夢主達の設定です。
ハーツラビュル篇
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入学してから数日。アリスにはまだ"友達"がいなかった。「NRC初の女子入学生」「飛び級入学生」として悪目立ちしすぎていて、誰もアリスに近づく人がいなかったのだ。アリスも「友達の作り方」が分からない為、クラスメイトにすら話しかけることができなかった。現在、アリスに話しかけてくれるのは、リドル、それに歓迎パーティーで話したトレイとケイトくらいだった。入学式のを翌日に"友達"になったユウは別クラスである為、中々話すことも、会うこともなかった。
だが、同じ学年で同じ寮である生徒がユウ達と共に騒ぎを起こしたり、「ハートの女王の法律」を破ってリドルに首をはねられたりしていることは知っていた。他の同じ寮生も、「ハートの女王の法律」を破って次々と首をはねられている。
その状況を見て、アリスは歓迎パーティーでリドルに貰った「ハートの女王の法律の本」や「ハートの女王にの手記」を読みながら、「リドルは本当にここで"ハートの女王"になったんだ」と感じた。横暴で、身勝手で、我儘で、ハートの女王のハートの女王の法律 で寮生 を縛り付ける女王様。今のリドルはまさにそうだった。
「リドルが"ハートの女王"なら、私はこの手記に出てくる同じ名前の女の子と同じ迷子の女の子ってところかな。……私は不思議の国へ迷い込んだのかしら」
「ハートの女王の手記本」を読みながら、アリスは天井に向かって呟く。しかし、アリスは認めたくなかった。リドルが「横暴で、身勝手で、我儘なハートの女王」だなんて。今のアリスの知るリドルは、真面目で、厳しいけど強くて優しい男の子。パーティーでは、いつもアリスと一緒にワルツを踊ってくれて、アリスの話を聞いてくれる……「アリスの大好きな婚約者」。そんな人があんな「ハートの女王」だと認めたくなかった。
でもアリスは、皆リドルを恐れているのは肌で感じていた。法律を破れば首をはねられる、と。
「恐怖政治って感じ。……ねぇ、アリス。どう思う?」
アリスは天井を仰いで、自分に問いかけた。これは幼い頃、誰にも相手してもらえなかったアリスの癖で、兄に"矯正"された今でも、たまにこうして自問自答している。……特に寂しい時は。だが天井に問いかけても返事が返ってくることはなく。アリスは、ため息を一つ吐いて眠りにつくことにした。
*
後日、「なんでもない日のパーティー」が始まった。
「我らがリーダー!赤き支配者!リドル寮長のおなーりー!」
という声と共に聞こえる音楽。それに合わせて登場するリドルに、皆「リドル寮長、バンザーイ!」と言う。アリスもそれに倣った。リドルの立ち姿は、背筋がしっかり伸びていて、凛としていている。灰色の瞳の眼差しは冷たかった。それを見て、「やっぱり昔と"変わった"」と思った。昔から真面目で、厳しい人だったけど……今は違う。何でこんな風な人になってしまったんだろう、と考えてきたら、リドルの怒っている声が聞こえた。吃驚してその方角に振り返ると、例の同じ学年の首をはねられた生徒と、青髪の生徒、そしてユウとグリムがリドルに怒られている。何があったんだろう、とアリスはリドルの声が聞こえる位置まで、そっと近づいてみた。
「ハートの女王の法律・第五百六十二条。『なんでもない日のパーティーにマロンタルトを持ち込むべからず』……これは重大な法律 違反だ!なんてことをしてくれたんだい?!」
リドルは非常に険しい顔で言う。アリスは物陰からこっそりと覗いているだけだ。
「(!……あの人達、マロンタルトを持ち込んだんだ。でも、なんで?)」
そんなことを考えていると、リドルがこう言った。
「ボクが寮長になって一年。ハーツラビュル寮からは一人の留年・退学者を出していない。これは全寮内でハーツラビュルだけだ。この寮の中でボクが一番成績が優秀で、一番強い。だからボクが正しい!口答えせず、ボクに従っていれば間違いないんだ!」
