彼岸の花が咲く頃に
死者の世界…それは現世で死んだ人間が死後過ごす世界。
そんな死者の世界は3つに分けられる。
天国、地獄、それから黄泉。
天国は、救いの手を差し伸べ、地獄は裁きを下し、黄泉は全てを司る。
これは、そんな世界の物語。現世では知られることのない、死者の世界の者の、日常の話。
【地獄界】
…はぁ、と溜息を吐くのは、地獄の番人・獄(ひとや)。地獄の裁きを受ける全ての者の把握から、地獄の警備、環境整備までの指揮をとる閻魔の右腕だ。
仕事の腕は地獄一と言われる彼が珍しく溜息を吐く理由。
それは―
「獄様!お茶をお持ちしまし…っうわぁ!熱い!!あぁー…床がお茶まみれ…申し訳ございません!」
つい先日獄の直属の部下として迎え入れた亡者・暁(あかつき)の指導だ。彼女は生前、双子の兄との恋愛トラブルが原因で死亡。地獄での裁きの際、閻魔の命により獄の下で働かせる事になったのだ。
生前の暁は男であったが、女に性別を変え、現在に至る。
名も、その時に獄につけられたものを使用している。
そんな暁、働き始めて数日経つのだが、まともに茶を運ぶことさえ出来ない。
掃除を任せれば雑巾さえも獄の頭に乗せてしまうくらいの仕事効率の悪さだ。
初めは地獄に慣れていないから仕方がないと様子を見ていた獄だったが、もうそれどころの話じゃないと気付き始めた。
「おい暁…これで何度目だ。」
「えっとー…ご、5回?」
「22回目だが?」
「ひっ…す、すみません!すぐに片付けます!!」
「いい。お前は買い出しに行ってこい。片付けは俺がやっておく」
きっと閻魔様は、俺の仕事量と休日の少なさを配慮してくださって暁を採用したはずだが、寧ろ以前より酷くなってる気がする。そう思いながら暁を見送り、床の掃除を始める獄。
これで22回目の床掃除になる獄は、慣れた手つきで次々と片付けていく。
獄自身、元々は大の掃除嫌いなのだが、暁のおかげ(皮肉)で今となっては掃除を毎日するようになった。その分必要な書類がすぐ見つかるようになったから得にはなった、と言うのは秘密の話。
「掃除も出来なくて茶も出せない。…あいつは一体何なら出来るんだ?」
さすがに失敗ばかりで気を病ませるわけにもいかない、何か出来そうな仕事はないかと昨夜から策を練っていた獄。
床を拭いた雑巾を絞りながら独り言を零し、茜色の空を見上げる。
そういえば、と思い出した獄は雑巾を片付け、自室の書斎に戻る。手前の棚、上から2段目の左から4冊目の資料を手に取り開く。
それは、天国からの要請事項の書かれた書類だった。その中の5項目の内容に目が留まった。これなら暁にでも出来るだろう。そう確信した獄は、その資料を片手に暁のいるであろう事務館へと足を運んだ。
廊下を真っ直ぐ、突き当りを左の奥の館の扉にノックを3回。すると、扉から一人の獄卒が顔を出した。
「はい…って、獄様?珍しいですね。何用ですか?」
暁と同じく獄の直属の部下にあたる焔(ほむら)だ。
暁とは正反対で、冷静沈着な性格だ。時期番人候補と謳われる程の仕事ぶりで、獄が唯一地獄内で自分の仕事の代理などを任せる事をする獄卒だ。
今では、現世調査任務の長を務めている。
「近所まで暁に使いをさせたんだが、もう戻ってきているか?」
「いえ。ここにはまだ戻ってきてないですね。ここじゃ冷えますし、どうぞ中へ。お茶の用意をします」
そう言いながら、獄の座る椅子を整え、館内の温度調節を始める焔の様子を見て、獄はまた一つ溜息を吐いた。
暁にも、これくらいの事はこなせるようになれないだろうか。そんな事を思いながら茶の用意をする焔をじっと見る。
「どうなさいました?何か焔に不手際でも…?」
「いや、そういうわけじゃない。ただ、お前の行動力には感心するなと、な?」
「お褒めいただきありがとうございます。精進します」
獄の手元に程よく温かい緑茶と茶菓子が置かれた。
