衝撃のワンシーン
ポコンっ、と子気味いい音と共にスマホが振動する。
新着メールの届いた音であり、丁度スマホを扱っていたためすぐに開いた。
差出人は「くらげ」さん。
さっきまで憂鬱だった心がスっと軽くなった。
『おすすめされた映画借りて見てみました。
いるかさんの言ってた通り、ラストシーンの演出が凝って良かったです。
好みが分かれそうだけど、僕は好きですね。
ただ、事件のトリックは微妙でしたけど笑
続編見たらまた連絡しますね(^^)v』
ふふ、と頬が緩むのが自分でも分かる。
やっぱり、くらげさんこういう感じの好きそうだと思った。
確かに事件のトリックは微妙だけど、続編になると一気にそのイメージを払拭してくるから。
(くらげさん、驚くだろうな〜)
「何ニヤけてるんですか〜、先輩」
スマホと顔を間に差し込まれたペットボトルを持っている後輩、野薔薇ちゃんがそう言った。
私が頼んだおつかいを遂行したらしく、稽古をつけていたグラウンドに戻ってきたようだ。
ありがと、と軽くお礼を言い受け取ったペットボトルのキャップを開ける。
「ちょっと見えちゃったんですけど、今どきメールなんてしてるんですね」
彼女は珍しいものを見る目で私を見た。
確かに、今はほとんどの人がLINEとかインスタとかのDMで連絡をとっている。
かくいう私も普段はそう。
ただ、ちょっと特殊な経緯で連絡を取り合うようになったくらげさんとはメールでやり取りしている。
映画の感想・考察掲示板で知り合ったくらげさん。
個人的に連絡をしあうようになって半年位。
割とプライベートな情報も知ってる。
彼は同い年で、神奈川の高校に通っているが今は不登校。
原因までは知らないけど、くらげさんが行かないと決めたら学校なんて行かなくてもいいと思う。
映画はなんでも見るタイプで、スプラッタも平気な肝の据わった人。
「もしかして先輩、好きなんですか?」
相手の人、と野薔薇ちゃんが言った途端に飲んでいたジュースを吹き出した。
むせる私を後目に、彼女はニヤニヤとして詰め寄ってくる。
「直接あったことも無い相手にそんな感情抱くわけ……」
「じゃあ会ってみたらいいじゃないですか!」
もし不審者だったら、遠慮なくぶっ飛ばせばいいだけですし!と喧嘩っ早い彼女は言う。
でも、確かにそうなんだけど……。
「送ってしまった……」
夜も深けた頃、迷惑かなと思いつつ今度実際に会わないか、という内容のメールを送った。
まぁ、一緒に映画見るだけだし。
決して、デート……とかそんなんじゃないし。
メールの難点は既読かどうか分からないこと。
返信するにも他の連絡手段より面倒だ。
送ってしまったものは仕方ない、気楽に待つしかないのだ。
そう自分に言い聞かせ、寮の風呂に向かった。
が、普段はゆっくり浸かるはずの湯船にも浸からず急いで自室に戻る。
髪ぐらい乾かせばよかったと思ったが、やっぱり乾かさなくてよかった。
スマホのロック画面には新着メールの通知。
急いでタップに開くと、いつもより短いメッセージ。
『いいですね!
僕もちょっとひとりじゃ見づらかった映画なので、一緒に行ってもらえると助かります(*^^*)
来週、楽しみにしてます。』
マジか、OKなんですか。
自分から誘っておいてなんだが、見ず知らずの人と会うことにもっと抵抗はないのだろうか。
私も人のこと言えないけど。
呪術師にとって繁忙期である夏。
そんな中に生まれたささやかな楽しみ。
それを頼りに今週も頑張ろう。
と、意気込み迎えた当日。
私は黒を脱ぎ、パステルを纏って、高専の遺体安置室に居た。
七海さんに急に連れてこられた何事かと思ったが、理由は明白。
私の手には見たことないおよそ男性向けのカバーのついたスマホ。
メールアドレスは、私もよく見たことがある。
「吉野、順平……」
変わり果てた肉塊の元の人間の名前。
「初めまして、くらげさん」
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