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空蝉の春
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一日の授業も終わり、バイバーイ!と掛けられる声にバイバイ、と返し校門をくぐった夢子はやっと出てきたな。と聞こえた声に歩みを止めると、校門前に立つ見知った姿を見やりハタと目を瞬かせた。
「………う、鶯丸の幻覚が見える……」
「それはそれは、随分疲れているようだな。では本丸に帰る前に少し茶でも飲んでいこうか」
現代の洋服を着て校門前に立つ鶯丸に、アレおかしいな…、と目を擦っていた夢子は、そう言って自分のランドセルを奪うと歩き出してしまった鶯丸を見やると、やっぱ幻覚じゃないよね…!!と声を上げ慌てた様にそんな鶯丸の背を追いかけた。
「ちょ、ちょっと鶯丸!!なんでこっちにいるの?!」
「何故とはまた妙なことを聞くな。主を迎えに来たんだが?」
「む、迎えにって……出陣要請も出してないのに刀剣男士の空間転送なんてできたっけ?!」
そう言ってその背に追いつけば少し歩くペースを落とした鶯丸に、しかも本丸こっちじゃない!と道が分かっていないのか本丸がある方とは全く別の方向へと歩く鶯丸の手を掴んだ夢子は、どこか楽しげにその口元に弧を描き自分を見下ろした鶯丸を見やるとキョトリと目を瞬かせた。
「知らないのか、主。近侍である刀剣男士は審神者の許可や出陣要請がなくとも主の居る時代へなら飛ぶことができるのさ」
もし万が一何があってもいいようにな。と微笑を浮かべた鶯丸に、そう言えば今週の近侍は鶯丸だったな、と朝も自分のことを見送ってくれた鶯丸を思い出した夢子は、一つ解けた謎になるほど、と零すとまた鶯丸を仰ぎ見た。
「また、なんで急に迎えになんか来たの……?いままで何度も皆に近侍やってもらってるけど誰かが迎えに来たのなんて初めてじゃん」
ビックリした、と苦笑を漏らす主に、時間遡行軍さえ現れなければ至って平和な時代に『過保護になりすぎるのも考え物だ』と言っていた歌仙の言葉を思い出していた鶯丸は、そんな主をチラリ、と見やるとまぁ細かいことは気にするな。と返した。
「細かい事って……。ところで鶯丸、どこに行くの?本丸は反対方向だって」
「いやなに、少し寄りたいところがあってな。付き合ってくれ」
大らかなのかマイペースなのかどこかのほほんとしている鶯丸に、本丸はアッチだよ、と反対方向を指差した夢子はそう言って自分を見下ろした鶯丸に不思議そうに小首を傾げた。
「寄りたいところって?」
「あぁ、現代にある『すたば』という茶屋だ。あそこの茶は大層美味いらしくてな、俺も一度飲んでみたい」
そう言ってどこか楽しげに口元に笑みを浮かべる鶯丸に、鶯丸の口から『スタバ』という単語が飛び出したことに目を瞬かせていた夢子は、いつぞや歌仙やにっかりが話していた“三条大橋のスタバ”のことを思い出すとあー…、と納得したように声を漏らしていた。
「京都は基本夜戦だから、太刀は編成に入れないもんねぇ……」
「無理を言って編成に組んでもらうというのも考えたが、他の奴らにも迷惑がかかるだろうし、それになにより怪我をして主を悲しませるわけにはいかないだろう?」
それに必ずボスマスを逸れるというわけでもないしな。と言葉にする鶯丸に、マス目は運だし太刀、大太刀は夜戦は不利だからなぁ、と苦笑を漏らした夢子は見えてきたスタバに、自分の手を引く鶯丸を見やると小さく笑みを零した。
「そうだね、昨日の出陣、鶯丸が一番誉をとってたし、それのご褒美ね!」
「あぁ、すまないな」
きっとどうしても行ってみたかったのだろう其処に、現代の服まで着て自分を迎えに来た鶯丸にそう言って声を弾ませた夢子は、そんな自分を見やり柔和な笑みを浮かべた鶯丸の手を引くとお店へと入って行ったのだった。
「お帰りなさいませ、主!」
「ただいま長谷部。お出迎えありがとうね。あ、鶯丸あとで今日の戦績まとめるの手伝ってもらっていいかな?」
「拝命した」
本丸へと戻ればいの一番にそう声を掛けてきた長谷部に、そう言葉を返した夢子は自分の後に続き本丸へと入った鶯丸を振り返ると、どこか機嫌のよさそうな鶯丸を見やり小さく苦笑を漏らした。
念願のスタバに行けたことがよほど嬉しかったのかいつもならばのらりくらりとかわす書類作業も二つ返事で了承した鶯丸に、それじゃぁまた後でね、と声を掛けた夢子は着替えるのだろう長谷部と鶯丸に後ろ手を振るとその場を後にした。
そのまま自室へと向かった主に、その背をにこやかに見送った長谷部はふとその顔から笑みを消すとところで、と主と共に本丸へと戻ってきた近侍を怪訝そうに振り返った。
「………鶯丸、お前のその恰好はなんだ?」
「いや、なに主を迎えにいったついでに少しばかり主と茶をしてきただけさ」
主君と自分達との前では180度態度を変える打刀に、相変わらず面白い奴だな。とひっそりと笑いを零した鶯丸は、自分の格好を見やり怪訝そうに眉を顰めた長谷部にそう言葉を返すと、面妖な茶が多くてなかなかに楽しかった。とその顔を綻ばせた。
そう言って俺も着替えてこよう、とその場を歩き出そうとした鶯丸に、鶯丸の言葉を聞きハタと目を瞬かせた長谷部は、ちょっと待てっ!!と声を上げると自分の横を通り過ぎようとした鶯丸の手を掴むとその場に引きとどめた。
「ん?なんだ長谷部」
「なんだ、だと?お前……、今『主を迎えに行った』と言わなかったか……?」
「あぁ、言ったな」
そう言ってその眉頭に深い皺を刻む長谷部に、掴まれた手を見てそれがどうした?と小首を傾げた鶯丸は一拍おいてはぁ?!と声を上げた長谷部にキョトリと目を瞬かせた。
「む、迎えに行っただと?!事前に主に許可は取ったのか?!いや、そもそも出陣許可が出ない限り刀剣の時空移動はできないはずだろう?!!」
そう言ってどういうことだ?!とその目を驚愕に見開く長谷部に三度目を瞬かせた鶯丸は興奮してその手を掴む力を強めた長谷部に、そっとその手を解くと軋んだ手首をゆるり、とさすった。
「どうもこうも、なんだ長谷部知らないのか?近侍である刀剣男士は出陣要請や主の許可がなくとも時空の移動が許されているんだぞ?」
ひどく驚いたように声を上げる長谷部に、もう此処へ来て随分と経つであろう目の前の刀剣を不思議そうに見やった鶯丸はそう言葉を返した自分にポカリ、と呆けた様に口を開ける長谷部の肩をポン、と叩いた。
「まぁ、お前も近侍が回ってきたら行ってみるといい」
現代の日本は随分と面白いぞ。と言ってそのまま廊下の向こうへと去って行った鶯丸に、呆けた様にそんな鶯丸の背を見送った長谷部は主の御出迎え…、と零すとその顔を小さく綻ばせ、どこか浮き浮きとしたように自室へと向かったのだった。
――――――
キーンコーンカーンコーン、と校庭に鳴り響く下校のチャイムに、もうそろそろ遠征部隊も帰ってくる頃だろうか、と校舎の壁に設置されている時計を見やった夢子は、校門へと視線を落とすと生徒の集まるそこにハタと目を瞬かせた。
女生徒ばかりが集まるそこに、何かあったのかな?と小首を傾げていた夢子はその人だかりの中心に立つ、良く見知った人物を見つけるとギョッと目を見開いた。
「は、長谷部っ……?!!」
「主!お迎えにあがりましたよ!」
思わず上げてしまった声に、どこか鬱陶しそうに周囲に集まる子供の集団を見下ろしていた長谷部は自分の姿を見つけるとパッとその顔を輝かせていて、パチパチと目を瞬かせた夢子は子供の群れをかき分け自分のところまでやって来た長谷部を呆けた様に仰ぎ見た。
「え……?なんで、いるの……?」
「はい!今週は俺が近侍ですから、僭越ながら主の御出迎えを、と思いまして!さぁ、帰りましょうか!」
