夢主達の設定です。
赤い薔薇と青い薔薇篇
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「リドル寮長、おはようございます」
「おはよう、アリス」
朝、メインストリートを歩いていたらアリスに出会った。アリスは、青い不思議な色の瞳を輝かせながら、ボクの方を見る。そしてこの間ボクがプレゼントした真っ黒なリボンを頭につけて、腰まである長くてウェーブがかった、薄いブロンドの髪を風に靡かせながらボクを追い越していった。そのブロンドの髪が朝日に反射して少し眩しい。ボクの隣を小走りで駆けていったアリスは、今日は何があるんだろう?
アリス・イリアステル・キャロルはボクの婚約者だ。と言っても、親同士が決めた婚約。その婚約が決まったのは、アリスが産まれてすぐのことで、ボクはまだ四歳だった。初めてアリスの顔を見たのはアリスがまだ病院に入院している頃で、「こんなに小さい赤ちゃんがボクの婚約者なのか」というのが第一印象だった。
アリスの家は伯爵で、当時のキャロル家当主が、ボクのお母様の医療魔術士としての腕を気に入ったから、とかそんな理由で婚約が決まったらしい。ボクも小さい時に説明されたきりだから正直覚えていない。もうこれは「決まった出来事」だから、今更理由なんて考える必要もないだろう。
アリスはこの学園に、十三歳で飛び級入学してきた。ボクはそれを入学式前日に聞いたけど、正直驚いた。この学園は男子校なはず。アリスはそれ程までに魔術士としての才能があって、他の学校にとられる前に、飛び級でうちの学園に入学させる程の価値があるのか、と。
そして、式典服に身を纏って入学式に現れたアリスは、周りから浮いていた。当たり前だ。周りは全員男子。その中に一人、小さい女の子がいたんだから。
アリスは小さい。ボクの目線の先にアリスのつむじが見えるくらいなのだから。それに、体型も細い。周りが男子だから余計そう見えるのかもしれないけれど、それでも細いと思う。多分、ボクでも簡単に抱えることが出来る。一体、今までどんな食生活をしてきたんだろう?ボクみたいに、お母様に栄養管理されていたわけじゃないだろうに。伯爵の家なのだから、もっと良いものを沢山食べてきただろうに。
そして入学してきたアリスは、ボクの知っている「アリス」じゃなかった。ボクがこの学園に入学してから一年、アリスには会っていなかった。その頃にはアリスの家にはアリスと、アリスのひいお婆様しかいなかった。そのひいお婆様も体調が良くなくて、パーティーどころか晩餐会も開けない、ということをお母様から聞いていた。どうせ、年に数回しか会えない仲なのだし、そのときのボクにとってはアリスは「婚約者」というより「妹」という感じだったから、アリスに会えなくてもなんとも思っていなかった。
でも、約一年振りに出会ったアリスは、背は相変わらず低いままだったけど、顔付きが少し険しくて、でもどちらかと言うと無表情……例えるなら人形のような感じになっていた。話し方も、どこか大人びていて、自分の事を「アリス」と言ばず、「私」と呼んでいて内心驚いた。最後に会った時も、自分の事を「アリス」と名前で呼んでいたのに。少し大人になった証拠なのだろうか。ボクが指導したとはいえ、学園ではきちんと敬語を使っていたり、寮のルールを守っている姿を見ると、少し寂しい気持ちもある、と最近気がついた。ボクはあのお転婆で能天気なアリスしか知らなかったから。
アリスは今までと違って、ボクやアリスの兄達といった血縁者や近親者だけではなく、エースやデュース、監督生といった人達と仲良くしている姿も最近よく見る。エースやデュースとは、手を組んでボクに決闘を挑んできたくらいだ。あの時は正直驚いた。
『アリスは絶対にリドルに負けない!!!』
その時にアリスの実力が分かった。塔に閉じ込められて育ったんだから、きっと甘やかされてロクな教育を受けていないと思っていた。でも、魔法の使い方や戦い方はしっかり仕込まれていた。それに、ボクのユニーク魔法を自力で破る程の魔力があることも分かった。
