12の式神が紡ぐ物語
『おはぎの怪談』
「いやぁ……この時期のおはぎって、美味しいよね〜」
「これは本当に、幾らでもお腹に入っちゃう」上機嫌でおはぎを食べる神流を見て、蒼空は相槌を打つ。
「確かにそうだよね。いい感じの甘さだから、食べ過ぎちゃいそう」
「朱鷺が寝る間も惜しんで、作ってくれてるから尚更だよ。おはぎもいいんだけど、このあんこで作る善哉やお汁粉もよきなんだよね……」
あ、そんな事言ってたら、段々食べたくなってきた……。と恍惚な表情を浮かべて語る神流を見て、「そう来ると思った」と蒼空は思わずにはいられない。すると神流はある事を思い出した。「でも……この時期になると頻繁に、〈あんこの怪談〉が起きるんだよね」
「〈あんこの怪談〉……? それ……怖い話なの?」
「そんな怪談話、りせ姉さんと莉奈も聞いた事ないと思うんだけど」と蒼空は付け足す。
確かに。と神流は相槌を打つ。りせと莉奈は怖い話が大好きだ。ホラー映画はあの二人がいてくれたら、ちょっと見てみようかなと思ってしまう。何故なら二人は阿鼻叫喚になった空間で、涼しい顔で見ているのだ。
小学校五年生の頃、夏休みで帰省した際にりせの家で、録画したホラー番組を三人で見た。
どの話の内容も真琴が卒倒してしまいそうな内容ばかりで、神流は悲鳴をあげた。しかし神流はある事に気付いた。あれ? 私しか悲鳴あげてない? と。二人とも気絶してるのかな? どうなんだろう……? と思って、恐る恐る両サイドに座っていた莉奈とりせを盗み見た。盗み見て、神流は驚愕した。二人から「あ、全然、怖くないんですけど」と言わんばかりのスタンスで見ていたのだ。見終わった後、神流は二人に尋ねてみた。
「二人共、あれ……怖くなかったの?」
「「え、全然?」」
はひ? あっけらかんと答える二人に、神流の頭の中に宇宙が誕生する。
あ、そうだった。と、神流は思い出した。この二人は無類の怖い話が大好きな人達だった事を。
学校の図書館に所蔵されている怖い話の本では飽き足らず、家から京極夏彦の『姑獲鳥の夏』や『魍魎の匣』、小野不由美作品を持ってきて読んでいる話を聞いた事すら忘れていた。
あ、そうですよね。はい、滅茶苦茶耐性あったの忘れてたよ。と思い出す。そして、こう言わずにはいられなかった。
「…………あ、そっすね」と誤魔化す事にした。
「でもあの二人にこの話したら、「ホラーキャラ、目指してるの?」って言われそうだから話した事がないの。因みにその怪談の犯人、葵ね」
「葵が?」
あっけらかんとネタバレする神流に、蒼空は目を丸くせずにはいられない。その〈あんこの怪談〉の犯人が葵って、どういう事なのだろう? 蒼空の頭上でクエスチョンマークがメリーゴーランドのようにぐるぐる回る。
「葵には二つ名が存在するの。その名も……妖怪・あんこ食い‼︎」
「瑞獣の要素、どこ行った。何があったの?」
蒼空の綺麗な突っ込みが入る。ナイスツッコミと神流が返せば、「褒めても出ないよ」と蒼空から返ってきた。あ……はい、そうっすね。調子に乗りました。ごめんなさい。と謝罪した。
「その『おはぎの怪談』は、私のひいおじいちゃんの体験談なの。あ、お父さんの方ね」
「まさかの実体験」
「そうなんですよ」と神流は返すと話し始めた。
「でも私が生まれる前に死んじゃったから、会った事ないんだけどひいおじいちゃんのお目付け役だった朱鷺が教えてくれたの。
お父さんのひいおじいちゃん、実親(さねちか)って言うんだけど、実親ひいおじいちゃんも凄くあんこが大好きだったんだって。子供の頃、よく朱鷺の目を盗んであんこをつまみ食いしては怒られたんだって。
ひいおじいちゃんが八歳の頃のお彼岸の話なんだけど、お彼岸の前日に朱鷺の目を盗んであんこを食べようと思って台所に行ったら、釜戸の上にあった銅鍋が二つ共、何処かに行っちゃったの」
「鍋ごと?」蒼空が聞き返すと、「うん、鍋ごと」と答える。
「待って。あんこ作るのに、鍋二つも使ってたの?」
「彰さんが言うには、お彼岸の時は一つはご先祖様のお供え用で、もう一つは自分達が食べるように炊いてたんだって。