そう言って左胸に手を当て満面の笑みを浮かべる長谷部はひどく浮き浮きとしていて、洋服に身を包む長谷部に、当たり前のようにランドセルを手にした長谷部を未だ呆けた様に見ていた夢子は、ざわつく校門前に『え?あの子お嬢様なの?』と聞こえてきた言葉に我に返るとそんな長谷部の背を慌てた様に押しやった。
「もぅ!わざわざ学校まで迎えにこなくても良いから!」
「そうは行きません!俺にとって貴女は大切な主なんですから!主に万一の事があっては「へし切っ、声が大きい……!!」」
「なんです主?いつものように長谷部とお呼びください」
そう声を潜めどこか咎めるように自分を見上げる主に、そう言葉を返した長谷部はもういいから帰るよっ!!となおも自分の背を押す主を見やるとはい!とその顔を綻ばせた学校を後にしたのだった。
「長谷部、お願いだから人がいるところで『主』なんて呼ばないでよ………」
「で、ですが主は俺の『主』ですから……。それに『主』がダメなのなら他になんとお呼びすれば良いのです……」
周りの目が痛かったんだから、とひどく呆れた様に溜息を吐き出す主君に、小さくたじろいだ長谷部は困ったようにその眉を下げていて、それに自分のランドセルを肩に下げる近侍をチラリ、と見やった夢子はそんなの適当でいいよ。と三度溜息を吐き出した。
「適当、と言われましても……」
「ほら、和泉守兼定は『兼さん』って呼んでるでしょ?光忠は『みっちゃん』だし。そんな感じで良いよ」
あだ名みたいに、とどこか面倒臭げに言葉にする主に、一定の刀剣から愛称で呼ばれている燭台切や和泉守を思い出した長谷部はあだ名…、と小さく零すと困ったように主を見下ろした。
「し、しかし従者である俺が主である貴女に愛称を付けるなど……。あぁ、そうだ!でしたら主のお名前をお聞かせください!」
それだったら何の問題もありません!とこれ名案!と手を打った長谷部はひどくにこやかな笑みを浮かべていて、それに見えた本丸に正門の扉を開いた夢子はピタリ、と歩みを止めると自分を見下ろす長谷部を仰ぎ見てえ…?と小さく声を漏らしていた。
自分の真名を知りたい、と言った長谷部の言葉に、昔歌仙と交わした『真名は決して明かさないこと』という約束を思い出していた夢子は、今まで誰一人として聞こうとしなかった自分の真名に、真名を暴くということがどういうことかを思い出すと困惑したように、期待の眼差しを向ける長谷部から視線を逸らした。
「あ、あのね長谷部「長谷部……!こんな所に居たのか!君、内番もしないで何をしているんだい?!」」
真名は明かせないんだ、とそう言葉にしようとした夢子は、そんな自分の声を遮りそう声を荒らげこちらへとやって来た歌仙を見やると小さく安堵の息を吐き出した。
「なんだ歌仙騒々しい。俺は近侍として主を御迎えにあがっていただけだ」
「あぁ、主お帰り。夕餉までもう少しあるから、今日分の課題を終わらせてしまってくれ」
そう言って歌仙を振り返った長谷部に、自分を見下ろし柔和な笑みを浮かべた歌仙を見やりうん、と頷いた夢子は自分から意識を逸らした長谷部に小さく胸を撫でおろした。
「おい、歌仙兼定っ!今週の近侍は俺だぞ。主の身の回りのお世話は俺がする!」
「君はいいから畑仕事をしろ。全く、目を離すとすぐこれだ。近侍としての仕事も大事だけどね、この本丸の一員として日々の役割をこなすのも大切な仕事の一つだ。お小夜1人に畑をやらせるな」
そう言って呆れた様に溜息を吐き出した歌仙に、あぁそう言えば今日の畑当番は小夜ちゃんと長谷部だったか、と昨日のうちに割り振っていた内番に、そんな歌仙を見やりだが…、と声を漏らし伺うように自分へと視線を落とした長谷部を見やった夢子は小さく苦笑を漏らすと長谷部の肩からランドセルを抜き取った。
「長谷部、私は大丈夫だから早くお小夜の所に行ってあげて」
「はっ……、しゅ、主命とあらば……」
そう言ってポンポン、とその背を叩けば胸に手を当て小さく頭を下げる長谷部に、そんな自分へとまた後程、と言葉を返し内番服に着替えるべくその場を駆け出した長谷部を見送った夢子は、呆れたように溜息を吐き出し歩き出した歌仙の背を見やるとその背を追うよう主屋へと歩き出した。
演練のことや遠征組についての報告をする歌仙に、どちらも上々の成果だったよ。とその顔を綻ばせる歌仙を見やった夢子は今日第二部隊の隊長として合戦場へと出ていた歌仙の横顔を見やるとねぇ、とそんな歌仙へと声を掛けていた。
「なんだい?」
「前にさ、歌仙が私の真名知っちゃったことあったでしょ……?歌仙は、まだそのこと気にしてる……?」
そう言ってどこか伺うように自分を見やった主に、急になんだ?とその眉を顰めさせた歌仙はそんな自分から視線を逸らした主を見やるとまぁ、と声を漏らしそんな主の背からランドセルを受け取った。
「気にしてるか気にしていないかと問われれば勿論気にしているさ。けれど君の名を暴いてしまったことについてはもう仕方なかったことだと割り切ることにしたよ。それでもやはり怪我を負うと今でも怖くなるよ」
僕が折れれば君は死んでしまう。と淡々と言葉にする歌仙は、そんな自分を見やりグッと言葉を詰まらせた主君を見やると小さく眉を下げ、ひっそりと溜息を吐き出した。
「大方、長谷部に真名を聞かれたんだろう……?」
そう言ってどこか咎めるように自分を見下ろした歌仙にビクリ、と肩を震わせた夢子はやっぱりか、と小さく溜息を吐き出した歌仙を見やると苦笑を漏らした。
「あー……聞かれたけど、答えてはないよ」
「また何故真名の話になったんだい?」
「あぁ……今日長谷部が学校まで迎えに来てくれてね、まぁ……それは良かったんだけど、私の事『主』って呼んで……。まぁ、周りの目が、ね……。だからあだ名でも良いから『主』はやめてって言ったら………」
「真名を聞かれたわけか………」
そう言って言葉を詰まらせ自分から視線を逸らした主にまったく…、と溜息を吐き出した歌仙は容易に想像できるそのことに、どうしたら良かったんだろうね…、と小さく零した主を見やると見えてきた厨にそんな主を振り返った。
「良いかい?主。自分の真名を明かすということがどういうことか、君もよく分かっているはずだ。たとえそれが自分が所持している刀剣だとしても、決して真名を明かしてはいけないよ」
命が惜しいのならね。とひどく真剣な眼差しで自分を見下ろす歌仙にグッと言葉を詰まらせた夢子は、それじゃぁ着替えておいで、とランドセルを自分へと差し出した歌仙にソレを受け取ると、そのまま厨へと入って行ってしまった歌仙の背を困ったように見やり自室へと向かったのだった。
~~~~~
「長谷部、ちょっといいかい?」
「歌仙か、何の用だ?」
書き終えた報告書を手に審神者部屋へと向かおうとしていた長谷部は、不意にかけられた声に後ろを振り返るとそこに立つ歌仙を見やり怪訝そうにその眉を顰めさせた。
「用がないなら行くぞ。俺はこれから主の床の支度に行かなければいけないんでな」
自分を呼び止めたにも関わらずなにも言葉を発しない歌仙に、どこか神妙な顔をして自分を見やる歌仙へとそう言葉を返し再び歩き出そうとした長谷部は、おもむろに口を開いた歌仙を見やるともう一度歌仙へと向き直った。
「………君、主に真名を聞いたらしいじゃないか」
「…………だったらなんだと言うんだ」
そう言ってその目を細めさせた歌仙に、夕方の主とのやり取りを思い出した長谷部は咎めるように自分を見やる歌仙へと視線を戻すと、不服そうにその眉を顰めさせそう言葉を返した。
「主の真名を暴くという事がどういう意味か、君だって知らないわけじゃないだろう。こんな事二度とするな。万一の場合は……僕が君の首を落とすことになる」
それだけ忠告しに来ただけだ、と言って歩き出してしまった歌仙に、不躾とも取れるその言葉にその背を睨みつけた長谷部はそんな歌仙の背になら、と言葉を投げかけた。