途中でマジカルペンの先の魔法石が砕けた後、どんなに魔法を連発してもオーバーブロットをしなかった。つまりこの学園に飛び級で入学できる程、将来有望な魔法士であるっていうこともよく分かった。あの時、どうしてボクの魔法を破ることができたのか?と聞いたら、アリスは「火事場の馬鹿力っていうものかもしれません。正直自分でもよく分かってないんです」と言っていた。
エースやデュースとは、今でも寮でも仲良くしている姿を見るし、三人でオンボロ寮に泊まりに行っていることもよくある。同じ寮生、同じ学年同士で、友達を作って仲良くやっていることは良いことだと思う。アリスは、昔からずっと「友達」を欲しがっていたから。
アリスは学校にも通わせてもらえず、キャロル家の屋敷の後ろにある小さな塔で育った。と言っても、物心ついた時にはもう魔法を使って塔を抜け出して、外で遊んだりしていたみたいだけど。どんなに厳重に魔法で扉を閉めても、絶対に開けて飛び出していたそうだ。パーティーの時、もう既に亡くなっているアリスの父親が、困ったようにボクの両親に話していたことを思い出す。
『ローズハート先生のお子さんは真面目でルールを守る良い子ですね。うちの子達は……特にアリスはお転婆といいますか、どんなに厳重に魔法で鍵をかけても、それを破って外に出てしまうから、見張り人も苦労してますよ。アリスもリドルくんを見習って欲しいものです』
塔の外には出れるけど、学校には行けなかったアリスに、トレイ達の話を一度だけした事がある。
『リドル、前に比べて表情が明るいね!何かあったの?』
『……いいかい、アリス。ボクのお母様には内緒にするんだよ』
『うん!』
『ボクに友達が出来たんだ。それで最近は毎日、自習時間を抜け出して、その友達達と遊んでるんだ』
『友達……本で読んだよ!いいなぁ、アリスはお外に出てもひとりぼっちで退屈だから、アリスも友達が欲しい!』
アリスが「友達」に強い憧れを持つようになったのは、そのせいだたと思う。あの話をしてからは、会う度に「友達が欲しい」と言っていたから。この学園に入学したアリスに「友達」が出来てよかった。
教室について、窓際に座って、ふと窓の外を見ると、グラウンドにアリスの姿が見えた。そして、運動着を着ていて、髪を二つに結んでいる。アリス達は一限目は体力育成なのだろう。髪を二つに結んでいても、やっぱり髪が長いし、あの薄いブロンドはここからでもよく目立つ。
そういえば昔、こんなことがあった。
『ひいお婆様が、髪の毛切ったら駄目って言うから髪の毛を切れないの』
その時のアリスの髪は前髪も伸びっぱなしだった。ボクが魔法で髪型を整えてあげたら、すごく喜ばれた。
『アリスの前髪が短くなってるし、この髪型可愛い!ねぇねぇ、アリスにその魔法、教えて!』
そして、その魔法を教えてくれって、何度もせがまれたので教えた。すると、すぐに覚えたものの、コントロールは上手くできなくて、短くしすぎたり、長くしすぎたり、と慌てふためいていた。
『それ!あれ、今度は短くなりすぎた……』
『あはは!アリス、髪が短いのは似合わないね』
『えー!』
『アリスは髪が長い方が似合うよ。ほら、ボクがまた整えてあげる』
『わあ、リドル、すごいね!アリス、一生この髪型でいる!』
『ボクが整えたんだから、可愛くて当然さ』
その様子は、今思い出しても笑いが出る。中々上手くいかなくて、結局最後はまたボクが整えてあげたんだよね。その髪型を今でも保っているから、相当気に入ったんだと思う。
この間も、髪にリボンを結んであげたら、喜んでいた。
『ボクは女の子の髪をこうやって扱ったことがないからこれくらいしかできないけど……』
『これがいいです。可愛い……』
そして、この学園に来て初めて笑っていた。そのリボンの結び方を今でも保っている。相当気に入っているのだろう。
