夢主達の設定です。
毒林檎と赤ずきん
夢主の設定
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――名門ナイトレイブンカレッジ、ポムフィオーレ寮所属の二年E組、ブルーノ・フローレンス。十七歳。サイエンス部所属。金髪のポニーテールに、左眼の眼帯が特徴的な「男性」。得意科目は魔法薬学で魔法薬学を極める為にサイエンス部に入ったと言っても過言ではない程、魔法薬学にのめり込んでいる少し変わった人物。彼は今、一年生の時に寮長と勝負をし、その結果手に入れた一人部屋でとある動画を見ていた。
『スリー、ツー、ワン、ゴー!ベガのライブが始まるよー!みんな、ぶち上がって行こうねー!』
二年前、突如として現れた今若い層に人気になってきている十六歳のアイドル・ベガのライブだ。
ベガはピンク色の長いストレートの髪に、ハーフツインテールが特徴的な「十六歳の女性アイドル」だ。赤い眼をキラキラさせながら、笑顔で歌って、踊っている。ベガはそれをジッと見つめていた。ブルーノはベガのファンなのか、と聞かれれば違う。ブルーノこそがベガなのだ。学園で「十七歳の男子高校生・ブルーノ」をしながら、変身薬を使い女性になり、「十六歳のアイドル・ベガ」をやっているのだ。初めからアイドルになりたかったのではない。学費と生活費の為だ。
「ここ、もう少し演出を派手にすれば良かったかな」
もう深夜零時近いのに、自分のライブを振り返っている。売れなければ、学費にも生活費にもならないのだ。なので、入念に振り返りをし、次ではなく、明日に活かす。
「あ……チョコバー食べたくなったな……。自販機まで行こっと」
こんな夜中なのにチョコバーを食べるなんて、肌に悪いだなんだと寮長のヴィルは言うだろうが、ブルーノには関係ない。ニキビなんて自分で作った薬で通常の三倍早く治せるのだ。
深夜零時過ぎ。ブルーノは静かに寮を出て、学内の自販機に向かう。そして、買い置きも含めて三本程購入した。自販機の明かりで真っ暗な廊下が少し明るく見える。寮に戻ろうと自販機から右を向いた時、見慣れた姿を見つけた。
「あれは……エペルくん。一体こんな時間にどうしたのだろう。またヴィル寮長に言われてへこんでるのかな。……チョコバーをあげたら少しは元気になるかな」
ポムフィオーレ寮の新一年生、エペル・フェルミエ。ヴィル寮長が目にかけてる子だ。マナーや言葉遣いでよく怒られているのをブルーノは見ていた。そしてたまに励ましていた。後輩を褒めるのも先輩の仕事だろうと。ブルーノは立ち止まって一向に動かないエペルの元にスタスタと近寄り、声をかけた。
「エペルくん!」
「〜〜〜??!!」
エペルはブルーノに声をかけられただけで、驚きすぎて3歩ほど後退りしてしまった。その様子が不思議でならないブルーノ。
「どうしたの?そんなにびっくりさせたかな?」
「こ、来ねでぐれっっ!!!」
「こ……?」
エペルは必死に「来ないでくれ」と叫び、後退りを続ける。だが、ブルーノはエペルの言った言葉がよく分からなかったので、後退りするエペルを一歩一歩追いかけていく。
「ごめん、なんて言ったか分からなかった」
「こ、こっちにご、来ねでぐれ!!」
「だから、分かんないんだけど……」
ブルーノはエペルの言っていることがやっぱりよく分からなかった。後退りを続けるエペルを追いかけながら、少し考えて「もしかしたら暗闇で自分の顔が見えないから、知らない人だと勘違いしているのか」という結論に至った。なので、スマートフォンを取り出し、ライトをつけて自分の顔を照らした。
「エペルくん、僕だよ、二年のブルーノ!」
「………は?」
そう名乗り出ると、エペルは後退りをやめて、固まってしまった。
「ごめんね、びっくりさせたかな?」