リドルはさらに険しい顔をして大きな声で言う。アリスは、「リドルが一番"正しい"ってこと?確かに法律 違反は良くない。でも今日ここにマロンタルトを持ち込んだのには何か理由があるはず。それに……リドル"だけ"が正しいんじゃない。正しいの裏は間違いじゃない」と考えていると、マロンタルトを持ち込んだ生徒達は、ユウ以外皆首をはねられ、パーティーの外へつまみだされてしまった。アリスは何も出来ず、傍観することしかできなかった。その後、パーティーは続けられたが、アリスは楽しむことができなかった。
その日の夜。アリスは意を決してリドルの部屋へ向かった。ドアをノックすると、「どうぞ」と返事が返ってきたので、リドルの部屋に足を踏み入れた。
「アリス。こんな夜になんだい?もう就寝時間が近いよ。早く準備をして――」
リドルは就寝時間がもう近いことからアリスに早く寝るように促す。が、アリスは入学してから今まで、思ったことを直接リドルに言った。リドルならきっと自分の話を聞いてくれると信じて。
「リドル寮長。……今の貴方のやり方は間違っていると思います」
リドルは、「間違っている」という言葉に強く反応した。
「……今、何と言ったかい?」
冷たい声で、アリスの顔を見ずにもう一度「何を言ったか」を聞き返すリドル。リドルは、アリスがこれで「間違っている」と言ったことを撤回したのなら、聞かなかったことにしよう、と思ったのだ。アリスはリドルの反応に驚きつつも自分の言った言葉を撤回しなかった。
「今の貴方のやり方は間違っている、って言ったんです。確かに法律 を守るのは大事です。けれど、こんな恐怖で寮生を支配するなんて……。そんなの、この寮の為にも、貴方の為にも――」
アリスはリドルの顔をしっかりと見て、やや大きい声で言う。聞き返されることのないように。するとリドルはゆっくりと顔をあげた。するとアリスが今まで見たことのない、怒りと悲しみに満ちた顔をしていた。
「お前"も"ボクが間違ってるって言いたいんだね?」
しかし、アリスは怯まずに自分の言葉を肯定する。
「はい。でも全部では」
そう言ったところで、リドルが大きな声を出した。
「ボクもやりたくてこんなことやっているんじゃない!」
「?!」
アリスはその声量に驚く。リドルは怒りに任せたまま言葉を続ける。
「皆が法律 を守らないからいけないんだ!小さな法律 違反でも、それが重大な出来事に繋がる!」
「それはそうですけど、もっと別のやり方があるんじゃないかって私は……!!」
アリスはリドルの全てが間違っているとは思っていない。リドルの言っていることも分かる。でも、こんなやり方は間違っている、と言いたいのだ。しかし、その声はリドルに届かない。
「うるさい!それ以上何か言ってごらん。首をはねてしまうよ!!」
「そういうところだよ、リドル!そうやってすぐに首をはねて、魔法を使えなくして、人に恐怖を植え付ける!」
首をはねるよ、と言われて、アリスも怒りが頂点に達した。どうして話を聞いてくれないの、と。二人はもはや売り言葉に買い言葉で言い合いをする。
「恐怖で縛ることが正しいんだ!!じゃないと皆法律 違反をする!!」
「今のままだと、皆貴方から離れていってしまう!誰もリドルについていかなくて、ひとりぼっちになってしまうんだよ!!!」
ひとりぼっちになってしまう、というアリスの言葉に、さっきまでとは違い、急にリドルの言葉の温度が冷えた。
「それは……法律 もボクから離れるということかい?」
「私は」
アリスは、「最後までリドルから離れない、でもこれ以上は見てられないから今ここにいるの」と言いかけたところで、いつの間にかアリスに対して構えていたペンで、リドルはアリスにユニーク魔法をかけられた。
「首をはねろ !!!」
ガシャンとアリスの首に重たい首輪がつけられる。アリスは不意を突かれた、しくじった、と思った。
「……アリスも、ボクの言うことを聞けないんだね?」
リドルはアリスに対して構えたマジカルペンに魔力を込める。首輪にさらに力が入り、アリスの首が絞められる。
「……っ……」
アリスは「そういう話をしているんじゃない」と言いたかったが、首を締め付けられて息をするのがやっとの状態だった。息がうまく出来なくてよろけてしまい、リドルの前に跪いてしまった。リドルはマジカルペンを構えたまま、アリスにまた怒りのまま言葉をぶつけていく。