昼食時、アリスの姿を見つけた。エースやデュース、ユウとグリムと一緒だ。楽しそうにしている。アリス達もボクの姿を見つけたみたいで、頭を下げてきた。昔だったらきっと手を大きく振って、抱きつく勢いでボクの方に来ていただろうに。……学園内では、この距離間が当然か。ボクは寮長で、先輩であり、アリスは寮生で、後輩なのだから。
今日の全ての授業と部活が終わって、寮に戻った。すると、トレイが「部活で作った試作品」と言って、苺のタルトを用意していた。何でも苺の品種から拘ったらしい。アリスが丁度通りかかったので、トレイと三人で一緒にお茶にした。
「いつ食べても、トレイ先輩のタルトは美味しいですね」
「ありがとう。でも伯爵の家で育ったアリスなら、パーティーとかでこれ以上に美味しいタルトは沢山食べてきただろう?」
「そんなことないですよ。私にとってパーティーなんて、ただの"大人"の社交場です。つまらない大人や、知らない人ばかり。だから大体面白くなくて、何食べてもおいしくなくて」
意外だった。アリスはパーティーには楽しそうに参加していた記憶がある。ダンスだって、ずっとボクと踊っていたはず。特にワルツが好きで、ワルツを踊っている時は本当に楽しそうだった。
『今日もアリスをエスコートしてくれてありがとう、リドル。アリスはリドルがいるパーティーが一番大好き。毎回一緒に出たいよ』
『それは厳しいんじゃないかな……』
『……うん、そうだね。あ、もう一曲!もう一曲アリスと踊ってよ!』
『分かった、じゃあ、アリス。手を』
『うん!』
こんな感じで、毎回何度もダンスを踊っていた。本当に楽しそうに。
「まぁ、楽しい日もありましたけどね。その時だけは、食事も、ケーキもおいしかったです。特に林檎の乗ったタルトが美味しくて。それでも、トレイ先輩のタルトの方がずっと美味しいですけど」
そうだ。アリスは林檎が昔から好きだった。昔、一度だけアリスがこう言ってきたことがある。
『リドル!あのね、アリス、苺のケーキとね、林檎のケーキを持ってきたよ。苺もおいしいけど、アリスのおすすめは林檎。この林檎、すごくおいしいんだ。アリス大好き。一緒に食べようよ』
ボクはその時断った。お母様に「砂糖の塊で毒だから、食べたらいけない」って言われていたから。断ったときのアリスは、少し悲しそうだった。
「へぇ。伯爵の家ってのも大変なんだな。ところでアリス、俺のタルトは世界で何番目に美味しいか?」
「これだけ褒めておいて言いにくいですけど……二番目ですね」
「そうか。それは残念。……それで、一番目は誰のタルトだ?」
「勿論、前にリドル寮長が作ってくれた苺のタルトですよ」
「あはは!リドルのオイスターソース味の苺タルトに負けたか〜」
「や、やめないかキミ達。あれはトレイが悪いんだろう?」
あの決闘の後、ボクがトレイの冗談を真に受けて作ったタルトが「一番美味しい」だなんて、どうかしてる。アリスはしょっぱいものや辛いものが嫌いなはずなのに。……あの時、顔を真っ赤にしながら誰よりも食べていたな。
「リドル、冗談を見抜けなかった方も悪いと思うぞ?あはは!」
「私、揶揄う意味でリドル寮長のタルトを一番にしたんじゃないんですけど……」
「じゃあ、どういう意味なんだ?」
「え!えっと…………寮長はいつも一番だから、タルトも一番美味しくて当然ってことです!」
「それ、答えになっていないぞ?」
「……トレイ先輩、わざと言っているでしょう?」
「さあな。でも、面白いものを見れたから良しとするか」
「やめてくださいよ、もう!」
トレイとアリスが楽しそうに話しているが、ボクにはよく分からなかった。だけど、アリスは、本当にボクの作ったあのタルトが「一番美味しい」って思っていることは何となく分かった。本当の理由は分からないけど。
「そういえば、アリスは何が好きなんだ?」
「え?」
「エース達は今度の『なんでもない日』はチェリーパイが食べたいとか言っていてな。だったら同じく新入生のアリスにも好みを聞いておかないとと思って」
さすがトレイだ。贔屓することなく、アリスの希望もちゃんと聞いている。ケーキの要望については、恐らくエース達のは我儘なんだろうが……。アリスは必ず「林檎の乗ったもの」って言うだろう。アリスは林檎さえ乗っていれば、タルトでもパイでも美味しそうに食べていたから。