「ブルーノ、サン……?」
エペルには、目の前にいるのが「金髪のポニーテールで、いつも左眼に眼帯をしている自分より背の高いブルーノ」ではなく、「栗色の長い髪に右眼が若草色、左眼が空色のオッドアイの自分と同じくらいの背の少女」が映っていたのだ。エペルは自分の見間違いかと思って、両眼を擦り頬を引っ張ってみたが、「ブルーノ」ではなく「栗色の長い髪の少女」が映っていた。その少女が「ブルーノ」と知っている名前を名乗るのだから、驚きすぎて声も出なかった。
「もしかして僕のこと覚えてない?だったら自己紹介。僕はブルーノ・フローレンス。ポムフィオーレ寮の二年生だよ。だからそんなに驚かないで」
ブルーノは優しく声をかける。が、エペルの目にはやはり「ブルーノ」ではなく、「栗色の長い髪の少女」しか映っていなかった。
「ほら、左眼の眼帯が目印で……」
と言って、ブルーノはスマートフォンを持っていない方の手で、左眼を触ろうとする。が、いつもしている眼帯をし忘れていることに気がついた。
「あ、そっか。眼帯をしていなかったから分からなかったんだね。だったら、この金髪が……」
と言って、先程眼帯を触ろうとしたように、自分の髪を触る。すると、ストレートの筈の髪が、やけにうねっていることに気がついた。
「あれ?おかしいな、僕、癖毛じゃなくて直毛なんだけど」
そうひとり言を呟いて、髪を触る。すると、ブルーノの髪の長さより、とても長いことに気がついた。まさか、と思い、長い髪をすくい、自分の顔ではなく自分の髪をライトで照らして見る。すると、エペルが見ている髪と同じ栗色の髪が見えた。ブルーノは背筋に冷や汗がツーっと落ちるのを感じた。
その様子を見て、エペルが「ブルーノサンってもしかして……」と言った瞬間、ブルーノは持っていたアイスバーを全部落としてエペルの横を全力で走り抜けた。
「あっ……チョコバーが……」
エペルはブルーノが落としたチョコバーを三つ拾いあげて、こう言った。
「ブルーノサンが、まさが『NRC七不思議』の『真夜中さ校内徘徊する女の子のゴースト』の正体だったなんて……」
*
ブルーノは全速力を出して寮の自室に戻った。そして、全身鏡で確認すると、やはり「栗色の長い髪にオッドアイの少女」が映っていた。
「や、やっちゃった……。まさかこんな夜中にエペルくんが校内を歩いているなんて……」
ブルーノは床にへたり込む。
「私が『女の子』だってことを知られてしまった……」
そう。彼女は「十六歳の女性アイドル・ベガ」でもなく、「十七歳の男子高校生・ブルーノ」でもない。本当の姿は「十五歳の少女、イブ・アイオロス」なのだ。イブは、色々と訳があって「ベガ」も「ブルーノ」も、自分で変身薬と声変え薬を作り、演じているのだ。
「うっかりしてた……。夜中だから薬が切れているんだった……」
イブは、時折爪が甘く「うっかり」しているところがある。そのせいで、去年もヴィルやルークにバレていたというのに、去年と同じく「うっかり」で後輩に自分の正体がバレてしまった。
「明日、朝一でエペルくんのところに行って口止めしないと」
イブは明日朝一番にやることを決めた。
「はぁ。さっき買ったチョコバー食べようかな……って持ってない!……あの時、落としてきたんだ……」
一息ついたので、アイスバーを食べようとしたが、エペルから逃げる時に「うっかり」全部落としてしまったので一本もイブの手元になかった。
「最悪……。もう寝よう」
イブはがっくりと肩を落とし、電気を消してベッドに潜った。
――翌朝
「うわーっ!もうこんな時間?!」
