夢主達の設定です。
ハーツラビュル篇
夢主の設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
"Alice "は、暗い森の中にいた。
暗い森には、大きな木を軸にした三叉路があった。その木には、左から「PAST 」「CURRENT 」「 FUTURE 」という古い看板がつけられていた。
"Alice "は、"PAST "と書かれた道の方へ進んでいく。
"Alice "は、自分と、愛する人の運命を変えるために"PAST "へ戻っていく。何度も、何度も、何度も。
無自覚に。
これはそんな少女の長い、長い物語――
***
ナイトレイブンカレッジ、入学式当日。
「リドル、今日はお前にとって、寮長としての初めての入学式だ。いい思い出になるように俺も精一杯サポートさせてもらう」
「トレイ、ありがとう」
「ところでリドル、いつもより落ち着きがない気がするけど」
「何でもないよ」
ハーツラビュル寮の寮長リドル・ローズハートは、同じ寮の副寮長トレイ・クローバーに指摘されたように、心に余裕がなかった。
それは初めて寮長として参加する入学式のことではなく、今年入学してくるとある生徒のせいだった。リドルとその生徒は、その生徒が産まれた時から知り合いで、家同士の結びつきも強い。昔からよく知っている人間なのだ。リドルは、入学する旨の連絡を受けた際、「あの子は正気なのか?!」と疑った。そしてその生徒から入学する旨の連絡をもらったのは前日。スマートフォンに電話がかかってきたのだ。「『家のことでちょっとバタバタしてて……、それで連絡するのが遅くなったけど、明日からリドルと同じ学校に通うことになったの、宜しくね』」と。リドルが吃驚して返事をしない内に「『準備がまだ残ってるから電話切るわ。また明日!』」と言われてしまい、通話が切れた。幾らでも止める事はできたが、リドル自身、入学式の準備で忙しく、結局かけ直すことができなかった。本当は止めたかったが、出来なかった。
「そういえば、今年は飛び級入学生が来るって噂だぞ。相当優秀なんだろうな。是非うちの寮に来て欲しいくらいだ」
「……そうだね」
リドルは、飛び級入学生が誰かを知っている。その生徒が優秀な事を知っている。幼い時から魔法士としての才に溢れていた事も。だが、その生徒は家の事情とかで、エレメンタリースクールにも通っていない。なので、現在の実力はリドルも知らない。だが、学校に入って、魔法士としての訓練を受けたら、本当に優秀な魔法士になるだろう事も。だから、飛び級入学生として闇の鏡に選ばれたのかもしれない、とリドルは思うが、それでもその生徒がこの学校に入学してくるのは、正気の沙汰じゃないと思っていた。
「リドル?大丈夫か?」
その生徒の事を考え、正気じゃない、と思っていたらボーッとしていたようで、リドルはトレイに心配されてしまった。
「別に、何でもないよ。……ほら、もう入学式が始まる」
そうして、入学式が始まった。闇の鏡が次々と新入生達を各寮へ選別していく。終盤になっても、リドルの知っているその生徒の名は聞こえなかった。
ほっとしたのも、束の間だった。闇の鏡の前に、他の新入生より小柄な生徒が立った。その生徒は、リドルよりも小柄で、一際目立つ。そして、長くてウェーブのかかった薄いブロンドの髪。青色とも、水色とも、紫色とも言えない不思議な色をした丸くて少し垂れている目。リドルはにとって、とても見覚えのある人物。その姿を見て、目眩がするような思いをした。ああ、「本当に来たんだ」と。
隣に座っていたポムフィオーレの寮長、ヴィル・シェーンハイトが「あの子もウチの寮に欲しいわね」と言っているのが聞こえた。自分の寮より、ポムフィオーレの方がお似合いだと思った。闇の鏡が、その生徒にこう問いかける。
「汝の名を告げよ」
「アリス・イリアステル・キャロル」
その生徒が鈴のような声で名前を告げた時、会場が一気にざわついた。「女の子?!」「ここは男子校なのに何故」等聞こえてきた。リドルは、目眩がするような思いと、頭痛がしてきたように感じてきた。彼女が本当に来てしまったんだ、と。
