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ハーツラビュル篇
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本日はハーツラビュル寮の薔薇の迷路にて「なんでもない日」のパーティーが開催される日である。アリスはその準備の為、白い薔薇を赤い薔薇に塗り替える作業をしていた。アリスは色替え魔法なんてお手の物、という風に沢山薔薇の木の白い薔薇を赤い薔薇に変えていった。
その時、アリスは同じく薔薇の木の色塗りを担当していた上級生三人に声を掛けられた。
「おーい、期待の飛び級生、中々手際良いじゃん。スピードも正確さも新入生の中じゃトップクラスだよ」
「そうですか?ありがとうございます」
アリスは上級生に褒められて、素直にお礼を言う。すると、他の上級生二人にこう言われた。
「ちょっとこっちの方、全然人手が足りないんだよね。もう時間がないし、このままじゃパーティーに遅れちまう」
「だから、あっちの方もお願いしていいかな?」
アリスは正直面倒だと思ったが、「時間がない」「人手不足」と言われて、断れるわけがなかった。
「分かりました」
そして、上級生に言われた通りの方向に向かうアリス。上級生達は「助かる!ありがとう」と言ってアリスを見送る。
そして――
「なんてね。あっちの方は塗らなくてもいいんだよ」
と言った。そう、アリスが指示された場所は「色塗りをしなくていい場所」だったのだ。上級生達は口々に「キャロル家」の悪口を言い出す。
「アイツ、あのキャロル家の伯爵様なんだろう?どうせこの学校にも金で物言わせて入学したに決まってる」
「キャロルといえば、ミシェルとかいう奴がいたよな。ローズハートみたいに糞生意気な奴。この学校に入る前に死んじまったみてぇだけど」
「ミシェル」というのはキャロル家の三男で、アリスより四つ上の兄。リドルとはエレメンタリースクールの時から同級生だった。しかし、かなり性格に難があり、他人からよく喧嘩を売られては律儀に「十倍」にして返していたのだ。なので、ミシェルには「友達」はいない。ただミシェルに「十倍返し」されて、痛い目を見た人は大勢いる。なのでもうミシェルが他界した今でも、ミシェルを恨む人間は多いのだ。
「そうそう。それにキャロル家の奴らってどうも生意気でうざい奴が多かったよな」
長男「ウィリアム」に次男「ルカ」は魔法は使えなかったが、性格はとても悪く、俗に言う「不良」に分類される人間だった。二人共、アリスの住んでいた地域では「不良」として有名だった。
「アイツら、俺らが仕返しする前に全員死んじまったけど、丁度良く妹が入学してきたしな」
「お兄ちゃん達の素行の悪さを恨むんだな、可哀想な妹ちゃん」
アリスは五人兄妹だったが、アリスが十二歳になるまでに、曽祖母や両親含め、全員「呪い」によって他界した。兄達はその不幸で短命である一家に生まれたことや、アリス出生時に母親が死んだことで、生来の性格の悪さに磨きがかかってしまったのだ。そして、キャロル家の兄達は、こうして「悪評」を広めていっていたのだ。学校にも通わせてもらえず、ずっと屋敷の裏の塔で暮らしてきたアリスはそんな事情は露程も知らないが。
「キャロル家」や主に「ミシェル」に恨みのある上級生達は、今年入学してきた「キャロル家」のアリスに、兄にしてやれなかった仕返しをしたのだ。
上級生達の思惑も知らず、ただ「時間がないから手伝ってくれ」と言われ、どんどん薔薇の色を塗り替えて行くアリス。そして、薔薇の迷路の奥に入って行き、パーティー会場からどんどん遠ざかって行く。
アリスは「そういえば、どこまで塗ればいいのか聞いてなかった」と思い、今まで来た道を振り返る。だが、そこは完全に知らない道で、上級生の思惑通りアリスは迷路に閉じ込められてしまった。
「うそ……」
そう呟いて絶望するアリス。アリスは方向音痴で、迷路が大の苦手なのだ。普段なら迷路になんか入らないが、今回は上級生達に嵌められてしまったのだ。アリスは「とにかくスマートフォンで誰かに助けを呼ぼう」と思い、ポケットからスマートフォンを取り出すが、電源が入らない。
「……また充電し忘れた」
アリスは、学園に入るまでスマフォを持っていなかったので「充電する」という習慣がなかった。この間も同じミスをしたのに、と歯痒い思いをしながら、いつも持ち歩いている古い懐中時計で時間を確認するとパーティーまであと十分となっていた。完全に途方に暮れるアリス。とにかく来た道を戻ろうとするけど、薔薇の色塗りに集中していて道を覚えていない。アリスは「歩いていればどうにか迷路から出れるかもしれない」と思い、歩き出した。
「どうしよう、パーティーに間に合わなかったら……」
――「なんでもない日」のパーティー会場、同時刻
「フラミンゴもハリネズミもみんな戻ってきてくれて良かった」
何者かによって、フラミンゴとハリネズミを飼育していたゲージが開けられており、皆脱走していたのだ。そして、エースとデュースが手分けしてフラミンゴとハリネズミを全員パーティー会場まで連れ戻したところだった。
「あれ、アリスの姿が見当たらない……」