「アリスも、ボクから離れていくっていうことが言いたいんだね?!ボクだって……やりたくてこんなことをしているわけじゃないのに!」
ドロッとしたものがまたリドルの心を支配していく。そして、今まで「アリスに対して思っていたけど言わなかったこと」を言う。
「ああ、アリスにはボクの気持ちなんて分からないだろうね!伯爵の家に生まれて、いつもパーティーで笑って、踊っている能天気なキミには!ボクが!どんな思いをして生きてきたかなんて!!」
アリスは、自分だって今まで能天気に生きてきた訳じゃないって反論したかったが、首輪がきつく、「本当に首をはねられてしまう」と危険を感じていた。
「ボクと違って、まともに学校にも行っていないくせに、十二歳でこの学園に飛び級で入学出来たのが不思議なくらいだよ!一対一で、ボクのユニーク魔法すら弾き返せないくせに!」
リドルの言う通りである。アリスはナイトレイブンカレッジに入るまで学校に通っていない。リドルのようにきちんと教育を受けていない。勉強については全て自主勉強なのだ。なので、「十二歳で闇の鏡に選ばれて飛び級入学できたこと」が不思議なのである。アリスでさえ飛び級入学の理由を知らされていない。
「ボクが一番正しいんだ、ボクが、お母様が」
そこまでリドルが言ったところで、リドルの部屋から大声が聞こえてきたことを不審に思ったトレイがリドルの部屋に入ってくる。トレイの目に映った光景は、マジカルペンを構えて怒りの表情で、床に跪いているアリスを見つめているリドルだった。
「リドル?!大声を出してどうしたんだ!それにアリスはなんで首をはねられているんだ?!一体何が」
トレイが入ってきたことで、リドルはアリスに向けていたマジカルペンを下げた。そして、アリスの首輪が緩み、ようやく上手く息ができるようになった。
「っは……」
アリスは息を吐き出し、ゆっくりと酸素を吸う。リドルは先程とは違い、落ち着いた声でトレイに話しかける。
「トレイ、部屋に入る時はノックをしないと」
「お前の部屋から大声が聞こえてきたから、急いできたんだ。すまない。……でもこれはどういう状況なんだ?」
トレイは冷静に、今の状況の説明をリドルに求める。
「……アリスがボクの言うことを聞かないから、首をはねたんだ」
リドルはそう言う。それを聞き、トレイはリドルを宥めるように言う。
「それは、アリスが法律 違反をした訳じゃないんだろう?だったら……ってアリス、どこに行くんだ?」
トレイがリドルを宥めようとしている間に、アリスはゆらりと立ち上がって、リドルの部屋から出ようとしていた。トレイはそれを制止しようとした。
「ハーツラビュル ではリドル がルールなんですよね。私はそれに逆らいました。なので、首をはねられました。それだけです。私は今ハーツラビュル寮の寮生なので、寮のルールに従います。それでは失礼します」
アリスは、トレイにも、リドルにも背を向けたままそう言い残してリドルの部屋から出て行った。トレイは「待て!」とアリスを引き止めようとしたが、アリスはそれを無視した。
バタン、と扉が閉まり、リドルの部屋にはリドルとトレイの二人だけになる。
「……リドル。まさかこんな夜にアリスを寮外へ摘み出そうなんて」
「……さすがにそんなことはしないよ。アリスはまだ小さい女の子だ。それにどこかに泊まるにしても、頼る宛もないだろうし。だから、今夜は部屋から一歩も出ないように――」
そう言いかけたところで、ケイトが慌てた様子でリドルの部屋に入ってきた。
「リドルくん!アリスちゃん首をはねられてるし、それにすごい剣幕で寮から出ていったんだけど、何があったの?!」
そうケイトから聞いて、二人は驚愕した表情を出した。
「は?!あの子は一体何を考えているんだい?!」
「俺、止めたんだけど、『マロンタルトの生徒達は首をはねられて寮から摘み出されてましたよね?つまり、首をはねられたら寮から出て行かないといけないんですよね。だから私も首輪 を外してもらえるまで、寮には戻りません』って……」
ケイトは焦るような顔をして、先程アリスと交わした会話を二人に説明した。
「リドル、どうするんだ?」
トレイはリドルにアリスのことをどうするのか、と尋ねた。
