サマー・サマー・イリュージョン
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この世界にトリップしてから数日経った。
何度か買い物で外に出ることもあり、見慣れない外とアパートとの行き来は、まるでただ知らない土地に引っ越してきただけかのように錯覚させた。
その甲斐あってか、初日と比べここの生活を受け入れつつあった。
私がこの世界に飛ばされた日付は3月1日だったらしく、高校入学までまだ日があった。
そんな私が目をつけたのは「ボーダーに入隊してみませんか」という例のCMだった。
やはりワールドトリガーといったらボーダー。
この世界を楽しむと決めたのだ。
そうするのならやはりボーダーに入るしかないだろう。
ボーダーに入れば、いずれ何かがあった時に自分の身を守る術を身に付けることもできるかもしれない。
丁度入隊試験が1週間後にあるらしく、私はすぐさまそれに申し込んだ。
確か筆記と体力のテストだったよな。筆記は常識範囲内のことしか聞かれないらしいし、体力もまぁ問題ないだろう。
ボーダーに入隊したら何になろうかな、やっぱり花形の攻撃手だろうか、いや狙撃手もいいな。
そして試験当日、存外楽しみにしていた私を待ち受けていたのは残酷な現実だった。
私にはトリオンが全くなかったのだ。
筆記と体力以前の問題だった。
こんなに全くトリオンがない人は見たことありません、と言われた。
錯覚は錯覚でしかない。
この世界は私の知る日本列島の遠くの土地でも何でもない。
私がこの世界の人間ではないのだと思い知らされた一つ目の出来事だった。
そこからはもう問題ばかり発生した。
沢山あった貯金は学費に殆ど消えた。
高校生にもなっていない少女を雇ってくれるバイト先は見つからず、入学式を迎えるまで質素な食事で食い繋いだ。
やっと唯一楽しみにしていた入学式当日を迎えた。
知らない土地での一人暮らしはとても心細くなるのだ。そのため、大勢の人とコミュニケーションがとれる学校への入学はその頃の心の支えであった。
私はちらほらマンガのキャラクターだと思われる人物を見つけた。
ボーダーには入れなかったけれど学校でキャラと仲良く出来たらいいな、なんて思っていた私は同じクラスになったボーダー隊員のとある女の子に話しかけた。
女の子はとても優しくて、私に良くしてくれた。
でも一緒に過ごせば過ごす程、この子は紙の中のキャラクターではなくこの世界で生きている人間なのだと思い知らされた。
この世界で違うのは私の方なのだと思い知らされた。
欲目で近付いた恥ずかしさと自分の異質さに耐えられなくなり、私は彼女と距離を置くようになった。
高校生は2回目だから大抵の授業は簡単だったけれど、社会だけはどうしても駄目だった。
地形も歴史上の人物も似通っているようで全部違ったのだ。
私が知らない歴史を延々と見せつけられて全く頭に入ってこなかったし、覚えたくもなかった。
極めつけは背中の数字だ。
たまたま鏡で背中を覗いたら、812と刺青のように刻まれた謎の数字を見つけた。
意味のわからない数字に気持ち悪さを感じたが、いくらお風呂で擦っても消えなかった。
次の日背中を見ると、数が1減っていた。812から811。
その後毎日数字を確認した結果、これは毎日1ずつ減っていくようだった。
頭がおかしくなりそうだった。
一体何をカウントされているんだ。
このカウントダウンが終わった時、何が起こる?
考えられることは、元の世界に戻されるか、はたまた別の世界に飛ばされる、───命の期限という可能性もある。
どっちにしろ、カウントダウンが0になったら私はこの世界から消されるのだろう。
もし無事元の世界に戻ることができたとして、はたして戻った世界は私が放り出された日のままだろうか。
それとも、かの浦島太郎のように何年も年月が経ってしまっているかもしれない。
それは、私の「元の世界」とは言えるのだろうか?
どうなるかなんてカウントダウンが終わってみないと分からなかった。
毎日目に見えて減っていく数字は、私を憔悴させた。
おかしくならない方がおかしい。
まるで余命宣告だ。
毎日毎日、命の期限かもしれないカウントダウンを背負いながら異世界で生きていく。
私は一体、どうしてこの世界に来たんだろう。
理解できない気持ち悪さを我慢して楽しむことを決めたのに、ボーダーの役にも立てない、ならば青春を楽しもうとしたら正体の見えない終わりを突きつけられた。
私、何か悪いことしたかな。
なんで私がこんな目にあわなくてはいけないの。
嘆いた。
嘆いて、嘆いて、嘆いて、全て諦めてしまったのは2年生の2学期に入ってすぐの事だ。
もう既に楽しもうだなんて気持ちは一欠片も残ることなく消えていた。
どうせあと何百日で二度と会えなくなってしまうこの世界の人間と関わるのが億劫で、狭く浅い最低限の友人関係を築いた。
期限ありきの生活にも慣れてきていた。
3年生に上がった頃には、あれだけあった数字は110まで減っていた。
この頃から毎朝早くに誰もいない教室でこの世界の風景を目に焼きつけるのが日課になった。
この空を見る日数も残り少ない。
そして、その日はいつもより一層清々しい朝だった。
結局ただ学校に通うだけで何もしないままここまで来てしまったけれど、私は本当に何のためにここにいるんだろうか。
そんな風に自嘲していた時、
私は当真くんに出会った。
(世界の異分子に差し込んだ光)