エースがアリスの不在に気が付く。アリスはエース達とは別の場所で薔薇の色塗りをしており、本来であればもう終わっていて、会場に着ているはず、だと思うエース。
「アリスちゃんは確か向こうの薔薇の色塗りをしていたはずだよ?向こうの方担当していた寮生達に聞いてみよう」
ケイトがそれを聞き、アリスと共に薔薇の色塗りを担当していた上級生に聞いてみよう、と言う。そして、アリスと同じ箇所を担当していた例の上級生達に声を掛けたが――
「それが俺達も分からないんです」
「薔薇塗りが終わった時にはもういなくて……」
そう言って、「何も知らない」を突き通す上級生達を、エースとデュースは怪しんだ。先程のフラミンゴとハリネズミの件も、リドルを嵌めようとした上級生の仕業だったのだ。アリスはリドルの婚約者だ。そのことを知って、動物だけでなく新入生も使ってリドルを陥れようとしたのではないか、と。
ケイトはアリスと同じ箇所の色塗りを担当していた生徒の話を聞いて、怪しいと思ったところはあるものの、パーティーまで本当に時間がないので、アリスを探し出すことを優先にした。
「薔薇の迷路で迷子になっちゃったとか?兎に角急いで――」
「どうしたんだい、キミ達」
ケイトが話を終える前に、リドルが声をかけてきた。それに対し、ケイトが完結に説明をする。
「あっ!リドルくん!それがアリスちゃんが行方不明で……」
「え?」
その言葉を聞いて耳を疑うリドル。
「もしかしたら、色塗りの途中で薔薇の迷路で迷ってるんじゃないかと……」
アリスと同じ箇所を担当していた上級生達がリドルに説明をする。
「……アリスは方向音痴だし、迷路が大の苦手だ。自ら進んで薔薇の迷路に入って行くとは思えないけど……」
「!!」
だが、アリス方向音痴で迷路が大の苦手であることを昔から知っているリドルは、アリスの行動を疑う。それを聞いた上級生達は、「自分達が薔薇の迷路に誘導したのでは」と疑われるのでは、と怯える。
「迷子なら仕方ない。もう時間もないし、探しに行くしかないようだね。薔薇の迷路ならボクは誰よりも詳しい。ボクが行こう」
しかしリドルはこう言い、黒と赤のマントを翻して、走って薔薇の迷路に向かう。
「リドルくん?!」
「大丈夫、パーティーまでには必ず戻ってくるよ」
ケイトが声をかけるが、そう言ってリドルは迷路の中に消えていった。
――薔薇の迷路
「う〜〜〜」
そう唸りながら、頭を抱えてしゃがみ込むアリス。どう歩いても出口が見つからない。そして、最初に話した上級生達の事を思い出す。恐らく嵌められた、と思ったが、もう後の祭りであった。
迷路の中で頭を抱えてしゃがみ込みながら、八年前を思い出す。ウィリアムやルカによって迷路に閉じ込められた日の事を。
まだ五歳だったアリスが、塔の中にいても退屈だと思い、いつものように塔を抜け出したら、そこは巨大な迷路になっていた。
「なにこれ?」
絵本でしか見たことのない迷路に戸惑いづつ、"いつもの場所"に向かうため、迷路の中を歩いていた。しかし、いくら歩いても、全く出ることができず、最終的には大声を出して泣き出した。
「うわあああん!!!」
その時、丁度キャロル家の診察できていたローズハート夫人と、たまたまその診察に着いてきたリドル。屋敷に入る前に、遠くからアリスの泣き声が聞こえ、その声を元にリドルが迷路に入って、アリスを見つけて、迷路から一緒に出た。アリスは怖い思いをしたので、リドルがアリスを見つけてくれた時に、思いっきり泣きついた。いつもであれば、パーティーの時以外はリドルとアリスは絶対に顔を合わせないようにされていた。だが、その日だけは診察が終わるまで、屋敷の外でアリスはリドルにずっと抱きついてしくしくと泣いていた。最後に診察が終わったウィリアムが、リドルとアリスが一緒にいるのを見て、アリスに対し「みっともない真似するなよ」と言った。そして無理矢理アリスをリドルから引き剥がして、引きずりながら塔の中に連れ戻そうとしたことを。
その日を思い出して泣きそうになるアリス。
「こんなところで泣いたらダメよ、アリス。もう十三歳なんだし、いつまでも泣き虫でいたら地獄にいるお兄様達が笑うわ。でも、どうしたら……」
そう呟いて、自分を鼓舞する。懐中時計を見ると、パーティーまで後七分になっていた。ますます焦るアリス。とにかく急がなければ、と思い、立ち上がると、目の前にスゥとチェーニャが現れた。
「おみゃーさん、こんなところで何をしているにゃあ」
「ひい!!あ、貴方はこの間の猫人間……?!」
いきなり登場したチェーニャに、驚いて尻餅をつくアリス。アリスは口をパクパクさせるが、驚きすぎて声が出ない。
「俺は猫のような、人間のような、魔力を持った摩訶不思議なヤツ。皆チェーニャって呼ぶかねぇ」
アリスは、「そうだった」と思い出すが、首から上を出しているだけのチェーニャに対して少し恐怖を覚えた。
「そろそろ『なんでもない日』のパーティーが始まる時間だと思うけど、こんなところで何をしとるにゃあ」
「貴方、なんでそれを知ってるんです?!……薔薇の色塗りをしていたら、迷路で迷ったんです」
ロイヤルソードアカデミーの生徒が何故今日の「なんでもない日」のパーティーのことを知っているかも気になったが、とりあえずチェーニャの質問に答えた。もしかしたら助けてくれるかも、という希望を持って。