「……アリスに電話をしてみるよ。寮長命令だから返ってこいって。流石に目覚めが悪いし……」
トレイに宥められて、怒りが少し収まったリドルはアリスに電話をかけてみる。しかし――
「『電源を切られているか、電波の届かない場所にいます。ピーという発信音の後に』」
という機械音が流れるだけだった。それを聞いて三人はしばし無言になった。そしてリドルは「もうアリスの事は放っておこう」と言った。それを聞いたケイトは驚いた。
「いいの?……アリスちゃん、婚約者なんでしょ。心配にならないの?」
「確かに、ボクとアリスは婚約者だよ。但し、親同士が決めた関係だけどね。……だから別にボクはアリスのことが好きでもないよ。……まぁ顔は産まれた時から知ってるから、正直妹みたいな存在 だよ」
「……」
トレイはそれを聞いて、「昔婚約者がいることは聞いたけど、それも親に決められたもの事だったのか」とリドルの過去と現在の状況に複雑な思いを抱いた。
「長話が過ぎたね。さ、もう就寝時間は過ぎてるよ。キミ達も早く寝るんだ」
リドルはそう言って二人に寝るように促し、二人はそれに従った。
「分かったよ。おはすみ」
「……おやすみ、リドルくん」
パタン、と静かにドアを閉める二人。リドルの部屋を出た後、こんな会話をした。
「ねぇ、トレイ。アリスちゃんのこと……」
「エースやデュースはオンボロ寮にいるだろうし、もしかしからそこに行くかもしれない。」
「俺、一応エースちゃん達に『アリスちゃんが首をはねられて寮を飛び出したから、オンボロ寮に行くかもしれない』って連絡入れておくよ」
「ああ、頼む」
ケイトはエース達に連絡をしたが、返事が来たのは翌朝で、内容は「アリスはオンボロ寮には来ていない」というものだった。
*
アリスは寮を出て、オンボロ寮ではなく本校舎内を独り言を言いながら歩いていた。
「リドル、思いっきり私の首を絞めて……トレイ先輩が来なかったら本当に首輪 で首が飛ぶかと思ったよ……」
小さく細い手でリドルにつけられた首輪を摩った。
「……確かに私はリドルの家のことなんて知らない。どんな思いで今まで生きてきたかなんて、知らない。でも、それはリドルも同じじゃない。リドルだって私や、私の家のことなんて、パーティー しか知らないくせに。お互い様よ」
短い眉を潜めて、文句を言う。しかしすぐにその眉を下げて、過去の自分のことを考え出した。
「……年に何回か開かれるパーティーでしか会えなかったけど、リドルのことを知るチャンスは幾らでもあったはず。でも……」
パーティーで出会う昔のリドルの顔を思い出す。その顔は先程と違って優しい顔だった。
「いつも私が、読んだ本のことや、楽しかったことを話すばかり。リドルはいつもそれを聞いてくれていた……」
アリスがまだ四歳だった頃、「髪の長さを変える魔法」を教えてもらった時のことを思い出した。あの時、中々上手く魔法で調節ができなくてリドルが「短い髪型は似合わないね」と笑った時の顔。リドルが今の髪型に整えてくれて「可愛い?」と聞いたら「ボクが整えたんだから可愛くて当然さ」と得意げに言っていた時の顔。その時にアリスはリドルに"恋"をした。今の厳しいリドルも、リドルらしくて好きだけど、やっぱり笑った顔が一番好きだと思った。
「何に何回かしか会えないんだから、楽しい話をしようって、リドルが来るパーティーの前の日は、リドルに話せるような楽しい話を思い出すのに苦労していたっけ……」
アリスはその笑った顔が見たくて、会える時はいつも楽しい話を用意していた。アリスは常に殺伐とした日常を過ごしていた。なので、私生活にこれと言った楽しいことが毎日起こる訳ではなかった。なので、読んだ本の中でどこが面白かったとか、自分がいつもいる部屋の窓の近くに鳥が巣を作って、その卵が孵ったとか、兄にチェスで初めて勝てたとか、そんなことばかりを話していた。
「……楽しい話をするんじゃなくて、もっと、ちゃんとリドルの話を聞けば良かった。私、リドルのこと何にも知らない……」
リドルは約四歳程歳の離れている小さな婚約者の話をいつも聞いていた。まるで自分に妹ができたかのように。アリスも、実の兄達はそんな風に優しく話を聞いてくれなかったので、無意識に兄に甘えるように話していたのかもしれない。
