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空蝉の春
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日々の日課の馬の世話を終えた薬研は同じように畑作業をしている歌仙を見やると晴れ渡る空を仰ぎ見た。
今はまだ遡行軍に動きもなく平和な時が過ぎていく日々に、平和だなぁ、と雀が飛ぶ空から馬へと視線を戻した薬研はそう言えば、と不意に掛けられた声に、いつの間にかこちらへとやって来ていた歌仙を振り返った。
「新しい刀剣の鍛刀はいつにするんだい?主も明日からまた学び舎だろう?」
「あぁ、そういやそうだったな。大将は今主屋か?」
そう言って着物に付いた泥を払う歌仙に説得の甲斐もあってかようやっと鍛刀することを決心した主に、思い出したようそう声を漏らした薬研は主が居るであろう部屋へと視線を向けた。
「あぁ、今は学び舎で出された『宿題』というのをやっているんじゃないかな」
人の子は大変だな、と出された宿題に頭を抱えていた主を思い出した歌仙はそう言って苦笑を漏らすと、同じように肩を竦めた薬研に着物に回していた襷 を外した。
「夕餉の支度は僕がしておくから、薬研は主と鍛刀に取り掛かると良い」
「あぁ、悪いな。資材の配分はどうする?」
「資材も富士札にも余裕はあるから君と主の好きなように配分すればいいさ」
誰が来ても今より悪くなるなんてことはないからね、と肩を竦めて見せた歌仙は夕餉の準備に取り掛かるんだろうよろしく頼むよ。と自分へと後ろ手を振ると厨へと歩き出してしまい、そんな歌仙の背を見送った薬研も手にはめていた軍手を外すと主が居るであろう主屋へと向かった。
「大将、少し良いか?」
「どうぞー」
トントン、と叩いた襖に中から聞こえてきた主の声に邪魔するぞ。と襖を開けた薬研は、机に突っ伏す主を見やるとキョトリと目を瞬かせた。
「行き詰ってるのか?」
「足し算がわからなくて……」
そう言ってもうイヤだぁ、と泣き言を漏らす主に、机の上に広げられるその帳面を見やった薬研は数字ばかりが並ぶソレらを見やると消沈する主に、小さく苦笑を漏らした。
「勉強なら後で歌仙の旦那にでも教えてもらうと良いさ」
「だって歌仙『僕はブンケイだから計算ごとは苦手なんだ』って言って教えてくれないんだもん」
そう言って歌仙の真似なんだろう前髪を払う仕草をした主に、よく歌仙の事を見ているんだろう口調まで似せる夢子にははっ、と破顔した薬研はじゃぁ後で一緒にやろう、とそんな主へと言葉を返すと夢子の顔を覗き込んだ。
「どうだ大将、息抜きがてら俺っちと新しい刀でも顕現しに行かねぇか?」
「そうだった!新しい家族をタントーしなきゃ!」
そう言って笑みを浮かべればパッとその身を起こした君主に、どこか浮き浮きとする主を見やった薬研はなら早速準備に取り掛かるか、と部屋着なままの夢子の手を取ると身支度を始めた。
「歌仙の旦那が資材と札は好きなだけ使って良いとよ。どうする?大将」
「え?うーん……薬研はどれだけ使いたい?わたしよくわかんなくて」
これは何て読むの?と富士札を手に取った夢子に、それはふじだな。と返した薬研は鍛冶場に置かれる資材を見やると可愛い絵だね、と札に描かれる絵を見て顔を綻ばせる主にふと、その口元に弧を描いた。
きっとどの刀剣が来ても喜ぶであろう主に、まぁ縁起でも担いでおくか、と資材をすべて777で揃えた薬研はソレを刀鍛冶の精へと渡すと、夢子の手から富士札をスルリと抜き取った。
「好きなだけ使って良いってことだし、これも使おうぜ大将」
「うん!よろしくね、小人さん!」
そう言って富士札も精へと渡した薬研に、ニコニコと笑みを浮かべるこの本丸の審神者を見やった精霊はコクリと頷くと富士札を神棚へと置いた。
暫くして始まった鍛刀作業に、こっちだよ、と自分の手を引いた主の手には依頼札が握られていて、一度歌仙と自分を鍛刀したときに習ったであろう手順に、上座へと座った夢子に習うよう、その隣へと腰かけた薬研は依頼札に神力を送る夢子を見やると、鍛刀をする精へと視線を向けた。
カーンカーン、と鍛冶場に響き渡る地金の音に部屋の上部に表示された『2:29:59』の数字を見やった薬研はハタと目を瞬かせると、アレは何の数字なの?と同じようにそこに表示される時間を見やり小首を傾げた夢子へと視線を落とした。
「ありゃ鍛刀にかかる時間だが………」
まさか自分が近侍で2時間越えの表示が出るとは思っていなかったんだろう薬研はどこか呆けた様にそう声を漏らしていて、2時間半枠は誰がいただろう…、と小さく首を捻っていた薬研ははぁ…、とどこか驚いたように声を漏らした主に、夢子へと視線を落とした。
「新しい子がくるのに3時間もかかるんだねぇ」
薬研はすぐに来てくれたのに、と零した主に、まぁ俺っちは短刀だからな、と言葉を返した薬研は頭に疑問符を浮かべる主を見やるとよいせ、と座布団から腰を上げた。
「顕現する刀の種類やレアリティによって鍛刀にかかる時間は違ってくるぜ。俺達短刀はその中でも一番最短で顕現出来る刀剣なんだ。ま、新入りが来るまで時間もあるしまた後で来よーぜ、大将」
「え……?でもそしたらこの子だけお夕飯たべれないよ?」
かわいそう、と自分と刀鍛冶の精を交互に見やり眉を下げる主にキョトリと目を瞬かせた薬研はフハ、と破顔すると棚に仕舞われていた手伝い札を手に取り、そんな主の元へと戻ってきた。
「優しいなぁ、大将は!だったら手伝い札を使おうぜ、それならあっという間に完成だ」
「うん!おこしくださいトーケン様」
そう言ってほら、と笑った薬研に、その手のひらに乗せられた手伝い札を見やった夢子はひどく嬉しそうに頷くとその手伝い札へと神力を注ぎ込んだ。
瞬間辺りを包み込んだ光に、一瞬の閃光の後その場に顕現した刀剣を見やった薬研は唖然とした表情を浮かべるとハハハ…と乾いた笑いを浮かべた。
「……おや、現世に呼ばれるとは。私は太郎太刀。人に使えるはずのない実戦刀です」
「……まさか大太刀が来てくれるとはな。よぉ太郎さん、俺っち薬研藤四郎だ。よく来てくれたな!」
