無題
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降りてこい、高圧的な声に充は眉をひそめた。周りはMSに囲まれ、銃口はコックピットに向けられている。こちらは武器も外され盾もない、抵抗は無意味と分かってはいるが、上から押さえつけるような言い方が、充は気に入らなかった。
コックピットのハッチを開け、無言で降りる。両手を上げ、武器を持っていないことを示すとMSからパイロットが降りてきた。
降りてきたのは赤い軍服に白い妙な仮面を付けた男だった。降りてきたMSの色に、充の中で納得がいく。そうか、これが……。
「連邦の白い悪魔、それが君のような少年だったとは驚いたな」
「失礼な、これでも俺は29だ。赤い彗星の再来、フル・フロンタル?」
ジオンの赤い彗星、シャア・アズナブル。数年前、小惑星アクシズを地球に落とそうとした、ネオ・ジオンの総帥だ。それ自体は連邦軍のロンド・ベルによって食い止められたのだが、その時にシャアそして連邦の白い悪魔と恐れられたアムロ・レイは機体も回収されず、行方不明のままだったという。
「それと、俺は白い悪魔なんて呼ばれた覚えはない」
「知っている。連邦の白い悪魔アムロ・レイはシャアと共に行方不明、今となっては戦死扱いだ。そうだろう?」
「……俺は再来と呼ばれた覚えもない。あんた達の望みが何か知らないが、俺が人質として機能するなんて思うな」
「…………ジオンの赤が特別な意味を持つように、連邦の白が特別な意味を持つのは当然のこと。君があの機体を盗んだのでなければ、ね」
充が乗っていた機体、それは連邦の新型MSだった。調整が難しく、今のところ充以外に乗れる人間は居ない。
それは挑発か、充は歯噛みした。
相手方とて、それを理解していない訳がないのだ。この機体を狙ったということは。
新型のMSということだけではない。輸送されているものについても事前に調べられていたのだろう。積み荷だけでも逃がせたのは幸運だった。
「私が望むのは君自身。人質にする気はないし、君の機体にも興味はない。加えて言うなら積み荷も私にとってはどうでもいいものなのだよ」
「…………?」
何を考えているのか充には分からなかった。疑問を口にしようとすると、後ろからやって来た青年が口を挟んできた。どうやら、フロンタルの部下らしい。
「大佐、本部から連絡が入っています」
「そうか、では行くとしよう。アンジェロ、彼を私の部屋へ」
「はっ」
敬礼し、フロンタルが去るのを見送ると、アンジェロと呼ばれた青年は大きく舌打ちした。
分かりやすい、一言で表すならそれだった。
「大佐はなぜ貴様などを……」
「……俺が聞きたい」
さすがに何度もそう舌打ちされると苛ついてくる。だからといって武器もない上に逃走経路も確保できない状況で何か出来るわけではないのだが、話せないやつよりはましだと思うことにする。
「機体に積んであるのも凡庸なものばかり、おまけにがらくたまで背負ってる。これが連邦の積み荷より重要?ありえない!」
「ひどい言われようだな。メカニックとして悲しくなってくるよ」
「メカニック?……道理で動きが鈍い訳だ、ますます貴様の価値が分からん。なぜ大佐は貴様などを……」
「おーおー、堂々巡りだな」
存分に悩んでくれ、面倒だから。
充は面倒くさそうに手を振って、執務室のソファに腰を下ろした。思った以上に柔らかく、危うく沈むところだったがなんとか持ちこたえる。
こんな上等なソファ、初めて座った。大佐ともなると上の人間と接することもあるのだろう。自分が大尉止まりなせいか、あまり想像がつかない。
「何勝手にソファに座っているんだ!貴様など立って待ってろ!」
「本人が居ないんだから立っても座ってもいいじゃないか。けちだな」
「貴様っ!」
だいたい、いつ戻ってくるのかも分からない相手をどうして立って待たなくちゃいけないんだ。こっちは客人でもなんでもない、寧ろ敵なんだから体力は温存しておくべきだ。
生身でどこまで戦えるか、という話ではあるけれど。
さすがに生身で戦うためにここに連れてきたのではないだろうし。
充はソファの感覚を確かめながら、ソファの脇に立つアンジェロを見上げた。
「そんなことより愛しの大佐のためにお茶でも入れてくれば?」
「貴様を一人にしておけるか!」
まあ、そうか。フロンタルの部屋ということだが、執務室なのは見て分かる。社外秘の書類だってある可能性はあるし、私室に繋がっているなら尚更だろう。
本棚にも沢山の本が置いてあることだし、もし万が一逃げられた時のことを考えて、ということだろうか。
「……なあ、俺のニューはどうなるんだ?」
「ニュー?」
「俺の機体、まさか破壊したりしないよな」
「知らん、大佐次第だろうな。私が判断することじゃない」
フロンタルか、連邦の機体とはいえ新型の機体だ。そう簡単に壊したりはしないと思うのだが、充としてはそれだけでは不安だ。あれは設計から材料の入手、組み立てに至るまで全て充が行ったのだ。自分の子供と言ってしまってもいいくらいのものだが、それが壊されるなど、考えただけで恐ろしい。
機体の破壊だけは止めないと、ずれた考えに気付くことなく、充はひとり頷いた。
フロンタルが部屋に来たのはそれから暫く経ってからだった。
部屋に入ってきてそうそう、アンジェロを下がらせ向かいのソファに座る。フロンタルという男は、よく分からない男だった。
「さて、最初にいくつか聞きたいことがあるが、君の方からは何かあるかな?」
「俺の機体壊したりしないよな?」
「…………ああ、少しデータは取らせてもらうが、それ以外は何も。君が整備できるよう手配もするし、心配することはない」
「良かった」
フロンタルは何とも言えない表情だった。いや、仮面をしているので表情は顔の下半分で判断しなくてはならないのだが、声の感じでそう思ったのだ。
「まず機体の心配とは、君も……変わっていないな」
「?……赤い彗星の再来と会うのはこれが初めての筈だけど」
「……気にしなくていい。独り言だ」
独り言、とりあえず本人がそう言うのだからそうなのだろう。