アリスは昔を思い出し、目の奥が熱くなる感覚を覚えたが、両手で頬を思い切り叩き、自分を律した。
「泣いたらダメよ、アリス。アリスは強くなきゃいけないんだから。……と言っても今回は油断してたわ。首をはねられてしまった……。リドルがこんなに強いなんて知らなかった」
リドルとは今まで魔法で戦ったことがなかったので、アリスはリドルの強さに驚いた。アリスにとっての三番目の兄で、そしてリドルと同い年だった"ミシェル"とはよく「練習」と称して魔法で戦っていたけれど、その兄より強いかもしれない、とおもった。だが、そんなことよりアリスは今晩の寝床を探さないといけないことを思い出した。
「今日は教室にでも泊まろうかな。横にはならないけど、目は瞑れるし、寒くはないだろうし……。もうこんな夜だし、ユウのところに行ったら迷惑になっちゃう」
最初はオンボロ寮に行くことを考えたが、恐らくマロンタルトの生徒達 が先にいるだろうし、こんな夜遅くに行くのは迷惑だろう、と思い、自分の教室に向かった。
だが、同じ学年で同じ寮である生徒がユウ達と共に騒ぎを起こしたり、「ハートの女王の法律」を破ってリドルに首をはねられたりしていることは知っていた。他の同じ寮生も、「ハートの女王の法律」を破って次々と首をはねられている。
その状況を見て、アリスは歓迎パーティーでリドルに貰った「ハートの女王の法律の本」や「ハートの女王にの手記」を読みながら、「リドルは本当にここで"ハートの女王"になったんだ」と感じた。横暴で、身勝手で、我儘で、ハートの女王の
「リドルが"ハートの女王"なら、私はこの手記に出てくる同じ名前の女の子と同じ迷子の女の子ってところかな。……私は不思議の国へ迷い込んだのかしら」
「ハートの女王の手記本」を読みながら、アリスは天井に向かって呟く。しかし、アリスは認めたくなかった。リドルが「横暴で、身勝手で、我儘なハートの女王」だなんて。今のアリスの知るリドルは、真面目で、厳しいけど強くて優しい男の子。パーティーでは、いつもアリスと一緒にワルツを踊ってくれて、アリスの話を聞いてくれる……「アリスの大好きな婚約者」。そんな人があんな「ハートの女王」だと認めたくなかった。
でもアリスは、皆リドルを恐れているのは肌で感じていた。法律を破れば首をはねられる、と。
「恐怖政治って感じ。……ねぇ、アリス。どう思う?」
アリスは天井を仰いで、自分に問いかけた。これは幼い頃、誰にも相手してもらえなかったアリスの癖で、兄に"矯正"された今でも、たまにこうして自問自答している。……特に寂しい時は。だが天井に問いかけても返事が返ってくることはなく。アリスは、ため息を一つ吐いて眠りにつくことにした。
*
後日、「なんでもない日のパーティー」が始まった。
「我らがリーダー!赤き支配者!リドル寮長のおなーりー!」
という声と共に聞こえる音楽。それに合わせて登場するリドルに、皆「リドル寮長、バンザーイ!」と言う。アリスもそれに倣った。リドルの立ち姿は、背筋がしっかり伸びていて、凛としていている。灰色の瞳の眼差しは冷たかった。それを見て、「やっぱり昔と"変わった"」と思った。昔から真面目で、厳しい人だったけど……今は違う。何でこんな風な人になってしまったんだろう、と考えてきたら、リドルの怒っている声が聞こえた。吃驚してその方角に振り返ると、例の同じ学年の首をはねられた生徒と、青髪の生徒、そしてユウとグリムがリドルに怒られている。何があったんだろう、とアリスはリドルの声が聞こえる位置まで、そっと近づいてみた。
「ハートの女王の法律・第五百六十二条。『なんでもない日のパーティーにマロンタルトを持ち込むべからず』……これは重大な
リドルは非常に険しい顔で言う。アリスは物陰からこっそりと覗いているだけだ。
「(!……あの人達、マロンタルトを持ち込んだんだ。でも、なんで?)」
そんなことを考えていると、リドルがこう言った。
「ボクが寮長になって一年。ハーツラビュル寮からは一人の留年・退学者を出していない。これは全寮内でハーツラビュルだけだ。この寮の中でボクが一番成績が優秀で、一番強い。だからボクが正しい!口答えせず、ボクに従っていれば間違いないんだ!」