「お前は自分が仕えている主君の名を知りたいとは思わないのか……?その名を呼びたいとは?名を知ることが出来れば、もっと深い関係を築けるはずだろう………っ」
そう言った長谷部に、歩みを止めそんな長谷部を振り返った歌仙は、ひどく苛立ったように自分を睨みつける長谷部を見やると、主の真名を暴いてしまった時のことを思い出し、グッとその手を握りしめ小さく息を吐き出した。
「………思わないな。僕はね、長谷部。主の魂の掌握に興味は無いんだよ。僕達は刀、あくまで審神者の所有物だ。あまり出過ぎた真似はしない方がいい」
「……俺が、主に仇名すとでも……?ハッ、馬鹿馬鹿しいっ!この俺が主に謀反を起こすわけがないだろう。俺はただ純粋にあの御方の名が知りたかっただけだっ……!!」
そう声を荒げた長谷部は自分を一瞥するとその場を立ち去ってしまい、それに小さく溜息を吐き出していた歌仙はふと聞こえた物音に後方を振り返ると、所在無さげにその場に佇む主を見やりハタと目を瞬かせた。
「…………主、聞いていたのかい?」
「ごめん………言い争う声が聞こえたから」
そう言って自分から視線を逸らした主に、なんて間が悪い…、とひっそりと溜息を吐き出した歌仙はねぇ、と小さく声を零した主に、そんな主へと向き直った。
「なんだい?」
「真名を知られるっていうことは……そんなにいけないことなの?」
そう、ポツリと零された言葉に、顔を俯かせる主を見やった歌仙は怪訝そうに眉を顰めると当り前だろう。と呆れた様にそんな主へと言葉を返した。
「前にも話しただろう?真名を知られるということは命を握られるということだ。名が知られれば、君の魂は簡単に刀剣の手に渡ってしまう。神の端くれだが我々付喪神も立派な神様だからね」
真名を暴くことはそう難しい事でもないんだよ。とどこか脅すようにそう言った歌仙に、そんな歌仙を見やった夢子は小さく眉を顰める歌仙にでも…、と声を漏らすと言い淀むよう歌仙からソッと視線を逸らした。
「私……皆に『主』じゃなくて、私の本当の名前を呼んでほしい……。名前で呼ばれないのは……やっぱりちょっと寂しい、から……」
そう言ってキュッと胸元で手を握りしめた主に、また顔を俯かせてしまった主君を見やった歌仙は、一度だけ呼んだことのある主の真名に、その時ひどく嬉しそうに顔を綻ばせていた主の姿を思い出すと小さく眉を下げ、ひっそりと溜息を吐き出した。
「ねぇ、主………もし、万が一君に謀反を企てる刀剣が現れたら、君はどうするんだい?僕も元は刀といえど今はこうして五体がある。考える頭が出来た、自由に動ける体だってある。刀だった頃には出来なかったことが今では出来るんだよ。自分の意志にそぐわない不埒な輩を自分の意思で斬る事だってできるんだ………。名を、呼んで欲しいなんて……そんな恐ろしい事を言わないでくれ」
「っ………、なに、それ………歌仙は皆を疑ってるの?!ここに居る刀剣は皆家族でしょ?!」
そう諭すように紡がれる歌仙の言葉は、本丸に居る刀剣達を揶揄するものでそれに歌仙を見上げそう声を上げた夢子は静かに自分を見下ろす歌仙に小さくその眉根を顰めさせた。
「あぁ、家族さ。だがそれ以前に僕達は君の刀剣だ。審神者とその所持刀だと言うことを忘れないでくれ。君は、僕達を束ねて行かなければいけない主君なんだ」
万一の時は僕達を刀解する事も念頭にいれておいてくれないと。と淡々と言葉にする歌仙にヒュッと息を呑んだ夢子は、まるで自分を突き放すようなその言葉に滲んだ視界にきつく唇を噛み締めると静かに自分を見下ろす歌仙を睨み上げた。
「………歌仙の馬鹿っ!似非文系刀!歌仙なんか……大っ嫌いっ……!!」
「主っ……!!?」
そう声を上げるとその場を走り去ってしまった主に、慌てた様にその背へと声を掛け主の後を追いかけようとした歌仙は、けれども去り際その目に一杯の涙を浮かべていた主を思い出すと踏み出した足を止め、自己嫌悪するよう深い溜息を吐き出した。
―――――
「光忠ー、夕方からの演練なんだけど………やっぱ後でいいや」
そう声をかけながら厨へと顔を覗かせた主はそこに立つ自分を見やると歌仙へと視線を向け、小さく眉を顰めるとそう言ってそのまま厨を出て行った。
「……ねぇ、歌仙君?君、主と何かあったのかい?」
「少し……主を、泣かせてしまっただけさ……」
あからさまに君のこと避けてるよね、とここ最近の歌仙に対する主の態度に、厨の入口から歌仙へと向き直った燭台切は、そんな自分へと小さくそう言葉を返し顔を俯かせた歌仙に、眉を寄せ悲愴な面持ちを浮かべる歌仙を見やるとハタと目を瞬かせた。
「そっか………あの子がそんな事を言うなんてねぇ」
先日あったその出来事に、事の次第を燭台切へと話した歌仙はそう声を漏らした燭台切を一瞥すると小さく溜息を吐き出し手元の包丁へと視線を落とした。
「僕達には僕達の、あの子にはあの子の……生きるべき領域があるだろう……。そう、易々と僕達 の世界に来てはいけないことぐらい……あの子だって分かっているはずなんだ……」
「んー……まぁ歌仙君の言うことは正しいけど、言い方が悪かったよね。流石にそんな言い方をすれば主を傷つけるよ」
そう言ってハハ、と笑う燭台切に、そんな燭台切をチラリ、と見やり僕だって悪かったと思ってるさ…と言葉を返した歌仙は、ここ数日自分と目さえ合わそうとしない主を思い出すと深々と溜息を吐き出した。
「………主に、嫌われてしまったかな……」
去り際目に涙を溜めていた主を思い出しそう小さく零した歌仙はひどく落ち込んでいるようで、まったく進んでいないじゃが芋の皮むきに、そんな歌仙をチラリ、と見やった燭台切はひっそりと苦笑を漏らした。
「悪いと思ってんなら早く謝るべきだと思うぜ、歌仙の旦那」
「「薬研」君」
落ち込む歌仙に何と声をかけようか、と悩んでいた燭台切は不意にかけられた声に、いつの間にか厨の入口に立っていた薬研を振り返るとハタと目を瞬かせた。
「大将が随分と辛気臭ぇ面してたから事情を聞いたんだが、ありゃどっちもどっちだ。大将は自分が刀剣男士の主だって事をもっと自覚するべきだし、歌仙の旦那はもっと自分の気持ちに素直になるべきだ」
ただ素直に大将が心配だって言えないのかねぇ、と呆れたように零し自分達の元までやって来た薬研は、これ持ってくぜ。と大福が乗る盆を手に取るとそのまま厨を出て行ってしまい、そんな薬研の背を呆けた様に見送った燭台切は、薬研の言葉にグッと言葉を詰まらせる歌仙を見やるとふと、笑みを零した。
「薬研君の言う通りだよ。早く主と仲直りしてきた方が良いんじゃないかな?」
「………あぁ。すまない」
あとはやっておくから、とスルリと抜き取られた包丁に、どこか苦笑を漏らす燭台切を見やった歌仙は手にしていたじゃが芋を置くと審神者部屋へと向かったのだった。
「……主、少し良いかい?」
「………どうぞ」
そう声をかければ返ってきた返事に、その不機嫌そうな声色を聞いた歌仙はあぁ、やはりまだ怒っているんだろうな。と小さく眉を下げるとソッと審神者部屋の戸を開いた。
「………なんのご用ですか、歌仙さん」
「この間はすまなかった、僕が言い過ぎたよ」
自分をチラリ、と見やりプイ、と顔を逸らした主に、小さく眉間に皺を寄せる主を見やった歌仙は困ったように眉を下げるとそんな主の傍へと腰を下ろし、そう言葉にすると主へと小さく頭 を垂れた。
「………歌仙が素直に謝るなんて………明日は雪かな………」
「君っ、僕が素直に謝ってるというのにっ……」
その場に坐して自分へと頭を下げる歌仙に、そんな歌仙を見やりジワジワと蝉が鳴く外へと視線を向けた夢子は、そんな自分を見やりそう言ってその眉間に皺を寄せた歌仙へと視線を戻すと、ふと、その口元に弧を描いた。