「だったらリドルに助けを求めたらいいにゃあ。アイツは確かこの迷路を攻略しているはずだぜ。スマフォで連絡をとれば?」
「私のスマフォ、電源が切れてて誰にも連絡が取れないんです」
チェーニャはアリスを迷路の外に連れ出す訳ではなく、「助言」をした。だが、スマートフォンの電源が切れているアリスには無駄だった。すると、チェーニャはもう一つ「助言」をした。
「んー……だったら、箒でも絨毯でも召喚して、この迷路を空から抜け出したらいいと思うがね」
その言葉を聞いたアリスは、「それだ!」と思った。だが、アリスの飛行術の成績は学年でも最下位。飛べないわけではないが、コントロールが壊滅的に下手で、クラスメイト達からは「暴走機関車」と呼ばれている程なのだ。だが、アリスには時間がない。苦手でもなんでも、もうやるしかない、と思った。
「……もう時間もないですし、それしか方法がなさそうですね……ありがとうございます」
アリスは、「助言」をくれたチェーニャに頭を下げてお礼を言う。
「俺は礼を言われるほどの事は言ってないにゃあね。……おっと、俺はそろそろ行くにゃあ。ほいじゃあ」
そう言って、鼻歌を歌いながらチェーニャはまたスゥと消えて行った。
「頭しか出てなかったけど……案外いい人かもしれない。よし、飛べないわけじゃないし、飛行術でこの迷路を脱出してやる!いでよ――」
その姿を見送ってから、左手でマジカルペンを持ち、召喚術で箒を出そうとすると、後ろから声をかけられた。
「アリス!!」
「ひえっ!」
急に名前を呼ばれて驚き、また尻餅をつくアリス。声の主はリドルだった。
「リドル……寮長?!何でここに?」
「キミが薔薇の迷路で迷子になっているかもしれないって聞いたから探しに来たんだよ。キミこそ、マジカルペンを構えて何をしようとしてたんだい?」
リドルはアリスでを探す為に薔薇の迷路に入って、短時間でアリスを見つけ出したのだ。時間がないのでかなり走ったが、その様子をアリスに見せず、堂々としている。
「……迷子になったので、飛行術で空から脱出しようかと思いまして」
「……キミは飛行術の成績は学年でも最下位だろう?飛べないわけじゃないけど、コントロールが下手すぎる。そんな状態で飛行術でパーティー会場まで来られたら、会場がめちゃくちゃになってしまうよ」
「うっ……その通りです」
リドルに聞かれた質問に対し素直に答えるアリス。だが、リドルに正論という名の現実を言われて何も言い返せなくなった。リドルが来なければ、アリスは飛行術で迷路を脱出したものの、スピードと着地に失敗して、パーティー会場をめちゃくちゃにしていただろう。
「ほら、パーティーまで時間がない。はぐれないように、ボクの手を握って。ここから最短ルートで薔薇の迷路を抜け出すよ。さぁ行こう」
リドルがまだ地面に尻餅をついたままのアリスに左手を差し伸ばす。その姿が、八年前のあの時のことと重なって目が潤むアリス。
「うん!」
そう言って、リドルの左手を右手でしっかり握った。そしてリドルと一緒走って、薔薇の迷路を抜け出した。
「あ!おかえり、リドルくん、アリスちゃん!時間ギリギリだよ〜二分前!」
パーティー会場では、ケイトが一番に出迎えてくれた。
「良かった、間に合ったみたいだね」
「リドル寮長、ありがとうございます!寮長が来てくれなかったら、会場をめちゃくちゃにするところでした」
そういうリドルに、アリスはリドルに礼を述べる。
「……本当に、キミが飛行術を使う前に見つけることが出来て良かったよ」
そう言ってから、小声で「早く手を離さないか、アリス。皆に揶揄われてしまうよ」と言われて慌てて右手を離すアリス。
「お前、方向音痴のくせに何で薔薇の迷路に入ったんだ?」
エースにそう聞かれて、アリスは淡々と答える。
「あそこにいる先輩達に、『薔薇の色塗りが間に合わないから、あっちの方もやってくれ』って言われて……」
「これは……」
その言葉を聞いて、「アリスをわざとはめたな」と思い、拳を握るデュース。デュースの様子を見て、アリスはこう言った。
「デュース……私のことは大丈夫よ。今日は折角の『なんでもない日』なんだし、拳は押さえて。これは『キャロル家』の問題。あとは私が上手くやるから」
「アリス……」
アリスの顔は仮面を貼り付けたような笑顔になっていた。
*
それから三日間、アリスは例の上級生達を徹底的に追跡した。そして、二年生の廊下で、例の上級生達があの「八年前」の話を始めた。
「チッ…….あの飛び級生、結局迷路から出てきやがったな」
「昔、俺がウィリアムに言われて作った迷路に嵌った時は大泣きして、あれから迷路の絵本をみるだけで怯えてたって聞いてたのに」
ここで八年前の真実が分かった。アリスは、ウィリアムやルカは魔法が使えないので、あの迷路はミシェルがやったものだろうと思っていたが、どうやらそうじゃないということが。そして「アリスは迷路が嫌い」ということも知っていたようだった。
アリスは、上級生達がある教室の前に着いてから、大きめの声で話しかけた。
「先輩方。この間はお世話になりました」
「お、おう……」
