サマー・サマー・イリュージョン
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ざあざあと降る雨音がうるさくて、セットしていた目覚ましより早く目が覚めた。
朝は食べない派だから、支度には大して時間がかからない。強いて言うのであれば、自分の拘りの髪型のセットに少々時間をかけているかもしれない。
とはいえ、毎日やっていることだから結局そんなに時間はかからないのだが。
そして偶然が折り重なったあの日のように、なんとなく早く家を出た。
あの日清々しく晴れていた空は、薄暗い雲で覆われている。
教室に着くと、予想通り窓際の席で頬杖をついた女子生徒が1人ぽつんと座っていた。
昨日腑に落ちない別れ方をしたヤツ。
電気がついておらず薄暗い教室で、何故か窓は全開になっており雨風が入り放題になっている。
あいつ、なんで電気点けずに窓開けてんだよ。
「よぉ、忍野──」
「当真くんはさ、」
俺の声に彼女の声が被さった。
いつもの気さくな彼女の影はなく、どこか硬くて冷たい声色。
頬杖をついて窓の外を眺める忍野の表情は、彼女の靡く髪の毛に隠れて見えない。
「頑張って積み重ねることが全部無駄だって気付いたらどうする?」
「は?待て待て、どういう…」
とりあえず自分の席に座り薄っぺらい鞄を机の横にかける。
忍野はこちらを見ない。
「やり込もうとしていたゲームがもう直ぐ配信停止になるって知ったら、そのゲームをやり込む価値はあると思う?」
「なんだよ、ゲームの話か。別にそのゲームが好きなら配信停止になるまではやればいいんじゃねぇの?」
「データは全部消えて二度と戻ってこない上に、そこまでの時間や努力は無駄になっちゃうとしても?」
やけに突っかかるな。
この女が1つのゲームをやるかやらないかでここまで迷うとは思えない。むしろ普段の学校生活を見ている限りこいつの判断は早い方だ。
これはゲームの話ではなく何かの比喩か?だが、何の…?
「お前が一体何の話をしてるのかは分かんねぇけど、それってまだやり始めてもないってことだろ?」
「…まぁ、そうなのかな。意味ないしね」
「だったらまずやってみたらいーんじゃねぇの?やってもねぇのに終わった後のこと考えるとか虚しいだろ」
俺はボーダーで現在戦闘員をしているが、これから年齢が上がるごとにトリオンが衰えていつかは戦闘員でいられなくなる時がくるかもしれない。
でもだからといって、今戦わない理由にはならないし、日々鍛錬を積んでいることを無駄だなんて思わない。
戦闘員でいられなくなった後のことは、その時に考えればいい。
「その時の経験や記憶はちゃんと自分の中に残るし、無駄になるってことはないと思うぜ。それにそもそも終わりがくるとは限らねぇし、もし終わったとしてもまた始まる可能性だってあるだろ」
…なんか、勝手に何かの比喩だと仮定してしまったが、もし本当にゲームの話だったとしたら俺すげー的外れで恥ずかしいことを言っいるんじゃないか。
忍野も一言も喋んねぇし、やべぇ、ミスったかな。
「…当真くんは、やっぱすごいね…」
心の底からそう思っているのだと分かる程の感嘆。
忍野の声は、震えていた。
「眩しいよ、ほんと」
ああ、デジャブだ。
朝の教室で出会ったあの日を思わせるよるな、独特な雰囲気。
やはり俺はこいつを放っておけないと思った。
びゅう。
強い風。突風。
窓から容赦なく入ってくる雨に濡れた忍野の髪の毛がしなりと揺れ、一瞬彼女の横顔が顕になる。
顎から雫がぽとりと落ちた。
「…ごめん、私変だね。今日は帰ることにするけど、当真くんの話聞いてちょっと元気でた、ありがと」
ガタンと立ち上がった忍野は鞄を引っ掴んで早足で教室を立ち去っていく。
その背中にかける言葉はまだ分からない。
今は、まだ。
(零れ落ちた雫は雨か、それとも)
(雲を晴らせるのはきっと君だけ)