「ごめんね、歌仙。私も言い過ぎた」
「ぇ……、あ、あぁ、うん………」
そう言って手にしていた筆を置いて自分へと向き直った主に、どこか申し訳なさそうにその眉を下げる主を見やった歌仙は毒気を抜かれた様にそう言葉を返した。
「薬研にね、言われたんだ……。この本丸に居る刀皆、大将の本当の名を呼びたいんだ、って。でもそれはすごく危険なことなんだ、って……。真名と私の命を天秤にかけるぐらいだったら、俺は大将の名前なんざ知らなくていい……って。でも、もし呼んでも良いのなら……私の最期がきた時に、その名前を教えてほしい……って」
今まで呼べなかった分、沢山呼んでやるからって。と笑った夢子は今にも泣きそうで、また小さく零されたごめんね、という言葉に、何かあれば知らぬ間にフォローをしてくれている薬研に、あとで礼を言わなければな、と苦笑を漏らした歌仙は僕の方こそ悪かったよ、と返すとソッとそんな主を抱き寄せた。
「………僕はね、主。ただ君が心配なだけなんだ。まだ人としても幼い君を、戦事に関わらせるのが申し訳なく思う時だってある。僕だって、薬研と同じ気持ちさ。許されるなら、当たり前のように君のことを真名で呼びたいよ。ただ、僕も薬研と同じで君の命が関わってくるのならば………君の真名なんて知らない方が良かった……」
君の命は僕には重すぎる…、と小さく言葉を紡ぐ歌仙に、そんな歌仙の胸に顔を寄せ話を聞いていた夢子はふと、その口元に弧を描くとゆるりとそんな歌仙を抱きしめた。
「歌仙らしいねぇ………。じゃぁ、私がおばあちゃんになったら、その時は今呼んでくれない分沢山名前を呼んでね」
約束だよ、と笑う主はひどく楽しげで、きっと同年代の子供に比べれば色々なことを耐えなければいけないであろう主に、それでも楽しそうに笑みを浮かべる主を見やった歌仙はあぁ、約束だ。と言葉を返すとそんな主を愛しげに抱きしめた。
「あれ……?誉桜だ……」
「っ、あぁ、もう夕餉の時間だっ!!早く行かなければ燭台切たちが待っているよっ……!!」
ヒラヒラと、歌仙の頭上から舞い落ちる桜の花びらに、自分の腕の中へと落ちてきたソレを見やりポツリとそう零した夢子は、どこか慌てた様に自分から離れそう声を上げると慌ただしく部屋を出て行った歌仙に、その背を見やるとおかしげに破顔したのだった。
「長谷部」
「………何の用だ、歌仙」
ここ数日言葉を交わすこともなかった同胞に、政府からの書類を手に主の元へと向かおうとしていた長谷部は自分を待っていたかのようにその場に佇む歌仙を見やるとひどく煩わしそうにその眉を顰めさせた。
「主の呼び方の事についてなんだが、真名を知る訳にはいかないし他の呼び名を考えてみないかい?」
勿論君が主を裏切るなんて思ってはいけどね、と苦笑を漏らした歌仙にキョトリと目を瞬かせた長谷部はこの間はすまなかったね、と苦い笑みを浮かべた歌仙を見やるとバツが悪そうにそんな歌仙から視線を逸らした。
「まぁ……俺も少し言い過ぎた節はあるからな、ソレは謝ろう。だが他の呼び名と言ってもどうするんだ……?俺もずっと案を考えてはいるんだが、あの愛らしい主に似合う良い愛称がなかなか浮かばなくてな……」
そう声を漏らす長谷部は主の愛称について本気で悩んでいるのだろうそう言うとどこか悔しげに拳を握りしめていて、それに呆れた様な表情を浮かべた歌仙はなら、とそんな長谷部へと声を掛けるとどこか楽しげにその口元に弧を描いた。
「一つ、僕から良い提案があるんだが…………」
――――
「姫 様、お迎えにあがりましたよ!」
「はっ、せべっ………!?」
そう不意にかけられた声に、自粛していたのだろうここ最近では現世まで出迎えに来なかった長谷部が学校へと迎えに来たことにギョッと目を見開いた夢子は、さぁ帰りましょう!とランドセルを手に持った長谷部を呆けた様に仰ぎ見た。
「あ、あの……長谷部?迎えに来なくても良いって言ったよね……?」
「ですが俺は姫 様の近侍ですから!俺が近侍の時ぐらい、御出迎えさせてください!」
万が一何かあっては困りますから!と満面の笑みを浮かべる長谷部に、仕方ないなぁ…、と溜息を吐き出した夢子はところで、と先ほどから自分のことを『ひい様』と呼ぶ長谷部に、不思議そうにそんな長谷部を仰ぎ見た。
「その『ひいさま』ってなに?『主』よりはマシになったけど……」
「あぁ、これは歌仙が考えた貴女の愛称ですよ。貴女は俺の主で大切な『姫君』ですから」
なかなかに良い名を思いつく、と先日その呼び名を提案してきた歌仙の事を思い出し感心したように頷く長谷部に、お姫さま……、と小さく零した夢子はもう主呼びよりはいっか……、とひどく嬉しそうな長谷部を見やると諦めた様に溜息を吐き出したのだった。
真名と秘め事
SSオマケ→
「あ!お姫 さん!学校お疲れ様!今日は僕が君のお迎え係だよ!」
「………ねぇ、みんなちょっと楽しんでない……?」
そう満面の笑みを浮かべて自分へと手を振る燭台切に、前回は薬研、その前はにっかりだったお迎えに、女子生徒の視線を一身に集める燭台切を見やった夢子は、君が心配なのも本当だよ?とあえて楽しんでいることを否定しない燭台切に、当たり前のようにランドセルを奪って歩き出した燭台切を見やり小さく溜息を吐き出した。
「で?光忠さん。本当はなんで迎えに来たの?」
「………鶯丸さんに主と現代のスタバに行ったって聞いてね。ちょっと羨ましくなっちゃって」
強引でゴメンね、と苦笑を漏らし頬をかく燭台切に、そう言えばみっちゃんも太刀だったなぁ、とそんな燭台切を見やった夢子は本丸に居る一期一振や江雪左文字、太郎太刀に石切丸など太刀や大太刀の顔を思い出すと今度皆を此処に連れてこれるよう申請を出そうかな…、と苦笑を漏らすとそんな燭台切の手をソッと握りしめた。
「それならそう言ってくれればよかったのに。スタバならこっちだよ!」
「ありがとう、主!」
今度は皆も一緒に行こうね!と声を弾ませる主にふとその口元に笑みを浮かべた燭台切もあぁ、と返すと主に手を引かれるよう歩き出したのだった。
オマケのオマケ→
どこか上機嫌に夕餉の支度をする燭台切に、普段通りに戻っている歌仙を見やった薬研は出来上がった夕飯を手に大広間へと向かう歌仙の背を見送ると、鼻歌交じりに野菜を切る燭台切を一瞥しテーブルに置かれていた大福へと手を伸ばした。
「どうやら上手くいったみてぇだな、歌仙の旦那と大将は」
「あぁ、この間歌仙君に迷惑かけたね、って謝られたよ」
「まったく世話が焼けるぜ……」
「まぁでもそれだけ歌仙君は主の事大切に想ってるってことなんじゃないかな」
僕は喧嘩をすることも良い事だと思うよ、とひどく呆れた様に溜息を吐き出した薬研に苦笑を漏らした燭台切は、主のことをこの本丸の誰よりも一番に想っているであろう初期刀にふとその口元に弧を描くと、そういえば、と思い出したように薬研を振り返った。
「薬研君はどっちだと思う?」
「どっちって……、何がだ?」
「歌仙君は主の真名を知ってるか、知らないか」
そう言ってもうすぐ夕ご飯だよ、と咎めるように自分を見やった燭台切にヒラリ、と手を振り大福を口へと頬張った薬研は、燭台切のその言葉に考えるように宙へと視線を投げるとフッとその口元に弧を描いた。
「さぁねぇ。知ってるにしろ知らないにしろ……、あの歌仙の旦那が大将をどうこうするつもりはねぇってのは確かだな」
「ま、それもそっか」
あの歌仙君だもんね、とどこか楽しげに笑う薬研に同じようにその顔に笑みを浮かべた燭台切は厨へと戻ってきた歌仙を一瞥すると料理の手を再開させた。
「こら、薬研……。もうすぐ夕餉だろう、ご飯が食べられなくなったらどうするんだい……」
「ははっ、大丈夫さ歌仙の旦那!アンタと燭台切の旦那が作る飯ならいくらでも入るからな!」
「まったく……ほどほどにしておくんだよ?」