隣に座っていたヴィルも流石に驚いたようで、「女の子が何でうちの学校に?!しかも、見た感じ十六歳には見えない……あの子、いくつなの?」と言っている。リドルは知っていたが何も答えなかった。ただ、どこの寮になるか気になっていた。
「汝の魂のかたちは……」
「……」
「…………」
「……」
「……………」
今までの生徒はすぐに寮の名前を言われていたのに、闇の鏡は沈黙してしまった。その事でまたザワザワとしている。間違えて呼んだんじゃないか、等という声も聞こえてくる。リドルも、実際そうであって欲しいと思っていた。男子校に、女の子が入学なんて前代未聞だと思っているからだ。
「あの、名前、聞こえませんでした?私の名前は……」
アリスは闇の鏡に自分の声が聞こえなかったのかと思い、もう一度自分の名前を言おうとした時、闇の鏡が重い口を開いた。
「ディアソムニア……ポムフィオーレ……」
「え?」
闇の鏡はアリスの魂をのかたちを掴み切れていないようで複数の寮の名前を言い出した。これには先生達も驚いたようで、顔を見合わせている。そして、最後にアリスにこう告げた。
「汝の魂のかたちは……ハーツラビュル」
そう言われたアリスは、背筋を伸ばして自分の席へ戻っていく。リドルは今度こそ本当に頭痛がしてきていた。アリスがまさか自分の寮に配属になったなんて。一体どうしたらいいんだ、きっと学校については何も知らないだろうから、どこから教えてあげないといけないのだろうか、と。隣に座っているヴィルは「良さそうな子ジャガだったのに」と残念そうにしている。リドルも、「本当にそうだ、彼女の容姿と育ちからしてハーツラビュルよりポムフィオーレの方が似合っているのに、何故ハーツラビュルなんだ」と心の中でヴィルに賛同した。
前代未聞だらけの入学式が終わった後、ハーツラビュル寮で新入生の歓迎パーティーが始まった。
アリスは家の方針で、学校に通ったことがなかった。だが、勉強も、魔法も独学で学んでいる。テストを受けたことがないので分からないが、リドルと同い年の兄はミドルスクール卒業直前まで通っていたので、少なくともミドルスクールまでの知識はあるだろう、と思っている。だが、学校での振る舞い方などは全く分からなかった。
アリスはパーティーが始まってから、すぐにハーツラビュル寮の寮長であるリドルと、副寮長であるトレイに挨拶しなければと思い、探した。
アリスはリドルのことは知っているが、トレイの顔は知らなかった。新入生を引率する時に挨拶をしていたので声は聞こえたが、アリスはハーツラビュル寮の新入生の列でも後ろの方に並んでいた為、顔が見えなかったのだ。しかも現在は夜なので余計分かりにくい。二人共、声を頼りに探すしかないと思ってパーティー会場内を歩き出した。
そして、トレイの声が聞こえたのでそちらの方へ向かっていった。アリスは、緑色の髪に、眼鏡をかけている高身長の男性と、明るい茶髪に前髪をあげている男性が話しているところを見つけた。雰囲気からして、上級生だろうとアリスは考えた。そして緑色の髪の男性から、トレイの声が聞こえたので、「きっとこの人が副寮長のトレイ先輩だ」と思い、目立たないように被っていたフードをとり、声をかけた。
「お話中、すみません。トレイ副寮長ですよね?」
「ああ、そうだ。どうした?」
「噂をすれば!ナイトレイブンカレッジ初の女子入学生〜」
合っていて良かった、とアリスは思った。そして隣の男性には「口調が軽いな……」と思ったが、上級生の雰囲気はある。アリスは意を決して、式典服のローブの裾を、まるでドレスの裾を持ち上げて広げて、頭を下げてお辞儀をし、"挨拶"をした。
「……新入生のアリス・イリアステル・キャロルと申します。この度はこのようなパーティーを開いてくださり、ありがとうございます。ハーツラビュルの寮生として……」
というところまで言ったところで、トレイ達が止めに入った。
「これはそんな堅苦しいパーティーじゃないから、挨拶するなら気軽に挨拶していいぞ」