「私は……特にないです。トレイ先輩のお菓子はどれをとっても絶品ですから」
……意外だ。アリスがそんなこと言うなんて。確かにトレイの作るお菓子はどれも絶品だが、好きな食べ物くらい言えばいいのに。
「そうか。そう言ってくれてありがとうな」
「私は事実を述べたまでですので、お礼を言われる程のことは言ってません。むしろ、毎回、あれだけの量を作るのはすごく大変でしょうに……。いつも作ってくださってありがとうございます」
「はは、そうやって言ってくれるのはありがたいな」
ボクの持っていたアリスへの印象と、今のアリスの状況がとても乖離していることが分かった。ボクはアリスのことを、「お転婆で、能天気なお嬢様」くらいにしか思っていなかったけど、それは決闘の時に違うって分かった。分かったつもりだったけれど、思っていた以上に「落ち着いている」し、「大人」になっている。そして、絶対に泣かない。泣き虫のイメージが付くほど、昔はすぐに泣いていたのに、今はそんな素振りも見せない。その代わり前程笑わなくもなったけれど。キャロル家は短命の一家だから、アリスが家を継ぐことが決まった時にその教育されたんだと思う。だからアリスは今のようになっている、とボクは思う。
「リドル?どうしたんだ?ボーッとして」
「いや、何でもないよ。ボクはやることがあるから、部屋に戻るよ。トレイ、ご馳走様。美味しかったよ」
「ああ」
「リドル寮長、あまり無理されないでくださいね」
そう言って部屋に戻ったものの、中々集中できない。最近、頭の中でアリスのことを考えていることが多い。何故だろうか。昔と違って「大人」になっている姿に戸惑っているから?それとも、見えなかった所がどんどん見えるようになって困惑している?いや、違う。それではない。
『これからはちゃんとキミ自身のことを見るよ。だってキミはボクの』
婚約者、と言いかけたところがアリスが自分の人差し指をリドルの唇に当てた。
『それは"親同士が勝手に決めた"婚約者でしょう。……私のことを見てくれるんだったら、そう言うの抜きで見てほしいです。……"アリス"自身を』
あの日、リボンをプレゼントした日のあの会話だ。アリスに「"親同士の決めた婚約者"じゃなくて自分自身を見てほしい」って言われたから、ボクはついアリスのことを目で追ってしまうし、空いた時間で考えてしまうんだ。それにあの時、初めて"あんなこと"されたから、忘れられないだけなんだ。思い出しただけで体温が上がる。アリスのことだから絶対にあの行動に意味を持たせてないだろう、そこに少し腹が立つけど。反則だ。ボクは忙しいのに、その脳内を支配するなんて。それにリボンを渡した時に、見せてくれたあの顔も、反則だ。今思い返すと、あの顔は、
「……可愛すぎだ。もうアリスのことを、前みたいに『ただの妹』とか言えなくなってしまったじゃないか。ああ、もうこんな姿、寮長としての威厳が……。それより、アリスが他人の前であんな顔をしないようにちゃんと言っておかないと」
ボクの婚約者のアリスは、ボクより背が低くて、とても細い。そして、腰まである長くてウェーブがかった薄いブロンド髪に、ボクがプレゼントした黒いリボンを着けている。青い不思議な色の瞳をした女の子で、大体無表情か少し険しい顔をしているくせに、時々とても可愛い笑顔を見せてくれる。それも無自覚に。そして、ボクがアリスをそう思うこの感情に名前を付けることができない。
「おはよう、アリス」
朝、メインストリートを歩いていたらアリスに出会った。アリスは、青い不思議な色の瞳を輝かせながら、ボクの方を見る。そしてこの間ボクがプレゼントした真っ黒なリボンを頭につけて、腰まである長くてウェーブがかった、薄いブロンドの髪を風に靡かせながらボクを追い越していった。そのブロンドの髪が朝日に反射して少し眩しい。ボクの隣を小走りで駆けていったアリスは、今日は何があるんだろう?