リドルはさらに険しい顔をして大きな声で言う。アリスは、「リドルが一番"正しい"ってこと?確かに
その日の夜。アリスは意を決してリドルの部屋へ向かった。ドアをノックすると、「どうぞ」と返事が返ってきたので、リドルの部屋に足を踏み入れた。
「アリス。こんな夜になんだい?もう就寝時間が近いよ。早く準備をして――」
リドルは就寝時間がもう近いことからアリスに早く寝るように促す。が、アリスは入学してから今まで、思ったことを直接リドルに言った。リドルならきっと自分の話を聞いてくれると信じて。
「リドル寮長。……今の貴方のやり方は間違っていると思います」
リドルは、「間違っている」という言葉に強く反応した。
「……今、何と言ったかい?」
冷たい声で、アリスの顔を見ずにもう一度「何を言ったか」を聞き返すリドル。リドルは、アリスがこれで「間違っている」と言ったことを撤回したのなら、聞かなかったことにしよう、と思ったのだ。アリスはリドルの反応に驚きつつも自分の言った言葉を撤回しなかった。
「今の貴方のやり方は間違っている、って言ったんです。確かに
アリスはリドルの顔をしっかりと見て、やや大きい声で言う。聞き返されることのないように。するとリドルはゆっくりと顔をあげた。するとアリスが今まで見たことのない、怒りと悲しみに満ちた顔をしていた。
「お前"も"ボクが間違ってるって言いたいんだね?」
しかし、アリスは怯まずに自分の言葉を肯定する。
「はい。でも全部では」
そう言ったところで、リドルが大きな声を出した。
「ボクもやりたくてこんなことやっているんじゃない!」
「?!」
アリスはその声量に驚く。リドルは怒りに任せたまま言葉を続ける。
「皆が
「それはそうですけど、もっと別のやり方があるんじゃないかって私は……!!」
アリスはリドルの全てが間違っているとは思っていない。リドルの言っていることも分かる。でも、こんなやり方は間違っている、と言いたいのだ。しかし、その声はリドルに届かない。
「うるさい!それ以上何か言ってごらん。首をはねてしまうよ!!」
「そういうところだよ、リドル!そうやってすぐに首をはねて、魔法を使えなくして、人に恐怖を植え付ける!」
首をはねるよ、と言われて、アリスも怒りが頂点に達した。どうして話を聞いてくれないの、と。二人はもはや売り言葉に買い言葉で言い合いをする。
「恐怖で縛ることが正しいんだ!!じゃないと皆
「今のままだと、皆貴方から離れていってしまう!誰もリドルについていかなくて、ひとりぼっちになってしまうんだよ!!!」
ひとりぼっちになってしまう、というアリスの言葉に、さっきまでとは違い、急にリドルの言葉の温度が冷えた。
「それは……
「私は」
アリスは、「最後までリドルから離れない、でもこれ以上は見てられないから今ここにいるの」と言いかけたところで、いつの間にかアリスに対して構えていたペンで、リドルはアリスにユニーク魔法をかけられた。
「
ガシャンとアリスの首に重たい首輪がつけられる。アリスは不意を突かれた、しくじった、と思った。
「……アリスも、ボクの言うことを聞けないんだね?」
リドルはアリスに対して構えたマジカルペンに魔力を込める。首輪にさらに力が入り、アリスの首が絞められる。
「……っ……」
アリスは「そういう話をしているんじゃない」と言いたかったが、首を締め付けられて息をするのがやっとの状態だった。息がうまく出来なくてよろけてしまい、リドルの前に跪いてしまった。リドルはマジカルペンを構えたまま、アリスにまた怒りのまま言葉をぶつけていく。
「アリスも、ボクから離れていくっていうことが言いたいんだね?!ボクだって……やりたくてこんなことをしているわけじゃないのに!」
ドロッとしたものがまたリドルの心を支配していく。そして、今まで「アリスに対して思っていたけど言わなかったこと」を言う。
「ああ、アリスにはボクの気持ちなんて分からないだろうね!伯爵の家に生まれて、いつもパーティーで笑って、踊っている能天気なキミには!ボクが!どんな思いをして生きてきたかなんて!!」