イブは、寝る前に「うっかり」目覚ましを掛け忘れ、遅刻スレスレの時間に目が覚めた。大急ぎで朝の支度を始めた。顔を洗い、歯を磨く。そして冷蔵庫から逃してしまった朝食代わりのスムージーと共に、変身薬と声変え薬を出し、一気に飲む。慌てて化粧水等を叩き込んでいる間に、「イブ」から「ブルーノ」に変身できるので、前髪を掻き分けて、金髪のストレートの髪を一つに結ぶ。そして空色の左眼を隠すように、黒い布の眼帯をつけ、頭の後ろでずれないようにきつめに結ぶ。制服に着替え、今日の授業で必要なものを入れてある鞄を持つ。
「本当は寮の誰よりも早く起きて、エペルくんを待ち伏せするつもりだったのに!」
と言いながら、大きな音を立てて自分の部屋から出て、また全速力で寮を出て、一限目の教室へ向かう。教室に入ったところで、予鈴が鳴った。
「あ、おはよ〜。キイロハギちゃん」
「おはようございます。ギリギリでしたね」
まず一番にリーチ兄弟に挨拶されたブルーノ。リーチ兄弟もブルーノと同じくオッドアイだが、ブルーノのように隠していない。ブルーノは「目立ちたくない」という理由で、眼帯をして入学したのだ。
「お、おはよう。ジェイド、フロイド。……ていうか、今日はフロイドも一緒なんだね」
ジェイドは同じE組だが、フロイドはD組なのだ。こうして、フロイドがジェイドのクラスに来て一緒に授業を受けることはよくあることなので、ブルーノは慣れている。
「そうなんだ〜。なんか体力育成って気分じゃなくて」
「へぇ……隣座ってもいい?」
「ええ、どうぞ」
ブルーノは、フロイドの言うことを受け流し、ジェイドに隣に座った。そして一限目の間は「この授業が終わったら絶対エペルくんの教室に行く」ということしか考えていなかった。
一限目が終わった後、一年B組の教室へ向かった。そして、ドアの一番近くにいた背の低い生徒に「エペルくんを呼んでほしい」と頼み、呼んでもらった。
「エペルくん、僕、ちょっと話があるんだ。一緒に来てくれないかな?」
ブルーノはニッコリと笑いながら言う。それに対してエペルは「どうしてですか?」と聞くが、ブルーノは「ここじゃ話せないから」と言って、中庭まで半分引き摺るようにエペルを連れて行った。
「ブルーノサン、僕、授業が」
「エペルくん……。あの時のことなんだけど……」
と言うと、エペルはハッとした顔をした。ブルーノは眼帯を外し、エペルに空色の左眼を見せながら暗い顔をして話した。
「この眼、昨日みたよね?……僕が実は、十五歳の女の子だってこと、誰にも言わないんでほしいんだ。この状況には色々と訳があって……」
「えっ。ど、どういうこと…ですか?ブルーノサンが、女の子のゴーストの正体じゃないんですか?」
「え?」
エペルから、「女の子のゴースト」と聞いて、話が噛み合わないと思ったブルーノ。ユニーク魔法をこっそり使い、左眼でエペルを"見る"。すると、エペルの周りに「ブルーノが女の子のゴーストの振りをして校内を徘徊しているんだと思っていた」という内容の文字が浮かび上がった。つまり、エペルはあの時のブルーノを「女の子のゴーストの振りをしたブルーノ」として認識していたのだ。ブルーノのは早とちりをしていたのだ。全身の血の気が引くのを感じるブルーノ。
「ブルーノサン……今の話、どういうことですか?」
エペルにそう言われて、ブルーノは「また自爆してしまった」ということを痛感した。
そしてエペルに、「本当は十五歳の女の子で、学園には変身薬と声変え薬を使って、男になって通っている」ということを説明した。
「そうだったんですか……」
エペルは目を丸く開いて、驚いたように言う。
「エペルくん!一生のお願い!このことは誰にも言わないで……!」
今はブルーノの姿をしているが、もう完全に"イブ"の口調でエペルに「誰にも言わないで」と懇願した。側から見れば、百七十センチメートルあるブルーノが、百五十六センチメートルしかないエペルを脅しているような光景だが。
