サマー・サマー・イリュージョン
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気付いたら、道端に倒れていた。
記憶違いなんかじゃない。
私はその日、いつもと同じように仕事を終えて、間違いなく自室のベッドで泥のように眠った筈なのに。
だが目覚めた場所は硬い地面の上、どこまでも続く有刺鉄線の横。
夢遊病ではないと思うのだけれど。
意味のわからない状況に陥ると──というか突然外に寝ていたら当然だが脳は覚醒する。
眠気など吹っ飛び、飛び起きた私は辺りを見渡した。
そして直ぐに、この状況を理解することになる。
「、うそ……」
有刺鉄線の向こう側に見える、巨大な四角い建物。
あの建物は、「私の世界」には存在しえない。だって、アレは架空の世界のものだ。
ボーダー。
それは某コミック誌で連載されているマンガに登場する架空組織である。
この状況が自分が見ている夢の中である可能性や、はたまた幻覚を疑った。
しかし、何度目を擦っても私の目の前から架空の建物が消えることはない。
有刺鉄線で囲まれた向こう側にある架空の建物に近付くことはできない為、間近でそれを確かめることは不可能だったが、遠くの方からバチバチという独特な音が聞こえて身震いをした。
こんなことが本当に有り得るのかと思ったけれど、信じるしかなかった。
辺りはまだ暗く、夜中のようだった。
道端にずっといる訳にもいかないので、上手く働かない頭を無理矢理働かせて私はひとまず立ち上がり自分の所持品を確認することにした。
鞄の様なものは持っておらず、ケータイもなし。持っていたのはパンツのポケットから出てきた身分証明証と何かの鍵だけ。
そしてその身分証明書が問題だった。
身分証明証──学生証は私の名前が記載されており、顔写真も間違いなく私の顔だったが、年齢も住所も本来のものとは全く違っていた。
成人していた年齢は15歳表記になり、住所は全く覚えのないものに。
(私の家がここに存在するってこと…?)
他にも気になることは山ほどあったが、まず注目したのは住所だった。
私がこの世界の住人ではないことは確かなのに、私の家が存在するのか?
その時頼れるのは学生証だけだった。
*
*
結論から言うと、この世界に私の家は存在した。
あの後電柱に書いてある住所を辿りながらなんとか学生証の住所に辿り着いた。
ごく普通の二階建てのアパート。
本当に開けてもいいのか不安に思いながらも、少し考えた末に学生証と一緒に持っていた鍵を差し込むとがちゃりと音が鳴って扉が開いた。
ワンルームの部屋の中はシンプルで必要最低限のものが置いてあるな、というイメージだった。
見て回った限り、この家に他の住人は居ないらしい。
引き出しの中には私の名前が書かれた通帳が入っており、まあまあな額の貯金があるらしかった。
クローゼットには真新しいセーラー服がかかっていた。机の上のカレンダーの4月7日の欄に「入学式」と書いてあったので、どうやらこの春から高校に通うことになっているようだ。
洗面所の鏡を見ると、少し若返った私が映った。
一通り散策した後テレビをつけてみると、見たことのない芸人さんがネタを披露していた。「なんでやねん!」という定番のツッコミで会場がどっと湧く。チャンネルを変えると、赤い服を着た美男美女の「あなたもボーダーに入隊しませんか」というCMが流れた。
ふう、と息を吐いてテレビの前のソファに腰を下ろす。
──ああ、本当にここはあのマンガの世界なんだ。
好きなマンガの世界に飛ばされたと思ったら、若返り特典に家や職業まできちんと用意されているとはとんだご都合主義だ。
…だけど、よくある小説の主人公のように手放しで喜べるほど、残念ながら私は楽観的ではなかった。
歓喜より何より、何一つ説明のつかないこの状況が私は気持ち悪くて仕方がなかったのだ。
私は元々理論的に考える人間で、リアリストだと自負している。
夢物語を想像することはしても絶対にそれが現実になることは無いと確信している──分かりやすい例を言えば、天国がこんな所だといいな〜と妄想もするし存在したらいいとも思っているけれど、天国とは人間が創り出した空想だから存在することはないと確信している──のようなこと。
信じたいと思っていても、理論的に証明されないことは心の底から信じることが出来ない性質だった。
そしてまさに今、それが覆された状況だ。
説明はできないけれど、私は確実に別の世界にいてこれからここで生活する環境もある。
気持ち悪い以外になんと言う。
全く知らない世界に放り出されて、完全に自分や世の中に存在する知識の範疇外の出来事。
頭を抱えた。
考えれば考える程、アリ地獄に嵌っていくようだった。
──それからどのくらいそうしていたか。
どれだけ考えてもこの事態の意味は分からない。分かるはずもない。
だから私は、一度理論的なことや摩訶不思議なことを考えることはやめにした。
折角の機会だから思い切り楽しんでやろうという気持ちで無理やり上書きするように、自分の頭の中から出来るだけ排除していった。
よし、大丈夫。大丈夫よ。
私は思い切りこの世界を楽しむの。
理解の範疇に及ばない故の気持ち悪さはあるものの、同時に全人類の中で「私が」選ばれたという優越感があるのも確かだった。
それに年齢から学校まで細かく設定されたのだから、もしかしたら私がここにきた理由が存在するのかもしれない。
傲慢にもこの時の私は、世界に選ばれた「主人公」なのだと思っていた。
(世界から放り出された日)