アリスは、自分だって今まで能天気に生きてきた訳じゃないって反論したかったが、首輪がきつく、「本当に首をはねられてしまう」と危険を感じていた。
「ボクと違って、まともに学校にも行っていないくせに、十二歳でこの学園に飛び級で入学出来たのが不思議なくらいだよ!一対一で、ボクのユニーク魔法すら弾き返せないくせに!」
リドルの言う通りである。アリスはナイトレイブンカレッジに入るまで学校に通っていない。リドルのようにきちんと教育を受けていない。勉強については全て自主勉強なのだ。なので、「十二歳で闇の鏡に選ばれて飛び級入学できたこと」が不思議なのである。アリスでさえ飛び級入学の理由を知らされていない。
「ボクが一番正しいんだ、ボクが、お母様が」
そこまでリドルが言ったところで、リドルの部屋から大声が聞こえてきたことを不審に思ったトレイがリドルの部屋に入ってくる。トレイの目に映った光景は、マジカルペンを構えて怒りの表情で、床に跪いているアリスを見つめているリドルだった。
「リドル?!大声を出してどうしたんだ!それにアリスはなんで首をはねられているんだ?!一体何が」
トレイが入ってきたことで、リドルはアリスに向けていたマジカルペンを下げた。そして、アリスの首輪が緩み、ようやく上手く息ができるようになった。
「っは……」
アリスは息を吐き出し、ゆっくりと酸素を吸う。リドルは先程とは違い、落ち着いた声でトレイに話しかける。
「トレイ、部屋に入る時はノックをしないと」
「お前の部屋から大声が聞こえてきたから、急いできたんだ。すまない。……でもこれはどういう状況なんだ?」
トレイは冷静に、今の状況の説明をリドルに求める。
「……アリスがボクの言うことを聞かないから、首をはねたんだ」
リドルはそう言う。それを聞き、トレイはリドルを宥めるように言う。
「それは、アリスが
トレイがリドルを宥めようとしている間に、アリスはゆらりと立ち上がって、リドルの部屋から出ようとしていた。トレイはそれを制止しようとした。
「
アリスは、トレイにも、リドルにも背を向けたままそう言い残してリドルの部屋から出て行った。トレイは「待て!」とアリスを引き止めようとしたが、アリスはそれを無視した。
バタン、と扉が閉まり、リドルの部屋にはリドルとトレイの二人だけになる。
「……リドル。まさかこんな夜にアリスを寮外へ摘み出そうなんて」
「……さすがにそんなことはしないよ。アリスはまだ小さい女の子だ。それにどこかに泊まるにしても、頼る宛もないだろうし。だから、今夜は部屋から一歩も出ないように――」
そう言いかけたところで、ケイトが慌てた様子でリドルの部屋に入ってきた。
「リドルくん!アリスちゃん首をはねられてるし、それにすごい剣幕で寮から出ていったんだけど、何があったの?!」
そうケイトから聞いて、二人は驚愕した表情を出した。
「は?!あの子は一体何を考えているんだい?!」
「俺、止めたんだけど、『マロンタルトの生徒達は首をはねられて寮から摘み出されてましたよね?つまり、首をはねられたら寮から出て行かないといけないんですよね。だから私も
ケイトは焦るような顔をして、先程アリスと交わした会話を二人に説明した。
「リドル、どうするんだ?」
トレイはリドルにアリスのことをどうするのか、と尋ねた。
「……アリスに電話をしてみるよ。寮長命令だから返ってこいって。流石に目覚めが悪いし……」
トレイに宥められて、怒りが少し収まったリドルはアリスに電話をかけてみる。しかし――
「『電源を切られているか、電波の届かない場所にいます。ピーという発信音の後に』」
という機械音が流れるだけだった。それを聞いて三人はしばし無言になった。そしてリドルは「もうアリスの事は放っておこう」と言った。それを聞いたケイトは驚いた。
「いいの?……アリスちゃん、婚約者なんでしょ。心配にならないの?」
「確かに、ボクとアリスは婚約者だよ。但し、親同士が決めた関係だけどね。……だから別にボクはアリスのことが好きでもないよ。……まぁ顔は産まれた時から知ってるから、正直妹みたいな
「……」