一年生のアリスが急に二年生の教室の前に現れたので、少し驚いている様子だった。
「先程少し聞こえたんですけど、私の兄達達と、生前は仲良くしてくださっていたみたいで……兄達はこの名門ナイトレイブンカレッジに入学できるほどのお友達を持てて、さぞ幸せでしたでしょうね」
アリスはニコニコしながら話しているが、目は笑ってない。そして、本題に入った。
「ところで、先輩方。昨日と一昨日、ハートの女王の法律の第百八十六条、第二百四十九条と第六百四十八条とを連続で破っただけでなく、魔法史のテストで赤点を取ったとお聞きしましたが……」
アリスは、あの日から三日間、上級生達を徹底的に追尾して、その弱みを握ったのだ。
「ついでに、今朝方、後輩をカツアゲしている現場も目撃しました」
アリスにそう言われて、たじろぐ上級生達。
「このこと、リドル寮長が知ったらどうなるんでしょうね?ふふ」
アリスは、上級生達をわざと煽った。
「こ、コイツ、ガキのくせに……!!やっぱり呪われたキャロル家のやる事は陰湿だな!!」
上級生達の内の一人が大きな声を出してアリスに文句を言う。アリスは内心「計画通り」と思いつつ、笑顔の仮面を貼り付けたまま言葉を続ける。
「ええ、呪われたキャロル家の人間ですから、これくらい朝飯前です。悪魔と呼んでもらっても構いませんよ。さて、リドル寮長の耳に入るのは時間の問題と思いますが、どうします?私がこれからすぐに告げ口をしてもいいんですが……」
暗に「この事がリドルに知られたら、貴方達がどうなるか分かってますよね?知らされたくなかったら二度と私に関わらないでください」と言葉に出さずに示すアリス。
「チッ……こんな呪われた人間に関わるんじゃなかったぜ。ミシェル達とは違う方向でネチネチとしてやがる……」
「おい、行こうぜ。俺達まで呪われちまう」
そう言うと、捨て台詞を吐いて立ち去る上級生達。アリスはその後ろ姿をしっかり見届けて、自分の教室へ向かう。階段を一段飛ばしで降りながら、「まぁ、リドルの耳にはもう入っているでしょうね。だって私達がいた場所のすぐ隣の教室は、リドルのクラスだもの」と頭の中で考えていた。
「お兄様達の尻拭いも大変ね」
そう呟きながら、階段を降りきったところで、エースとデュースが話しかけてきた。
「おい、アリス」
「あれ、エースにデュース。どうしたの?」
そう言われて、アリスはキョトンとした顔をした。それに対して、「今のさぁ……」と言いながら、呆れた顔をしている二人。その顔を見て、アリスは二人の考えていることを察した。
「もしかして、私の事を心配してくれてたの?」
「ったりめーだろ。お前みたいなチビ、先輩達に殴りかかられたら一発だぞ」
そういうと、エースが眉をあげながらそう言ってきた。
「心配してくれてありがとう。でも見たでしょ、私の仕返し。学園では魔法を使った私闘は禁止だから、弱みを握る為に徹底的にマークしたのよ。ちなまにまだあの人達の弱味は握ってるわ」
アリスは心配してくれた事に対し、お礼を述べながら、ニヤリと兄譲りの悪い顔をして言う。それを見たデュースはやや引いていた。
「決闘の時とはまた違うな……」
「だって、地獄にいるお兄様に、『やられたら十倍にして返せ』って言われてるのよ。それを守らなかったら、私が死んで地獄に行った時に、お兄様に何をされるやら」
ミシェルに散々言われて、実際にアリスもあらゆる手で「十倍返し」を受けてきた。アリスは、「今回のは十倍にして返せたかどうかは分からないけど」と小声で付け足した。
「縁起でもねぇこというんじゃねぇよ……。とにかく、魔法はともかく体格差じゃアリスは圧倒的に不利だから、今度からああいうことがあったら、一人で解決しようとしないで俺達や先輩らに相談しろ。それにお前だって女の子なんだから何されるか分かんねぇぞ」
「……?体格差はともかく、女の子だからって言う理由は……?」
エースが不器用ながら優しく忠告してくれたが、育った環境からして「女の子だから何をされるかわからない」の意味を理解できていない様子のアリス。男兄弟の中で育ったアリスは、「女の子だから」と容赦された経験がないのだ。それを聞いて、エースはもうほぼ投げやりのような様子になった。
「コイツ、マジで言ってんのかよ……もう説明するのがめんどくせー。監督生にその言葉の意味聞いて肝に銘じとけ、バカ」
「はーい」
そう言われて、軽く返事をした。デュースが念押しするように、こう言ってきた。
「でも本当に、一人で解決しようとせずに俺達にすぐ相談するんだぞ」
「うん、分かった。ありがとう、二人共」
あまり人に優しくされた経験のないアリスは、二人の優しさが身に染みた。気が緩んで、いつも張り詰めた表情をしているアリスがほんの少し微笑む。それから、エースが今日の放課後の予定を聞いてきた。
「分かればいいんだよ分かれば。ところで新作のホラー映画借りたんだけど、放課後オンボロ寮で一緒に見ようぜ」
「えー……私ホラーは嫌いなんだけど」
「とか言いつつ最後までちゃんと見てんじゃん。めちゃくちゃ叫びながらだけど」
エースがプッと笑いながらそういう。
「私の反応で遊ぶな!このバカエース!」
「まぁアリスの反応は面白いよな、グリム並に」