獄は茶を一口飲むと、書斎から持ち運んできた資料に目を通した。
「獄様、それで暁への用事とは何でしょうか?」
気になる素振りを見せた焔に資料を手渡した。一瞬疑問そうな顔をしていた焔だったが、それに目を通した途端、表情が一変した。
「獄様、まさかこれを暁に…?」
「あぁそうだ。暁には出張へ行ってもらう。異論はないだろう?」
「ですが、場所が問題です。何故天国への出張なのですか!?」
獄が暁に任せようとしていた任務…。
それは【天国へ3日間に渡る意見交流会の出張】だった。
たしかに、修行の意味では十分に経験を積める。外へ出れば自然とそういったスキルも身につくだろう。
しかし何故天国なのか。焔はそれが疑問だった。理由は様々だが、その中でも―
「何故わざわざ、顔を合わせれば喧嘩しない時はない天様と対談する羽目にはるような事を…」
獄と天国の番人・天(そら)との不仲が一番の理由だった。育ちの違いが原因なのか、この二人は仲が悪いどころの話では済まないということは天国と地獄では有名な話だ。直属の部下である焔としても、なるべくこの二人の対談だけは避けるようにと仕事をすすめてきた。それが今、水の泡になろうとしている。
なんとしてでも避けなければ、と焔は考えた。が、すぐに諦めた。
「それは俺だって不本意だ。…それでも、暁には一つでも仕事が出来るようになってもらいたいんだよ」
獄は一度決めたことは絶対に実行する方だと焔は知っていたからだ。それに、獄は無駄な事は一切実行しようと思わない。それも知っていた焔は、半ばあきらめ気味に資料を獄に戻した。
「…分かりました。焔の方から天様宛に手紙を送らせて頂きます」
「あぁ。頼んだぞ」
…その数時間後、買うものリストを失くして泣く泣く帰ってきた暁が焔に怒られ、獄の部屋に一時間正座させられながら出張の話を聞いてさらに泣き出した話は、ご想像に任せよう。
そんな死者の世界は3つに分けられる。
天国、地獄、それから黄泉。
天国は、救いの手を差し伸べ、地獄は裁きを下し、黄泉は全てを司る。
これは、そんな世界の物語。現世では知られることのない、死者の世界の者の、日常の話。
【地獄界】
…はぁ、と溜息を吐くのは、地獄の番人・獄(ひとや)。地獄の裁きを受ける全ての者の把握から、地獄の警備、環境整備までの指揮をとる閻魔の右腕だ。
仕事の腕は地獄一と言われる彼が珍しく溜息を吐く理由。
それは―
「獄様!お茶をお持ちしまし…っうわぁ!熱い!!あぁー…床がお茶まみれ…申し訳ございません!」
つい先日獄の直属の部下として迎え入れた亡者・暁(あかつき)の指導だ。彼女は生前、双子の兄との恋愛トラブルが原因で死亡。地獄での裁きの際、閻魔の命により獄の下で働かせる事になったのだ。
生前の暁は男であったが、女に性別を変え、現在に至る。
名も、その時に獄につけられたものを使用している。
そんな暁、働き始めて数日経つのだが、まともに茶を運ぶことさえ出来ない。
掃除を任せれば雑巾さえも獄の頭に乗せてしまうくらいの仕事効率の悪さだ。
初めは地獄に慣れていないから仕方がないと様子を見ていた獄だったが、もうそれどころの話じゃないと気付き始めた。
「おい暁…これで何度目だ。」
「えっとー…ご、5回?」
「22回目だが?」
「ひっ…す、すみません!すぐに片付けます!!」
「いい。お前は買い出しに行ってこい。片付けは俺がやっておく」
きっと閻魔様は、俺の仕事量と休日の少なさを配慮してくださって暁を採用したはずだが、寧ろ以前より酷くなってる気がする。そう思いながら暁を見送り、床の掃除を始める獄。
これで22回目の床掃除になる獄は、慣れた手つきで次々と片付けていく。
獄自身、元々は大の掃除嫌いなのだが、暁のおかげ(皮肉)で今となっては掃除を毎日するようになった。その分必要な書類がすぐ見つかるようになったから得にはなった、と言うのは秘密の話。
