と柔和な笑みを浮かべ自分を見下ろす一期からパッと視線を逸らした。
「あ、ありがと……一期さん」
「なんのなんの、お安い御用ですよ」
そう言って帰りましょうか。と歩き出した一期一振に、自分の歩調に合わせるようゆっくりと歩く一期の背を見やった夢子は、繋がれるその手を見やるとふと、その口元を緩めさせた。
「では私はこちらを歌仙殿に渡して参ります」
「うん!ありがとう!」
暫くして着いた本丸に、そう言ってでは後程、と厨へと向かう一期の背をどこか惚けた様に見ていた夢子は、ポン、と不意に叩かれた肩に大きく肩を震わせると慌てた様に後ろを振り返った。
「どうした?大将。こんなところでボーっと突っ立って」
「や、薬研か……ビックリしたぁ」
そう自分へと声を掛けてきた薬研に、ハァ…、と安堵したように息を吐き出した夢子は、そんな自分を見やり不思議そうに小首を傾げる薬研を見やると、一期が消えて行った厨へと視線を向けた。
「一期さんって優しいなぁって、思って」
本当に王子様みたい、とポツリと零した主に、厨のほうから聞こえてくる兄と歌仙の声に同じように厨へと視線を向けた薬研は王子ねぇ、と声を漏らすとフッとその口元に弧を描いた。
「たしかに兄貴は優しいが、俺っち達には厳しくもあるんだぜ。合戦の時とかは特にな」
無茶をすると怒られる。とその時のことを思い出しているのだろうそう言って苦笑を漏らした薬研に、一期が怒っているところなど見たことのない夢子はそんな薬研を見やるとへぇ、と感嘆の声を漏らし厨へと視線を戻した。
「私、一期さんを困らせることはあるけど怒られたことってないなぁ」
「………そいつも十分問題だがな。まぁ、一期の兄貴や俺達にとってアンタは大事な大将で、自分が仕えるべき相手なんだ。歌仙の旦那や俺は、まぁこの本丸が出来てからずっと大将に仕えてるから大将相手にもズバズバものを言うが、元来兄貴はあぁ言う性格だ。主君に申し立てなんざしねぇだろうなぁ」
そう言ってどこか不思議そうに厨を見つめる主に、呆れた様に苦笑を漏らした薬研はそう言葉にする自分を振り返った主を見やるとポン、とその肩を叩いて歩き出した。
「大将も早いとこ着替えちまえよ。もうすぐ夕餉だぜ」
「あ、うん!」
そう言ってヒラヒラと後ろ手を振って広間へと入って行ってしまった薬研に、そんな薬研の背を見送り厨へと視線を戻した夢子はそこから聞こえてくる歌仙と一期の声を聞くとそっか…、と小さく声を漏らし苦笑を漏らした。
「……一期さんが優しいのは、私が“主”だからなのか……」
先程の薬研の言葉に、一期の自分に対する態度を思い出していた夢子はどこか腑に落ちた様にそう零すと厨から歌仙と共に出てきた一期を見やると、もう一度そっか、と零しそのまま自室へと向かったのだった。
――――
審神者のその時折の気分で変わる中庭の景色に、色づき始めた紅葉を仰ぎ見ていた夢子はポトン、と鼻先に落ちてきた何かに、足元に落ちたソレを不思議そうに拾い上げた。
オレンジ色の可愛らしい小花に、なんだろコレ?と不思議そうに手のひらの中のソレを見ていた夢子はおや?と聞こえてきた声に、中庭にやって来た歌仙を振り返った。
「こんなところで何をしているんだい?主」
「あ、歌仙!ねぇ、これなんて言う花かな?」
可愛いお花が落ちてた!と声を弾ませ手のひらを自分へと向けた主に、小さな掌の中にあるこれまた小さな花弁を見やった歌仙はあぁ、と声を漏らすとその小さな花を摘まみ上げた。
「これは金桂の花弁だね」
「キンカ……?」
本丸にも咲いているのだねぇ、とどこか楽しげにその口元に弧を描く歌仙に聞いたことのないその名前に小首を傾げた夢子は、そんな自分を見やり天を仰いだ歌仙に同じように空を仰ぎ見た。