エペルは、その様子を見てこう言った。
「いいですよ。誰にも言いません」
「本当?!ありがとう、助かった……」
「でも……条件がある、かな」
「何?出来る事なら何でも聞くよ!」
「僕を、焼肉に連れて行ってください」
「え?や、焼肉?なんで……?」
エペルは「誰にも言わない」という約束を守る条件に、好きな焼肉に連れて行ってくれと言ったのだ。
「なんでかって……好きだから、かな」
エペルはニコニコしながら言う。イブは、確認するかのように言う。
「エペルくん、好きな食べ物、確かマカロンって言ってなかった……?」
「あっ……。マカロンと、焼肉……です」
エペルが言いにくそうに「好物」を言う。
「そ、そうなんだ……。意外だね……。まぁでも男の子だし、年齢的にも食べ盛りだし……」
エペルが「焼肉が好き」ということに驚きを隠せないイブ。エペルの見た目から想像がつかなかったのだ。だが、好きな食べ物は人それぞれだし、と思い直した。
「分かった。麓の町の一番高くておいしい焼肉店に連れて行ってあげる。食べ放題を頼んでいいよ」
「ふふ、楽しみ、です」
エペルが嬉しそうに笑う。だが、日々節約し生活をしているイブにとっては「大出費」だ。でも、「これで一生のお願いを聞いてもらえるなら安いものだ」と考えた。
「ただし!」
イブはエペルに顔を近づけてこう言った。
「今週の土曜日、寮長は撮影でいないの。だからその日のお昼に行こう。でも、寮長は君のことをすごく目にかけているから、焼肉を食べに行ったなんてバレたら私達二人とも終わりだよ」
「は、はい……」
イブの迫力に少し押されるエペル。
「だから、申し訳ないけど君には変身薬と声替え薬を飲んでもらう。味は……改良中だけど、効果は抜群だから。変身時の苦痛もないし。この身体と声を見たら分かるだろう?」
「そ、そうですね……」
ヴィルはエペルに対し特に目をかけている。ヴィルにとってエペルは何かを持ってて、特別なのだろう、とイブは考えている。そのヴィルに、美の大敵のようなものを食べさせた……とバレたら、大変なことになる。なので、イブは作戦を立てて行くことにした。ヴィル寮長には申し訳ないけれど、今回だけは許してください、と心の中で願いながら。
そう願っていると、エペルに唐突にこんなことを言われた。
「今まで見たことがなかったけど……ブルーノサンの左眼、空みたいで綺麗、ですね」
そう言われて、心臓が跳ね上がるイブ。この目立つ眼のせいで、二度も身売りにあったので、自分の眼が恨めしかった。そしてそんな風に褒められたことも無かったので、正直とても嬉しかった。と、同時に照れくさかったので、ごにょごにょと言葉を濁しながら「ありがとう」と言った。
「それと、昨日落として行ったチョコバー、寮の冷凍庫に入れておきました」
「本当?!ありがとう!お礼に三つのうち二個あげるよ」
イブはチョコバーの事も気になっていたので、エペルの気遣いにとても感謝した。
そして土曜日の昼に、二人は変身薬と声変え薬を飲んで、完全に別人になりきって麓の町の一番高級で美味しい焼肉店に行った。そして、寮に戻ると、撮影が早く終わって帰ってきていたヴィルがいた。
そして二人共、あっさりと焼肉に行ったことがばれてしまい、とても叱られた。特にイブは、また「うっかり」をやらかして、自分から秘密をばらしにいっているじゃないかと叱られるどころか呆れられた。結局、「イブが自分からうっかりエペルにバラしたのが悪い」と言うことになり、イブはヴィルからきついお仕置きを受けることになった。
