夢主達の設定です。
ハーツラビュル篇
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これは私が"異世界"に来た初日から、早速トラブルに巻き込まれて、なんやかんやでNRCに正式入学が決まった後の話。
***
まだボロボロで埃臭い寮の掃除をしていたら、玄関の扉を叩く音がした。
「こんな夜に、一体誰なんだゾ。オレ様、今日はもうクタクタ……。おい、子分行ってこい」
グリムが疲れた声で偉そうに言う。私だって疲れてるのに……と思ったけれど、仕方なく出ることにした。
「はい、どちら様?」
せめて学園長じゃありませんように、と思いながらドアを開けると、目線の先には誰もいない。あれ、悪戯かな、と思ったら、下から声がした。
「……下です」
目線を下げてみると、制服に身を包んだ、薄いブロンドの髪の長い"小さな女の子"が、凛々しい表情で私を見ていた。その大きな瞳は青とも、水色とも、紫色とも言えない、不思議な色をしていた。そして、初めて会った人のはずなのに、『既視感』を感じた。
「こんばんは。夜分遅くにすみません」
「ごめんなさい。えっと、あなたは……」
「アリス。アリス・イリアステル・キャロル。ハーツラビュル寮所属の一年です」
そう言うと、アリスは深々と頭を下げた。それにつられて私も軽く頭を下げる。
「貴女と少しお話がしたくてやってきたした。今、お時間ありますか?」
そう言われて少し悩んだ。今日は疲れているし断ろうかと思ったけど、掃除にも疲れてきたところだったので、休憩がてら、話を聞くだけ聞くことにした。
「まだ掃除の途中で座れるところも少ないですが、どうぞ」
そう言って寮にアリスを寮に招き入れた。
アリスの姿を見たグリムは大層驚いていた。
「ふなっ?!男子校なのに、女がいるんだゾ……」
「私は闇の鏡に選ばれて、飛び級でここに入学をしたんです。でも、入学案内には『男子校』なんて一言も書かれていなかったので、共学だと思っていました。……はぁ」
アリスはグリムの姿に驚くこともなく、普通に会話している。私だって最初は「喋る狸」って思っていたのに。
「飛び級?」
グリムがそう言うと、少し胸を張って「そうですよ」と言った。
「お前、今何歳なんだ?」
「十二歳です」
「えっ?!」
これは驚いた。十二歳の女の子がここに飛び級で入学しているなんて。だからこんなに背が低いのか、と思っていると。
「だからお前、そんなにチビで子供っぽいのか」
グリムがニヤニヤと意地悪に笑いながらそう言った。アリスは頬を膨らませて、「はいはい、そうですとも。私はチビですし、皆に比べたらまだ子供ですとも」と不機嫌そうに言ってグリムの言うことを流した。
「もう夜ですし、早く寮に戻らないといけないので、早速本題に入ります。……貴女、"異世界"から来たんですよね?」
「?!どこでそれを……」
正直、動揺した。"異世界"から来たことを知っている人なんて。……でも、仕方がないか。入学式と、今日。あれだけの騒動を起こしていたら、話なんてすぐに広まってしまう。腹を括って、「そうです」と答えた。
アリスは少し考え込むような仕草をして、次の質問をした。
「貴女が元いた世界について、教えてもらえませんか?話せる範囲でいいです。でも、出来たら詳しく教えて貰えると嬉しいです」
予想外の質問だった。てっきり、噂を聞きつけた生徒がからかいに来たんだと。でもこの子にはそんな空気は感じられない。私は出身地やどんなところだったかを話した。
一通り話し終えた後、アリスは先程とは違い、驚いたような顔をしていた。
「とうきょう……。えっと、あの、びるって、どんなものですか?」
「うーん、銀色の塔って呼べばいいのかな……」
まだこの世界についての知識も何もないけれど、正確に伝わりやすいように言ってみた。するとアリスは今までの表情とは打って変わり、明るい表情でソファーから勢いよく立ち上がった。