アリス・イリアステル・キャロルはボクの婚約者だ。と言っても、親同士が決めた婚約。その婚約が決まったのは、アリスが産まれてすぐのことで、ボクはまだ四歳だった。初めてアリスの顔を見たのはアリスがまだ病院に入院している頃で、「こんなに小さい赤ちゃんがボクの婚約者なのか」というのが第一印象だった。
アリスの家は伯爵で、当時のキャロル家当主が、ボクのお母様の医療魔術士としての腕を気に入ったから、とかそんな理由で婚約が決まったらしい。ボクも小さい時に説明されたきりだから正直覚えていない。もうこれは「決まった出来事」だから、今更理由なんて考える必要もないだろう。
アリスはこの学園に、十三歳で飛び級入学してきた。ボクはそれを入学式前日に聞いたけど、正直驚いた。この学園は男子校なはず。アリスはそれ程までに魔術士としての才能があって、他の学校にとられる前に、飛び級でうちの学園に入学させる程の価値があるのか、と。
そして、式典服に身を纏って入学式に現れたアリスは、周りから浮いていた。当たり前だ。周りは全員男子。その中に一人、小さい女の子がいたんだから。
アリスは小さい。ボクの目線の先にアリスのつむじが見えるくらいなのだから。それに、体型も細い。周りが男子だから余計そう見えるのかもしれないけれど、それでも細いと思う。多分、ボクでも簡単に抱えることが出来る。一体、今までどんな食生活をしてきたんだろう?ボクみたいに、お母様に栄養管理されていたわけじゃないだろうに。伯爵の家なのだから、もっと良いものを沢山食べてきただろうに。
そして入学してきたアリスは、ボクの知っている「アリス」じゃなかった。ボクがこの学園に入学してから一年、アリスには会っていなかった。その頃にはアリスの家にはアリスと、アリスのひいお婆様しかいなかった。そのひいお婆様も体調が良くなくて、パーティーどころか晩餐会も開けない、ということをお母様から聞いていた。どうせ、年に数回しか会えない仲なのだし、そのときのボクにとってはアリスは「婚約者」というより「妹」という感じだったから、アリスに会えなくてもなんとも思っていなかった。
でも、約一年振りに出会ったアリスは、背は相変わらず低いままだったけど、顔付きが少し険しくて、でもどちらかと言うと無表情……例えるなら人形のような感じになっていた。話し方も、どこか大人びていて、自分の事を「アリス」と言ばず、「私」と呼んでいて内心驚いた。最後に会った時も、自分の事を「アリス」と名前で呼んでいたのに。少し大人になった証拠なのだろうか。ボクが指導したとはいえ、学園ではきちんと敬語を使っていたり、寮のルールを守っている姿を見ると、少し寂しい気持ちもある、と最近気がついた。ボクはあのお転婆で能天気なアリスしか知らなかったから。
アリスは今までと違って、ボクやアリスの兄達といった血縁者や近親者だけではなく、エースやデュース、監督生といった人達と仲良くしている姿も最近よく見る。エースやデュースとは、手を組んでボクに決闘を挑んできたくらいだ。あの時は正直驚いた。
『アリスは絶対にリドルに負けない!!!』
その時にアリスの実力が分かった。塔に閉じ込められて育ったんだから、きっと甘やかされてロクな教育を受けていないと思っていた。でも、魔法の使い方や戦い方はしっかり仕込まれていた。それに、ボクのユニーク魔法を自力で破る程の魔力があることも分かった。
途中でマジカルペンの先の魔法石が砕けた後、どんなに魔法を連発してもオーバーブロットをしなかった。つまりこの学園に飛び級で入学できる程、将来有望な魔法士であるっていうこともよく分かった。あの時、どうしてボクの魔法を破ることができたのか?と聞いたら、アリスは「火事場の馬鹿力っていうものかもしれません。正直自分でもよく分かってないんです」と言っていた。