そう言って別腹別腹、と短刀には似つかわしくない豪快な笑みを浮かべた薬研は、そんな自分を見やりどこか嬉しそうにその顔を綻ばせると茶碗を手に再び厨を出て行った歌仙に、燭台切と顔を見合わせると苦笑を漏らした。
「まぁあの人はちぃと絆されやすいってぇのがたまになぁ……」
「はははっ!いつもは確り者なんだから心配いらないさ」
「………う、鶯丸の幻覚が見える……」
「それはそれは、随分疲れているようだな。では本丸に帰る前に少し茶でも飲んでいこうか」
現代の洋服を着て校門前に立つ鶯丸に、アレおかしいな…、と目を擦っていた夢子は、そう言って自分のランドセルを奪うと歩き出してしまった鶯丸を見やると、やっぱ幻覚じゃないよね…!!と声を上げ慌てた様にそんな鶯丸の背を追いかけた。
「ちょ、ちょっと鶯丸!!なんでこっちにいるの?!」
「何故とはまた妙なことを聞くな。主を迎えに来たんだが?」
「む、迎えにって……出陣要請も出してないのに刀剣男士の空間転送なんてできたっけ?!」
そう言ってその背に追いつけば少し歩くペースを落とした鶯丸に、しかも本丸こっちじゃない!と道が分かっていないのか本丸がある方とは全く別の方向へと歩く鶯丸の手を掴んだ夢子は、どこか楽しげにその口元に弧を描き自分を見下ろした鶯丸を見やるとキョトリと目を瞬かせた。
「知らないのか、主。近侍である刀剣男士は審神者の許可や出陣要請がなくとも主の居る時代へなら飛ぶことができるのさ」
もし万が一何があってもいいようにな。と微笑を浮かべた鶯丸に、そう言えば今週の近侍は鶯丸だったな、と朝も自分のことを見送ってくれた鶯丸を思い出した夢子は、一つ解けた謎になるほど、と零すとまた鶯丸を仰ぎ見た。
「また、なんで急に迎えになんか来たの……?いままで何度も皆に近侍やってもらってるけど誰かが迎えに来たのなんて初めてじゃん」
ビックリした、と苦笑を漏らす主に、時間遡行軍さえ現れなければ至って平和な時代に『過保護になりすぎるのも考え物だ』と言っていた歌仙の言葉を思い出していた鶯丸は、そんな主をチラリ、と見やるとまぁ細かいことは気にするな。と返した。
「細かい事って……。ところで鶯丸、どこに行くの?本丸は反対方向だって」
「いやなに、少し寄りたいところがあってな。付き合ってくれ」
大らかなのかマイペースなのかどこかのほほんとしている鶯丸に、本丸はアッチだよ、と反対方向を指差した夢子はそう言って自分を見下ろした鶯丸に不思議そうに小首を傾げた。
「寄りたいところって?」
「あぁ、現代にある『すたば』という茶屋だ。あそこの茶は大層美味いらしくてな、俺も一度飲んでみたい」
そう言ってどこか楽しげに口元に笑みを浮かべる鶯丸に、鶯丸の口から『スタバ』という単語が飛び出したことに目を瞬かせていた夢子は、いつぞや歌仙やにっかりが話していた“三条大橋のスタバ”のことを思い出すとあー…、と納得したように声を漏らしていた。
「京都は基本夜戦だから、太刀は編成に入れないもんねぇ……」
「無理を言って編成に組んでもらうというのも考えたが、他の奴らにも迷惑がかかるだろうし、それになにより怪我をして主を悲しませるわけにはいかないだろう?」
それに必ずボスマスを逸れるというわけでもないしな。と言葉にする鶯丸に、マス目は運だし太刀、大太刀は夜戦は不利だからなぁ、と苦笑を漏らした夢子は見えてきたスタバに、自分の手を引く鶯丸を見やると小さく笑みを零した。
「そうだね、昨日の出陣、鶯丸が一番誉をとってたし、それのご褒美ね!」
「あぁ、すまないな」
きっとどうしても行ってみたかったのだろう其処に、現代の服まで着て自分を迎えに来た鶯丸にそう言って声を弾ませた夢子は、そんな自分を見やり柔和な笑みを浮かべた鶯丸の手を引くとお店へと入って行ったのだった。
「お帰りなさいませ、主!」
「ただいま長谷部。お出迎えありがとうね。あ、鶯丸あとで今日の戦績まとめるの手伝ってもらっていいかな?」
「拝命した」
本丸へと戻ればいの一番にそう声を掛けてきた長谷部に、そう言葉を返した夢子は自分の後に続き本丸へと入った鶯丸を振り返ると、どこか機嫌のよさそうな鶯丸を見やり小さく苦笑を漏らした。
念願のスタバに行けたことがよほど嬉しかったのかいつもならばのらりくらりとかわす書類作業も二つ返事で了承した鶯丸に、それじゃぁまた後でね、と声を掛けた夢子は着替えるのだろう長谷部と鶯丸に後ろ手を振るとその場を後にした。
そのまま自室へと向かった主に、その背をにこやかに見送った長谷部はふとその顔から笑みを消すとところで、と主と共に本丸へと戻ってきた近侍を怪訝そうに振り返った。
「………鶯丸、お前のその恰好はなんだ?」
「いや、なに主を迎えにいったついでに少しばかり主と茶をしてきただけさ」
主君と自分達との前では180度態度を変える打刀に、相変わらず面白い奴だな。とひっそりと笑いを零した鶯丸は、自分の格好を見やり怪訝そうに眉を顰めた長谷部にそう言葉を返すと、面妖な茶が多くてなかなかに楽しかった。とその顔を綻ばせた。
そう言って俺も着替えてこよう、とその場を歩き出そうとした鶯丸に、鶯丸の言葉を聞きハタと目を瞬かせた長谷部は、ちょっと待てっ!!と声を上げると自分の横を通り過ぎようとした鶯丸の手を掴むとその場に引きとどめた。
「ん?なんだ長谷部」
「なんだ、だと?お前……、今『主を迎えに行った』と言わなかったか……?」
「あぁ、言ったな」
そう言ってその眉頭に深い皺を刻む長谷部に、掴まれた手を見てそれがどうした?と小首を傾げた鶯丸は一拍おいてはぁ?!と声を上げた長谷部にキョトリと目を瞬かせた。
「む、迎えに行っただと?!事前に主に許可は取ったのか?!いや、そもそも出陣許可が出ない限り刀剣の時空移動はできないはずだろう?!!」
そう言ってどういうことだ?!とその目を驚愕に見開く長谷部に三度目を瞬かせた鶯丸は興奮してその手を掴む力を強めた長谷部に、そっとその手を解くと軋んだ手首をゆるり、とさすった。
「どうもこうも、なんだ長谷部知らないのか?近侍である刀剣男士は出陣要請や主の許可がなくとも時空の移動が許されているんだぞ?」
ひどく驚いたように声を上げる長谷部に、もう此処へ来て随分と経つであろう目の前の刀剣を不思議そうに見やった鶯丸はそう言葉を返した自分にポカリ、と呆けた様に口を開ける長谷部の肩をポン、と叩いた。
「まぁ、お前も近侍が回ってきたら行ってみるといい」
現代の日本は随分と面白いぞ。と言ってそのまま廊下の向こうへと去って行った鶯丸に、呆けた様にそんな鶯丸の背を見送った長谷部は主の御出迎え…、と零すとその顔を小さく綻ばせ、どこか浮き浮きとしたように自室へと向かったのだった。
――――――
キーンコーンカーンコーン、と校庭に鳴り響く下校のチャイムに、もうそろそろ遠征部隊も帰ってくる頃だろうか、と校舎の壁に設置されている時計を見やった夢子は、校門へと視線を落とすと生徒の集まるそこにハタと目を瞬かせた。
女生徒ばかりが集まるそこに、何かあったのかな?と小首を傾げていた夢子はその人だかりの中心に立つ、良く見知った人物を見つけるとギョッと目を見開いた。
「は、長谷部っ……?!!」
「主!お迎えにあがりましたよ!」
思わず上げてしまった声に、どこか鬱陶しそうに周囲に集まる子供の集団を見下ろしていた長谷部は自分の姿を見つけるとパッとその顔を輝かせていて、パチパチと目を瞬かせた夢子は子供の群れをかき分け自分のところまでやって来た長谷部を呆けた様に仰ぎ見た。
「え……?なんで、いるの……?」
「はい!今週は俺が近侍ですから、僭越ながら主の御出迎えを、と思いまして!さぁ、帰りましょうか!」