だが、エペルはイブがまだ「"ベガ"という別の顔」を持っていることや、「イブ・アイオロス」という本名は知らないままだ。一緒に叱られる際も、ヴィルがいつものように「ブルーノ」と呼んでくれたのだ。……その気遣いのお礼として、映画研究会での撮影で、女役を命じられた時に「はい」とすぐに了承した。ブルーノの姿ではあまり目立ちたくないイブだが、「仕方がない、寮長が気を使ってくれたのだから」と受け入れた。
『スリー、ツー、ワン、ゴー!ベガのライブが始まるよー!みんな、ぶち上がって行こうねー!』
二年前、突如として現れた今若い層に人気になってきている十六歳のアイドル・ベガのライブだ。
ベガはピンク色の長いストレートの髪に、ハーフツインテールが特徴的な「十六歳の女性アイドル」だ。赤い眼をキラキラさせながら、笑顔で歌って、踊っている。ベガはそれをジッと見つめていた。ブルーノはベガのファンなのか、と聞かれれば違う。ブルーノこそがベガなのだ。学園で「十七歳の男子高校生・ブルーノ」をしながら、変身薬を使い女性になり、「十六歳のアイドル・ベガ」をやっているのだ。初めからアイドルになりたかったのではない。学費と生活費の為だ。
「ここ、もう少し演出を派手にすれば良かったかな」
もう深夜零時近いのに、自分のライブを振り返っている。売れなければ、学費にも生活費にもならないのだ。なので、入念に振り返りをし、次ではなく、明日に活かす。
「あ……チョコバー食べたくなったな……。自販機まで行こっと」
こんな夜中なのにチョコバーを食べるなんて、肌に悪いだなんだと寮長のヴィルは言うだろうが、ブルーノには関係ない。ニキビなんて自分で作った薬で通常の三倍早く治せるのだ。
深夜零時過ぎ。ブルーノは静かに寮を出て、学内の自販機に向かう。そして、買い置きも含めて三本程購入した。自販機の明かりで真っ暗な廊下が少し明るく見える。寮に戻ろうと自販機から右を向いた時、見慣れた姿を見つけた。
「あれは……エペルくん。一体こんな時間にどうしたのだろう。またヴィル寮長に言われてへこんでるのかな。……チョコバーをあげたら少しは元気になるかな」
ポムフィオーレ寮の新一年生、エペル・フェルミエ。ヴィル寮長が目にかけてる子だ。マナーや言葉遣いでよく怒られているのをブルーノは見ていた。そしてたまに励ましていた。後輩を褒めるのも先輩の仕事だろうと。ブルーノは立ち止まって一向に動かないエペルの元にスタスタと近寄り、声をかけた。
「エペルくん!」
「〜〜〜??!!」
エペルはブルーノに声をかけられただけで、驚きすぎて3歩ほど後退りしてしまった。その様子が不思議でならないブルーノ。
「どうしたの?そんなにびっくりさせたかな?」
「こ、来ねでぐれっっ!!!」
「こ……?」
エペルは必死に「来ないでくれ」と叫び、後退りを続ける。だが、ブルーノはエペルの言った言葉がよく分からなかったので、後退りするエペルを一歩一歩追いかけていく。
「ごめん、なんて言ったか分からなかった」
「こ、こっちにご、来ねでぐれ!!」
「だから、分かんないんだけど……」
ブルーノはエペルの言っていることがやっぱりよく分からなかった。後退りを続けるエペルを追いかけながら、少し考えて「もしかしたら暗闇で自分の顔が見えないから、知らない人だと勘違いしているのか」という結論に至った。なので、スマートフォンを取り出し、ライトをつけて自分の顔を照らした。
「エペルくん、僕だよ、二年のブルーノ!」
「………は?」
そう名乗り出ると、エペルは後退りをやめて、固まってしまった。
「ごめんね、びっくりさせたかな?」
「ブルーノ、サン……?」
エペルには、目の前にいるのが「金髪のポニーテールで、いつも左眼に眼帯をしている自分より背の高いブルーノ」ではなく、「栗色の長い髪に右眼が若草色、左眼が空色のオッドアイの自分と同じくらいの背の少女」が映っていたのだ。エペルは自分の見間違いかと思って、両眼を擦り頬を引っ張ってみたが、「ブルーノ」ではなく「栗色の長い髪の少女」が映っていた。その少女が「ブルーノ」と知っている名前を名乗るのだから、驚きすぎて声も出なかった。