そこに朱鷺がやって来たの。ひょっとすると朱鷺がおはぎにしたから片付けたのでは? と思って試しに聞いてみたら、「え、まだ片付けてないっすよ?」って。もしかして泥棒に取られたんじゃ? うちのあんこって、「美味しい」って近所でも評判があるから、泥棒が銅鍋ごと持っていったんじゃ……冗談じゃないですよ。あの銅鍋、俺が小遣い貯めて、買ったやつなんですけど。こんな事を話している場合じゃない、今すぐ探さないと! 二人は母家から土蔵まで、家のありとあらゆる場所を捜索したんだけど、鍋は全く出て来ない。
折角、折角……買った銅鍋なのに。落ち込む朱鷺を慰めていた時、天井から空になった銅鍋が落ちてきたの」
「天井から?」蒼空は思わず聞き返した。話はまだ続く。
「なんで天井から、銅鍋が? あ、あんこ。そうだ、あんこはどうなってる? 恐る恐る二人は銅鍋の中を覗くと、鍋は綺麗に空っぽになっていた。銅鍋は無事に帰って来たけど、肝心のあんこはいずこへ行ってしまったのだ⁇ と二人が首を傾げて考えていた時、ぽとり……朱鷺の鼻の上に何かが落ちてきたんですよ。何が落ちてきたんだ? と思ってよく見たら、それはあんこ。何故、天井からあんこが落ちてくるんだ? と思って恐る恐る台所の天井を見ると……台所の天井の梁に座って葵が鍋のあんこを食べてたの」
かなりシュールな光景だ……。蒼空はそう思わずにはいられない。家の梁に座って、あんこを食べていた。思わず座敷わらしかと言いたくなってしまう。
「その後葵は、朱鷺に鍋とあんこの件でしこたま怒られて、一ヶ月間あんこ禁止令が発令されたの。この珍事件から葵に鍋二つ分のあんこを食べられる事を恐れた朱鷺は、葵専用の銅鍋を用意するようにしたんだって」
「だから何時も、台所に銅鍋が三つもあったんだ。あたし、おはぎに使うあんこが足りないからそうしているものだと思ってたよ」
「確かに三つ、銅鍋があったらそう思っちいますよ」
「おかわり、どうです?」と朱鷺に勧められたので、もう二個ほどおはぎを貰う事にした。蒼空はおはぎをじっと見た。
「葵って、あんこ単体が好きなの? 〈あんこの怪談〉を聞いて思ったんだけど……」
「アイツはあんこ単体も好きっすけど、あんこが使われたお菓子は全般的に好きっすね。それに休日になると、あんこを求めて全然帰ってきませんし」
「え」
蒼空は思わず固まってしまう。休日になると、あんこを求めて全然帰ってこない? そう言えば土日祝になると神流が、「葵が……葵が全然、帰ってこなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」と絶叫していた事を思い出した。
⸺あぁ……あれ、そういう事だったんだ。
なるほど、これが何十年目の真実……。と蒼空は納得した。今まで、謎で仕方なかった葵の不在の理由が漸く判明した。蒼空はふと思い返す。
「でもそれ、いつ帰ってくるの?」
「「え、月曜の朝」」
「月曜の朝?」
声を綺麗に揃えて神流と朱鷺は答えた。この二人、本当に息ぴったりだよな……練習でもしているのだろうか? と蒼空は密かに思わずにはいられない。朱鷺が答える。
「ありとあらゆる場所で、売られている業務用のこしあんと粒あんを買ってくるンすよ。まァ、チューブタイプのものもあるんすけど、それをデカいクーラーボックスに詰めて帰って来ます。それを見て姉貴は「彼奴、何処かに釣りでも行ってたのかい?」って……」
その葵の姿が、容易に想像出来てしまう。これに釣竿を入れたロッドケースや細々とした道具、魚釣りに行くような格好をさせれば、完璧に釣り人だ。でも、バーベキューの調理担当の人(スイーツ担当)でもおかしくない。色んな要素が加わる事によって、蒼空の頭の中は混乱してきた。
「確か、近所のスーパーでしょ? ショッピングモールの食材コーナーと業務スーパー、カルディ、成城石井……あとそれから、ええっと……まァ、とにかく色んな場所であんこを買ってた筈。色んなところであんこ買ってるから、流石に私も全然わかんないよ。まァ、別にあんこは嫌いじゃないけどさ……」