「やっぱり、私は昔異世界に本当に行っていたんだわ!あの出来事は本当だったんだわ!」
小躍りでもしそうな様子で言い出したので、最初は面食らったが、でも、今……。
「今、"異世界"って」
「そうなの!私、七歳の時にその"異世界"に行ったことがあるの!」
そう言って、私が聞く前に「七歳の時に起きた出来事」を話し始めた。というか、さっきまでの落ち着いた様子とは全く違う。まるで"幼い子供"のようだ。
「七歳の時、いつものように閉じ込められていた塔を抜け出して、家の敷地内にある小川の側に座って歌を歌っていたの……じゃなくて、いたんです。そしたら、小川に見たことのない景色が映って、覗き込んだら、その世界に行ってしまっていて。その世界は、貴女の言うような世界が広がっていて。"とうきょう"という地に、銀色の塔が沢山並んでいて、人が沢山いて……」
アリスの話は、まるでお伽話のようだった。だけど、アリスの話の世界は、きっと私が元いた世界と同じなんだろうという予感がした。アリスは興奮が収まらない様子で話を続ける。
「不安になって泣いていたら、女の人が声をかけてくれて……。それから、ピンク色の小さな花が沢山ついた木が沢山ある"こうえん"って言うところに連れて行ってくれて、私の話をずっと聞いてくれて……。楽しくなって、また歌を歌っていたら、足元にあった水溜りに元いた世界が映って、吃驚していたら、今度はこの世界の病院にいたんです。あまり時間は経っていなかったみたいなんですけど、この世界では私は『小川で溺れていた』ということになっていたんです」
公園に、ピンク色の小さな花がついた木、恐らく桜のことだろう。きっとこの子は、私が元いた世界に過去に行っている、と確信した。
「家族や、婚約者にこの話をしたんですけど、誰も信じてくれなくて。だから、溺れていた時に見ていた『不思議な夢』だと思っていたんですけど、貴女の話を聞いて、もしかしたら同じ世界かもしれない、と思って……。貴女も、この話、嘘だと思いますか……?」
アリスは不安げに私の顔を覗き込んできた。悲しい瞳をしていた。きっと散々否定されたんだろう。でも、私は。
「その話、信じます。きっとその世界は、私が元いた世界だと思うので」
「本当に?!……信じてくれる人がいて本当に良かったわ」
アリスはそう言うと、ふう、と息を吐いてまたソファーに座り直した。
「アリスさん」
「アリスでいいですよ。あと敬語じゃなくていいです」
「じゃあ、アリス。私、元の世界に戻りたいんだ。その時の歌や、小川がある場所に連れて行ってくれないかな」
そう言うと、アリスは申し訳なさそうにこう言った。
「実は、あれ以来、小川は埋め立てられてしまって……。それに歌も、その場で作ったものだから、こっちの世界に帰ってきた時にはもう忘れてしまってて……ごめんなさい」
帰れるかもしれない、と期待したけれど、現実は甘くないようだ。でも、子供の頃の出来事だし、忘れてしまっていても仕方がない。
「本当にごめんなさい!でも、思い出せるように努力しますし、貴女が元の世界に戻れるように私も色々試してみます」
アリスはキリッとした表情で言う。学園長以外にも、協力してくれる人が現れて安心した。
そう思っていると、グリムが静かにしていることに気がついた。ふと隣を見てみると、寝てしまっているようだった。仕方ないか、今日は色々あったし……。そう思っていると、アリスが驚くようなことを言ってきた。
「ところで、なんで男子の制服を着ているんですか?貴女、女の子でしょう?」
「?!」
男装していることは、学園長しか知らないはずなのに、どうして分かったのだろう。
「どうして、分かったの?」
「どうしてって……。うーん……。同性、だからですかね……。あと、声とか。それに、私が貴女がいた世界で助けてくれた女の人にそっくりなんです。だから、女の子かなって思いまして……もしかして、皆には内緒にしていた感じですか?」