「もしかして僕のこと覚えてない?だったら自己紹介。僕はブルーノ・フローレンス。ポムフィオーレ寮の二年生だよ。だからそんなに驚かないで」
ブルーノは優しく声をかける。が、エペルの目にはやはり「ブルーノ」ではなく、「栗色の長い髪の少女」しか映っていなかった。
「ほら、左眼の眼帯が目印で……」
と言って、ブルーノはスマートフォンを持っていない方の手で、左眼を触ろうとする。が、いつもしている眼帯をし忘れていることに気がついた。
「あ、そっか。眼帯をしていなかったから分からなかったんだね。だったら、この金髪が……」
と言って、先程眼帯を触ろうとしたように、自分の髪を触る。すると、ストレートの筈の髪が、やけにうねっていることに気がついた。
「あれ?おかしいな、僕、癖毛じゃなくて直毛なんだけど」
そうひとり言を呟いて、髪を触る。すると、ブルーノの髪の長さより、とても長いことに気がついた。まさか、と思い、長い髪をすくい、自分の顔ではなく自分の髪をライトで照らして見る。すると、エペルが見ている髪と同じ栗色の髪が見えた。ブルーノは背筋に冷や汗がツーっと落ちるのを感じた。
その様子を見て、エペルが「ブルーノサンってもしかして……」と言った瞬間、ブルーノは持っていたアイスバーを全部落としてエペルの横を全力で走り抜けた。
「あっ……チョコバーが……」
エペルはブルーノが落としたチョコバーを三つ拾いあげて、こう言った。
「ブルーノサンが、まさが『NRC七不思議』の『真夜中さ校内徘徊する女の子のゴースト』の正体だったなんて……」
*
ブルーノは全速力を出して寮の自室に戻った。そして、全身鏡で確認すると、やはり「栗色の長い髪にオッドアイの少女」が映っていた。
「や、やっちゃった……。まさかこんな夜中にエペルくんが校内を歩いているなんて……」
ブルーノは床にへたり込む。
「私が『女の子』だってことを知られてしまった……」
そう。彼女は「十六歳の女性アイドル・ベガ」でもなく、「十七歳の男子高校生・ブルーノ」でもない。本当の姿は「十五歳の少女、イブ・アイオロス」なのだ。イブは、色々と訳があって「ベガ」も「ブルーノ」も、自分で変身薬と声変え薬を作り、演じているのだ。
「うっかりしてた……。夜中だから薬が切れているんだった……」
イブは、時折爪が甘く「うっかり」しているところがある。そのせいで、去年もヴィルやルークにバレていたというのに、去年と同じく「うっかり」で後輩に自分の正体がバレてしまった。
「明日、朝一でエペルくんのところに行って口止めしないと」
イブは明日朝一番にやることを決めた。
「はぁ。さっき買ったチョコバー食べようかな……って持ってない!……あの時、落としてきたんだ……」
一息ついたので、アイスバーを食べようとしたが、エペルから逃げる時に「うっかり」全部落としてしまったので一本もイブの手元になかった。
「最悪……。もう寝よう」
イブはがっくりと肩を落とし、電気を消してベッドに潜った。
――翌朝
「うわーっ!もうこんな時間?!」
イブは、寝る前に「うっかり」目覚ましを掛け忘れ、遅刻スレスレの時間に目が覚めた。大急ぎで朝の支度を始めた。顔を洗い、歯を磨く。そして冷蔵庫から逃してしまった朝食代わりのスムージーと共に、変身薬と声変え薬を出し、一気に飲む。慌てて化粧水等を叩き込んでいる間に、「イブ」から「ブルーノ」に変身できるので、前髪を掻き分けて、金髪のストレートの髪を一つに結ぶ。そして空色の左眼を隠すように、黒い布の眼帯をつけ、頭の後ろでずれないようにきつめに結ぶ。制服に着替え、今日の授業で必要なものを入れてある鞄を持つ。