「デュースまで!しかもグリムと一緒にしないでよ!!」
アリスがエースに対し怒ると、デュースもエースに乗ってアリスを揶揄う。アリスはデュースにも怒る。そんな会話をしながら、三人で教室の方へ歩いていった。
その時、アリスは同じく薔薇の木の色塗りを担当していた上級生三人に声を掛けられた。
「おーい、期待の飛び級生、中々手際良いじゃん。スピードも正確さも新入生の中じゃトップクラスだよ」
「そうですか?ありがとうございます」
アリスは上級生に褒められて、素直にお礼を言う。すると、他の上級生二人にこう言われた。
「ちょっとこっちの方、全然人手が足りないんだよね。もう時間がないし、このままじゃパーティーに遅れちまう」
「だから、あっちの方もお願いしていいかな?」
アリスは正直面倒だと思ったが、「時間がない」「人手不足」と言われて、断れるわけがなかった。
「分かりました」
そして、上級生に言われた通りの方向に向かうアリス。上級生達は「助かる!ありがとう」と言ってアリスを見送る。
そして――
「なんてね。あっちの方は塗らなくてもいいんだよ」
と言った。そう、アリスが指示された場所は「色塗りをしなくていい場所」だったのだ。上級生達は口々に「キャロル家」の悪口を言い出す。
「アイツ、あのキャロル家の伯爵様なんだろう?どうせこの学校にも金で物言わせて入学したに決まってる」
「キャロルといえば、ミシェルとかいう奴がいたよな。ローズハートみたいに糞生意気な奴。この学校に入る前に死んじまったみてぇだけど」
「ミシェル」というのはキャロル家の三男で、アリスより四つ上の兄。リドルとはエレメンタリースクールの時から同級生だった。しかし、かなり性格に難があり、他人からよく喧嘩を売られては律儀に「十倍」にして返していたのだ。なので、ミシェルには「友達」はいない。ただミシェルに「十倍返し」されて、痛い目を見た人は大勢いる。なのでもうミシェルが他界した今でも、ミシェルを恨む人間は多いのだ。
「そうそう。それにキャロル家の奴らってどうも生意気でうざい奴が多かったよな」
長男「ウィリアム」に次男「ルカ」は魔法は使えなかったが、性格はとても悪く、俗に言う「不良」に分類される人間だった。二人共、アリスの住んでいた地域では「不良」として有名だった。
「アイツら、俺らが仕返しする前に全員死んじまったけど、丁度良く妹が入学してきたしな」
「お兄ちゃん達の素行の悪さを恨むんだな、可哀想な妹ちゃん」
アリスは五人兄妹だったが、アリスが十二歳になるまでに、曽祖母や両親含め、全員「呪い」によって他界した。兄達はその不幸で短命である一家に生まれたことや、アリス出生時に母親が死んだことで、生来の性格の悪さに磨きがかかってしまったのだ。そして、キャロル家の兄達は、こうして「悪評」を広めていっていたのだ。学校にも通わせてもらえず、ずっと屋敷の裏の塔で暮らしてきたアリスはそんな事情は露程も知らないが。
「キャロル家」や主に「ミシェル」に恨みのある上級生達は、今年入学してきた「キャロル家」のアリスに、兄にしてやれなかった仕返しをしたのだ。
上級生達の思惑も知らず、ただ「時間がないから手伝ってくれ」と言われ、どんどん薔薇の色を塗り替えて行くアリス。そして、薔薇の迷路の奥に入って行き、パーティー会場からどんどん遠ざかって行く。
アリスは「そういえば、どこまで塗ればいいのか聞いてなかった」と思い、今まで来た道を振り返る。だが、そこは完全に知らない道で、上級生の思惑通りアリスは迷路に閉じ込められてしまった。
「うそ……」
そう呟いて絶望するアリス。アリスは方向音痴で、迷路が大の苦手なのだ。普段なら迷路になんか入らないが、今回は上級生達に嵌められてしまったのだ。アリスは「とにかくスマートフォンで誰かに助けを呼ぼう」と思い、ポケットからスマートフォンを取り出すが、電源が入らない。
「……また充電し忘れた」
アリスは、学園に入るまでスマフォを持っていなかったので「充電する」という習慣がなかった。この間も同じミスをしたのに、と歯痒い思いをしながら、いつも持ち歩いている古い懐中時計で時間を確認するとパーティーまであと十分となっていた。完全に途方に暮れるアリス。とにかく来た道を戻ろうとするけど、薔薇の色塗りに集中していて道を覚えていない。アリスは「歩いていればどうにか迷路から出れるかもしれない」と思い、歩き出した。
「どうしよう、パーティーに間に合わなかったら……」
――「なんでもない日」のパーティー会場、同時刻
「フラミンゴもハリネズミもみんな戻ってきてくれて良かった」
何者かによって、フラミンゴとハリネズミを飼育していたゲージが開けられており、皆脱走していたのだ。そして、エースとデュースが手分けしてフラミンゴとハリネズミを全員パーティー会場まで連れ戻したところだった。
「あれ、アリスの姿が見当たらない……」
エースがアリスの不在に気が付く。アリスはエース達とは別の場所で薔薇の色塗りをしており、本来であればもう終わっていて、会場に着ているはず、だと思うエース。
「アリスちゃんは確か向こうの薔薇の色塗りをしていたはずだよ?向こうの方担当していた寮生達に聞いてみよう」