そう言ってよろしくお願い致します。と小さく頭 を垂れた太郎太刀に、そう声を掛けた薬研は言葉を発しない主にキョトリと目を瞬かせると、どこか呆然とした表情で太郎太刀を仰ぎ見る主に小首を傾げた。
「おい大将、どうした?新入りにはまず挨拶だろ?」
「は……はじめ、まして……このお家のさにわです……」
そう言って呆ける主を肘でつついた薬研は、自分の言葉に慌てた様に頭を下げた君主を見やると、ソロリと顔を上げ恐る恐る太郎太刀を見やり小さく肩を震わせどこか逃げるよう自分の背へと隠れた主に呆れた様に溜息を吐き出した。
『どうしたんだ、大将。あんなに新しい家族が来るの楽しみにしてただろ?』
『だって……薬研みたいに小さな子が来ると思ってたんだもん……』
こんなに大きな人が来ると思わなくて……、と怖々と太郎太刀を見やる主に、そりゃ大太刀だからな、と呆れた様に言葉を返した薬研は自分の背に隠れる主の背を押すと静かにその場に佇む太郎太刀の前へと夢子を押しやった。
「悪いな太郎さん、この本丸に顕現した刀剣はアンタで三振り目なんだ。大将もまだ俺達に慣れてないんだろ」
「三振り目が私で良かったのでしょうか……?こんな使える者がいない刀、邪魔なだけでしょうに」
そう言って苦笑を漏らす短刀に、薬研か薬研よりも幼いであろう君主を見下ろした太郎太刀は合った視線にどこか怯えるよう自分から視線を逸らした主にそう言葉をかけると、そう言った自分をチラリ、と見やり顔を俯かせてしまった君主に小さく眉を下げた。
自分の言葉を否定も肯定もしない目の前の審神者に、やはり顕現しない 方が良かったのだろうか。と口籠る主を見下ろしていた太郎太刀はあの…と小さく声を漏らした主に、はい。と言葉を返した。
「今このお家には薬研と歌仙しかいなくて、シュツジンのときもとてもたいへんなの。わ、わたしもさにわをガンバるから、太郎太刀さんも薬研と歌仙をたすけてください」
そう言ってペコリ、と自分へと頭を下げた君主にハタと目を瞬かせた太郎太刀はそんな主の後ろで苦笑を漏らす近侍を見やると、再び目の前の幼い君主へと視線を落としソッと片膝をついた。
「こんな大きな刀で良ければ、御力になりましょう。どうぞよろしくお願い致します、主殿」
「よ、よろしくおねがいしますっ!」
自分に目線を合わせるよう膝をついた太郎太刀に、それでも自分より大きな目の前の刀剣男士を見やった夢子はそう緊張したように言葉を返したのだった。
薬研と夢子が鍛刀部屋へと向かい程なく、廊下から聞こえてきた話し声に夕餉の支度をしていた歌仙は随分と早かったな、とまだ1時間も経っていない時間に厨へと顔を覗かせた薬研を振り返った。
「お帰り主、薬研。鍛刀のほうは上手くいったのかい?」
「あぁ、さすが俺達の大将だぜ!ほら、太郎さんこの人が主の初期刀の歌仙兼定だ」
そう掛けた声にニッと笑みを浮かべた薬研はひどく楽しげで、同じように厨へと姿を現した新しい刀剣を見やった歌仙はハタと目を瞬かせると目の前の大男を仰ぎ見た。
「お初にお目にかかります。太郎太刀と申します」
「あ、あぁ初めまして。僕は歌仙兼定だ。暫くは人の体には慣れないだろうから、分からないことがあればなんでも聞いてくれ」
そう声を掛ければお手数をお掛け致します。と下げられた頭に、本当に僕の主は底が知れないな、と鍛刀2回目にして大太刀を顕現させた夢子にひっそりと苦笑を漏らした歌仙。
「それじゃぁ俺っちは新人を案内してくるぜ。大将は歌仙の旦那の手伝い頼んだぞ」
「うん!」
そう言って太郎太刀を連れ立ってまた厨を出て行った薬研に、あの方も夕餉の準備を?まぁ少人数だからな。と言葉を交わす薬研と太郎太刀の背を見送った歌仙は自分の腰回りに抱き着いてきた主を不思議そうに見下ろした。
「すごくおっきな人が来た……」
「あぁ、彼は大太刀だからね。君からしてみれば随分な大男に見えるだろうが、見た目ほど怖い刀ではないさ。さぁ、夕餉の支度をしてしまおう」
小さく怖い、と零された言葉に苦笑を漏らした歌仙はゆるりとそんな主の頭を撫でやると、自分を見上げ何とも言えない表情を浮かべた夢子の手へと茶碗を乗せたのだった。
―――――
太郎太刀が本丸へとやってきて早2週間が過ぎ、内番や出陣にも慣れてきた太郎太刀にやはり大太刀は戦力になるな、と随分と負担の減った出陣に畑作業を薬研としていた歌仙は不意になぁ、と掛けられた声に草をむしる薬研を見やった。
「太郎さんはこの本丸に随分と慣れてきたが、大将の“アレ”なんとかならないか?」
そう言って顎で馬小屋の方を指した薬研に、同じように馬小屋を見やった歌仙は太郎太刀と共に馬の世話をする主に、けれどもどこか太郎太刀と距離を置く主を見やるとあぁ、と声を漏らし畑へと視線を戻した。
「まさか主があそこまで人見知りだとは思わなかったよ。この前も太郎太刀と一緒に夕餉の片付けをしてくれと頼んだら悲壮感溢れる顔をされてね」
僕だって人付き合いは苦手なんだよ、と小さく零した声は薬研には届かず、そりゃ大変だったな。と苦笑気味に言葉を返した薬研を見やった歌仙はもう一度馬小屋へと視線を向けた。
一定の距離を置いて黙々と馬の世話をする太郎太刀と主に、僕や薬研と一緒の時とは大違いだな。と、自分と共に馬に乗ったり薬研に教わりながら餌をあげたり、と楽しげに馬の世話をしていた主を思い出していた歌仙は、そんな主をチラリ、と見やりどこか困ったように眉を下げる太郎太刀に小さく眉を顰めさせた。
彼も主君との隔たりを感じているのであろう太郎太刀に、まったく…、と声を漏らした歌仙は作業の終わった畑に手に着いた土を払うとその場から立ち上がった。
「刀剣の主である審神者があれじゃ示しがつかないだろ。どんな刀剣男士でも使いこなせなければ立派な主にはなれない。僕の主ならばもっとしっかりしてもらわなければ」
そう言って着物に付いた泥を叩く歌仙に、同じように馬小屋の様子を窺っていた薬研は眉を顰める歌仙を仰ぐと小さく苦笑を漏らした。
「まぁそう言ってやんなさんな歌仙の旦那。審神者だっつっても大将はまだ十にも満たない子供だ。あまり厳しくしすぎるのも考えもんだぜ」
「飴役は君がしてくれればいいさ。鞭には僕が適任だろう」
