意味なしアリス
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目を覚ますと見覚えのない部屋に寝かされていた。清潔なベッド、カーテンの隙間から射し込む柔らかな光、随分と久し振りだ。 寝ている間に色々とされたらしく、着ていた筈の布切れはどこかへ行き、代わりにメルヘンチックなエプロンドレスを着せられていた。延び放題だった髪も整えられ、クリアな視界にどきまぎしてしまう。自分の視力が悪いことに感謝したのは、きっとこれが初めてだろう。
「目が覚めたのか」
男の声に私の体はびくりと跳ねた。この声は聞き覚えがある、というかできるなら聞きたくなかった部類に入る声だ。
「聴こえているんだろう"意味なし"?この耳は飾りか?」
ぐいっと耳を引っ張られる。普段から隠れている分耳は色が白いらしく、それが引っ張られて赤くなるのが見ていて面白いらしい。男、ブラッド=デュプレはわざと耳を引っ張っては耳元で囁くのだ。
しかし、飾りという言い方は強ち間違っていない。私は目も悪ければ耳も悪い。味覚は無いに等しいし臭いもあまり感じない。そうなってしまったなら他の感覚も麻痺してしまえばと思うのに、痛みだけは普通に感じるのだから不思議な国も質が悪い。
「……痛い」
「当たり前だろう、痛くなるように引っ張ったのだから。君にきちんと痛覚が備わっていて良かったな」
「……なんで私はここに?」
「君がお嬢さんとの約束を破って道端で寝ているからだよ」
私が見つけたのは運が良かった、帽子屋がため息をつくが、こいつの場合怪しいところだ。何かと道端で倒れてる私を見つけるのは彼で、たとえ彼の領地外でも回収されることがあるのだ。
「……私アリス嫌いだし」
「お嬢さんは君のことを気に入っているようだよ。まったく、羨ましい限りだよ」
こいつのどこがいいのやら、そう言って帽子屋は私の顔を覗き込んだ。思わず顔を背けると、顎を掴まれて強引に向き合わされる。
何が嫌って、彼らの顔立ちが嫌なのだ。この世界の住人は揃いも揃ってイケメンばかり、顔だけの奴ばかりだが、その辺りを考慮しても、イケメンと言わざるを得ない。ちなみに、イケメンの前に括弧で「残念な」が入ることを補足しておく。
それ以上に、私は彼らに嫌われているのだ。"意味なしアリス"、ここでは何の価値もない存在だ。アリスが存在する世界では意味のない、アリスの代用品。アリスになる可能性を持ちながらも、決してアリスになることはできない存在。
アリスの世界、アリスのための世界、そのアリスが不在の時のみ価値を見いだされる哀れな存在。
自分で言ってて哀しくなってくる。
「……アリスは、役なしにも優しいんでしょ」
「アリスは誰とでも分け隔てなく接するがね、最近のアリスは君にご執心だ。どこに行っても君に会えないと、ため息をついていたぞ?」
アリスは知っているのだ。私の存在理由を。だから執心する。お優しいアリス様は役なしにも分け隔てなく接する。そのままの流れで私にも触れる。アリスがいる限り何も価値のない人間を、代わりに愛してあげようと触れてくる。
どこまでも、上から目線だ。
「私はあの子の残りカスだもの。気になるのは当然じゃない?」
「残りカスか、また上手い表現をする」
思ってもないくせに、帽子屋は面白そうに言って私の髪を引っ張る。アリスと違って私の髪は白い。瞳の色も、肌の色も、まるで漂白剤でもぶちまけられたかのようだ。
そういえばそんなような死に方したこともあったっけ、ぼんやりとした記憶を途中まで辿って、それからすぐに放り出した。死んだ時の記憶など思い出さない方がいいに決まってる。どいつもこいつも役なし以上に私を殺したがっているんだから、死ぬことが些細なことだなんて思えるようにはなりたくない。
「……それで、私をあの子に引き渡す気?ご機嫌とりでもしようってのかしら?」
「アリスが喜ぶためならやってやりたいところだがね、一時であろうと彼女を独占するのが君だと言うことが気にくわない」