ケイトがそれを聞き、アリスと共に薔薇の色塗りを担当していた上級生に聞いてみよう、と言う。そして、アリスと同じ箇所を担当していた例の上級生達に声を掛けたが――
「それが俺達も分からないんです」
「薔薇塗りが終わった時にはもういなくて……」
そう言って、「何も知らない」を突き通す上級生達を、エースとデュースは怪しんだ。先程のフラミンゴとハリネズミの件も、リドルを嵌めようとした上級生の仕業だったのだ。アリスはリドルの婚約者だ。そのことを知って、動物だけでなく新入生も使ってリドルを陥れようとしたのではないか、と。
ケイトはアリスと同じ箇所の色塗りを担当していた生徒の話を聞いて、怪しいと思ったところはあるものの、パーティーまで本当に時間がないので、アリスを探し出すことを優先にした。
「薔薇の迷路で迷子になっちゃったとか?兎に角急いで――」
「どうしたんだい、キミ達」
ケイトが話を終える前に、リドルが声をかけてきた。それに対し、ケイトが完結に説明をする。
「あっ!リドルくん!それがアリスちゃんが行方不明で……」
「え?」
その言葉を聞いて耳を疑うリドル。
「もしかしたら、色塗りの途中で薔薇の迷路で迷ってるんじゃないかと……」
アリスと同じ箇所を担当していた上級生達がリドルに説明をする。
「……アリスは方向音痴だし、迷路が大の苦手だ。自ら進んで薔薇の迷路に入って行くとは思えないけど……」
「!!」
だが、アリス方向音痴で迷路が大の苦手であることを昔から知っているリドルは、アリスの行動を疑う。それを聞いた上級生達は、「自分達が薔薇の迷路に誘導したのでは」と疑われるのでは、と怯える。
「迷子なら仕方ない。もう時間もないし、探しに行くしかないようだね。薔薇の迷路ならボクは誰よりも詳しい。ボクが行こう」
しかしリドルはこう言い、黒と赤のマントを翻して、走って薔薇の迷路に向かう。
「リドルくん?!」
「大丈夫、パーティーまでには必ず戻ってくるよ」
ケイトが声をかけるが、そう言ってリドルは迷路の中に消えていった。
――薔薇の迷路
「う〜〜〜」
そう唸りながら、頭を抱えてしゃがみ込むアリス。どう歩いても出口が見つからない。そして、最初に話した上級生達の事を思い出す。恐らく嵌められた、と思ったが、もう後の祭りであった。
迷路の中で頭を抱えてしゃがみ込みながら、八年前を思い出す。ウィリアムやルカによって迷路に閉じ込められた日の事を。
まだ五歳だったアリスが、塔の中にいても退屈だと思い、いつものように塔を抜け出したら、そこは巨大な迷路になっていた。
「なにこれ?」
絵本でしか見たことのない迷路に戸惑いづつ、"いつもの場所"に向かうため、迷路の中を歩いていた。しかし、いくら歩いても、全く出ることができず、最終的には大声を出して泣き出した。
「うわあああん!!!」
その時、丁度キャロル家の診察できていたローズハート夫人と、たまたまその診察に着いてきたリドル。屋敷に入る前に、遠くからアリスの泣き声が聞こえ、その声を元にリドルが迷路に入って、アリスを見つけて、迷路から一緒に出た。アリスは怖い思いをしたので、リドルがアリスを見つけてくれた時に、思いっきり泣きついた。いつもであれば、パーティーの時以外はリドルとアリスは絶対に顔を合わせないようにされていた。だが、その日だけは診察が終わるまで、屋敷の外でアリスはリドルにずっと抱きついてしくしくと泣いていた。最後に診察が終わったウィリアムが、リドルとアリスが一緒にいるのを見て、アリスに対し「みっともない真似するなよ」と言った。そして無理矢理アリスをリドルから引き剥がして、引きずりながら塔の中に連れ戻そうとしたことを。
その日を思い出して泣きそうになるアリス。
「こんなところで泣いたらダメよ、アリス。もう十三歳なんだし、いつまでも泣き虫でいたら地獄にいるお兄様達が笑うわ。でも、どうしたら……」
そう呟いて、自分を鼓舞する。懐中時計を見ると、パーティーまで後七分になっていた。ますます焦るアリス。とにかく急がなければ、と思い、立ち上がると、目の前にスゥとチェーニャが現れた。
「おみゃーさん、こんなところで何をしているにゃあ」
「ひい!!あ、貴方はこの間の猫人間……?!」
いきなり登場したチェーニャに、驚いて尻餅をつくアリス。アリスは口をパクパクさせるが、驚きすぎて声が出ない。
「俺は猫のような、人間のような、魔力を持った摩訶不思議なヤツ。皆チェーニャって呼ぶかねぇ」
アリスは、「そうだった」と思い出すが、首から上を出しているだけのチェーニャに対して少し恐怖を覚えた。
「そろそろ『なんでもない日』のパーティーが始まる時間だと思うけど、こんなところで何をしとるにゃあ」
「貴方、なんでそれを知ってるんです?!……薔薇の色塗りをしていたら、迷路で迷ったんです」
ロイヤルソードアカデミーの生徒が何故今日の「なんでもない日」のパーティーのことを知っているかも気になったが、とりあえずチェーニャの質問に答えた。もしかしたら助けてくれるかも、という希望を持って。
「だったらリドルに助けを求めたらいいにゃあ。アイツは確かこの迷路を攻略しているはずだぜ。スマフォで連絡をとれば?」
「私のスマフォ、電源が切れてて誰にも連絡が取れないんです」