エースやデュースとは、今でも寮でも仲良くしている姿を見るし、三人でオンボロ寮に泊まりに行っていることもよくある。同じ寮生、同じ学年同士で、友達を作って仲良くやっていることは良いことだと思う。アリスは、昔からずっと「友達」を欲しがっていたから。
アリスは学校にも通わせてもらえず、キャロル家の屋敷の後ろにある小さな塔で育った。と言っても、物心ついた時にはもう魔法を使って塔を抜け出して、外で遊んだりしていたみたいだけど。どんなに厳重に魔法で扉を閉めても、絶対に開けて飛び出していたそうだ。パーティーの時、もう既に亡くなっているアリスの父親が、困ったようにボクの両親に話していたことを思い出す。
『ローズハート先生のお子さんは真面目でルールを守る良い子ですね。うちの子達は……特にアリスはお転婆といいますか、どんなに厳重に魔法で鍵をかけても、それを破って外に出てしまうから、見張り人も苦労してますよ。アリスもリドルくんを見習って欲しいものです』
塔の外には出れるけど、学校には行けなかったアリスに、トレイ達の話を一度だけした事がある。
『リドル、前に比べて表情が明るいね!何かあったの?』
『……いいかい、アリス。ボクのお母様には内緒にするんだよ』
『うん!』
『ボクに友達が出来たんだ。それで最近は毎日、自習時間を抜け出して、その友達達と遊んでるんだ』
『友達……本で読んだよ!いいなぁ、アリスはお外に出てもひとりぼっちで退屈だから、アリスも友達が欲しい!』
アリスが「友達」に強い憧れを持つようになったのは、そのせいだたと思う。あの話をしてからは、会う度に「友達が欲しい」と言っていたから。この学園に入学したアリスに「友達」が出来てよかった。
教室について、窓際に座って、ふと窓の外を見ると、グラウンドにアリスの姿が見えた。そして、運動着を着ていて、髪を二つに結んでいる。アリス達は一限目は体力育成なのだろう。髪を二つに結んでいても、やっぱり髪が長いし、あの薄いブロンドはここからでもよく目立つ。
そういえば昔、こんなことがあった。
『ひいお婆様が、髪の毛切ったら駄目って言うから髪の毛を切れないの』
その時のアリスの髪は前髪も伸びっぱなしだった。ボクが魔法で髪型を整えてあげたら、すごく喜ばれた。
『アリスの前髪が短くなってるし、この髪型可愛い!ねぇねぇ、アリスにその魔法、教えて!』
そして、その魔法を教えてくれって、何度もせがまれたので教えた。すると、すぐに覚えたものの、コントロールは上手くできなくて、短くしすぎたり、長くしすぎたり、と慌てふためいていた。
『それ!あれ、今度は短くなりすぎた……』
『あはは!アリス、髪が短いのは似合わないね』
『えー!』
『アリスは髪が長い方が似合うよ。ほら、ボクがまた整えてあげる』
『わあ、リドル、すごいね!アリス、一生この髪型でいる!』
『ボクが整えたんだから、可愛くて当然さ』
その様子は、今思い出しても笑いが出る。中々上手くいかなくて、結局最後はまたボクが整えてあげたんだよね。その髪型を今でも保っているから、相当気に入ったんだと思う。
この間も、髪にリボンを結んであげたら、喜んでいた。
『ボクは女の子の髪をこうやって扱ったことがないからこれくらいしかできないけど……』
『これがいいです。可愛い……』
そして、この学園に来て初めて笑っていた。そのリボンの結び方を今でも保っている。相当気に入っているのだろう。
昼食時、アリスの姿を見つけた。エースやデュース、ユウとグリムと一緒だ。楽しそうにしている。アリス達もボクの姿を見つけたみたいで、頭を下げてきた。昔だったらきっと手を大きく振って、抱きつく勢いでボクの方に来ていただろうに。……学園内では、この距離間が当然か。ボクは寮長で、先輩であり、アリスは寮生で、後輩なのだから。