そう言って左胸に手を当て満面の笑みを浮かべる長谷部はひどく浮き浮きとしていて、洋服に身を包む長谷部に、当たり前のようにランドセルを手にした長谷部を未だ呆けた様に見ていた夢子は、ざわつく校門前に『え?あの子お嬢様なの?』と聞こえてきた言葉に我に返るとそんな長谷部の背を慌てた様に押しやった。
「もぅ!わざわざ学校まで迎えにこなくても良いから!」
「そうは行きません!俺にとって貴女は大切な主なんですから!主に万一の事があっては「へし切っ、声が大きい……!!」」
「なんです主?いつものように長谷部とお呼びください」
そう声を潜めどこか咎めるように自分を見上げる主に、そう言葉を返した長谷部はもういいから帰るよっ!!となおも自分の背を押す主を見やるとはい!とその顔を綻ばせた学校を後にしたのだった。
「長谷部、お願いだから人がいるところで『主』なんて呼ばないでよ………」
「で、ですが主は俺の『主』ですから……。それに『主』がダメなのなら他になんとお呼びすれば良いのです……」
周りの目が痛かったんだから、とひどく呆れた様に溜息を吐き出す主君に、小さくたじろいだ長谷部は困ったようにその眉を下げていて、それに自分のランドセルを肩に下げる近侍をチラリ、と見やった夢子はそんなの適当でいいよ。と三度溜息を吐き出した。
「適当、と言われましても……」
「ほら、和泉守兼定は『兼さん』って呼んでるでしょ?光忠は『みっちゃん』だし。そんな感じで良いよ」
あだ名みたいに、とどこか面倒臭げに言葉にする主に、一定の刀剣から愛称で呼ばれている燭台切や和泉守を思い出した長谷部はあだ名…、と小さく零すと困ったように主を見下ろした。
「し、しかし従者である俺が主である貴女に愛称を付けるなど……。あぁ、そうだ!でしたら主のお名前をお聞かせください!」
それだったら何の問題もありません!とこれ名案!と手を打った長谷部はひどくにこやかな笑みを浮かべていて、それに見えた本丸に正門の扉を開いた夢子はピタリ、と歩みを止めると自分を見下ろす長谷部を仰ぎ見てえ…?と小さく声を漏らしていた。
自分の真名を知りたい、と言った長谷部の言葉に、昔歌仙と交わした『真名は決して明かさないこと』という約束を思い出していた夢子は、今まで誰一人として聞こうとしなかった自分の真名に、真名を暴くということがどういうことかを思い出すと困惑したように、期待の眼差しを向ける長谷部から視線を逸らした。
「あ、あのね長谷部「長谷部……!こんな所に居たのか!君、内番もしないで何をしているんだい?!」」
真名は明かせないんだ、とそう言葉にしようとした夢子は、そんな自分の声を遮りそう声を荒らげこちらへとやって来た歌仙を見やると小さく安堵の息を吐き出した。
「なんだ歌仙騒々しい。俺は近侍として主を御迎えにあがっていただけだ」
「あぁ、主お帰り。夕餉までもう少しあるから、今日分の課題を終わらせてしまってくれ」
そう言って歌仙を振り返った長谷部に、自分を見下ろし柔和な笑みを浮かべた歌仙を見やりうん、と頷いた夢子は自分から意識を逸らした長谷部に小さく胸を撫でおろした。
「おい、歌仙兼定っ!今週の近侍は俺だぞ。主の身の回りのお世話は俺がする!」
「君はいいから畑仕事をしろ。全く、目を離すとすぐこれだ。近侍としての仕事も大事だけどね、この本丸の一員として日々の役割をこなすのも大切な仕事の一つだ。お小夜1人に畑をやらせるな」
そう言って呆れた様に溜息を吐き出した歌仙に、あぁそう言えば今日の畑当番は小夜ちゃんと長谷部だったか、と昨日のうちに割り振っていた内番に、そんな歌仙を見やりだが…、と声を漏らし伺うように自分へと視線を落とした長谷部を見やった夢子は小さく苦笑を漏らすと長谷部の肩からランドセルを抜き取った。
「長谷部、私は大丈夫だから早くお小夜の所に行ってあげて」
「はっ……、しゅ、主命とあらば……」
そう言ってポンポン、とその背を叩けば胸に手を当て小さく頭を下げる長谷部に、そんな自分へとまた後程、と言葉を返し内番服に着替えるべくその場を駆け出した長谷部を見送った夢子は、呆れたように溜息を吐き出し歩き出した歌仙の背を見やるとその背を追うよう主屋へと歩き出した。
演練のことや遠征組についての報告をする歌仙に、どちらも上々の成果だったよ。とその顔を綻ばせる歌仙を見やった夢子は今日第二部隊の隊長として合戦場へと出ていた歌仙の横顔を見やるとねぇ、とそんな歌仙へと声を掛けていた。
「なんだい?」
「前にさ、歌仙が私の真名知っちゃったことあったでしょ……?歌仙は、まだそのこと気にしてる……?」
そう言ってどこか伺うように自分を見やった主に、急になんだ?とその眉を顰めさせた歌仙はそんな自分から視線を逸らした主を見やるとまぁ、と声を漏らしそんな主の背からランドセルを受け取った。
「気にしてるか気にしていないかと問われれば勿論気にしているさ。けれど君の名を暴いてしまったことについてはもう仕方なかったことだと割り切ることにしたよ。それでもやはり怪我を負うと今でも怖くなるよ」
僕が折れれば君は死んでしまう。と淡々と言葉にする歌仙は、そんな自分を見やりグッと言葉を詰まらせた主君を見やると小さく眉を下げ、ひっそりと溜息を吐き出した。
「大方、長谷部に真名を聞かれたんだろう……?」
そう言ってどこか咎めるように自分を見下ろした歌仙にビクリ、と肩を震わせた夢子はやっぱりか、と小さく溜息を吐き出した歌仙を見やると苦笑を漏らした。
「あー……聞かれたけど、答えてはないよ」
「また何故真名の話になったんだい?」
「あぁ……今日長谷部が学校まで迎えに来てくれてね、まぁ……それは良かったんだけど、私の事『主』って呼んで……。まぁ、周りの目が、ね……。だからあだ名でも良いから『主』はやめてって言ったら………」
「真名を聞かれたわけか………」
そう言って言葉を詰まらせ自分から視線を逸らした主にまったく…、と溜息を吐き出した歌仙は容易に想像できるそのことに、どうしたら良かったんだろうね…、と小さく零した主を見やると見えてきた厨にそんな主を振り返った。
「良いかい?主。自分の真名を明かすということがどういうことか、君もよく分かっているはずだ。たとえそれが自分が所持している刀剣だとしても、決して真名を明かしてはいけないよ」
命が惜しいのならね。とひどく真剣な眼差しで自分を見下ろす歌仙にグッと言葉を詰まらせた夢子は、それじゃぁ着替えておいで、とランドセルを自分へと差し出した歌仙にソレを受け取ると、そのまま厨へと入って行ってしまった歌仙の背を困ったように見やり自室へと向かったのだった。
~~~~~
「長谷部、ちょっといいかい?」
「歌仙か、何の用だ?」
書き終えた報告書を手に審神者部屋へと向かおうとしていた長谷部は、不意にかけられた声に後ろを振り返るとそこに立つ歌仙を見やり怪訝そうにその眉を顰めさせた。
「用がないなら行くぞ。俺はこれから主の床の支度に行かなければいけないんでな」
自分を呼び止めたにも関わらずなにも言葉を発しない歌仙に、どこか神妙な顔をして自分を見やる歌仙へとそう言葉を返し再び歩き出そうとした長谷部は、おもむろに口を開いた歌仙を見やるともう一度歌仙へと向き直った。
「………君、主に真名を聞いたらしいじゃないか」
「…………だったらなんだと言うんだ」
そう言ってその目を細めさせた歌仙に、夕方の主とのやり取りを思い出した長谷部は咎めるように自分を見やる歌仙へと視線を戻すと、不服そうにその眉を顰めさせそう言葉を返した。
「主の真名を暴くという事がどういう意味か、君だって知らないわけじゃないだろう。こんな事二度とするな。万一の場合は……僕が君の首を落とすことになる」
それだけ忠告しに来ただけだ、と言って歩き出してしまった歌仙に、不躾とも取れるその言葉にその背を睨みつけた長谷部はそんな歌仙の背になら、と言葉を投げかけた。