チェーニャはアリスを迷路の外に連れ出す訳ではなく、「助言」をした。だが、スマートフォンの電源が切れているアリスには無駄だった。すると、チェーニャはもう一つ「助言」をした。
「んー……だったら、箒でも絨毯でも召喚して、この迷路を空から抜け出したらいいと思うがね」
その言葉を聞いたアリスは、「それだ!」と思った。だが、アリスの飛行術の成績は学年でも最下位。飛べないわけではないが、コントロールが壊滅的に下手で、クラスメイト達からは「暴走機関車」と呼ばれている程なのだ。だが、アリスには時間がない。苦手でもなんでも、もうやるしかない、と思った。
「……もう時間もないですし、それしか方法がなさそうですね……ありがとうございます」
アリスは、「助言」をくれたチェーニャに頭を下げてお礼を言う。
「俺は礼を言われるほどの事は言ってないにゃあね。……おっと、俺はそろそろ行くにゃあ。ほいじゃあ」
そう言って、鼻歌を歌いながらチェーニャはまたスゥと消えて行った。
「頭しか出てなかったけど……案外いい人かもしれない。よし、飛べないわけじゃないし、飛行術でこの迷路を脱出してやる!いでよ――」
その姿を見送ってから、左手でマジカルペンを持ち、召喚術で箒を出そうとすると、後ろから声をかけられた。
「アリス!!」
「ひえっ!」
急に名前を呼ばれて驚き、また尻餅をつくアリス。声の主はリドルだった。
「リドル……寮長?!何でここに?」
「キミが薔薇の迷路で迷子になっているかもしれないって聞いたから探しに来たんだよ。キミこそ、マジカルペンを構えて何をしようとしてたんだい?」
リドルはアリスでを探す為に薔薇の迷路に入って、短時間でアリスを見つけ出したのだ。時間がないのでかなり走ったが、その様子をアリスに見せず、堂々としている。
「……迷子になったので、飛行術で空から脱出しようかと思いまして」
「……キミは飛行術の成績は学年でも最下位だろう?飛べないわけじゃないけど、コントロールが下手すぎる。そんな状態で飛行術でパーティー会場まで来られたら、会場がめちゃくちゃになってしまうよ」
「うっ……その通りです」
リドルに聞かれた質問に対し素直に答えるアリス。だが、リドルに正論という名の現実を言われて何も言い返せなくなった。リドルが来なければ、アリスは飛行術で迷路を脱出したものの、スピードと着地に失敗して、パーティー会場をめちゃくちゃにしていただろう。
「ほら、パーティーまで時間がない。はぐれないように、ボクの手を握って。ここから最短ルートで薔薇の迷路を抜け出すよ。さぁ行こう」
リドルがまだ地面に尻餅をついたままのアリスに左手を差し伸ばす。その姿が、八年前のあの時のことと重なって目が潤むアリス。
「うん!」
そう言って、リドルの左手を右手でしっかり握った。そしてリドルと一緒走って、薔薇の迷路を抜け出した。
「あ!おかえり、リドルくん、アリスちゃん!時間ギリギリだよ〜二分前!」
パーティー会場では、ケイトが一番に出迎えてくれた。
「良かった、間に合ったみたいだね」
「リドル寮長、ありがとうございます!寮長が来てくれなかったら、会場をめちゃくちゃにするところでした」
そういうリドルに、アリスはリドルに礼を述べる。
「……本当に、キミが飛行術を使う前に見つけることが出来て良かったよ」
そう言ってから、小声で「早く手を離さないか、アリス。皆に揶揄われてしまうよ」と言われて慌てて右手を離すアリス。
「お前、方向音痴のくせに何で薔薇の迷路に入ったんだ?」
エースにそう聞かれて、アリスは淡々と答える。
「あそこにいる先輩達に、『薔薇の色塗りが間に合わないから、あっちの方もやってくれ』って言われて……」
「これは……」
その言葉を聞いて、「アリスをわざとはめたな」と思い、拳を握るデュース。デュースの様子を見て、アリスはこう言った。
「デュース……私のことは大丈夫よ。今日は折角の『なんでもない日』なんだし、拳は押さえて。これは『キャロル家』の問題。あとは私が上手くやるから」
「アリス……」
アリスの顔は仮面を貼り付けたような笑顔になっていた。
*
それから三日間、アリスは例の上級生達を徹底的に追跡した。そして、二年生の廊下で、例の上級生達があの「八年前」の話を始めた。
「チッ…….あの飛び級生、結局迷路から出てきやがったな」
「昔、俺がウィリアムに言われて作った迷路に嵌った時は大泣きして、あれから迷路の絵本をみるだけで怯えてたって聞いてたのに」
ここで八年前の真実が分かった。アリスは、ウィリアムやルカは魔法が使えないので、あの迷路はミシェルがやったものだろうと思っていたが、どうやらそうじゃないということが。そして「アリスは迷路が嫌い」ということも知っていたようだった。
アリスは、上級生達がある教室の前に着いてから、大きめの声で話しかけた。
「先輩方。この間はお世話になりました」
「お、おう……」
一年生のアリスが急に二年生の教室の前に現れたので、少し驚いている様子だった。
「先程少し聞こえたんですけど、私の兄達達と、生前は仲良くしてくださっていたみたいで……兄達はこの名門ナイトレイブンカレッジに入学できるほどのお友達を持てて、さぞ幸せでしたでしょうね」
アリスはニコニコしながら話しているが、目は笑ってない。そして、本題に入った。
