サマー・サマー・イリュージョン
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夏といえば。
花火、海、夏祭り…そして水泳の授業である。
なぜ教師はやたらと競走させたがるのだろうか。
暑い中無駄に長い距離を泳がされるいつもの授業内容も嫌だが、体育教師が今日は男女混合でリレーをすると言い出した。
意味がわからん。
水泳が苦手な奴の気持ちを考えてくれ。
俺は元々運動は得意ではないのだ。ボーダーの同級生達には、トリオン体を解いた途端ポンコツだなと言われる始末。
運動のセンスがないというよりは体力が致命的にない。
そんな俺にとって個人競技ならまだしも、他人に迷惑がかかる団体競技は苦痛であった。
女子の水着が間近で見れるという点だけで言えば超感謝企画なのだが、泳ぎが得意ではない所を間近で見られるという大きなデメリット付きである。
そしてこんな風に現実逃避をしていても授業内容は変わらないわけで。
速やかに3つのチームに分けられ、泳ぐ順番を決められる。男女で交互に泳ぐらしい。
「あ、当真くん一緒のチームじゃん」
「おわっ忍野」
「何焦ってるの?てか順番私の前なのね」
隣の女子の列から忍野が顔を出した。
おお、水着いいね。
…じゃねぇわ。
どうやら俺がバトンを渡すのはこの女らしい。
運悪すぎねぇ?
ある程度仲のいい奴にダサい所を見られるのが一番屈辱な気がするのだが。
「あー…得意じゃねぇんだわ、体育」
「そうなの?意外。まぁ大丈夫だよ、誰が泳いでるかなんて皆そんなに見てないから」
いや、そうか…?
同じチームの奴とか結構見るだろ。
「ははは、不安そうにしすぎ。そんなに泳ぐの遅いの?」
「うっせ」
そこで教師から号令がかかる。
どうやらリレーを始めるらしい。
トップバッターの女子3人が水の中に入る。
「よーい、」ピーッという笛の音と共に3人が同時にプールの壁を蹴った。
遂に始まってしまった。
声援で騒がしくなったプールサイドで俺は溜息を吐く。
25mでターンをし、少しずつ差をつけながらそれぞれのチームの女子がこちら岸に帰ってくる。
俺たちのチームは現段階では2位だ。
その後も続々と泳者が交代し、今出た女子が戻ってきたら俺の番という所まできてしまった。
気が乗らないまま水の中に入り自分の番を待っていると、
「当真くん」
忍野がプールサイドから顔を覗かせた。
先程気付いたのだが、忍野はアンカーだったらしい(うちの学年は女子の方が多いため、トップバッターとアンカー共に女子になった)。
つまり、同時に俺は男子の中で最後という割と大事なポジションだ。
大会でもなんでもないから負けてもいいのだが、それでもこんな終盤で抜かれて順位が落ちたら目立つしダサい。
「大丈夫、もし抜かれても絶対負けないから、安心して泳いできて」
下からの、白い脚が目立つアングルで忍野は悪戯っぽく笑った。
それと同時に俺の前の女子が帰還した。手と手をパンッと一瞬合わせバトンタッチし、壁を思い切り蹴る。
得意でないなりに精一杯腕と脚を動かし前へと進む。
2位のままバトンが渡った為、1位のチームは既にかなり前を泳いでいる。
それを追うように泳ぎ、後ろから追ってくる3位のチームから逃げる。
25mでターンをし、チラリと横を見るとすぐそこまで3位のチームが迫っているのが見えた。
くそ、前の奴に追いつくことは元より諦めているが抜かれるのは嫌だ。
3位だった奴と隣に並んだ。
息継ぎの時向こう岸に忍野が見えた。
必死に手脚を動かす。
あと10m、5m──
忍野と俺の掌がパンッと音を鳴らした。
俺とすれ違ってびゅん、と忍野が飛び出して行く。
息を整えながらプールサイドへ上がり、水の中で繰り広げられるレースに目をやると、忍野がぐんぐんと隣の女子を引き離していく。
綺麗なフォームに思わず見惚れた。
素早くターンをし、ぶっちぎりで1位だったチームの女子に迫っていく。
残り15m地点で遂に抜いた。
歓声が沸く。
そしてそのままの勢いを保って1位で忍野は帰還した。
プールサイドに上がった忍野が俺の方を見て「ね、負けなかったでしょ?」と笑った。
着替えを済ませて教室に戻ると、既に次の授業の支度に取り掛かっている女に話しかける。
「お前、水泳得意だったんだな。めちゃくちゃ速くてびっくりしたわ」
「まぁね、目立つのは嫌だけどどうせやるなら勝ちたいじゃない?」
流石に水泳部の子が相手だったら悔しいけど負けたかもね〜、と笑う忍野。
いつもクラスで地味に過ごしている目立つことを得意としていない女は、それを投げ打ってでも勝ちたい程度には負けず嫌いらしかった。
何一つ知らなかった忍野の一面を1つ知り、少し口角を上げる。
嫌いな体育の時間も案外悪くないのかもしれない、なんて思ったり。
(泳いだ先には君がいる)