「お前は自分が仕えている主君の名を知りたいとは思わないのか……?その名を呼びたいとは?名を知ることが出来れば、もっと深い関係を築けるはずだろう………っ」
そう言った長谷部に、歩みを止めそんな長谷部を振り返った歌仙は、ひどく苛立ったように自分を睨みつける長谷部を見やると、主の真名を暴いてしまった時のことを思い出し、グッとその手を握りしめ小さく息を吐き出した。
「………思わないな。僕はね、長谷部。主の魂の掌握に興味は無いんだよ。僕達は刀、あくまで審神者の所有物だ。あまり出過ぎた真似はしない方がいい」
「……俺が、主に仇名すとでも……?ハッ、馬鹿馬鹿しいっ!この俺が主に謀反を起こすわけがないだろう。俺はただ純粋にあの御方の名が知りたかっただけだっ……!!」
そう声を荒げた長谷部は自分を一瞥するとその場を立ち去ってしまい、それに小さく溜息を吐き出していた歌仙はふと聞こえた物音に後方を振り返ると、所在無さげにその場に佇む主を見やりハタと目を瞬かせた。
「…………主、聞いていたのかい?」
「ごめん………言い争う声が聞こえたから」
そう言って自分から視線を逸らした主に、なんて間が悪い…、とひっそりと溜息を吐き出した歌仙はねぇ、と小さく声を零した主に、そんな主へと向き直った。
「なんだい?」
「真名を知られるっていうことは……そんなにいけないことなの?」
そう、ポツリと零された言葉に、顔を俯かせる主を見やった歌仙は怪訝そうに眉を顰めると当り前だろう。と呆れた様にそんな主へと言葉を返した。
「前にも話しただろう?真名を知られるということは命を握られるということだ。名が知られれば、君の魂は簡単に刀剣の手に渡ってしまう。神の端くれだが我々付喪神も立派な神様だからね」
真名を暴くことはそう難しい事でもないんだよ。とどこか脅すようにそう言った歌仙に、そんな歌仙を見やった夢子は小さく眉を顰める歌仙にでも…、と声を漏らすと言い淀むよう歌仙からソッと視線を逸らした。
「私……皆に『主』じゃなくて、私の本当の名前を呼んでほしい……。名前で呼ばれないのは……やっぱりちょっと寂しい、から……」
そう言ってキュッと胸元で手を握りしめた主に、また顔を俯かせてしまった主君を見やった歌仙は、一度だけ呼んだことのある主の真名に、その時ひどく嬉しそうに顔を綻ばせていた主の姿を思い出すと小さく眉を下げ、ひっそりと溜息を吐き出した。
「ねぇ、主………もし、万が一君に謀反を企てる刀剣が現れたら、君はどうするんだい?僕も元は刀といえど今はこうして五体がある。考える頭が出来た、自由に動ける体だってある。刀だった頃には出来なかったことが今では出来るんだよ。自分の意志にそぐわない不埒な輩を自分の意思で斬る事だってできるんだ………。名を、呼んで欲しいなんて……そんな恐ろしい事を言わないでくれ」
「っ………、なに、それ………歌仙は皆を疑ってるの?!ここに居る刀剣は皆家族でしょ?!」
そう諭すように紡がれる歌仙の言葉は、本丸に居る刀剣達を揶揄するものでそれに歌仙を見上げそう声を上げた夢子は静かに自分を見下ろす歌仙に小さくその眉根を顰めさせた。
「あぁ、家族さ。だがそれ以前に僕達は君の刀剣だ。審神者とその所持刀だと言うことを忘れないでくれ。君は、僕達を束ねて行かなければいけない主君なんだ」
万一の時は僕達を刀解する事も念頭にいれておいてくれないと。と淡々と言葉にする歌仙にヒュッと息を呑んだ夢子は、まるで自分を突き放すようなその言葉に滲んだ視界にきつく唇を噛み締めると静かに自分を見下ろす歌仙を睨み上げた。
「………歌仙の馬鹿っ!似非文系刀!歌仙なんか……大っ嫌いっ……!!」
「主っ……!!?」
そう声を上げるとその場を走り去ってしまった主に、慌てた様にその背へと声を掛け主の後を追いかけようとした歌仙は、けれども去り際その目に一杯の涙を浮かべていた主を思い出すと踏み出した足を止め、自己嫌悪するよう深い溜息を吐き出した。
―――――
「光忠ー、夕方からの演練なんだけど………やっぱ後でいいや」
そう声をかけながら厨へと顔を覗かせた主はそこに立つ自分を見やると歌仙へと視線を向け、小さく眉を顰めるとそう言ってそのまま厨を出て行った。
「……ねぇ、歌仙君?君、主と何かあったのかい?」
「少し……主を、泣かせてしまっただけさ……」
あからさまに君のこと避けてるよね、とここ最近の歌仙に対する主の態度に、厨の入口から歌仙へと向き直った燭台切は、そんな自分へと小さくそう言葉を返し顔を俯かせた歌仙に、眉を寄せ悲愴な面持ちを浮かべる歌仙を見やるとハタと目を瞬かせた。
「そっか………あの子がそんな事を言うなんてねぇ」
先日あったその出来事に、事の次第を燭台切へと話した歌仙はそう声を漏らした燭台切を一瞥すると小さく溜息を吐き出し手元の包丁へと視線を落とした。
「僕達には僕達の、あの子にはあの子の……生きるべき領域があるだろう……。そう、易々と
「んー……まぁ歌仙君の言うことは正しいけど、言い方が悪かったよね。流石にそんな言い方をすれば主を傷つけるよ」
そう言ってハハ、と笑う燭台切に、そんな燭台切をチラリ、と見やり僕だって悪かったと思ってるさ…と言葉を返した歌仙は、ここ数日自分と目さえ合わそうとしない主を思い出すと深々と溜息を吐き出した。
「………主に、嫌われてしまったかな……」
去り際目に涙を溜めていた主を思い出しそう小さく零した歌仙はひどく落ち込んでいるようで、まったく進んでいないじゃが芋の皮むきに、そんな歌仙をチラリ、と見やった燭台切はひっそりと苦笑を漏らした。
「悪いと思ってんなら早く謝るべきだと思うぜ、歌仙の旦那」
「「薬研」君」
落ち込む歌仙に何と声をかけようか、と悩んでいた燭台切は不意にかけられた声に、いつの間にか厨の入口に立っていた薬研を振り返るとハタと目を瞬かせた。
「大将が随分と辛気臭ぇ面してたから事情を聞いたんだが、ありゃどっちもどっちだ。大将は自分が刀剣男士の主だって事をもっと自覚するべきだし、歌仙の旦那はもっと自分の気持ちに素直になるべきだ」
ただ素直に大将が心配だって言えないのかねぇ、と呆れたように零し自分達の元までやって来た薬研は、これ持ってくぜ。と大福が乗る盆を手に取るとそのまま厨を出て行ってしまい、そんな薬研の背を呆けた様に見送った燭台切は、薬研の言葉にグッと言葉を詰まらせる歌仙を見やるとふと、笑みを零した。
「薬研君の言う通りだよ。早く主と仲直りしてきた方が良いんじゃないかな?」
「………あぁ。すまない」
あとはやっておくから、とスルリと抜き取られた包丁に、どこか苦笑を漏らす燭台切を見やった歌仙は手にしていたじゃが芋を置くと審神者部屋へと向かったのだった。
「……主、少し良いかい?」
「………どうぞ」
そう声をかければ返ってきた返事に、その不機嫌そうな声色を聞いた歌仙はあぁ、やはりまだ怒っているんだろうな。と小さく眉を下げるとソッと審神者部屋の戸を開いた。
「………なんのご用ですか、歌仙さん」
「この間はすまなかった、僕が言い過ぎたよ」
自分をチラリ、と見やりプイ、と顔を逸らした主に、小さく眉間に皺を寄せる主を見やった歌仙は困ったように眉を下げるとそんな主の傍へと腰を下ろし、そう言葉にすると主へと小さく
「………歌仙が素直に謝るなんて………明日は雪かな………」
「君っ、僕が素直に謝ってるというのにっ……」
その場に坐して自分へと頭を下げる歌仙に、そんな歌仙を見やりジワジワと蝉が鳴く外へと視線を向けた夢子は、そんな自分を見やりそう言ってその眉間に皺を寄せた歌仙へと視線を戻すと、ふと、その口元に弧を描いた。
「ごめんね、歌仙。私も言い過ぎた」
「ぇ……、あ、あぁ、うん………」
そう言って手にしていた筆を置いて自分へと向き直った主に、どこか申し訳なさそうにその眉を下げる主を見やった歌仙は毒気を抜かれた様にそう言葉を返した。