アリスはキョトンとした顔で言う。そして申し訳なさそうに「初対面なのに、ズケズケと言ってしまってごめんなさい」と言った。
「そんなことないよ。男装している理由は、この学校って男子ばかりでしょ?どうやったら上手く生きていけるかな、って思った時に、男装して男子に混じって、これ以上目立たないようにすればいいかなって思っただけ。まぁ、最初から隠し通せるとは思っていなかったし、いずれはバレると思っていたから、大丈夫。それに、正直ズボンの方が楽だしね。怒ってないから謝らなくてもいいよ」
そう言うとアリスは目を丸くした。
「すごい……。まだこの世界に来たばかりなのにそこまで考えていたなんて……。生存戦略というか、知略に長けているというか。私はさっきも言ったけど、何にも考えていなかったから……貴女を見習わないといけませんね」
アリスは、眉を潜めてそう言う。知略に長けているとか、そんな褒められ方は初めてされたな。少し、照れる。
そんな事を思っていたら、アリスが口に手を当てて申し訳なさそうにしてきた。
「あ!ごめんなさい、私、自分は名乗っておきながら、貴女と隣の猫の名前は聞いてませんでした。失礼しました」
アリスがぺこりと頭を下げてまた謝ってくる。……エース達とは違い、礼儀正しい子なんだな。
「失礼とか、そんなことないよ。私は霞ユウ。十六歳。隣のはグリム。猫じゃなくてモンスターだよ。そして、ここ、オンボロ寮とグリムの監督生。よろしくね」
「!」
自己紹介を終えると、吃驚したような顔をしていた。何か私の顔についていたのか、それとも変なことを言ってしまったのだろうか。
「はい、宜しくお願いします。かすみ、ユウ……珍しい名前ですね」
アリスはすぐに表情を戻してこう言ってきた。この子、多分意識的にキリッとした表情を作っているんだろうけど、本当は表情が豊かなんじゃないんだろうか。なんとなくそう思った。
「あはは、ここに来てからよく言われるよ。霞がラストネームで、ユウがファーストネーム。アリスも、私のことファーストネームで呼んでいいし、敬語じゃなくていいよ。私も明日からは同じ一年生だから。魔法が使えないから、グリムと二人で一人扱いだけどね」
「分かりました。じゃなくて、分かったわ、ユウ。よろしくね。クラスは?」
「学園長が、A組って言っていたよ」
そう言うと肩を落として、「なんだ、残念。私はB組なの」と言っていた。私も少し残念に感じた。折角同性がいるって分かったのに、別のクラスなのは残念だ。
「ユウ。何か困ったことがあったら言ってね。同じ女の子だし、同じ一年生だし、協力できることは協力するわ!」
アリスが胸を張ってそう言う。正直、頼もしいなぁと思った。一人で異世界に飛ばされてきて不安だったから、安心した。
「うん。ありがとう、アリス」
「えへへ……」
お礼を述べると、照れ臭そうに笑っていた。
そして、制服のポケットから親指大ほどの薄紫の宝石を出してきた。
「『如何なるときでも、汝に神の加護がありますように』……それっ」
そう言うと、宝石に皮の紐がついたネックレスに変わった。
「これはね、私の家で代々受け継がれてきた魔法石。神の御加護がありますように、ってずっと魔力を込められていたんですって。家を出る時に一応持ってきたんだけど、ユウにあげる」
「そんな大事な物を私に……?!」
「ユウは魔法つかえないから不安だろうし。……まぁ本当にただのお守りくらいにしかならないだろうけど、良かったら受け取ってくれると嬉しいな」
そう言って手のひらに乗せて私に差し出してきた。折角の好意を無駄にしたらいけないなと思って、そのネックレス受け取った。
「あ。学園長とか他の人には内緒にしててね。私がユウの世界に行った事がある話も。ユウが変に怪しまれたりするかもしれないから。二人だけの秘密!」
「うん、分かったよ。二人だけの秘密ね」