「本当は寮の誰よりも早く起きて、エペルくんを待ち伏せするつもりだったのに!」
と言いながら、大きな音を立てて自分の部屋から出て、また全速力で寮を出て、一限目の教室へ向かう。教室に入ったところで、予鈴が鳴った。
「あ、おはよ〜。キイロハギちゃん」
「おはようございます。ギリギリでしたね」
まず一番にリーチ兄弟に挨拶されたブルーノ。リーチ兄弟もブルーノと同じくオッドアイだが、ブルーノのように隠していない。ブルーノは「目立ちたくない」という理由で、眼帯をして入学したのだ。
「お、おはよう。ジェイド、フロイド。……ていうか、今日はフロイドも一緒なんだね」
ジェイドは同じE組だが、フロイドはD組なのだ。こうして、フロイドがジェイドのクラスに来て一緒に授業を受けることはよくあることなので、ブルーノは慣れている。
「そうなんだ〜。なんか体力育成って気分じゃなくて」
「へぇ……隣座ってもいい?」
「ええ、どうぞ」
ブルーノは、フロイドの言うことを受け流し、ジェイドに隣に座った。そして一限目の間は「この授業が終わったら絶対エペルくんの教室に行く」ということしか考えていなかった。
一限目が終わった後、一年B組の教室へ向かった。そして、ドアの一番近くにいた背の低い生徒に「エペルくんを呼んでほしい」と頼み、呼んでもらった。
「エペルくん、僕、ちょっと話があるんだ。一緒に来てくれないかな?」
ブルーノはニッコリと笑いながら言う。それに対してエペルは「どうしてですか?」と聞くが、ブルーノは「ここじゃ話せないから」と言って、中庭まで半分引き摺るようにエペルを連れて行った。
「ブルーノサン、僕、授業が」
「エペルくん……。あの時のことなんだけど……」
と言うと、エペルはハッとした顔をした。ブルーノは眼帯を外し、エペルに空色の左眼を見せながら暗い顔をして話した。
「この眼、昨日みたよね?……僕が実は、十五歳の女の子だってこと、誰にも言わないんでほしいんだ。この状況には色々と訳があって……」
「えっ。ど、どういうこと…ですか?ブルーノサンが、女の子のゴーストの正体じゃないんですか?」
「え?」
エペルから、「女の子のゴースト」と聞いて、話が噛み合わないと思ったブルーノ。ユニーク魔法をこっそり使い、左眼でエペルを"見る"。すると、エペルの周りに「ブルーノが女の子のゴーストの振りをして校内を徘徊しているんだと思っていた」という内容の文字が浮かび上がった。つまり、エペルはあの時のブルーノを「女の子のゴーストの振りをしたブルーノ」として認識していたのだ。ブルーノのは早とちりをしていたのだ。全身の血の気が引くのを感じるブルーノ。
「ブルーノサン……今の話、どういうことですか?」
エペルにそう言われて、ブルーノは「また自爆してしまった」ということを痛感した。
そしてエペルに、「本当は十五歳の女の子で、学園には変身薬と声変え薬を使って、男になって通っている」ということを説明した。
「そうだったんですか……」
エペルは目を丸く開いて、驚いたように言う。
「エペルくん!一生のお願い!このことは誰にも言わないで……!」
今はブルーノの姿をしているが、もう完全に"イブ"の口調でエペルに「誰にも言わないで」と懇願した。側から見れば、百七十センチメートルあるブルーノが、百五十六センチメートルしかないエペルを脅しているような光景だが。
エペルは、その様子を見てこう言った。
「いいですよ。誰にも言いません」
「本当?!ありがとう、助かった……」
「でも……条件がある、かな」
「何?出来る事なら何でも聞くよ!」
「僕を、焼肉に連れて行ってください」
「え?や、焼肉?なんで……?」
エペルは「誰にも言わない」という約束を守る条件に、好きな焼肉に連れて行ってくれと言ったのだ。