「そうだよ、アリスちゃん!でも待って。そのポーズで一枚写真撮らせてよ!アリスちゃんがそうしていると式典服もドレスに見えるね⭐︎マジカメ映え間違いなし!」
「確かに。魔女をイメージして作られた服らしいのにな」
トレイもそう言って笑う。アリスはおどおどしながら、先程のお辞儀をしたまま、写真を撮られる。
「えっ、あっ、はい……」
パシャッ
「あの、えっと……これで良かったんですか?」
そういうと、明るい茶髪の男性は機嫌が良さそうに口を開く。
「うんうん。イー感じ⭐︎あ、俺はこの寮の三年生のケイト・ダイヤモンドだよ!」
「よ、宜しくお願いします……」
アリスはケイトと名乗った男性の調子に少し狂わされながら姿勢を正す。
「アリスちゃん、この写真、マジ映えてる!マジカメにあげていい?」
ケイトはアリスにマジカメにあげても良いかを聞いた。アリスは「マジカメ」が一体なんなのが分からなかったが承諾した。
「いいですけど……マジカメって何ですか?」
「えー?!マジカメ知らないの?!」
「はい……」
アリスは恥を承知でケイトにマジカメとは何か、を聞いた。するとケイトはとても驚いていた。でもケイトの反応は正しい。今は「マジカメ」が若い人間を中心に流行していて、マジカメで連絡を取り合ったりするくらいだからだ。ケイトは調子よさそうにアリスにこう言った。
「じゃあお兄さんが教えてあげよう。スマフォは持ってる?」
「はい」
アリスはケイトに言われるがまま、式典服の中から真新しいスマートフォンを出す。アリスは入学前に数少ない使用人に言われて初めてスマートフォンを購入した。今はアリスがキャロル家の当主なのだから、連絡が取れないと困る、と言われてしまったのだ。つい先日買ったばかりなので、電話以外の使い方もまだよく分かっていない。なので、「今ここで他の使い方を教えて貰えるのは有難い」と感じた。
「ほら、ここから"マジカメ"で検索してみて。……これ!これをインストールして。で、インストールできたら電話番号を入れて登録完了⭐︎」
「ありがとうございます」
マジカメアカウントを作ったアリスは、初めにアカウントの使い方を教えてもらいながらケイトと、次にトレイとマジカメのアカウントを交換した。
「これで流行の最先端をゲット⭐︎ちなみにマジカメやってない子とかほぼいないから、これで友達を作るといいよ⭐︎」
「! はい、ありがとうございます!」
「はは……」
"友達"という単語を聞いて、アリスは「これで憧れの友達が出来る」と内心喜んだ。ずっと屋敷の後ろにある塔に閉じ込められて育ったアリスには友達がいない。本の中に出てくる"友達"という存在にずっと憧れていた。そんなやりとりを見ていたトレイは、「ケイトはぶれないな」と苦笑いしていた。
三人で談笑中、アリスはリドルの姿を探していたが中々見つからず、いつ二人に「リドル寮長はどこですか?」と聞こうと考えていた頃、後ろから聞き慣れているけど懐かしい、凛とした声が聞こえてきた。
「おや、そこにいるのは……」
「!! リドル!久しぶり!」
リドルの声を聞いて、アリスは思わず「リドル」と呼び捨てしてしまう。それをケイトが注意した。
「こ、こらアリスちゃん!寮長をいきなり呼び捨ては……」
「あっ」
アリスは急いで口を塞ぐが時既に遅し。トレイとケイトが、アリスの首をはねるかと覚悟した時、リドルは意外な言葉を発した。
「……今回だけは見逃してあげよう。久しぶりなのは本当だしね」
「リドルくん?!知り合いなの?」
二人は驚いた。まさかリドルが首をはねないなんて、と。そして二人が「知り合い」と言うことに。ケイトが驚いた勢いでリドルにそう聞くと、リドルは真実を濁すような答えを出した。だが、アリスは正直に真実を答えた。
「ああ、まぁ……。知り合いというか……」
「あの!リドル……寮長へは私の婚約者なんです」
「「婚約者?!」」
婚約者、と言う単語に二人はさらに驚かされた。しかし、そのすぐ後にトレイは、「昔、リドルがそんなことを言っていたような」と思い直した。
リドルが三人に注意をした。