あの子が泣くのは見慣れてる。とどこかぶっきら棒に答えた歌仙に、そんな歌仙を見やった薬研はひっそりと苦笑を漏らすと立ち上がりウンッ、と伸びをした。
「それはどうだろな。大将はアンタに絶対の信頼を置いている。怒られようが突き放されようが二言目には『歌仙』なんだぜ、あの人」
飴も鞭もアンタが適任だ。と笑った薬研にハタと目を瞬かせた歌仙はヒラリ、と自分の頭上から降った誉桜の弁を見やると、また楽しげに笑みを深めた薬研からソッと視線を逸らしたのだった。
「まぁだからと言ってこのままにしておくわけにもいかないからね。明日から近侍は太郎太刀にお願いするよ」
「………え?」
夕餉も終わり広間で寛いでいた夢子は、唐突にそう言うと壁に掛かっている札の位置を取り換えた歌仙に、ハタと目を瞬かせると近侍の所に掛けられた『太郎太刀』の文字を見やり、呆けた様に歌仙を仰ぎ見た。
「え……、なんで、急に……?」
「どうせ週が明ければ近侍の交代だろう。2,3日早くても問題はないさ。そう言うことだから明日からは君が近侍だから、頼んだよ」
「え、えぇ……承知しました」
そう言うなりさっさと広間を出て行ってしまった歌仙に、苦笑を漏らす薬研をチラリと見やった太郎太刀はどこか愕然とした表情で番表を見上げる主を見やると、困ったように眉を下げたのだった。
――――
一通り薬研から聞かされた近侍の仕事内容に、まぁようは大将の子守りみたいなもんさ!とカラリと笑った薬研を思い出していた太郎太刀は、まごつきながら審神者服へと着替える主を見下ろすとどうするべきか、と頭を悩ませた。
一人でできるよ、と言われた身支度に、手を貸すのは主に恥をかかせてしまうことになるだろうか、とジッとその場に佇んでいた太郎太刀はバサリ、と落ちた朱袴を見やると眉間に皺を寄せる主を見やり、そっとその場にしゃがみ込んだ。
「失礼致します」
そう言ってソッと上げられた朱袴に、紐を結んでいく太郎太刀の手をなんとわなしに見ていた夢子は静かに整えられた襟元に自分へと視線を落とした太郎太刀と視線が合うと小さく肩を震わせた。
「きつくはありませんか?」
「う、うん……ありがとう」
そう掛けられた声に頷けばどこかその表情を緩めた太郎太刀に、ハタと目を瞬かせた夢子はでは行きましょうか、と立ち上がり歩き出した太郎太刀の背を仰ぎ見るとそんな太郎太刀の後を追うよう審神者の部屋を後にした。
スタスタと前を歩く太郎太刀の一歩はとても大きく、駆け足でそんな太郎太刀の後ろを追いかけていた夢子は不意に足先に引っかかった袴の裾に足を取られると派手にその場に転倒していた。
「ふぐっ……」
ビタン!と床に盛大に打ち付けた顔に、痛む顔を抑え蹲っていた夢子は大丈夫ですか?と掛けられた声と浮き上がった体に、自分を抱き上げた太郎太刀を見やると驚きに目を見開いた。
普段より高くなった視線に、呆けた様に太郎太刀を見上げていた夢子はすぐに降ろされた体に地に足を付けると自分を見下ろす太郎太刀を見上げた。
「お怪我は?」
「だ、だいじょうぶ……」
「そうですか、なら良かった」
気を付けてくださいね。と声を掛け再び歩き出した太郎太刀に、あっ、と声を漏らした夢子は咄嗟にそんな太郎太刀の袴の裾を掴んでいて、クッと引かれた裾に主を見下ろした太郎太刀はどこか慌てた様に袴から手を離した主を不思議そうに見やった。
「どうされました?」
「………た、太郎太刀さん歩くの早くて……」
追いつけない…、と小さく零された言葉に目の前の小さな主を見やった太郎太刀は、随分と歩幅の違う自分達にあぁ、と声を漏らすとソッとそんな主の手を取った。
「申し訳ありません。なにせこの大きさですので、人の体というのは何とも扱い辛いものですね」
そう言って再び歩き出した太郎太刀に、自分の手を引く大きな手を見やった夢子はその手から伝わる温もりにふと、笑みを浮かべるとソッとその手を握り返した。
審神者の仕事の一つである書庫の整理に、膨大な数のある歴代審神者の書物が置かれるそこを見やった夢子はいつ見てもすごいな、と感嘆の声を漏らすと自分の隣に佇む太郎太刀を見上げた。
「と、とりあえず順番にならべようか」
「えぇ」
そう言ってそそくさと自分から離れて行ってしまった主に、やはりどこか自分を避けている主を見やった太郎太刀はやはり大きいものは邪魔なだけなのだろうか、とひっそりと溜息を吐き出すと目の前の棚へと手を伸ばした。
太郎太刀と一定の距離を置き書庫の整理をしていた夢子は手にしていた本を棚へと戻すと少し離れた位置で同じように本の整理をする太郎太刀を見やりひっそりと溜息を吐き出した。
審神者は多様に居る刀剣を束ねてこそなんだから大きいからと言って避けていては駄目だよ。と朝餉の時に自分を窘めた歌仙に、怖い人ではないよね…きっと、と朝の支度の事や廊下でのことを思い出した夢子はそう小さく声を漏らすともう一度太郎太刀へと視線を向けた。
歌仙よりはるかに大きなその体躯に、金色の眼とその眼の縁を彩る紅に良い人…なんだよね?とあまり表情の変化を見せない太郎太刀を伺うように見ていた夢子はジッと棚の上を見上げる太郎太刀にハタと目を瞬かせた。
「どうしたの?太郎太刀さん」
「いえ、この棚の上に何かあるようなのですがこの高さでは届かない位置にあるようで」
そう言って自分を一度見降ろし、また棚の上へと視線を投げた太郎太刀に、彼より高い本棚の上を見上げた夢子もそこに置かれる箱を見やるとあ、と声を漏らしていた。
「歌仙や薬研と片づけをしてたときには気づかなかったなぁ……」
何が入ってるのかな?と自分の側までやってきて同じように上を見上げる主に、私は大きいですからね。と言葉を返した太郎太刀は足場になりそうなものはないだろうか、と書庫をグルリと見回した。
「あぁ、アレは使えそうですね」
「い、やぁ……太郎太刀さんの大きさだと……あの箱壊れちゃうんじゃないかなぁ……」
そう言って部屋の隅に置かれていた木箱を見やった太郎太刀に、同じようにソレを見やった夢子は随分と年季の入ったそれに、太郎太刀の大きさを見やると小さく苦笑を漏らした。
