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彼岸の花が咲く頃に

【天国界】

 「あっ、この花…やっと咲けたんだね。よかった」

清々しい朝の光を浴びながら、宮中内の花の水やりをするのは天国の番人・天(そら)。

身分関係なく誰とでも交流をする天は、死者の世界ではかなり有名な番人で、その名を聞けば、皆口を揃えて「天様は天使の手本であり、想像する天使像そのものだ」と言うほどの人気ぶりだ。
…ただ、そんな人気も天には少々苦労している。

「天様、おはようございます。あの…天様宛に手紙が届いています」

「おはよう涙。あぁ…今日はどういった内容かな?」

涙(るい)と呼ばれた女天使は、手紙の内容を一通、また一通と読み上げていく。その内容を全て聞き終えた天は、困り顔を浮かべていた。

「いい加減、求婚の話は控えて欲しいんだけどな…。しかも、男性のみならず女性まで」

天が困るのも無理はない。何故なら、死者の世界では『ある議論』が長年に渡り繰り広げられているからだ。
その議論というのが、『天国の番人は男か女か』。
中性的な容姿、立ち振る舞いの天は死者の世界の住人から密かに議論されている。その議論の内容が、天本人にまで届いているため余計に困惑しているのだ。

「天様、もうそろそろ公言すべきなのでは?このままでは天様のお仕事にも影響が…」

「大丈夫だよ、涙。天国番人規約にその件に関しては記載があるし、きっと皆面白がっているだけだよ」

天の言っている番人規約…それは、
【天国の番人は男子であれ】といった内容で、それは死者の世界の者誰もが知っている常識だ。
これがあるから大丈夫だと言う天。だが、涙はまた別の事で心配をしていた。

「天様は歴代番人様の中でも例外中の例外…女子の番人様です。民に気づかれるのも時間の問題かと」

天は、女子なのだ。ただし、先代直々の指名のため特例として許されている。涙は天が宮中に来た頃の付き合いの為、女子だということは知っていた。

 「気づかれようと、今の番人は僕だからね。ただ、少し面倒事が起きるくらいだと思うから」

花の水やりを終え、片づけを始めた天を見ながら、涙は話題を変えた。

「そういえば、本日は獄様が天国に来られる日ですね。部屋の手配はどうなさいましょうか」

ガタン。如雨露が落ちた、と同時に天に動揺の色が窺えた。しまった、と涙は失言があったことに気づいた。
天は獄の話を一番嫌うのだ。育ちの違う、正反対の二人の仲の悪さは異常な程で、顔を合わせれば世界が終わる…とまではいかないが新聞の一面になる程に凄まじい。
涙が困った様子でおどおどしていると、天が顔を見せた。意外にも、先程一瞬だけ見せた動揺の色は無く、穏やかな笑みを浮かべていた。

 「そうだね…いくら獄とはいえ、天国にとっては大切なお客様だからね」

そうだな…と、落とした如雨露を片付け、宮中の案内図を手に取り眺め始める天。今日獄が来国する時刻は午後三時。現在の時刻は午前十一時を回っている。準備の時間、本日の来客状況を思い出しつつ部屋を絞る。
すると天は思い出したかのように涙に問う。

 「そういえば涙、地下牢の様子はどうなっていたかな」

 「え?地下牢、ですか…?【彼】なら未だ…」

 「そうか…。それなら、今日は来客数が多いから、離れの地下牢のある館にしよう。ついでに、獄にその子の事も見てもらおうか」

先日、天国で【ある亡者】を捕らえたのだが、どうも地獄を通ってきたわけでもなく直接天国に飛ばされたという異端な亡者だったのだ。
未成年の男で、思春期の名残か荒っぽく危険人物とされたため現在は天国の地下牢で監禁している。
丁度、その件について地獄へ要請を出そうと思っていた天は離れの館を対談の場として涙に指定した。

 「承知いたしました。では離れの準備をするよう指示を出しておきましょう」

 「頼んだよ」

一礼しその場を後にする涙を笑顔で見送る。

静寂が戻った。

天は近くのベンチに腰を下ろし快晴の空を細目で眺める。思えば獄とはここ半年程ろくに会っていない。元々、幼馴染の二人だが両国の番人の座に就いて以来、会う頻度も極端に少なくなった。

