サマー・サマー・イリュージョン
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体育倉庫横の木陰に腰を下ろす。
汗でベタつくシャツが煩わしい。眉間に皺がよるのが分かる。蝉のジリジリという鳴き声が余計暑さを感じさせて舌打ちをした。
肩にかけたタオルで汗を拭いながら目の前のグラウンドで体育祭のリレーの練習をしている生徒たちをぼーっと眺めること数分、視線が刺さった。
横目で見ると水道の蛇口を捻る女子生徒がいた。目立つタイプではなさそうな、ふわりとしたポニーテールの女。
チクチクとした視線ではないのだが、ずっと見られているのは不愉快だ。
「おい…なにジロジロ見てんだ」
ギロリと女子生徒を睨む──いや、睨んだつもりは無いのだが、元々の目付きが鋭いためそうなってしまうのだ。
「あ、ごめん。体調悪いのかなーって思って」
鋭い視線にものともせず、あっけらかんと女は答えた。
刺さる感情も彼女の態度通りの申し訳なさや心配で、初対面で全く動じない相手──ましてや女はかなり珍しく、思わず目を丸くした。
「…まぁ、そんなとこだ」
実際には暑い中運動するのが面倒くさいというだけのただのサボりだが、なんとなく流れでそう答えた。
女は勝手に俺の隣に「よいしょ」と腰を下ろして、脚をゆらゆらさせ始めた。
「影浦くんはさー、競技どれ出るの?」
は?なんで名前──と思ったが、そういえば今は体操着で胸元には苗字が縫い付けられている。恐らくそれを見たのだろう。そうじゃなかったら、知らねぇ、別にどうでもいいけど。
「あー…縦割りリレー」
「え!てことは影浦くん足速いんだね!」
いいな〜、と言う彼女からはふわふわした感情が伝わってくる。自分で言うのもなんだが初対面の無愛想な男相手に変な女だ。
ふと、女から伝わってくる感情がもう1つあることに気付いた。
「お前、」
「あれ?カゲに忍野じゃん。なに、お前ら知り合いだったの?」
出かけた声は第三者によって遮られた。
「当真くん、サボり?」
「おい。ちょっとは体調を心配しろよ、サボりであってるけど。てかお前は?」
「私は暑さにやられて」
「か弱いかよ」
突然現れた当真と隣の女はどうやら軽口を叩く程度には仲がいいらしい。
というか、
「知り合いじゃねぇし…そもそもこいつ誰だ?」
女の横にどかりと座った当真に尋ねると、彼は一瞬止まった後ゲラゲラ笑い出した。
「おい」
「いや、お前らお互いのこと知らずに話してたの?自己紹介くらいしろよ」
当真のくせに正論なのが腹立つが、その通り過ぎる。……いや、別にこの女と仲良くなるつもりだった訳ではないし、やはり自己紹介などしないのが正解だったんじゃないか…?
「じゃあ遅れたけど、私忍野 苑。よろしくね影浦くん」
勝手に自己紹介をした女はアーモンド型の目を細めてによりと微笑んだ。
「…影浦だ」
短く返すと当真に「カゲが素直なのレア!」と揶揄われたので、女の影から飛び出ている長い脚を思いきり蹴っておいた。
当真が来てすっかり忘れていたが、結局あの女の不可解な感情──「気付いて」とは、一体何に気付いて欲しかったのだろうか。
50分間の授業が終わり教室に向けて歩き出した女の背中からは、もう何も感じなかった。
(気をとられてもう1つの謎を見逃した)