それにそうですか。と言葉を返した太郎太刀はどうしましょうね。と再び棚の上へと視線を向けていて、そんな太郎太刀を見やり棚を仰ぎ見た夢子はあ!と声を上げると太郎太刀の着物の裾をグイグイと引いた。
「太郎太刀さん、ちょっとしゃがんで!」
「はい?こう、ですか?」
そう言って自分を見上げる主はどこか楽しげで、何か解決策でも思いついたのだろうか?と言われるがままその場に膝をついた太郎太刀は、履いていた草履を脱ぎ自分の後ろに回った主にハタと目を瞬かせた。
「主……?下足が汚れますよ」
「だいじょーぶだいじょーぶ!太郎太刀さん、ちょっと肩貸してね!」
乗るよー!と言って頭に手を置いた主に、何をするんだ…?とけれども主君の命ならば、とその場にジッと座っていた太郎太刀は自分の両肩からヒョコリと出てきた小さな足を見やるとハタと目を瞬かせ、自分の肩にまたがった主を困惑したように仰ぎ見た。
「あの、主……これは、一体……?」
「んー?肩車したら届くかなぁって!」
重くない?と自分を見下ろす主に、いえ全く。と言葉を返した太郎太刀は自分より高い位置に主の顔があることに違和感を覚えながらも、そんな主の足を支えその場から立ち上がった。
「うわぁっ!たかーいっ!」
一気に上昇した視界に、そう声を弾ませる君主を見上げた太郎太刀はどこか不思議そうで、何がそんなに楽しいのだろうか?と不思議そうにそんな主を見ていた太郎太刀は取れたよ!と言って棚の上にあったその箱を自分へと差し出した主に、それを受け取ると御手数をおかけしました。と言葉を返していた。
「錠はないようですね」
「何が入ってるんだろう?太郎さん開けてみよう!」
そう言って自分の頭の上から箱を覗き込む君主はひどく楽しげで、そんな主を見やりえぇ、と頷いた太郎太刀は随分と古びた桐箱の蓋を取り払った。
「札と、こちらは文でしょうか?」
「なんて書いてあるの?」
開けた桐箱の中に入っていた数枚の札に、それと一緒に入れられていた文を見やった太郎太刀は達筆な文字で書かれるそれに、そう言った主を見やると文へと視線を落とした。
「『此れを次代審神者へと託す』と」
「たくすって?」
「貴女へ差し上げます。ということです。思わぬ拾い物をしましたね」
そう言って手の中に札を広げた太郎太刀に、富士札ばかりのソレを見やった夢子はその顔を綻ばせると太郎太刀の頭をクシャクシャと撫でやった。
「すごいよ太郎さん!歌仙と薬研じゃきっと見つけられなかった!」
まるで宝探しみたいだね!と声を弾ませ顔を綻ばせる主はそれはもう嬉しそうで、クシャクシャになった髪に呆けた様にそんな主を見上げていた太郎太刀はありがとう!とその顔を覗き込んだ主に、ふと、笑みを零した。
「いえ。この大きな体でも主の役に立つのですね」
「なに言ってるの太郎さん!大きいことは良いことなんだよ!こうやって私達じゃ見つけられなかったものも見つけられるし、それに背が高い方がカッコイイじゃん!」
そう言ってもう少しこうしてていい?と自分を見下ろす主に自分にも存在意義があるのか、と笑みを浮かべる主を見やった太郎太刀は、貴女が楽しいのなら。と笑みを返すと脱ぎ捨てられた草履を拾い上げ、主を肩に書庫を後にした。
急遽交代することになった馬当番に、まったく僕の主はっ……、と小さく悪態をつきつ馬の世話をしていた歌仙はかせーん!と呼ばれた声に顔を上げるとキョトリと目を瞬かせた。
太郎太刀の肩に跨る主の姿に、なんなんだあれは……?と目を瞬かせていた歌仙は、自分の元へとやって来た太郎太刀を見やると、その肩に跨る主を仰ぎ見た。
「君、なにをしてるんだい?」
「え?太郎さんに肩車してもらってるんだよ?あ!それより歌仙、見て見てー!太郎さんと本棚セーリしてたらお宝見つけたの!」
そう言ってほら!と太郎太刀の手にある桐箱を指さした夢子に、どうぞ、と差し出されたソレを見やった歌仙は随分と古びたソレを受け取ると小さく眉を顰めさせた。
「こんなの、書庫にあったかい?」
「んふふ~、歌仙や薬研じゃ見つけられないところにあったんだぁ。ねー?太郎さん!」
「えぇ、棚の上の死角になる位置にあったので、歌仙殿や薬研殿では分かりにくかったかもしれませんね」
そう言って楽しげに顔を綻ばせる主に、あぁ太郎太刀だから分かったのか。とその太郎太刀の長身を一瞥した歌仙はへぇ、じゃぁ主にはもっと見つけられない場所だね。と得意げな顔をしてそう言った主へとそう言葉を返し桐箱の蓋を開けた。
「富士札じゃないか……!すごいよ、太郎太刀」
「恐縮です」
中に入っていた富士札に目を瞬かせた歌仙は同封されていた文を読むとありがたいな、と零し小さく自分へと頭を下げた太郎太刀を仰ぎ見た。
「ねぇ歌仙私は?私もハコとるの手伝ったんだよー」
「はいはい、主もすごいよ」
そう言って不貞腐れたような顔をする主の頭を呆れた様に撫でやれば、すぐに顔を綻ばせる君主にひっそりと苦笑を浮かべる歌仙。
「ふふっ!じゃぁ今日の晩ごはんのデザートはプリンが良いな!」
「まったく君はまたそうやって洋菓子をねだる……。作っておいてあげるから今日の仕事をちゃんと終わらせるんだよ」
「はぁい!いこ、太郎さん!」
「えぇ」
そう言って太郎太刀と共にその場を後にする主は昨日までのわだかまりが嘘のように太郎太刀と打ち解けており、いつの間にか彼のことを『太郎さん』と呼ぶ主に苦笑を漏らした歌仙は手にしていた富士札を懐へとしまうと馬番へと戻ったのだった。
いらっしゃい、大太刀さん
オマケ→
「ところで主は、太郎太刀の何がそんなに怖かったんだい?」
やっぱり背が大きいと怖く見えてしまうものなのかな?と不思議そうに自分を見やる歌仙に、食後のデザートのプリンを頬張っていた夢子はえ?と声を漏らすとそんな歌仙を見て黙々とプリンを口へを運ぶ太郎太刀をチラリと見やった。
どこか太郎太刀を伺うよに見ていた夢子は、手元に落としていた視線を自分へと向けた太郎太刀に、そんな太郎太刀と目が合うとどこか申し訳なさそうにそんな太郎太刀から視線を逸らすよう、手元のプリンへと視線を落とした。
「だって……太郎さんぜんぜん笑ってくれないから……わたしのこときらいなのかなって……」
「………わたしは、もとよりこういう顔なので……」