「掃除も出来なくて茶も出せない。…あいつは一体何なら出来るんだ?」
さすがに失敗ばかりで気を病ませるわけにもいかない、何か出来そうな仕事はないかと昨夜から策を練っていた獄。
床を拭いた雑巾を絞りながら独り言を零し、茜色の空を見上げる。
そういえば、と思い出した獄は雑巾を片付け、自室の書斎に戻る。手前の棚、上から2段目の左から4冊目の資料を手に取り開く。
それは、天国からの要請事項の書かれた書類だった。その中の5項目の内容に目が留まった。これなら暁にでも出来るだろう。そう確信した獄は、その資料を片手に暁のいるであろう事務館へと足を運んだ。
廊下を真っ直ぐ、突き当りを左の奥の館の扉にノックを3回。すると、扉から一人の獄卒が顔を出した。
「はい…って、獄様?珍しいですね。何用ですか?」
暁と同じく獄の直属の部下にあたる焔(ほむら)だ。
暁とは正反対で、冷静沈着な性格だ。時期番人候補と謳われる程の仕事ぶりで、獄が唯一地獄内で自分の仕事の代理などを任せる事をする獄卒だ。
今では、現世調査任務の長を務めている。
「近所まで暁に使いをさせたんだが、もう戻ってきているか?」
「いえ。ここにはまだ戻ってきてないですね。ここじゃ冷えますし、どうぞ中へ。お茶の用意をします」
そう言いながら、獄の座る椅子を整え、館内の温度調節を始める焔の様子を見て、獄はまた一つ溜息を吐いた。
暁にも、これくらいの事はこなせるようになれないだろうか。そんな事を思いながら茶の用意をする焔をじっと見る。
「どうなさいました?何か焔に不手際でも…?」
「いや、そういうわけじゃない。ただ、お前の行動力には感心するなと、な?」
「お褒めいただきありがとうございます。精進します」
獄の手元に程よく温かい緑茶と茶菓子が置かれた。
獄は茶を一口飲むと、書斎から持ち運んできた資料に目を通した。
「獄様、それで暁への用事とは何でしょうか?」
気になる素振りを見せた焔に資料を手渡した。一瞬疑問そうな顔をしていた焔だったが、それに目を通した途端、表情が一変した。
「獄様、まさかこれを暁に…?」
「あぁそうだ。暁には出張へ行ってもらう。異論はないだろう?」
「ですが、場所が問題です。何故天国への出張なのですか!?」
獄が暁に任せようとしていた任務…。
それは【天国へ3日間に渡る意見交流会の出張】だった。
たしかに、修行の意味では十分に経験を積める。外へ出れば自然とそういったスキルも身につくだろう。
しかし何故天国なのか。焔はそれが疑問だった。理由は様々だが、その中でも―
「何故わざわざ、顔を合わせれば喧嘩しない時はない天様と対談する羽目にはるような事を…」
獄と天国の番人・天(そら)との不仲が一番の理由だった。育ちの違いが原因なのか、この二人は仲が悪いどころの話では済まないということは天国と地獄では有名な話だ。直属の部下である焔としても、なるべくこの二人の対談だけは避けるようにと仕事をすすめてきた。それが今、水の泡になろうとしている。
なんとしてでも避けなければ、と焔は考えた。が、すぐに諦めた。
「それは俺だって不本意だ。…それでも、暁には一つでも仕事が出来るようになってもらいたいんだよ」
獄は一度決めたことは絶対に実行する方だと焔は知っていたからだ。それに、獄は無駄な事は一切実行しようと思わない。それも知っていた焔は、半ばあきらめ気味に資料を獄に戻した。
「…分かりました。焔の方から天様宛に手紙を送らせて頂きます」
「あぁ。頼んだぞ」
…その数時間後、買うものリストを失くして泣く泣く帰ってきた暁が焔に怒られ、獄の部屋に一時間正座させられながら出張の話を聞いてさらに泣き出した話は、ご想像に任せよう。
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