「二人共声が大きいよ!あとアリスもそんな事を簡単に言うんじゃない。ここは学校だよ」
「ご、ごめんなさい……」
アリスは、久々にあったリドルの刺々しさに一歩引いた。そして「リドルって学校ではこんな感じだったんだ」と思った。パーティーで会う時とは全然違うな、とも。
そして、リドルが厳しくアリスに「指導」をし始めた。
「アリス、よくお聞き。ここでは寮長であるボクがルールだ。だから返事は左足を引いて、敬礼!大きく口を開けて、『はい、寮長』って言うんだよ」
「はい!寮長」
アリスはリドルの言う通り、左足を引いて敬礼し、大きく口を開けて返事をした。初々しいその姿にトレイとケイトは少し微笑ましさを感じた。リドルはその姿に満足気にしている。
「うん。よろしい。ではハーツラビュル寮では、ハートの女王の法律に則って行動をするんだ。法律を破ったら文字通り首をはねるから、そのつもりで。ちなみに法律は全八百十条あるから、一週間以内に一言一句間違えずに覚えてくるんだよ」
「八百十条……?!」
アリスは八百十条もある、と言う法律を一週間で、一言一句間違えずに暗記してこい、というリドルに昔の兄の面影を感じた。最も兄は次の日まで、とか二時間以内に、等もっと無茶を振ってきていたので、一週間なんてまだリドルは優しいなと思った。
「返事は?」
「は、はい寮長!」
そんなことを思っていると、返事を促されたので、教えられた通りに、もう一度左足を引いて敬礼し、大きく口を開けて返事をした。
「キミにはハートの女王の法律の本とハートの女王の歴史の本、あと学校での過ごし方が書かれている本を渡そう。それを読んでしっかり勉強するんだね」
そしてリドルに数冊の本を渡された。学校での過ごし方の本は、「アリスが学校に通ったことがないから気を使ってくれたのだろう」と感じ、感謝の念を抱いた。そして、教えられたようにきっちりとまた同じように返事をする。
「はい、寮長!」
その姿はリドルにとってまだ初々しいが、毎回こうして返事をしなくてもいいと教えることを忘れていた、と思った。
「……普段は略式でいいんだよ。大きく口を開けて、『はい、寮長』って言うんだ」
「はい、寮長!」
リドルがそう言うと、アリスは大きく口をあけて返事をする。
「よろしい」
それを聞いて、満足気にリドルはそう言った。
リドルはアリスが自分の寮に配属になったので、正直"あの"アリスが何をやらかすか不安だったが今の調子だったら素直な寮生になってくれそうだ、と感じた。そしてアリスも"十二歳"になり、伯爵を継いだのだから、昔のお転婆具合も落ち着いたんだな、とアリスの成長振りを素直に嬉しく思った。
このやりとりをずっと見ていたケイトが口を挟む。
「リドルくん、相変わらず厳しいね〜……。それに、『学校での過ごし方』の本なんて、ミドルスクールまで卒業している子には必要ないんじゃない?」
ケイトは思ったことをそのままリドルに伝えた。だが、アリスはリドルとは違うベクトルで特殊な環境下で育ったのだ。それを知っているリドルはケイトにこう言う。
「ケイト。この子はミドルスクールどころか、エレメンタリースクールも行ったことがないんだよ。……家の事情があったみたいだけど」
「そうなんです、先輩方。お恥ずかしい……」
アリスが苦笑いしながらリドルの言うことを肯定する。しかし、リドルは「何故アリスが学校に通わせてもらえていなかったのか」までは知らない。ただ本当に「家の事情」としか捉えていない。アリスもリドルに理由なんて話したことはなかった。あまり会えないのだから、リドルにはなるべく楽しい話をしたいと考えていたからである。そしてこれからも言うつもりはない。聞かれたら言える範囲で答えるだけである。
「え?!じゃあつまり……」
「アリスが『飛び級入学生』って訳か……」
二人の答えを聞いたトレイとケイトはまた驚かされた。ナイトレイブンカレッジ初の女子入学生が、噂になっていた飛び級入学生とは。
「アリスちゃんは今何歳なの?」
「十二歳です。十一月に十三歳になります」
「そりゃまた凄いな……」