「あぁ、魔除けの紅を塗っているから余計にだろうねぇ」
あと目付きが鋭いからね、太郎太刀は。と悪びれる風なく言葉を返した歌仙は今は怖くないよ!とどこか慌てた様に太郎太刀を見やった主に、それならば良かったです。とその表情を少し和らげた太郎太刀を見やるとどこか可笑しそうにふふ、と笑みを零したのだった。
今はまだ遡行軍に動きもなく平和な時が過ぎていく日々に、平和だなぁ、と雀が飛ぶ空から馬へと視線を戻した薬研はそう言えば、と不意に掛けられた声に、いつの間にかこちらへとやって来ていた歌仙を振り返った。
「新しい刀剣の鍛刀はいつにするんだい?主も明日からまた学び舎だろう?」
「あぁ、そういやそうだったな。大将は今主屋か?」
そう言って着物に付いた泥を払う歌仙に説得の甲斐もあってかようやっと鍛刀することを決心した主に、思い出したようそう声を漏らした薬研は主が居るであろう部屋へと視線を向けた。
「あぁ、今は学び舎で出された『宿題』というのをやっているんじゃないかな」
人の子は大変だな、と出された宿題に頭を抱えていた主を思い出した歌仙はそう言って苦笑を漏らすと、同じように肩を竦めた薬研に着物に回していた
「夕餉の支度は僕がしておくから、薬研は主と鍛刀に取り掛かると良い」
「あぁ、悪いな。資材の配分はどうする?」
「資材も富士札にも余裕はあるから君と主の好きなように配分すればいいさ」
誰が来ても今より悪くなるなんてことはないからね、と肩を竦めて見せた歌仙は夕餉の準備に取り掛かるんだろうよろしく頼むよ。と自分へと後ろ手を振ると厨へと歩き出してしまい、そんな歌仙の背を見送った薬研も手にはめていた軍手を外すと主が居るであろう主屋へと向かった。
「大将、少し良いか?」
「どうぞー」
トントン、と叩いた襖に中から聞こえてきた主の声に邪魔するぞ。と襖を開けた薬研は、机に突っ伏す主を見やるとキョトリと目を瞬かせた。
「行き詰ってるのか?」
「足し算がわからなくて……」
そう言ってもうイヤだぁ、と泣き言を漏らす主に、机の上に広げられるその帳面を見やった薬研は数字ばかりが並ぶソレらを見やると消沈する主に、小さく苦笑を漏らした。
「勉強なら後で歌仙の旦那にでも教えてもらうと良いさ」
「だって歌仙『僕はブンケイだから計算ごとは苦手なんだ』って言って教えてくれないんだもん」
そう言って歌仙の真似なんだろう前髪を払う仕草をした主に、よく歌仙の事を見ているんだろう口調まで似せる夢子にははっ、と破顔した薬研はじゃぁ後で一緒にやろう、とそんな主へと言葉を返すと夢子の顔を覗き込んだ。
「どうだ大将、息抜きがてら俺っちと新しい刀でも顕現しに行かねぇか?」
「そうだった!新しい家族をタントーしなきゃ!」
そう言って笑みを浮かべればパッとその身を起こした君主に、どこか浮き浮きとする主を見やった薬研はなら早速準備に取り掛かるか、と部屋着なままの夢子の手を取ると身支度を始めた。
「歌仙の旦那が資材と札は好きなだけ使って良いとよ。どうする?大将」
「え?うーん……薬研はどれだけ使いたい?わたしよくわかんなくて」
これは何て読むの?と富士札を手に取った夢子に、それはふじだな。と返した薬研は鍛冶場に置かれる資材を見やると可愛い絵だね、と札に描かれる絵を見て顔を綻ばせる主にふと、その口元に弧を描いた。
きっとどの刀剣が来ても喜ぶであろう主に、まぁ縁起でも担いでおくか、と資材をすべて777で揃えた薬研はソレを刀鍛冶の精へと渡すと、夢子の手から富士札をスルリと抜き取った。
「好きなだけ使って良いってことだし、これも使おうぜ大将」
「うん!よろしくね、小人さん!」
そう言って富士札も精へと渡した薬研に、ニコニコと笑みを浮かべるこの本丸の審神者を見やった精霊はコクリと頷くと富士札を神棚へと置いた。
暫くして始まった鍛刀作業に、こっちだよ、と自分の手を引いた主の手には依頼札が握られていて、一度歌仙と自分を鍛刀したときに習ったであろう手順に、上座へと座った夢子に習うよう、その隣へと腰かけた薬研は依頼札に神力を送る夢子を見やると、鍛刀をする精へと視線を向けた。
カーンカーン、と鍛冶場に響き渡る地金の音に部屋の上部に表示された『2:29:59』の数字を見やった薬研はハタと目を瞬かせると、アレは何の数字なの?と同じようにそこに表示される時間を見やり小首を傾げた夢子へと視線を落とした。
「ありゃ鍛刀にかかる時間だが………」
まさか自分が近侍で2時間越えの表示が出るとは思っていなかったんだろう薬研はどこか呆けた様にそう声を漏らしていて、2時間半枠は誰がいただろう…、と小さく首を捻っていた薬研ははぁ…、とどこか驚いたように声を漏らした主に、夢子へと視線を落とした。
「新しい子がくるのに3時間もかかるんだねぇ」
薬研はすぐに来てくれたのに、と零した主に、まぁ俺っちは短刀だからな、と言葉を返した薬研は頭に疑問符を浮かべる主を見やるとよいせ、と座布団から腰を上げた。
「顕現する刀の種類やレアリティによって鍛刀にかかる時間は違ってくるぜ。俺達短刀はその中でも一番最短で顕現出来る刀剣なんだ。ま、新入りが来るまで時間もあるしまた後で来よーぜ、大将」
「え……?でもそしたらこの子だけお夕飯たべれないよ?」
かわいそう、と自分と刀鍛冶の精を交互に見やり眉を下げる主にキョトリと目を瞬かせた薬研はフハ、と破顔すると棚に仕舞われていた手伝い札を手に取り、そんな主の元へと戻ってきた。
「優しいなぁ、大将は!だったら手伝い札を使おうぜ、それならあっという間に完成だ」
「うん!おこしくださいトーケン様」
そう言ってほら、と笑った薬研に、その手のひらに乗せられた手伝い札を見やった夢子はひどく嬉しそうに頷くとその手伝い札へと神力を注ぎ込んだ。
瞬間辺りを包み込んだ光に、一瞬の閃光の後その場に顕現した刀剣を見やった薬研は唖然とした表情を浮かべるとハハハ…と乾いた笑いを浮かべた。
「……おや、現世に呼ばれるとは。私は太郎太刀。人に使えるはずのない実戦刀です」
「……まさか大太刀が来てくれるとはな。よぉ太郎さん、俺っち薬研藤四郎だ。よく来てくれたな!」
そう言ってよろしくお願い致します。と小さく
