サマー・サマー・イリュージョン
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通学路を歩きながら額を滴る汗を拭う。
まだ早朝とはいえ、日本の夏は暑い。いつもならこの時間はまだ布団の中で夢の中なのだが、うだるような暑さで目が覚め二度寝ができず仕方なく起床したのだ。
そのまま家でだらだらしてもよかったのだが、なんとなく今日は早く登校してみることにした。
本当に、なんとなくだった。
学校の昇降口はがらんとしていた。
朝練の生徒がちらほら見られる程度しかいない。こんな時間に登校したのは初めてだ。いつもはどちらかというと遅刻常習犯に分類される自分だ、仲の良い友人が見たら何があったと驚かれるかもしれない。
自分の教室の前まで来ると教室の中に1人の女子生徒が見えた。
窓は全開になっており、真っ白いカーテンがふわりふわりと揺れている。
(へぇ、こんな早くから来るやついるんだ)
女子生徒を後目に開きっぱなしだった前の扉から教室の中に入ると、黒板の真ん中に目立つように紙が貼ってあった。
ああ、そういえば昨日の終礼で席替えをしたのだった。担任が今日の朝に席順を発表すると言っていたような気がする。
(お、まじ?1番後ろじゃーん)
自分の席を確認すると窓際の1番後ろという寝るのに最適な席だった。
新たな席に足を向けると、先程の女子生徒が目に入った。窓際の後ろから2番目に座っている女は何をするでもなく頬杖をついて窓の外を見ている。
「はよ…忍野」
女の横を通り過ぎる際に声をかけると女──忍野 苑は頬杖をついていた顔を上げ、アーモンド型の目をぱちぱちと瞬かせた。
「…おはよう、当真くん。驚いた、私の名前覚えてたんだね」
「そりゃあまぁ、もう7月だし、流石にクラスメイトの名前くらい覚えてるよ」
いくら俺が馬鹿でも、そのくらい覚えることはできる。例え相手が地味で目立たない大人しい女子生徒だとしてもだ。
……。
何となく声をかけてしまっただけで、これ以上は特に話題を考えていなかったので少し焦る。コミュ力はある方だと思うが、流石にほぼ初めて話すクラスメイトの女子生徒(大人しめ)になんの話題を振るのが正解か分からない、というか話を続ける必要もなくないか?
「当真くんがこんなに早く登校してくるなんて珍しいね、いつも遅刻してきて授業もサボってるイメージあったから」
予想外。
向こうから話しかけてきた。しかも若干ディスりが入ってる。いや、正論なんだけれども。この地味女(仮)、思っていたよりもフランクらしい。
「あー…気分だよ気分。そういうお前はこんな時間に来て何してんだよ」
「私?私はね、」
カーテンがぶわりと揺れるのと一緒に忍野の髪の毛が舞う。
口角を上げて目を細めた彼女は愛おしそうに言うのだ。
「今この瞬間を焼き付けているんだよ」
思わず「はぁ?」と声が出る。
変なやつだ、と思った。
だが不覚にもその時の彼女の表情は、今しがたの不可解な彼女の言葉のように俺の脳裏にしっかりと焼き付いたのだ。
先に言っておくと、俺と忍野がまともに話したのはこの日が初めてで、もしこの日挨拶をしなかったら卒業まで関わりなんてなかっただろう。
だからその日、たまたま早起きして、何となく早くに登校した教室で彼女と2人きりになり、気まぐれで話しかけた彼女に何か無視出来ないものを感じたのはきっと、全て偶然だ。
(出来すぎた偶然を人は運命と呼ぶ)