アリスが十二歳と聞いて、二人は驚くと言うより少し引いた。十二歳でこの学校に入学するなんて、一体どんな子なんだろうか、と。とんでもない化け物がこの寮に来てしまったのではないか、とも思った。何か問題を起こさなければ良いけれど、と感じた。
「アリス。初めに言っておくけど、学校では、先輩・後輩の縦の関係が重要視される。先輩にはタメ口を聞いたりしないように」
「はい、寮長」
「それと――」
話が少し逸れた、と思ったリドルがアリスにまた学校のことを説きはじめた。それを素直に聞くアリスを見ながら、トレイとケイトはこんな会話をした。
「ねぇトレイくん。リドルくんって婚約者いたんだね」
「俺も昔話を聞いたことがあるが、まさかこの子だったとは。しかしリドル、相変わらずブレないな。婚約者相手でも厳しい……」
「まぁでも、身内を贔屓したりしないところが良い所でもあるんだけどねー……」
そんなことを言いながら、二人は苦笑いをした。
暗い森には、大きな木を軸にした三叉路があった。その木には、左から「
"
"
無自覚に。
これはそんな少女の長い、長い物語――
***
ナイトレイブンカレッジ、入学式当日。
「リドル、今日はお前にとって、寮長としての初めての入学式だ。いい思い出になるように俺も精一杯サポートさせてもらう」
「トレイ、ありがとう」
「ところでリドル、いつもより落ち着きがない気がするけど」
「何でもないよ」
ハーツラビュル寮の寮長リドル・ローズハートは、同じ寮の副寮長トレイ・クローバーに指摘されたように、心に余裕がなかった。
それは初めて寮長として参加する入学式のことではなく、今年入学してくるとある生徒のせいだった。リドルとその生徒は、その生徒が産まれた時から知り合いで、家同士の結びつきも強い。昔からよく知っている人間なのだ。リドルは、入学する旨の連絡を受けた際、「あの子は正気なのか?!」と疑った。そしてその生徒から入学する旨の連絡をもらったのは前日。スマートフォンに電話がかかってきたのだ。「『家のことでちょっとバタバタしてて……、それで連絡するのが遅くなったけど、明日からリドルと同じ学校に通うことになったの、宜しくね』」と。リドルが吃驚して返事をしない内に「『準備がまだ残ってるから電話切るわ。また明日!』」と言われてしまい、通話が切れた。幾らでも止める事はできたが、リドル自身、入学式の準備で忙しく、結局かけ直すことができなかった。本当は止めたかったが、出来なかった。
「そういえば、今年は飛び級入学生が来るって噂だぞ。相当優秀なんだろうな。是非うちの寮に来て欲しいくらいだ」
「……そうだね」
リドルは、飛び級入学生が誰かを知っている。その生徒が優秀な事を知っている。幼い時から魔法士としての才に溢れていた事も。だが、その生徒は家の事情とかで、エレメンタリースクールにも通っていない。なので、現在の実力はリドルも知らない。だが、学校に入って、魔法士としての訓練を受けたら、本当に優秀な魔法士になるだろう事も。だから、飛び級入学生として闇の鏡に選ばれたのかもしれない、とリドルは思うが、それでもその生徒がこの学校に入学してくるのは、正気の沙汰じゃないと思っていた。
「リドル?大丈夫か?」
その生徒の事を考え、正気じゃない、と思っていたらボーッとしていたようで、リドルはトレイに心配されてしまった。
「別に、何でもないよ。……ほら、もう入学式が始まる」
そうして、入学式が始まった。闇の鏡が次々と新入生達を各寮へ選別していく。終盤になっても、リドルの知っているその生徒の名は聞こえなかった。
ほっとしたのも、束の間だった。闇の鏡の前に、他の新入生より小柄な生徒が立った。その生徒は、リドルよりも小柄で、一際目立つ。そして、長くてウェーブのかかった薄いブロンドの髪。青色とも、水色とも、紫色とも言えない不思議な色をした丸くて少し垂れている目。リドルはにとって、とても見覚えのある人物。その姿を見て、目眩がするような思いをした。ああ、「本当に来たんだ」と。
隣に座っていたポムフィオーレの寮長、ヴィル・シェーンハイトが「あの子もウチの寮に欲しいわね」と言っているのが聞こえた。自分の寮より、ポムフィオーレの方がお似合いだと思った。闇の鏡が、その生徒にこう問いかける。