「現代では『金木犀』の呼び名の方が主流なのかな。あぁ、ほらそこに咲いているだろう?秋の季語にもよく使われることで有名な花さ。伝来は江戸時代でよく女人なんかが思い人に文を渡す際にこの花を添えていたそうだよ」
何とも風流だねぇ、とその顔を綻ばせ手近に咲いていたその金木犀の枝の端を手折った歌仙は、小さな花をいくつも咲かせるソレを見やると、はい。と手にしていた金木犀を主へと差し出した。
「キンモクセイなら知ってるよ、学校の帰り道とかによく咲いてるやつだよね!」
私この花の匂い好きなんだ!と差し出された枝を受け取った主君はひどく嬉しそうにその顔を綻ばせていて、ふわりと香る金木犀の香りに金木犀の木を見上げ僕も好きだよ、と返した歌仙はでもさ、と掛けられた声に主へと視線を落とした。
「なんで手紙にこの花を添えるの?伝えたいことがあるなら手紙に書けばいいのに」
「それじゃ風情がないだろう……。花に想いを
君もたまには文ぐらい書いたらどうだい?と呆れた様に肩を竦めた歌仙は想い…?と不思議そうに小首を傾げる主を見やると、主の手にある金木犀を見やりふと、その口元に弧を描いた。
「知っているかい、主?花にはそれぞれ“花言葉”というものがあるんだ。金木犀の花言葉は…………」
一期一振と金桂の花
SSオマケ→
「あ!いち兄ー!」
「主殿、どうされたのです?」
内番を終え、自室へと向かおうとしていた一期一振はそんな自分へと声をかけ、自分の元へと駆け寄ってきた主君を見やると不思議そうに目を瞬かせた。
自分のことを『一期さん』ではなく『いち兄』と弟たちのように呼んだ主に、随分と打ち解けてくださったようだ、とその顔を綻ばせていた一期はコレあげる!と何かの花の枝を自分へと差し出した主を見やるとキョトリと目を瞬かせた。
「これは、金木犀……ですかな?」
「中庭に咲いてたんだ。……いち兄に、あげるね!」
オレンジ色の花を咲かせるソレに、金木犀特有のあの甘い香りが鼻を掠めたことに金木犀を見やり、主へと不思議そうに視線を落とした一期はそう言ってその顔に笑みを浮かべた主を見やるともう一度手の中の金木犀を見やった。
可愛らしい花が咲くソレに、どことなく主を想起させるその花を見やった一期はふとその口元に弧を描くとソッと両手で金木犀を包み込んだ。
「ありがたき幸せ」
「うん……!じゃぁまた後でね!」
もうすぐ夕飯だよ!と自分へと手を振り廊下を駆けて行った主に、元気だな、と苦笑を漏らしていた一期はあれ?と掛けられた声にこちらへとやって来た乱を振り返った。
「わぁ!金木犀だ!可愛いねー!」
「あぁ、主殿にいただいたんだよ」
兄の手の中にある金木犀を見やりそう声を弾ませた乱は、そう言葉を返した一期に、何処に飾ろうか、と手の中の金木犀を見やりその顔を優しげに綻ばせる兄を見やるとキョトリと目を瞬かせ、もう一度その手の中の金木犀へと視線を落とした。
「主さんに、貰ったの……?」
「あぁ、中庭に咲いていたそうだよ」
今度我々も見に行こうか。といつもと変わらぬ笑みを浮かべる兄に、ふーん…、と声を漏らした乱はチラリ、とそんな一期一振を見やるとニコッとその顔に笑みを浮かべて見せた。
「良かったねいち兄!金木犀の花言葉には“気高い人”って意味があるんだって!」
「ははは、花に意味を込められるというのは少々照れ臭いものだね」
いち兄にピッタリだね!とその顔を綻ばせた乱はそんな自分の言葉にキョトリ、と目を瞬かせどこか気恥ずかしそうに頬をかいた一期を見やるとふふ、と笑みを零した。
(金木犀には他に『初恋』って意味もあるんだけど、教えてあーげない!)
きっとそう言う意味合いで一期に金木犀を渡したのだろう主に、それが良い意味なのか悪い意味なのかを考えた乱は、当人同士の問題だからな、とひっそりと苦笑を漏らすとそんな一期の背を押し広間へと向かったのだった。