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山崎退視点 「こんなにあたたかい“お礼”があるなんて」

その日はちょっと、疲れていた。
資料作成、報告書、署内の連絡調整……
次々に降ってくる仕事をさばいて、ようやく外に出た。

屯所の裏。
自販機の横のベンチで、タブレットを閉じる。

空は青く、風は心地いい。
でも、どこか気持ちが締まらないのは――
彼女のことを、思い出していたからだと思う。

(あの日、傘を渡したあとは……ちゃんと、届いてるのかな)

べつに、大したことはしていない。
ただ、偶然すれ違って、傘を差し出しただけだ。
でも、彼女が差し出した「ありがとう」の言葉と、
あのとき見せた、ちょっと照れたような笑顔が頭から離れなかった。

(……もう少し、話していたかったな)

そう思っていたとき――

「……山崎さん」

振り返ると、彼女がいた。
制服姿、少しだけ緊張した顔。

その手には、見覚えのない小さな紙袋。

「ちょっとだけ、お時間いいですか」

差し出された袋を、思わず見つめる。

「これ……?」

「こないだ、傘を貸してくださったお礼です。
ほんの、気持ちだけですけど」

しばらく、声が出なかった。
“お礼なんていらない”なんて言うのは簡単だった。
でも――それを言ったら、この人の“気持ち”ごと断ってしまう気がして。

だから、俺は受け取った。

少し迷いながら、
でも、大切なものを扱うように。

「……そんな、気を遣わなくても」

「いえ。わたし、うれしかったんです。
山崎さんがいてくれて。
だから、ちゃんと伝えたくて」

彼女のその言葉に、
胸の奥が、ぎゅっとなった。

(……なんだよ、それ)

ずるいくらい、あたたかかった。
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