「ふふ」
アリスは何だか嬉しそうにしている。その顔を見ていると、こちらまで嬉しくなってくる。何故だろう、アリスといると……。
「ユウといると、何だかお姉ちゃんが出来たみたいだわ。私、上にお兄様が四人いたんだけど、とても意地悪だったから、優しい兄弟が欲しかったの。ユウみたいな優しいお姉ちゃんがね!」
「私もアリスといると妹が出来たみたいだよ。私は一人っ子だから」
「そうなのね」
アリスには「一人っ子」と言ったけど、本当は双子だったらしい。でも妹の方は死産になってしまった。だから、姉妹に憧れていた……というより、妹に会ってみたいと思っていた。
「ねぇ、ユウ。テーブルの上にあるのって、ゴーストカメラ?」
テーブルの上に学園長に貰ったゴーストカメラを指差して言ってきた。
「そうだよ。知ってるの?」
「うん。ひいお婆様が持っていたから。……ここで出会ったのも何かの縁だし、二人で写真撮りましょうよ!」
「いいよ」
そう言って、アリスがゴーストカメラをいじって、タイマーをセットした。
「じゃあ、行くよ。スリー、ツー、ワン」
パシャッ
そう言って、カメラがシャッターを切る。そして、カメラから写真が出てきた。そこには私とアリスが映っていて、頭の上に豆のような、ぼやけた何かが写っている。そして、それは向かいあっていた。
「何だろう、これ……」
そう言うと、アリスがこう言った。
「さぁ?ゴーストの魂でも映ったんじゃない?……この写真、私が持っていてもいいかしら?えっと、寮の部屋に飾りたいの。私の部屋、殺風景だから……」
「うん、いいよ」
本当は学園長に学校生活を報告する為に渡された物だけど、一枚くらいはいいだろう。
「あ、もう時間だ。早く帰らないとリドル寮長に怒られちゃう。ユウ、ごめんね。意外と話し込んじゃった」
「いいよ。それに私、アリスのことはもう友達と思っているから気にしてないよ」
そう言うと、アリスが嬉しそうに、「ありがとう」と言ってきた。そして、「それじゃあまたね!」と言って、自分の寮へ帰っていった。……グリムももう起きそうにないし、今日は疲れたから、私もお風呂に入って寝よう。そう思った。
***
これはユウと初めて会った日の話。今思えば、七年前のあの日から「預言」の通り、世界の崩壊が始まっていたのかもしれない。
*
私は道に迷いながらだけど、急いで寮に帰った。
そして自分の部屋で、さっき撮った写真を見た。豆のような形をしている魂。通常、魂のかたちが映る場合は丸く映るはずなのに。写真をそっと曲げて、ユウと私の魂を合わせてみた。すると、ぴったりとはまって、丸くなった。そのことにとても驚いた。通常ならこんな事は滅多にない筈なのに。お互い、魂が半分だなんて。私とユウは同一人物だったか、或いは双子だった可能性がある。どちらが姉かは分からないけど、ユウの世界で私が何らかの理由で死に、魂がこの世界に転生したとか。
……だから、七年前、無数にある世界線の中で、ピンポイントでユウの世界に行く事ができたのかもしれない。私が異世界への道を作ってしまって、ユウがこの世界に来てしまった、或いは誰かに召喚されてしまった。私の魂に引き寄せられるように……。
そう考えると、今のユウの状況には私にも責任がある。だから、「私がなんとかしなくちゃ」と思った。早く"あの時の歌"を思い出さないといけない。でも、記憶力には自信があるのに、どうしてもあの歌だけは思い出せない。
……もしかしたら誰かに魔法で封じられたのかもしれない。だとしたら、合点がいく。でも誰が記憶を封じたのか、どんな魔法か見当もつかない。だから対処しようがない。新しく異世界への繋がる魔法を作るしかない。でも、それは過去に何度も試した。お兄様達に「"とうきょう"は嘘じゃない」って証明するために。でも、できなかった。私はどんな魔法でも作れるのに、これだけはできなかった。
「ユウ。……ごめんね。でも頑張るから」