今日の全ての授業と部活が終わって、寮に戻った。すると、トレイが「部活で作った試作品」と言って、苺のタルトを用意していた。何でも苺の品種から拘ったらしい。アリスが丁度通りかかったので、トレイと三人で一緒にお茶にした。
「いつ食べても、トレイ先輩のタルトは美味しいですね」
「ありがとう。でも伯爵の家で育ったアリスなら、パーティーとかでこれ以上に美味しいタルトは沢山食べてきただろう?」
「そんなことないですよ。私にとってパーティーなんて、ただの"大人"の社交場です。つまらない大人や、知らない人ばかり。だから大体面白くなくて、何食べてもおいしくなくて」
意外だった。アリスはパーティーには楽しそうに参加していた記憶がある。ダンスだって、ずっとボクと踊っていたはず。特にワルツが好きで、ワルツを踊っている時は本当に楽しそうだった。
『今日もアリスをエスコートしてくれてありがとう、リドル。アリスはリドルがいるパーティーが一番大好き。毎回一緒に出たいよ』
『それは厳しいんじゃないかな……』
『……うん、そうだね。あ、もう一曲!もう一曲アリスと踊ってよ!』
『分かった、じゃあ、アリス。手を』
『うん!』
こんな感じで、毎回何度もダンスを踊っていた。本当に楽しそうに。
「まぁ、楽しい日もありましたけどね。その時だけは、食事も、ケーキもおいしかったです。特に林檎の乗ったタルトが美味しくて。それでも、トレイ先輩のタルトの方がずっと美味しいですけど」
そうだ。アリスは林檎が昔から好きだった。昔、一度だけアリスがこう言ってきたことがある。
『リドル!あのね、アリス、苺のケーキとね、林檎のケーキを持ってきたよ。苺もおいしいけど、アリスのおすすめは林檎。この林檎、すごくおいしいんだ。アリス大好き。一緒に食べようよ』
ボクはその時断った。お母様に「砂糖の塊で毒だから、食べたらいけない」って言われていたから。断ったときのアリスは、少し悲しそうだった。
「へぇ。伯爵の家ってのも大変なんだな。ところでアリス、俺のタルトは世界で何番目に美味しいか?」
「これだけ褒めておいて言いにくいですけど……二番目ですね」
「そうか。それは残念。……それで、一番目は誰のタルトだ?」
「勿論、前にリドル寮長が作ってくれた苺のタルトですよ」
「あはは!リドルのオイスターソース味の苺タルトに負けたか〜」
「や、やめないかキミ達。あれはトレイが悪いんだろう?」
あの決闘の後、ボクがトレイの冗談を真に受けて作ったタルトが「一番美味しい」だなんて、どうかしてる。アリスはしょっぱいものや辛いものが嫌いなはずなのに。……あの時、顔を真っ赤にしながら誰よりも食べていたな。
「リドル、冗談を見抜けなかった方も悪いと思うぞ?あはは!」
「私、揶揄う意味でリドル寮長のタルトを一番にしたんじゃないんですけど……」
「じゃあ、どういう意味なんだ?」
「え!えっと…………寮長はいつも一番だから、タルトも一番美味しくて当然ってことです!」
「それ、答えになっていないぞ?」
「……トレイ先輩、わざと言っているでしょう?」
「さあな。でも、面白いものを見れたから良しとするか」
「やめてくださいよ、もう!」
トレイとアリスが楽しそうに話しているが、ボクにはよく分からなかった。だけど、アリスは、本当にボクの作ったあのタルトが「一番美味しい」って思っていることは何となく分かった。本当の理由は分からないけど。
「そういえば、アリスは何が好きなんだ?」
「え?」
「エース達は今度の『なんでもない日』はチェリーパイが食べたいとか言っていてな。だったら同じく新入生のアリスにも好みを聞いておかないとと思って」