「おい大将、どうした?新入りにはまず挨拶だろ?」
「は……はじめ、まして……このお家のさにわです……」
そう言って呆ける主を肘でつついた薬研は、自分の言葉に慌てた様に頭を下げた君主を見やると、ソロリと顔を上げ恐る恐る太郎太刀を見やり小さく肩を震わせどこか逃げるよう自分の背へと隠れた主に呆れた様に溜息を吐き出した。
『どうしたんだ、大将。あんなに新しい家族が来るの楽しみにしてただろ?』
『だって……薬研みたいに小さな子が来ると思ってたんだもん……』
こんなに大きな人が来ると思わなくて……、と怖々と太郎太刀を見やる主に、そりゃ大太刀だからな、と呆れた様に言葉を返した薬研は自分の背に隠れる主の背を押すと静かにその場に佇む太郎太刀の前へと夢子を押しやった。
「悪いな太郎さん、この本丸に顕現した刀剣はアンタで三振り目なんだ。大将もまだ俺達に慣れてないんだろ」
「三振り目が私で良かったのでしょうか……?こんな使える者がいない刀、邪魔なだけでしょうに」
そう言って苦笑を漏らす短刀に、薬研か薬研よりも幼いであろう君主を見下ろした太郎太刀は合った視線にどこか怯えるよう自分から視線を逸らした主にそう言葉をかけると、そう言った自分をチラリ、と見やり顔を俯かせてしまった君主に小さく眉を下げた。
自分の言葉を否定も肯定もしない目の前の審神者に、やはり
「今このお家には薬研と歌仙しかいなくて、シュツジンのときもとてもたいへんなの。わ、わたしもさにわをガンバるから、太郎太刀さんも薬研と歌仙をたすけてください」
そう言ってペコリ、と自分へと頭を下げた君主にハタと目を瞬かせた太郎太刀はそんな主の後ろで苦笑を漏らす近侍を見やると、再び目の前の幼い君主へと視線を落としソッと片膝をついた。
「こんな大きな刀で良ければ、御力になりましょう。どうぞよろしくお願い致します、主殿」
「よ、よろしくおねがいしますっ!」
自分に目線を合わせるよう膝をついた太郎太刀に、それでも自分より大きな目の前の刀剣男士を見やった夢子はそう緊張したように言葉を返したのだった。
薬研と夢子が鍛刀部屋へと向かい程なく、廊下から聞こえてきた話し声に夕餉の支度をしていた歌仙は随分と早かったな、とまだ1時間も経っていない時間に厨へと顔を覗かせた薬研を振り返った。
「お帰り主、薬研。鍛刀のほうは上手くいったのかい?」
「あぁ、さすが俺達の大将だぜ!ほら、太郎さんこの人が主の初期刀の歌仙兼定だ」
そう掛けた声にニッと笑みを浮かべた薬研はひどく楽しげで、同じように厨へと姿を現した新しい刀剣を見やった歌仙はハタと目を瞬かせると目の前の大男を仰ぎ見た。
「お初にお目にかかります。太郎太刀と申します」
「あ、あぁ初めまして。僕は歌仙兼定だ。暫くは人の体には慣れないだろうから、分からないことがあればなんでも聞いてくれ」
そう声を掛ければお手数をお掛け致します。と下げられた頭に、本当に僕の主は底が知れないな、と鍛刀2回目にして大太刀を顕現させた夢子にひっそりと苦笑を漏らした歌仙。
「それじゃぁ俺っちは新人を案内してくるぜ。大将は歌仙の旦那の手伝い頼んだぞ」
「うん!」
そう言って太郎太刀を連れ立ってまた厨を出て行った薬研に、あの方も夕餉の準備を?まぁ少人数だからな。と言葉を交わす薬研と太郎太刀の背を見送った歌仙は自分の腰回りに抱き着いてきた主を不思議そうに見下ろした。
「すごくおっきな人が来た……」
「あぁ、彼は大太刀だからね。君からしてみれば随分な大男に見えるだろうが、見た目ほど怖い刀ではないさ。さぁ、夕餉の支度をしてしまおう」
小さく怖い、と零された言葉に苦笑を漏らした歌仙はゆるりとそんな主の頭を撫でやると、自分を見上げ何とも言えない表情を浮かべた夢子の手へと茶碗を乗せたのだった。
―――――
太郎太刀が本丸へとやってきて早2週間が過ぎ、内番や出陣にも慣れてきた太郎太刀にやはり大太刀は戦力になるな、と随分と負担の減った出陣に畑作業を薬研としていた歌仙は不意になぁ、と掛けられた声に草をむしる薬研を見やった。
「太郎さんはこの本丸に随分と慣れてきたが、大将の“アレ”なんとかならないか?」
そう言って顎で馬小屋の方を指した薬研に、同じように馬小屋を見やった歌仙は太郎太刀と共に馬の世話をする主に、けれどもどこか太郎太刀と距離を置く主を見やるとあぁ、と声を漏らし畑へと視線を戻した。
「まさか主があそこまで人見知りだとは思わなかったよ。この前も太郎太刀と一緒に夕餉の片付けをしてくれと頼んだら悲壮感溢れる顔をされてね」
僕だって人付き合いは苦手なんだよ、と小さく零した声は薬研には届かず、そりゃ大変だったな。と苦笑気味に言葉を返した薬研を見やった歌仙はもう一度馬小屋へと視線を向けた。
一定の距離を置いて黙々と馬の世話をする太郎太刀と主に、僕や薬研と一緒の時とは大違いだな。と、自分と共に馬に乗ったり薬研に教わりながら餌をあげたり、と楽しげに馬の世話をしていた主を思い出していた歌仙は、そんな主をチラリ、と見やりどこか困ったように眉を下げる太郎太刀に小さく眉を顰めさせた。
彼も主君との隔たりを感じているのであろう太郎太刀に、まったく…、と声を漏らした歌仙は作業の終わった畑に手に着いた土を払うとその場から立ち上がった。
「刀剣の主である審神者があれじゃ示しがつかないだろ。どんな刀剣男士でも使いこなせなければ立派な主にはなれない。僕の主ならばもっとしっかりしてもらわなければ」
そう言って着物に付いた泥を叩く歌仙に、同じように馬小屋の様子を窺っていた薬研は眉を顰める歌仙を仰ぐと小さく苦笑を漏らした。
「まぁそう言ってやんなさんな歌仙の旦那。審神者だっつっても大将はまだ十にも満たない子供だ。あまり厳しくしすぎるのも考えもんだぜ」
「飴役は君がしてくれればいいさ。鞭には僕が適任だろう」
あの子が泣くのは見慣れてる。とどこかぶっきら棒に答えた歌仙に、そんな歌仙を見やった薬研はひっそりと苦笑を漏らすと立ち上がりウンッ、と伸びをした。
「それはどうだろな。大将はアンタに絶対の信頼を置いている。怒られようが突き放されようが二言目には『歌仙』なんだぜ、あの人」