「ところで、先輩方。昨日と一昨日、ハートの女王の法律の第百八十六条、第二百四十九条と第六百四十八条とを連続で破っただけでなく、魔法史のテストで赤点を取ったとお聞きしましたが……」
アリスは、あの日から三日間、上級生達を徹底的に追尾して、その弱みを握ったのだ。
「ついでに、今朝方、後輩をカツアゲしている現場も目撃しました」
アリスにそう言われて、たじろぐ上級生達。
「このこと、リドル寮長が知ったらどうなるんでしょうね?ふふ」
アリスは、上級生達をわざと煽った。
「こ、コイツ、ガキのくせに……!!やっぱり呪われたキャロル家のやる事は陰湿だな!!」
上級生達の内の一人が大きな声を出してアリスに文句を言う。アリスは内心「計画通り」と思いつつ、笑顔の仮面を貼り付けたまま言葉を続ける。
「ええ、呪われたキャロル家の人間ですから、これくらい朝飯前です。悪魔と呼んでもらっても構いませんよ。さて、リドル寮長の耳に入るのは時間の問題と思いますが、どうします?私がこれからすぐに告げ口をしてもいいんですが……」
暗に「この事がリドルに知られたら、貴方達がどうなるか分かってますよね?知らされたくなかったら二度と私に関わらないでください」と言葉に出さずに示すアリス。
「チッ……こんな呪われた人間に関わるんじゃなかったぜ。ミシェル達とは違う方向でネチネチとしてやがる……」
「おい、行こうぜ。俺達まで呪われちまう」
そう言うと、捨て台詞を吐いて立ち去る上級生達。アリスはその後ろ姿をしっかり見届けて、自分の教室へ向かう。階段を一段飛ばしで降りながら、「まぁ、リドルの耳にはもう入っているでしょうね。だって私達がいた場所のすぐ隣の教室は、リドルのクラスだもの」と頭の中で考えていた。
「お兄様達の尻拭いも大変ね」
そう呟きながら、階段を降りきったところで、エースとデュースが話しかけてきた。
「おい、アリス」
「あれ、エースにデュース。どうしたの?」
そう言われて、アリスはキョトンとした顔をした。それに対して、「今のさぁ……」と言いながら、呆れた顔をしている二人。その顔を見て、アリスは二人の考えていることを察した。
「もしかして、私の事を心配してくれてたの?」
「ったりめーだろ。お前みたいなチビ、先輩達に殴りかかられたら一発だぞ」
そういうと、エースが眉をあげながらそう言ってきた。
「心配してくれてありがとう。でも見たでしょ、私の仕返し。学園では魔法を使った私闘は禁止だから、弱みを握る為に徹底的にマークしたのよ。ちなまにまだあの人達の弱味は握ってるわ」
アリスは心配してくれた事に対し、お礼を述べながら、ニヤリと兄譲りの悪い顔をして言う。それを見たデュースはやや引いていた。
「決闘の時とはまた違うな……」
「だって、地獄にいるお兄様に、『やられたら十倍にして返せ』って言われてるのよ。それを守らなかったら、私が死んで地獄に行った時に、お兄様に何をされるやら」
ミシェルに散々言われて、実際にアリスもあらゆる手で「十倍返し」を受けてきた。アリスは、「今回のは十倍にして返せたかどうかは分からないけど」と小声で付け足した。
「縁起でもねぇこというんじゃねぇよ……。とにかく、魔法はともかく体格差じゃアリスは圧倒的に不利だから、今度からああいうことがあったら、一人で解決しようとしないで俺達や先輩らに相談しろ。それにお前だって女の子なんだから何されるか分かんねぇぞ」
「……?体格差はともかく、女の子だからって言う理由は……?」
エースが不器用ながら優しく忠告してくれたが、育った環境からして「女の子だから何をされるかわからない」の意味を理解できていない様子のアリス。男兄弟の中で育ったアリスは、「女の子だから」と容赦された経験がないのだ。それを聞いて、エースはもうほぼ投げやりのような様子になった。
「コイツ、マジで言ってんのかよ……もう説明するのがめんどくせー。監督生にその言葉の意味聞いて肝に銘じとけ、バカ」
「はーい」
そう言われて、軽く返事をした。デュースが念押しするように、こう言ってきた。
「でも本当に、一人で解決しようとせずに俺達にすぐ相談するんだぞ」
「うん、分かった。ありがとう、二人共」
あまり人に優しくされた経験のないアリスは、二人の優しさが身に染みた。気が緩んで、いつも張り詰めた表情をしているアリスがほんの少し微笑む。それから、エースが今日の放課後の予定を聞いてきた。
「分かればいいんだよ分かれば。ところで新作のホラー映画借りたんだけど、放課後オンボロ寮で一緒に見ようぜ」
「えー……私ホラーは嫌いなんだけど」
「とか言いつつ最後までちゃんと見てんじゃん。めちゃくちゃ叫びながらだけど」
エースがプッと笑いながらそういう。
「私の反応で遊ぶな!このバカエース!」
「まぁアリスの反応は面白いよな、グリム並に」
「デュースまで!しかもグリムと一緒にしないでよ!!」
アリスがエースに対し怒ると、デュースもエースに乗ってアリスを揶揄う。アリスはデュースにも怒る。そんな会話をしながら、三人で教室の方へ歩いていった。
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