そう呟いて、就寝時間間近だったので、リドルに首を跳ねられない内に急いでシャワーを浴びて、寝支度をして眠りについた。
***
まだボロボロで埃臭い寮の掃除をしていたら、玄関の扉を叩く音がした。
「こんな夜に、一体誰なんだゾ。オレ様、今日はもうクタクタ……。おい、子分行ってこい」
グリムが疲れた声で偉そうに言う。私だって疲れてるのに……と思ったけれど、仕方なく出ることにした。
「はい、どちら様?」
せめて学園長じゃありませんように、と思いながらドアを開けると、目線の先には誰もいない。あれ、悪戯かな、と思ったら、下から声がした。
「……下です」
目線を下げてみると、制服に身を包んだ、薄いブロンドの髪の長い"小さな女の子"が、凛々しい表情で私を見ていた。その大きな瞳は青とも、水色とも、紫色とも言えない、不思議な色をしていた。そして、初めて会った人のはずなのに、『既視感』を感じた。
「こんばんは。夜分遅くにすみません」
「ごめんなさい。えっと、あなたは……」
「アリス。アリス・イリアステル・キャロル。ハーツラビュル寮所属の一年です」
そう言うと、アリスは深々と頭を下げた。それにつられて私も軽く頭を下げる。
「貴女と少しお話がしたくてやってきたした。今、お時間ありますか?」
そう言われて少し悩んだ。今日は疲れているし断ろうかと思ったけど、掃除にも疲れてきたところだったので、休憩がてら、話を聞くだけ聞くことにした。
「まだ掃除の途中で座れるところも少ないですが、どうぞ」
そう言って寮にアリスを寮に招き入れた。
アリスの姿を見たグリムは大層驚いていた。
「ふなっ?!男子校なのに、女がいるんだゾ……」
「私は闇の鏡に選ばれて、飛び級でここに入学をしたんです。でも、入学案内には『男子校』なんて一言も書かれていなかったので、共学だと思っていました。……はぁ」
アリスはグリムの姿に驚くこともなく、普通に会話している。私だって最初は「喋る狸」って思っていたのに。
「飛び級?」
グリムがそう言うと、少し胸を張って「そうですよ」と言った。
「お前、今何歳なんだ?」
「十二歳です」
「えっ?!」
これは驚いた。十二歳の女の子がここに飛び級で入学しているなんて。だからこんなに背が低いのか、と思っていると。
「だからお前、そんなにチビで子供っぽいのか」
グリムがニヤニヤと意地悪に笑いながらそう言った。アリスは頬を膨らませて、「はいはい、そうですとも。私はチビですし、皆に比べたらまだ子供ですとも」と不機嫌そうに言ってグリムの言うことを流した。
「もう夜ですし、早く寮に戻らないといけないので、早速本題に入ります。……貴女、"異世界"から来たんですよね?」
「?!どこでそれを……」
正直、動揺した。"異世界"から来たことを知っている人なんて。……でも、仕方がないか。入学式と、今日。あれだけの騒動を起こしていたら、話なんてすぐに広まってしまう。腹を括って、「そうです」と答えた。
アリスは少し考え込むような仕草をして、次の質問をした。
「貴女が元いた世界について、教えてもらえませんか?話せる範囲でいいです。でも、出来たら詳しく教えて貰えると嬉しいです」
予想外の質問だった。てっきり、噂を聞きつけた生徒がからかいに来たんだと。でもこの子にはそんな空気は感じられない。私は出身地やどんなところだったかを話した。
一通り話し終えた後、アリスは先程とは違い、驚いたような顔をしていた。
「とうきょう……。えっと、あの、びるって、どんなものですか?」
「うーん、銀色の塔って呼べばいいのかな……」
まだこの世界についての知識も何もないけれど、正確に伝わりやすいように言ってみた。するとアリスは今までの表情とは打って変わり、明るい表情でソファーから勢いよく立ち上がった。
「やっぱり、私は昔異世界に本当に行っていたんだわ!あの出来事は本当だったんだわ!」