飴も鞭もアンタが適任だ。と笑った薬研にハタと目を瞬かせた歌仙はヒラリ、と自分の頭上から降った誉桜の弁を見やると、また楽しげに笑みを深めた薬研からソッと視線を逸らしたのだった。
「まぁだからと言ってこのままにしておくわけにもいかないからね。明日から近侍は太郎太刀にお願いするよ」
「………え?」
夕餉も終わり広間で寛いでいた夢子は、唐突にそう言うと壁に掛かっている札の位置を取り換えた歌仙に、ハタと目を瞬かせると近侍の所に掛けられた『太郎太刀』の文字を見やり、呆けた様に歌仙を仰ぎ見た。
「え……、なんで、急に……?」
「どうせ週が明ければ近侍の交代だろう。2,3日早くても問題はないさ。そう言うことだから明日からは君が近侍だから、頼んだよ」
「え、えぇ……承知しました」
そう言うなりさっさと広間を出て行ってしまった歌仙に、苦笑を漏らす薬研をチラリと見やった太郎太刀はどこか愕然とした表情で番表を見上げる主を見やると、困ったように眉を下げたのだった。
――――
一通り薬研から聞かされた近侍の仕事内容に、まぁようは大将の子守りみたいなもんさ!とカラリと笑った薬研を思い出していた太郎太刀は、まごつきながら審神者服へと着替える主を見下ろすとどうするべきか、と頭を悩ませた。
一人でできるよ、と言われた身支度に、手を貸すのは主に恥をかかせてしまうことになるだろうか、とジッとその場に佇んでいた太郎太刀はバサリ、と落ちた朱袴を見やると眉間に皺を寄せる主を見やり、そっとその場にしゃがみ込んだ。
「失礼致します」
そう言ってソッと上げられた朱袴に、紐を結んでいく太郎太刀の手をなんとわなしに見ていた夢子は静かに整えられた襟元に自分へと視線を落とした太郎太刀と視線が合うと小さく肩を震わせた。
「きつくはありませんか?」
「う、うん……ありがとう」
そう掛けられた声に頷けばどこかその表情を緩めた太郎太刀に、ハタと目を瞬かせた夢子はでは行きましょうか、と立ち上がり歩き出した太郎太刀の背を仰ぎ見るとそんな太郎太刀の後を追うよう審神者の部屋を後にした。
スタスタと前を歩く太郎太刀の一歩はとても大きく、駆け足でそんな太郎太刀の後ろを追いかけていた夢子は不意に足先に引っかかった袴の裾に足を取られると派手にその場に転倒していた。
「ふぐっ……」
ビタン!と床に盛大に打ち付けた顔に、痛む顔を抑え蹲っていた夢子は大丈夫ですか?と掛けられた声と浮き上がった体に、自分を抱き上げた太郎太刀を見やると驚きに目を見開いた。
普段より高くなった視線に、呆けた様に太郎太刀を見上げていた夢子はすぐに降ろされた体に地に足を付けると自分を見下ろす太郎太刀を見上げた。
「お怪我は?」
「だ、だいじょうぶ……」
「そうですか、なら良かった」
気を付けてくださいね。と声を掛け再び歩き出した太郎太刀に、あっ、と声を漏らした夢子は咄嗟にそんな太郎太刀の袴の裾を掴んでいて、クッと引かれた裾に主を見下ろした太郎太刀はどこか慌てた様に袴から手を離した主を不思議そうに見やった。
「どうされました?」
「………た、太郎太刀さん歩くの早くて……」
追いつけない…、と小さく零された言葉に目の前の小さな主を見やった太郎太刀は、随分と歩幅の違う自分達にあぁ、と声を漏らすとソッとそんな主の手を取った。
「申し訳ありません。なにせこの大きさですので、人の体というのは何とも扱い辛いものですね」
そう言って再び歩き出した太郎太刀に、自分の手を引く大きな手を見やった夢子はその手から伝わる温もりにふと、笑みを浮かべるとソッとその手を握り返した。
審神者の仕事の一つである書庫の整理に、膨大な数のある歴代審神者の書物が置かれるそこを見やった夢子はいつ見てもすごいな、と感嘆の声を漏らすと自分の隣に佇む太郎太刀を見上げた。
「と、とりあえず順番にならべようか」
「えぇ」
そう言ってそそくさと自分から離れて行ってしまった主に、やはりどこか自分を避けている主を見やった太郎太刀はやはり大きいものは邪魔なだけなのだろうか、とひっそりと溜息を吐き出すと目の前の棚へと手を伸ばした。
太郎太刀と一定の距離を置き書庫の整理をしていた夢子は手にしていた本を棚へと戻すと少し離れた位置で同じように本の整理をする太郎太刀を見やりひっそりと溜息を吐き出した。
審神者は多様に居る刀剣を束ねてこそなんだから大きいからと言って避けていては駄目だよ。と朝餉の時に自分を窘めた歌仙に、怖い人ではないよね…きっと、と朝の支度の事や廊下でのことを思い出した夢子はそう小さく声を漏らすともう一度太郎太刀へと視線を向けた。
歌仙よりはるかに大きなその体躯に、金色の眼とその眼の縁を彩る紅に良い人…なんだよね?とあまり表情の変化を見せない太郎太刀を伺うように見ていた夢子はジッと棚の上を見上げる太郎太刀にハタと目を瞬かせた。
「どうしたの?太郎太刀さん」
「いえ、この棚の上に何かあるようなのですがこの高さでは届かない位置にあるようで」
そう言って自分を一度見降ろし、また棚の上へと視線を投げた太郎太刀に、彼より高い本棚の上を見上げた夢子もそこに置かれる箱を見やるとあ、と声を漏らしていた。
「歌仙や薬研と片づけをしてたときには気づかなかったなぁ……」
何が入ってるのかな?と自分の側までやってきて同じように上を見上げる主に、私は大きいですからね。と言葉を返した太郎太刀は足場になりそうなものはないだろうか、と書庫をグルリと見回した。
「あぁ、アレは使えそうですね」
「い、やぁ……太郎太刀さんの大きさだと……あの箱壊れちゃうんじゃないかなぁ……」
そう言って部屋の隅に置かれていた木箱を見やった太郎太刀に、同じようにソレを見やった夢子は随分と年季の入ったそれに、太郎太刀の大きさを見やると小さく苦笑を漏らした。
それにそうですか。と言葉を返した太郎太刀はどうしましょうね。と再び棚の上へと視線を向けていて、そんな太郎太刀を見やり棚を仰ぎ見た夢子はあ!と声を上げると太郎太刀の着物の裾をグイグイと引いた。
「太郎太刀さん、ちょっとしゃがんで!」
「はい?こう、ですか?」
そう言って自分を見上げる主はどこか楽しげで、何か解決策でも思いついたのだろうか?と言われるがままその場に膝をついた太郎太刀は、履いていた草履を脱ぎ自分の後ろに回った主にハタと目を瞬かせた。