トレイはそれを聞いて、「昔婚約者がいることは聞いたけど、それも親に決められたもの事だったのか」とリドルの過去と現在の状況に複雑な思いを抱いた。
「長話が過ぎたね。さ、もう就寝時間は過ぎてるよ。キミ達も早く寝るんだ」
リドルはそう言って二人に寝るように促し、二人はそれに従った。
「分かったよ。おはすみ」
「……おやすみ、リドルくん」
パタン、と静かにドアを閉める二人。リドルの部屋を出た後、こんな会話をした。
「ねぇ、トレイ。アリスちゃんのこと……」
「エースやデュースはオンボロ寮にいるだろうし、もしかしからそこに行くかもしれない。」
「俺、一応エースちゃん達に『アリスちゃんが首をはねられて寮を飛び出したから、オンボロ寮に行くかもしれない』って連絡入れておくよ」
「ああ、頼む」
ケイトはエース達に連絡をしたが、返事が来たのは翌朝で、内容は「アリスはオンボロ寮には来ていない」というものだった。
*
アリスは寮を出て、オンボロ寮ではなく本校舎内を独り言を言いながら歩いていた。
「リドル、思いっきり私の首を絞めて……トレイ先輩が来なかったら本当に
小さく細い手でリドルにつけられた首輪を摩った。
「……確かに私はリドルの家のことなんて知らない。どんな思いで今まで生きてきたかなんて、知らない。でも、それはリドルも同じじゃない。リドルだって私や、私の家のことなんて、
短い眉を潜めて、文句を言う。しかしすぐにその眉を下げて、過去の自分のことを考え出した。
「……年に何回か開かれるパーティーでしか会えなかったけど、リドルのことを知るチャンスは幾らでもあったはず。でも……」
パーティーで出会う昔のリドルの顔を思い出す。その顔は先程と違って優しい顔だった。
「いつも私が、読んだ本のことや、楽しかったことを話すばかり。リドルはいつもそれを聞いてくれていた……」
アリスがまだ四歳だった頃、「髪の長さを変える魔法」を教えてもらった時のことを思い出した。あの時、中々上手く魔法で調節ができなくてリドルが「短い髪型は似合わないね」と笑った時の顔。リドルが今の髪型に整えてくれて「可愛い?」と聞いたら「ボクが整えたんだから可愛くて当然さ」と得意げに言っていた時の顔。その時にアリスはリドルに"恋"をした。今の厳しいリドルも、リドルらしくて好きだけど、やっぱり笑った顔が一番好きだと思った。
「何に何回かしか会えないんだから、楽しい話をしようって、リドルが来るパーティーの前の日は、リドルに話せるような楽しい話を思い出すのに苦労していたっけ……」
アリスはその笑った顔が見たくて、会える時はいつも楽しい話を用意していた。アリスは常に殺伐とした日常を過ごしていた。なので、私生活にこれと言った楽しいことが毎日起こる訳ではなかった。なので、読んだ本の中でどこが面白かったとか、自分がいつもいる部屋の窓の近くに鳥が巣を作って、その卵が孵ったとか、兄にチェスで初めて勝てたとか、そんなことばかりを話していた。
「……楽しい話をするんじゃなくて、もっと、ちゃんとリドルの話を聞けば良かった。私、リドルのこと何にも知らない……」
リドルは約四歳程歳の離れている小さな婚約者の話をいつも聞いていた。まるで自分に妹ができたかのように。アリスも、実の兄達はそんな風に優しく話を聞いてくれなかったので、無意識に兄に甘えるように話していたのかもしれない。
アリスは昔を思い出し、目の奥が熱くなる感覚を覚えたが、両手で頬を思い切り叩き、自分を律した。
「泣いたらダメよ、アリス。アリスは強くなきゃいけないんだから。……と言っても今回は油断してたわ。首をはねられてしまった……。リドルがこんなに強いなんて知らなかった」
リドルとは今まで魔法で戦ったことがなかったので、アリスはリドルの強さに驚いた。アリスにとっての三番目の兄で、そしてリドルと同い年だった"ミシェル"とはよく「練習」と称して魔法で戦っていたけれど、その兄より強いかもしれない、とおもった。だが、そんなことよりアリスは今晩の寝床を探さないといけないことを思い出した。
「今日は教室にでも泊まろうかな。横にはならないけど、目は瞑れるし、寒くはないだろうし……。もうこんな夜だし、ユウのところに行ったら迷惑になっちゃう」
最初はオンボロ寮に行くことを考えたが、恐らく