「なんでかって……好きだから、かな」
エペルはニコニコしながら言う。イブは、確認するかのように言う。
「エペルくん、好きな食べ物、確かマカロンって言ってなかった……?」
「あっ……。マカロンと、焼肉……です」
エペルが言いにくそうに「好物」を言う。
「そ、そうなんだ……。意外だね……。まぁでも男の子だし、年齢的にも食べ盛りだし……」
エペルが「焼肉が好き」ということに驚きを隠せないイブ。エペルの見た目から想像がつかなかったのだ。だが、好きな食べ物は人それぞれだし、と思い直した。
「分かった。麓の町の一番高くておいしい焼肉店に連れて行ってあげる。食べ放題を頼んでいいよ」
「ふふ、楽しみ、です」
エペルが嬉しそうに笑う。だが、日々節約し生活をしているイブにとっては「大出費」だ。でも、「これで一生のお願いを聞いてもらえるなら安いものだ」と考えた。
「ただし!」
イブはエペルに顔を近づけてこう言った。
「今週の土曜日、寮長は撮影でいないの。だからその日のお昼に行こう。でも、寮長は君のことをすごく目にかけているから、焼肉を食べに行ったなんてバレたら私達二人とも終わりだよ」
「は、はい……」
イブの迫力に少し押されるエペル。
「だから、申し訳ないけど君には変身薬と声替え薬を飲んでもらう。味は……改良中だけど、効果は抜群だから。変身時の苦痛もないし。この身体と声を見たら分かるだろう?」
「そ、そうですね……」
ヴィルはエペルに対し特に目をかけている。ヴィルにとってエペルは何かを持ってて、特別なのだろう、とイブは考えている。そのヴィルに、美の大敵のようなものを食べさせた……とバレたら、大変なことになる。なので、イブは作戦を立てて行くことにした。ヴィル寮長には申し訳ないけれど、今回だけは許してください、と心の中で願いながら。
そう願っていると、エペルに唐突にこんなことを言われた。
「今まで見たことがなかったけど……ブルーノサンの左眼、空みたいで綺麗、ですね」
そう言われて、心臓が跳ね上がるイブ。この目立つ眼のせいで、二度も身売りにあったので、自分の眼が恨めしかった。そしてそんな風に褒められたことも無かったので、正直とても嬉しかった。と、同時に照れくさかったので、ごにょごにょと言葉を濁しながら「ありがとう」と言った。
「それと、昨日落として行ったチョコバー、寮の冷凍庫に入れておきました」
「本当?!ありがとう!お礼に三つのうち二個あげるよ」
イブはチョコバーの事も気になっていたので、エペルの気遣いにとても感謝した。
そして土曜日の昼に、二人は変身薬と声変え薬を飲んで、完全に別人になりきって麓の町の一番高級で美味しい焼肉店に行った。そして、寮に戻ると、撮影が早く終わって帰ってきていたヴィルがいた。
そして二人共、あっさりと焼肉に行ったことがばれてしまい、とても叱られた。特にイブは、また「うっかり」をやらかして、自分から秘密をばらしにいっているじゃないかと叱られるどころか呆れられた。結局、「イブが自分からうっかりエペルにバラしたのが悪い」と言うことになり、イブはヴィルからきついお仕置きを受けることになった。
だが、エペルはイブがまだ「"ベガ"という別の顔」を持っていることや、「イブ・アイオロス」という本名は知らないままだ。一緒に叱られる際も、ヴィルがいつものように「ブルーノ」と呼んでくれたのだ。……その気遣いのお礼として、映画研究会での撮影で、女役を命じられた時に「はい」とすぐに了承した。ブルーノの姿ではあまり目立ちたくないイブだが、「仕方がない、寮長が気を使ってくれたのだから」と受け入れた。
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