小躍りでもしそうな様子で言い出したので、最初は面食らったが、でも、今……。
「今、"異世界"って」
「そうなの!私、七歳の時にその"異世界"に行ったことがあるの!」
そう言って、私が聞く前に「七歳の時に起きた出来事」を話し始めた。というか、さっきまでの落ち着いた様子とは全く違う。まるで"幼い子供"のようだ。
「七歳の時、いつものように閉じ込められていた塔を抜け出して、家の敷地内にある小川の側に座って歌を歌っていたの……じゃなくて、いたんです。そしたら、小川に見たことのない景色が映って、覗き込んだら、その世界に行ってしまっていて。その世界は、貴女の言うような世界が広がっていて。"とうきょう"という地に、銀色の塔が沢山並んでいて、人が沢山いて……」
アリスの話は、まるでお伽話のようだった。だけど、アリスの話の世界は、きっと私が元いた世界と同じなんだろうという予感がした。アリスは興奮が収まらない様子で話を続ける。
「不安になって泣いていたら、女の人が声をかけてくれて……。それから、ピンク色の小さな花が沢山ついた木が沢山ある"こうえん"って言うところに連れて行ってくれて、私の話をずっと聞いてくれて……。楽しくなって、また歌を歌っていたら、足元にあった水溜りに元いた世界が映って、吃驚していたら、今度はこの世界の病院にいたんです。あまり時間は経っていなかったみたいなんですけど、この世界では私は『小川で溺れていた』ということになっていたんです」
公園に、ピンク色の小さな花がついた木、恐らく桜のことだろう。きっとこの子は、私が元いた世界に過去に行っている、と確信した。
「家族や、婚約者にこの話をしたんですけど、誰も信じてくれなくて。だから、溺れていた時に見ていた『不思議な夢』だと思っていたんですけど、貴女の話を聞いて、もしかしたら同じ世界かもしれない、と思って……。貴女も、この話、嘘だと思いますか……?」
アリスは不安げに私の顔を覗き込んできた。悲しい瞳をしていた。きっと散々否定されたんだろう。でも、私は。
「その話、信じます。きっとその世界は、私が元いた世界だと思うので」
「本当に?!……信じてくれる人がいて本当に良かったわ」
アリスはそう言うと、ふう、と息を吐いてまたソファーに座り直した。
「アリスさん」
「アリスでいいですよ。あと敬語じゃなくていいです」
「じゃあ、アリス。私、元の世界に戻りたいんだ。その時の歌や、小川がある場所に連れて行ってくれないかな」
そう言うと、アリスは申し訳なさそうにこう言った。
「実は、あれ以来、小川は埋め立てられてしまって……。それに歌も、その場で作ったものだから、こっちの世界に帰ってきた時にはもう忘れてしまってて……ごめんなさい」
帰れるかもしれない、と期待したけれど、現実は甘くないようだ。でも、子供の頃の出来事だし、忘れてしまっていても仕方がない。
「本当にごめんなさい!でも、思い出せるように努力しますし、貴女が元の世界に戻れるように私も色々試してみます」
アリスはキリッとした表情で言う。学園長以外にも、協力してくれる人が現れて安心した。
そう思っていると、グリムが静かにしていることに気がついた。ふと隣を見てみると、寝てしまっているようだった。仕方ないか、今日は色々あったし……。そう思っていると、アリスが驚くようなことを言ってきた。
「ところで、なんで男子の制服を着ているんですか?貴女、女の子でしょう?」
「?!」
男装していることは、学園長しか知らないはずなのに、どうして分かったのだろう。
「どうして、分かったの?」
「どうしてって……。うーん……。同性、だからですかね……。あと、声とか。それに、私が貴女がいた世界で助けてくれた女の人にそっくりなんです。だから、女の子かなって思いまして……もしかして、皆には内緒にしていた感じですか?」
アリスはキョトンとした顔で言う。そして申し訳なさそうに「初対面なのに、ズケズケと言ってしまってごめんなさい」と言った。