そう言いながら、神流はハムスターのように口をモゴモゴさせておはぎを食べていた。いつの間に追加を貰っていたんだろう……と思いながら蒼空は見ないふりをする。
「でもあれだけ大量のあんこを買って何するんだろう……」
「羊羹、善哉は毎晩製造してるだろ? 他に思い付くものと言ったら、おはぎとあずきバーもどき、どら焼き、たい焼き、最中、回転焼き、あとは……………………あんこマティーニ」
「「は?」」
聞き覚えのない単語に神流と蒼空は固まる。ちょっと、ちょっと。何その、あんこマティーニって。そんなの聞いた事ないよ! と言わんばかりの表情を朱鷺に向ける。さぁ、話せ! と言わんばかりの感情を向けられてしまったからには、逃げ出す事はできない。もし逃げ出せば、恐ろしい結末が待っている事を朱鷺はよく知っている。
⸺よし、逃げるのは諦めよう。
朱鷺は潔く、逃げる事を諦めた。
「普通、マティーニにはスタッフドオリーブって言うオリーブを使うんすけど、それがあれ……あんこマティーニでは違うんすよ。オリーブの代わりに、あんこが使われる。団子にしたあんこを」
「お、オリーブじゃなくて、あんこ……? 因みにそれって、こしあん? つぶあん?」神流が問いかける。
「あれは気分によって変えてた気がする。でも大体はつぶあん。昔、「それ、美味いのか?」って聞いて飲ませて貰ったけど、理解不能な味だった。あれはもう遠慮する。あれが「姉貴泣かせ」って言う理由がよくわかった気がする」
「姉貴泣かせ?」
またもや聞き覚えのない単語に首を傾げる事しか出来ない。それを聞いて蒼空が「それ、あたし知ってるかも」と答える。
「父さんと二人で作って飲んでみたんだけど、千津は「妾(あたし)もう、作りたくない」って泣きながらスプーンを床にぶん投げて、父さんも「あんことマティーニを一緒にする必要……」ってボヤいたって」
「その後に親父と二人で、姉貴と宗雲さんを慰めた記憶があるっすね」
「珱さんも大変だねぇ……」はえー……と神流は呟く。
大裳(たいじょう)。またの名を珱と名乗り、十二神将の一人で天帝の文官である。
温厚で気配り上手。天后の昴と共にいなくてはいけない大切な人物で、困った際は親身になって相談に乗ってくれる為、朱鷺達は親しみを込めて「親父」や「お父さん」と呼んでいる。しかし利玖の次に怒らせると怖い人物の為、心掛けている。
無言で静かに見つめる神流に、朱鷺は恐る恐る聞き返した。「……お嬢、どうしたんすか?」
「葵から並々ならぬ、男兄弟の末っ子臭がプンプンするのは気の所為?」
男兄弟の末っ子……それを聞いて、蒼空は家族構成を思い浮かべる。
家族の大黒柱的存在の珱、皆のお母さんの昴、頼りになる昴の兄弟ポジション(三つ子)の彰と弦と知弦、面倒見のいいお姉ちゃん的存在の千津、仲良ししっかり三兄弟の朱鷺と利玖と弥一、放浪癖が強い不思議くんの葵、そして仲良し三人娘の琴梨と珠洲と壱華(ちなみに珠洲と壱華は双子)。
⸺確かに、わかるかも……。
蒼空自身も納得せずにはいられない。
朱鷺や弥一、利玖の三人に世話を焼かれている姿を見かける度に、三人が手のかかる弟の世話をする苦労性の兄に見えた事は何度あっただろう。
「朱鷺が段々、お母さんにしか見えなくなってきた」
「確かに、私もそれにしか見えなくなってきた」
蒼空の言葉に神流はうんうんと頷く。それを聞いて朱鷺自身も思う事を零す。「うん、そうだろうと思ってた」
「は、は、は……っくしょんっ!!」
大きなくしゃみが土蔵の中に響き渡る。出てきた鼻水をティッシュで拭き取ってゴミ箱に捨てた。
「今、誰かが噂していたような……まぁ、いっか」
そして一口サイズのミニおはぎを頬張って、大学の課題に目を向けたのだった。
2025.10.15
UP日:2025.10.23
サイトをリニューアルしてから初めて投稿した作品第一号。
あんこ教と呼ばれる葵のお話でした。
しっかり者に見えるものの、結構干物男な一面がある。でもやる時にはやる男。
因みに神流をあんこ好きにした張本人でもある。
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