 「…正装で迎えたほうがいいよな。いや、でもやはり正装では気合が入りすぎか…?」

服装を気に掛けるあたり、やはり天は女子だ。
時刻は現在午前十一時半。館の準備は涙を筆頭に女天使が用意をしてくれる為、天は身支度をするだけだ。対談用の資料は事前に作成してある。仕事が早いのはいいのだがこういった時に少し困ると天。

 「地下牢…事前に見ておくか」

暫く見ていなかった地下牢を獄に見せる前に確認しておこう、と天はベンチから立ち宮中最上階の自室へとまずは身支度をしに向かった。

現世で言う中世欧州のような装飾が施された螺旋階段を上り真っ直ぐ続く紅のカーペットを辿る様に歩く。
奥の一際大きく派手な白い扉…の、隣の白い扉を開く。大きな窓に白のレースカーテン、ベッド、作業用スペース、本棚と殺風景な自室に入った。奥のクローゼットを開き、白のスーツに身を包んだ。
          
 「さて…行こうかな」

本棚のある一冊の本を奥へと押し込み、離れへと続く隠し扉を開く。暗い一本道を500m程歩いた先に、離れの地下牢へと続く階段を見つけた。
一歩、また一歩と深い闇に身を委ねるように降りていく。
ガシャン、と地下牢に響く鈍い金属檻の音に天は一つ、溜息を吐いた。

「こんにちは。奏斗。今日も相変わらず元気だね」

奏斗と呼ばれた未成年の男は、天国の番人である天を思い切り睨みつけた。

 「うるせぇな…お前、確かここの番人だろ?いいから俺をこんな狭いところから出せよ」

 「ごめん、それはまだ出来そうにない。…三時間後、また来る。その時にまた話そう」

奏斗は返事が気に食わなかったのか、天に殴りかかろうとした。だが、鎖に繋がれ檻の中に居る奏斗は天に近づくことさえ出来ない。憐みの目を浮かべ、天は地下牢を後にした。

「ここは、いつ来ても錆び臭い」





【午後3時・天国入国管理所】

焔に全ての業務を任せ、天国へ来た獄と暁は、管理所前で止まっていた。
 
 「おい暁、入国用のパスはどうした」

 「ひぇ…そ、それが見当たらなくて…たしかここのポッケに入れたはず…あれぇ?」

暁が入国用のパスを失くしたのだ。獄の場合、地獄の番人という立場があるため顔パスが効くのだが、初めて天国に来る暁はそういうわけにもいかない。獄は浅めの溜息を吐くと管理所の警備員に声を掛けた。

 「すまない。こいつ、俺の部下なんだがパスを失くしたらしいんだ。今回だけでいいから入国許可をくれねぇか…?」

 「で、ですが…天様に伺ってみないわけには―」

 困り顔を浮かべていると、警備員の後ろから白いスーツ姿の天使が来た。

 「いいですよ。その者達を通してあげなさい」

 「そ、天様…!はい、承知いたしました」

天国の番人・天だ。お勤めご苦労、と警備員に労いの言葉を掛けた天は獄と目を合わせる。

 「久しぶりですねゴミ。部下の所持品くらい把握してはどうですか」

 「半年ぶりに会って一言目がそれか。相変わらず腐ってやがるなクソ天使」

 獄と天の仲が悪いという知識はあった暁。だが、それを実際に見たことがなかった為、挨拶のタイミングを逃したという後悔とこの場をどう切り出せばいいのか分からないという困惑で、暁の脳内会議が始まりかけたその時、

 「獄様、御付きの補佐様。ようこそ天国へ此度の対談場は宮殿の離れの館になります。ご案内させていただきますね」

涙が慣れた様子で挨拶と案内を勧めた。涙の一声によって二人は元の二人に戻った。

 「…案内します。どうぞこちらへ、地獄の番人。それから…」

天が暁に目を移した。
暁は緊張しつつ、ゆっくりと口を開いた。

 「あ、暁と申します。初めまして、天国の番人・天様。ほ、本日はよろしくお願いいたします…!」

恐る恐る暁が顔を上げると、天は微笑んでいた。その姿に暁は安心し、ほっと胸を撫で下ろした。

挨拶を済ませた一行は、対談場である離れへと向かった。
 
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