「そんなことないよ。男装している理由は、この学校って男子ばかりでしょ?どうやったら上手く生きていけるかな、って思った時に、男装して男子に混じって、これ以上目立たないようにすればいいかなって思っただけ。まぁ、最初から隠し通せるとは思っていなかったし、いずれはバレると思っていたから、大丈夫。それに、正直ズボンの方が楽だしね。怒ってないから謝らなくてもいいよ」
そう言うとアリスは目を丸くした。
「すごい……。まだこの世界に来たばかりなのにそこまで考えていたなんて……。生存戦略というか、知略に長けているというか。私はさっきも言ったけど、何にも考えていなかったから……貴女を見習わないといけませんね」
アリスは、眉を潜めてそう言う。知略に長けているとか、そんな褒められ方は初めてされたな。少し、照れる。
そんな事を思っていたら、アリスが口に手を当てて申し訳なさそうにしてきた。
「あ!ごめんなさい、私、自分は名乗っておきながら、貴女と隣の猫の名前は聞いてませんでした。失礼しました」
アリスがぺこりと頭を下げてまた謝ってくる。……エース達とは違い、礼儀正しい子なんだな。
「失礼とか、そんなことないよ。私は霞ユウ。十六歳。隣のはグリム。猫じゃなくてモンスターだよ。そして、ここ、オンボロ寮とグリムの監督生。よろしくね」
「!」
自己紹介を終えると、吃驚したような顔をしていた。何か私の顔についていたのか、それとも変なことを言ってしまったのだろうか。
「はい、宜しくお願いします。かすみ、ユウ……珍しい名前ですね」
アリスはすぐに表情を戻してこう言ってきた。この子、多分意識的にキリッとした表情を作っているんだろうけど、本当は表情が豊かなんじゃないんだろうか。なんとなくそう思った。
「あはは、ここに来てからよく言われるよ。霞がラストネームで、ユウがファーストネーム。アリスも、私のことファーストネームで呼んでいいし、敬語じゃなくていいよ。私も明日からは同じ一年生だから。魔法が使えないから、グリムと二人で一人扱いだけどね」
「分かりました。じゃなくて、分かったわ、ユウ。よろしくね。クラスは?」
「学園長が、A組って言っていたよ」
そう言うと肩を落として、「なんだ、残念。私はB組なの」と言っていた。私も少し残念に感じた。折角同性がいるって分かったのに、別のクラスなのは残念だ。
「ユウ。何か困ったことがあったら言ってね。同じ女の子だし、同じ一年生だし、協力できることは協力するわ!」
アリスが胸を張ってそう言う。正直、頼もしいなぁと思った。一人で異世界に飛ばされてきて不安だったから、安心した。
「うん。ありがとう、アリス」
「えへへ……」
お礼を述べると、照れ臭そうに笑っていた。
そして、制服のポケットから親指大ほどの薄紫の宝石を出してきた。
「『如何なるときでも、汝に神の加護がありますように』……それっ」
そう言うと、宝石に皮の紐がついたネックレスに変わった。
「これはね、私の家で代々受け継がれてきた魔法石。神の御加護がありますように、ってずっと魔力を込められていたんですって。家を出る時に一応持ってきたんだけど、ユウにあげる」
「そんな大事な物を私に……?!」
「ユウは魔法つかえないから不安だろうし。……まぁ本当にただのお守りくらいにしかならないだろうけど、良かったら受け取ってくれると嬉しいな」
そう言って手のひらに乗せて私に差し出してきた。折角の好意を無駄にしたらいけないなと思って、そのネックレス受け取った。
「あ。学園長とか他の人には内緒にしててね。私がユウの世界に行った事がある話も。ユウが変に怪しまれたりするかもしれないから。二人だけの秘密!」
「うん、分かったよ。二人だけの秘密ね」
「ふふ」
アリスは何だか嬉しそうにしている。その顔を見ていると、こちらまで嬉しくなってくる。何故だろう、アリスといると……。