「主……?下足が汚れますよ」
「だいじょーぶだいじょーぶ!太郎太刀さん、ちょっと肩貸してね!」
乗るよー!と言って頭に手を置いた主に、何をするんだ…?とけれども主君の命ならば、とその場にジッと座っていた太郎太刀は自分の両肩からヒョコリと出てきた小さな足を見やるとハタと目を瞬かせ、自分の肩にまたがった主を困惑したように仰ぎ見た。
「あの、主……これは、一体……?」
「んー?肩車したら届くかなぁって!」
重くない?と自分を見下ろす主に、いえ全く。と言葉を返した太郎太刀は自分より高い位置に主の顔があることに違和感を覚えながらも、そんな主の足を支えその場から立ち上がった。
「うわぁっ!たかーいっ!」
一気に上昇した視界に、そう声を弾ませる君主を見上げた太郎太刀はどこか不思議そうで、何がそんなに楽しいのだろうか?と不思議そうにそんな主を見ていた太郎太刀は取れたよ!と言って棚の上にあったその箱を自分へと差し出した主に、それを受け取ると御手数をおかけしました。と言葉を返していた。
「錠はないようですね」
「何が入ってるんだろう?太郎さん開けてみよう!」
そう言って自分の頭の上から箱を覗き込む君主はひどく楽しげで、そんな主を見やりえぇ、と頷いた太郎太刀は随分と古びた桐箱の蓋を取り払った。
「札と、こちらは文でしょうか?」
「なんて書いてあるの?」
開けた桐箱の中に入っていた数枚の札に、それと一緒に入れられていた文を見やった太郎太刀は達筆な文字で書かれるそれに、そう言った主を見やると文へと視線を落とした。
「『此れを次代審神者へと託す』と」
「たくすって?」
「貴女へ差し上げます。ということです。思わぬ拾い物をしましたね」
そう言って手の中に札を広げた太郎太刀に、富士札ばかりのソレを見やった夢子はその顔を綻ばせると太郎太刀の頭をクシャクシャと撫でやった。
「すごいよ太郎さん!歌仙と薬研じゃきっと見つけられなかった!」
まるで宝探しみたいだね!と声を弾ませ顔を綻ばせる主はそれはもう嬉しそうで、クシャクシャになった髪に呆けた様にそんな主を見上げていた太郎太刀はありがとう!とその顔を覗き込んだ主に、ふと、笑みを零した。
「いえ。この大きな体でも主の役に立つのですね」
「なに言ってるの太郎さん!大きいことは良いことなんだよ!こうやって私達じゃ見つけられなかったものも見つけられるし、それに背が高い方がカッコイイじゃん!」
そう言ってもう少しこうしてていい?と自分を見下ろす主に自分にも存在意義があるのか、と笑みを浮かべる主を見やった太郎太刀は、貴女が楽しいのなら。と笑みを返すと脱ぎ捨てられた草履を拾い上げ、主を肩に書庫を後にした。
急遽交代することになった馬当番に、まったく僕の主はっ……、と小さく悪態をつきつ馬の世話をしていた歌仙はかせーん!と呼ばれた声に顔を上げるとキョトリと目を瞬かせた。
太郎太刀の肩に跨る主の姿に、なんなんだあれは……?と目を瞬かせていた歌仙は、自分の元へとやって来た太郎太刀を見やると、その肩に跨る主を仰ぎ見た。
「君、なにをしてるんだい?」
「え?太郎さんに肩車してもらってるんだよ?あ!それより歌仙、見て見てー!太郎さんと本棚セーリしてたらお宝見つけたの!」
そう言ってほら!と太郎太刀の手にある桐箱を指さした夢子に、どうぞ、と差し出されたソレを見やった歌仙は随分と古びたソレを受け取ると小さく眉を顰めさせた。
「こんなの、書庫にあったかい?」
「んふふ~、歌仙や薬研じゃ見つけられないところにあったんだぁ。ねー?太郎さん!」
「えぇ、棚の上の死角になる位置にあったので、歌仙殿や薬研殿では分かりにくかったかもしれませんね」
そう言って楽しげに顔を綻ばせる主に、あぁ太郎太刀だから分かったのか。とその太郎太刀の長身を一瞥した歌仙はへぇ、じゃぁ主にはもっと見つけられない場所だね。と得意げな顔をしてそう言った主へとそう言葉を返し桐箱の蓋を開けた。
「富士札じゃないか……!すごいよ、太郎太刀」
「恐縮です」
中に入っていた富士札に目を瞬かせた歌仙は同封されていた文を読むとありがたいな、と零し小さく自分へと頭を下げた太郎太刀を仰ぎ見た。
「ねぇ歌仙私は?私もハコとるの手伝ったんだよー」
「はいはい、主もすごいよ」
そう言って不貞腐れたような顔をする主の頭を呆れた様に撫でやれば、すぐに顔を綻ばせる君主にひっそりと苦笑を浮かべる歌仙。
「ふふっ!じゃぁ今日の晩ごはんのデザートはプリンが良いな!」
「まったく君はまたそうやって洋菓子をねだる……。作っておいてあげるから今日の仕事をちゃんと終わらせるんだよ」
「はぁい!いこ、太郎さん!」
「えぇ」
そう言って太郎太刀と共にその場を後にする主は昨日までのわだかまりが嘘のように太郎太刀と打ち解けており、いつの間にか彼のことを『太郎さん』と呼ぶ主に苦笑を漏らした歌仙は手にしていた富士札を懐へとしまうと馬番へと戻ったのだった。
いらっしゃい、大太刀さん
オマケ→
「ところで主は、太郎太刀の何がそんなに怖かったんだい?」
やっぱり背が大きいと怖く見えてしまうものなのかな?と不思議そうに自分を見やる歌仙に、食後のデザートのプリンを頬張っていた夢子はえ?と声を漏らすとそんな歌仙を見て黙々とプリンを口へを運ぶ太郎太刀をチラリと見やった。
どこか太郎太刀を伺うよに見ていた夢子は、手元に落としていた視線を自分へと向けた太郎太刀に、そんな太郎太刀と目が合うとどこか申し訳なさそうにそんな太郎太刀から視線を逸らすよう、手元のプリンへと視線を落とした。
「だって……太郎さんぜんぜん笑ってくれないから……わたしのこときらいなのかなって……」
「………わたしは、もとよりこういう顔なので……」
「あぁ、魔除けの紅を塗っているから余計にだろうねぇ」
あと目付きが鋭いからね、太郎太刀は。と悪びれる風なく言葉を返した歌仙は今は怖くないよ!とどこか慌てた様に太郎太刀を見やった主に、それならば良かったです。とその表情を少し和らげた太郎太刀を見やるとどこか可笑しそうにふふ、と笑みを零したのだった。