さすがトレイだ。贔屓することなく、アリスの希望もちゃんと聞いている。ケーキの要望については、恐らくエース達のは我儘なんだろうが……。アリスは必ず「林檎の乗ったもの」って言うだろう。アリスは林檎さえ乗っていれば、タルトでもパイでも美味しそうに食べていたから。
「私は……特にないです。トレイ先輩のお菓子はどれをとっても絶品ですから」
……意外だ。アリスがそんなこと言うなんて。確かにトレイの作るお菓子はどれも絶品だが、好きな食べ物くらい言えばいいのに。
「そうか。そう言ってくれてありがとうな」
「私は事実を述べたまでですので、お礼を言われる程のことは言ってません。むしろ、毎回、あれだけの量を作るのはすごく大変でしょうに……。いつも作ってくださってありがとうございます」
「はは、そうやって言ってくれるのはありがたいな」
ボクの持っていたアリスへの印象と、今のアリスの状況がとても乖離していることが分かった。ボクはアリスのことを、「お転婆で、能天気なお嬢様」くらいにしか思っていなかったけど、それは決闘の時に違うって分かった。分かったつもりだったけれど、思っていた以上に「落ち着いている」し、「大人」になっている。そして、絶対に泣かない。泣き虫のイメージが付くほど、昔はすぐに泣いていたのに、今はそんな素振りも見せない。その代わり前程笑わなくもなったけれど。キャロル家は短命の一家だから、アリスが家を継ぐことが決まった時にその教育されたんだと思う。だからアリスは今のようになっている、とボクは思う。
「リドル?どうしたんだ?ボーッとして」
「いや、何でもないよ。ボクはやることがあるから、部屋に戻るよ。トレイ、ご馳走様。美味しかったよ」
「ああ」
「リドル寮長、あまり無理されないでくださいね」
そう言って部屋に戻ったものの、中々集中できない。最近、頭の中でアリスのことを考えていることが多い。何故だろうか。昔と違って「大人」になっている姿に戸惑っているから?それとも、見えなかった所がどんどん見えるようになって困惑している?いや、違う。それではない。
『これからはちゃんとキミ自身のことを見るよ。だってキミはボクの』
婚約者、と言いかけたところがアリスが自分の人差し指をリドルの唇に当てた。
『それは"親同士が勝手に決めた"婚約者でしょう。……私のことを見てくれるんだったら、そう言うの抜きで見てほしいです。……"アリス"自身を』
あの日、リボンをプレゼントした日のあの会話だ。アリスに「"親同士の決めた婚約者"じゃなくて自分自身を見てほしい」って言われたから、ボクはついアリスのことを目で追ってしまうし、空いた時間で考えてしまうんだ。それにあの時、初めて"あんなこと"されたから、忘れられないだけなんだ。思い出しただけで体温が上がる。アリスのことだから絶対にあの行動に意味を持たせてないだろう、そこに少し腹が立つけど。反則だ。ボクは忙しいのに、その脳内を支配するなんて。それにリボンを渡した時に、見せてくれたあの顔も、反則だ。今思い返すと、あの顔は、
「……可愛すぎだ。もうアリスのことを、前みたいに『ただの妹』とか言えなくなってしまったじゃないか。ああ、もうこんな姿、寮長としての威厳が……。それより、アリスが他人の前であんな顔をしないようにちゃんと言っておかないと」
ボクの婚約者のアリスは、ボクより背が低くて、とても細い。そして、腰まである長くてウェーブがかった薄いブロンド髪に、ボクがプレゼントした黒いリボンを着けている。青い不思議な色の瞳をした女の子で、大体無表情か少し険しい顔をしているくせに、時々とても可愛い笑顔を見せてくれる。それも無自覚に。そして、ボクがアリスをそう思うこの感情に名前を付けることができない。
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