「ユウといると、何だかお姉ちゃんが出来たみたいだわ。私、上にお兄様が四人いたんだけど、とても意地悪だったから、優しい兄弟が欲しかったの。ユウみたいな優しいお姉ちゃんがね!」
「私もアリスといると妹が出来たみたいだよ。私は一人っ子だから」
「そうなのね」
アリスには「一人っ子」と言ったけど、本当は双子だったらしい。でも妹の方は死産になってしまった。だから、姉妹に憧れていた……というより、妹に会ってみたいと思っていた。
「ねぇ、ユウ。テーブルの上にあるのって、ゴーストカメラ?」
テーブルの上に学園長に貰ったゴーストカメラを指差して言ってきた。
「そうだよ。知ってるの?」
「うん。ひいお婆様が持っていたから。……ここで出会ったのも何かの縁だし、二人で写真撮りましょうよ!」
「いいよ」
そう言って、アリスがゴーストカメラをいじって、タイマーをセットした。
「じゃあ、行くよ。スリー、ツー、ワン」
パシャッ
そう言って、カメラがシャッターを切る。そして、カメラから写真が出てきた。そこには私とアリスが映っていて、頭の上に豆のような、ぼやけた何かが写っている。そして、それは向かいあっていた。
「何だろう、これ……」
そう言うと、アリスがこう言った。
「さぁ?ゴーストの魂でも映ったんじゃない?……この写真、私が持っていてもいいかしら?えっと、寮の部屋に飾りたいの。私の部屋、殺風景だから……」
「うん、いいよ」
本当は学園長に学校生活を報告する為に渡された物だけど、一枚くらいはいいだろう。
「あ、もう時間だ。早く帰らないとリドル寮長に怒られちゃう。ユウ、ごめんね。意外と話し込んじゃった」
「いいよ。それに私、アリスのことはもう友達と思っているから気にしてないよ」
そう言うと、アリスが嬉しそうに、「ありがとう」と言ってきた。そして、「それじゃあまたね!」と言って、自分の寮へ帰っていった。……グリムももう起きそうにないし、今日は疲れたから、私もお風呂に入って寝よう。そう思った。
***
これはユウと初めて会った日の話。今思えば、七年前のあの日から「預言」の通り、世界の崩壊が始まっていたのかもしれない。
*
私は道に迷いながらだけど、急いで寮に帰った。
そして自分の部屋で、さっき撮った写真を見た。豆のような形をしている魂。通常、魂のかたちが映る場合は丸く映るはずなのに。写真をそっと曲げて、ユウと私の魂を合わせてみた。すると、ぴったりとはまって、丸くなった。そのことにとても驚いた。通常ならこんな事は滅多にない筈なのに。お互い、魂が半分だなんて。私とユウは同一人物だったか、或いは双子だった可能性がある。どちらが姉かは分からないけど、ユウの世界で私が何らかの理由で死に、魂がこの世界に転生したとか。
……だから、七年前、無数にある世界線の中で、ピンポイントでユウの世界に行く事ができたのかもしれない。私が異世界への道を作ってしまって、ユウがこの世界に来てしまった、或いは誰かに召喚されてしまった。私の魂に引き寄せられるように……。
そう考えると、今のユウの状況には私にも責任がある。だから、「私がなんとかしなくちゃ」と思った。早く"あの時の歌"を思い出さないといけない。でも、記憶力には自信があるのに、どうしてもあの歌だけは思い出せない。
……もしかしたら誰かに魔法で封じられたのかもしれない。だとしたら、合点がいく。でも誰が記憶を封じたのか、どんな魔法か見当もつかない。だから対処しようがない。新しく異世界への繋がる魔法を作るしかない。でも、それは過去に何度も試した。お兄様達に「"とうきょう"は嘘じゃない」って証明するために。でも、できなかった。私はどんな魔法でも作れるのに、これだけはできなかった。
「ユウ。……ごめんね。でも頑張るから」
そう呟いて、就寝時間間近だったので、リドルに首を跳ねられない内に急いでシャワーを浴びて、寝支度をして眠りについた。