「薬研にね、言われたんだ……。この本丸に居る刀皆、大将の本当の名を呼びたいんだ、って。でもそれはすごく危険なことなんだ、って……。真名と私の命を天秤にかけるぐらいだったら、俺は大将の名前なんざ知らなくていい……って。でも、もし呼んでも良いのなら……私の最期がきた時に、その名前を教えてほしい……って」
今まで呼べなかった分、沢山呼んでやるからって。と笑った夢子は今にも泣きそうで、また小さく零されたごめんね、という言葉に、何かあれば知らぬ間にフォローをしてくれている薬研に、あとで礼を言わなければな、と苦笑を漏らした歌仙は僕の方こそ悪かったよ、と返すとソッとそんな主を抱き寄せた。
「………僕はね、主。ただ君が心配なだけなんだ。まだ人としても幼い君を、戦事に関わらせるのが申し訳なく思う時だってある。僕だって、薬研と同じ気持ちさ。許されるなら、当たり前のように君のことを真名で呼びたいよ。ただ、僕も薬研と同じで君の命が関わってくるのならば………君の真名なんて知らない方が良かった……」
君の命は僕には重すぎる…、と小さく言葉を紡ぐ歌仙に、そんな歌仙の胸に顔を寄せ話を聞いていた夢子はふと、その口元に弧を描くとゆるりとそんな歌仙を抱きしめた。
「歌仙らしいねぇ………。じゃぁ、私がおばあちゃんになったら、その時は今呼んでくれない分沢山名前を呼んでね」
約束だよ、と笑う主はひどく楽しげで、きっと同年代の子供に比べれば色々なことを耐えなければいけないであろう主に、それでも楽しそうに笑みを浮かべる主を見やった歌仙はあぁ、約束だ。と言葉を返すとそんな主を愛しげに抱きしめた。
「あれ……?誉桜だ……」
「っ、あぁ、もう夕餉の時間だっ!!早く行かなければ燭台切たちが待っているよっ……!!」
ヒラヒラと、歌仙の頭上から舞い落ちる桜の花びらに、自分の腕の中へと落ちてきたソレを見やりポツリとそう零した夢子は、どこか慌てた様に自分から離れそう声を上げると慌ただしく部屋を出て行った歌仙に、その背を見やるとおかしげに破顔したのだった。
「長谷部」
「………何の用だ、歌仙」
ここ数日言葉を交わすこともなかった同胞に、政府からの書類を手に主の元へと向かおうとしていた長谷部は自分を待っていたかのようにその場に佇む歌仙を見やるとひどく煩わしそうにその眉を顰めさせた。
「主の呼び方の事についてなんだが、真名を知る訳にはいかないし他の呼び名を考えてみないかい?」
勿論君が主を裏切るなんて思ってはいけどね、と苦笑を漏らした歌仙にキョトリと目を瞬かせた長谷部はこの間はすまなかったね、と苦い笑みを浮かべた歌仙を見やるとバツが悪そうにそんな歌仙から視線を逸らした。
「まぁ……俺も少し言い過ぎた節はあるからな、ソレは謝ろう。だが他の呼び名と言ってもどうするんだ……?俺もずっと案を考えてはいるんだが、あの愛らしい主に似合う良い愛称がなかなか浮かばなくてな……」
そう声を漏らす長谷部は主の愛称について本気で悩んでいるのだろうそう言うとどこか悔しげに拳を握りしめていて、それに呆れた様な表情を浮かべた歌仙はなら、とそんな長谷部へと声を掛けるとどこか楽しげにその口元に弧を描いた。
「一つ、僕から良い提案があるんだが…………」
――――
「
「はっ、せべっ………!?」
そう不意にかけられた声に、自粛していたのだろうここ最近では現世まで出迎えに来なかった長谷部が学校へと迎えに来たことにギョッと目を見開いた夢子は、さぁ帰りましょう!とランドセルを手に持った長谷部を呆けた様に仰ぎ見た。
「あ、あの……長谷部?迎えに来なくても良いって言ったよね……?」
「ですが俺は
万が一何かあっては困りますから!と満面の笑みを浮かべる長谷部に、仕方ないなぁ…、と溜息を吐き出した夢子はところで、と先ほどから自分のことを『ひい様』と呼ぶ長谷部に、不思議そうにそんな長谷部を仰ぎ見た。
「その『ひいさま』ってなに?『主』よりはマシになったけど……」
「あぁ、これは歌仙が考えた貴女の愛称ですよ。貴女は俺の主で大切な『姫君』ですから」
なかなかに良い名を思いつく、と先日その呼び名を提案してきた歌仙の事を思い出し感心したように頷く長谷部に、お姫さま……、と小さく零した夢子はもう主呼びよりはいっか……、とひどく嬉しそうな長谷部を見やると諦めた様に溜息を吐き出したのだった。
真名と秘め事
SSオマケ→
「あ!お
「………ねぇ、みんなちょっと楽しんでない……?」
そう満面の笑みを浮かべて自分へと手を振る燭台切に、前回は薬研、その前はにっかりだったお迎えに、女子生徒の視線を一身に集める燭台切を見やった夢子は、君が心配なのも本当だよ?とあえて楽しんでいることを否定しない燭台切に、当たり前のようにランドセルを奪って歩き出した燭台切を見やり小さく溜息を吐き出した。
「で?光忠さん。本当はなんで迎えに来たの?」
「………鶯丸さんに主と現代のスタバに行ったって聞いてね。ちょっと羨ましくなっちゃって」
強引でゴメンね、と苦笑を漏らし頬をかく燭台切に、そう言えばみっちゃんも太刀だったなぁ、とそんな燭台切を見やった夢子は本丸に居る一期一振や江雪左文字、太郎太刀に石切丸など太刀や大太刀の顔を思い出すと今度皆を此処に連れてこれるよう申請を出そうかな…、と苦笑を漏らすとそんな燭台切の手をソッと握りしめた。
「それならそう言ってくれればよかったのに。スタバならこっちだよ!」
「ありがとう、主!」
今度は皆も一緒に行こうね!と声を弾ませる主にふとその口元に笑みを浮かべた燭台切もあぁ、と返すと主に手を引かれるよう歩き出したのだった。
オマケのオマケ→
どこか上機嫌に夕餉の支度をする燭台切に、普段通りに戻っている歌仙を見やった薬研は出来上がった夕飯を手に大広間へと向かう歌仙の背を見送ると、鼻歌交じりに野菜を切る燭台切を一瞥しテーブルに置かれていた大福へと手を伸ばした。
「どうやら上手くいったみてぇだな、歌仙の旦那と大将は」
「あぁ、この間歌仙君に迷惑かけたね、って謝られたよ」
「まったく世話が焼けるぜ……」
「まぁでもそれだけ歌仙君は主の事大切に想ってるってことなんじゃないかな」
僕は喧嘩をすることも良い事だと思うよ、とひどく呆れた様に溜息を吐き出した薬研に苦笑を漏らした燭台切は、主のことをこの本丸の誰よりも一番に想っているであろう初期刀にふとその口元に弧を描くと、そういえば、と思い出したように薬研を振り返った。
「薬研君はどっちだと思う?」
「どっちって……、何がだ?」
「歌仙君は主の真名を知ってるか、知らないか」
そう言ってもうすぐ夕ご飯だよ、と咎めるように自分を見やった燭台切にヒラリ、と手を振り大福を口へと頬張った薬研は、燭台切のその言葉に考えるように宙へと視線を投げるとフッとその口元に弧を描いた。
「さぁねぇ。知ってるにしろ知らないにしろ……、あの歌仙の旦那が大将をどうこうするつもりはねぇってのは確かだな」
「ま、それもそっか」
あの歌仙君だもんね、とどこか楽しげに笑う薬研に同じようにその顔に笑みを浮かべた燭台切は厨へと戻ってきた歌仙を一瞥すると料理の手を再開させた。
「こら、薬研……。もうすぐ夕餉だろう、ご飯が食べられなくなったらどうするんだい……」
「ははっ、大丈夫さ歌仙の旦那!アンタと燭台切の旦那が作る飯ならいくらでも入るからな!」
「まったく……ほどほどにしておくんだよ?」
そう言って別腹別腹、と短刀には似つかわしくない豪快な笑みを浮かべた薬研は、そんな自分を見やりどこか嬉しそうにその顔を綻ばせると茶碗を手に再び厨を出て行った歌仙に、燭台切と顔を見合わせると苦笑を漏らした。
「まぁあの人はちぃと絆されやすいってぇのがたまになぁ……」
「はははっ!いつもは確り者なんだから心配いらないさ」