「汝の名を告げよ」
「アリス・イリアステル・キャロル」
その生徒が鈴のような声で名前を告げた時、会場が一気にざわついた。「女の子?!」「ここは男子校なのに何故」等聞こえてきた。リドルは、目眩がするような思いと、頭痛がしてきたように感じてきた。彼女が本当に来てしまったんだ、と。
隣に座っていたヴィルも流石に驚いたようで、「女の子が何でうちの学校に?!しかも、見た感じ十六歳には見えない……あの子、いくつなの?」と言っている。リドルは知っていたが何も答えなかった。ただ、どこの寮になるか気になっていた。
「汝の魂のかたちは……」
「……」
「…………」
「……」
「……………」
今までの生徒はすぐに寮の名前を言われていたのに、闇の鏡は沈黙してしまった。その事でまたザワザワとしている。間違えて呼んだんじゃないか、等という声も聞こえてくる。リドルも、実際そうであって欲しいと思っていた。男子校に、女の子が入学なんて前代未聞だと思っているからだ。
「あの、名前、聞こえませんでした?私の名前は……」
アリスは闇の鏡に自分の声が聞こえなかったのかと思い、もう一度自分の名前を言おうとした時、闇の鏡が重い口を開いた。
「ディアソムニア……ポムフィオーレ……」
「え?」
闇の鏡はアリスの魂をのかたちを掴み切れていないようで複数の寮の名前を言い出した。これには先生達も驚いたようで、顔を見合わせている。そして、最後にアリスにこう告げた。
「汝の魂のかたちは……ハーツラビュル」
そう言われたアリスは、背筋を伸ばして自分の席へ戻っていく。リドルは今度こそ本当に頭痛がしてきていた。アリスがまさか自分の寮に配属になったなんて。一体どうしたらいいんだ、きっと学校については何も知らないだろうから、どこから教えてあげないといけないのだろうか、と。隣に座っているヴィルは「良さそうな子ジャガだったのに」と残念そうにしている。リドルも、「本当にそうだ、彼女の容姿と育ちからしてハーツラビュルよりポムフィオーレの方が似合っているのに、何故ハーツラビュルなんだ」と心の中でヴィルに賛同した。
前代未聞だらけの入学式が終わった後、ハーツラビュル寮で新入生の歓迎パーティーが始まった。
アリスは家の方針で、学校に通ったことがなかった。だが、勉強も、魔法も独学で学んでいる。テストを受けたことがないので分からないが、リドルと同い年の兄はミドルスクール卒業直前まで通っていたので、少なくともミドルスクールまでの知識はあるだろう、と思っている。だが、学校での振る舞い方などは全く分からなかった。
アリスはパーティーが始まってから、すぐにハーツラビュル寮の寮長であるリドルと、副寮長であるトレイに挨拶しなければと思い、探した。
アリスはリドルのことは知っているが、トレイの顔は知らなかった。新入生を引率する時に挨拶をしていたので声は聞こえたが、アリスはハーツラビュル寮の新入生の列でも後ろの方に並んでいた為、顔が見えなかったのだ。しかも現在は夜なので余計分かりにくい。二人共、声を頼りに探すしかないと思ってパーティー会場内を歩き出した。
そして、トレイの声が聞こえたのでそちらの方へ向かっていった。アリスは、緑色の髪に、眼鏡をかけている高身長の男性と、明るい茶髪に前髪をあげている男性が話しているところを見つけた。雰囲気からして、上級生だろうとアリスは考えた。そして緑色の髪の男性から、トレイの声が聞こえたので、「きっとこの人が副寮長のトレイ先輩だ」と思い、目立たないように被っていたフードをとり、声をかけた。
「お話中、すみません。トレイ副寮長ですよね?」
「ああ、そうだ。どうした?」
「噂をすれば!ナイトレイブンカレッジ初の女子入学生〜」
合っていて良かった、とアリスは思った。そして隣の男性には「口調が軽いな……」と思ったが、上級生の雰囲気はある。アリスは意を決して、式典服のローブの裾を、まるでドレスの裾を持ち上げて広げて、頭を下げてお辞儀をし、"挨拶"をした。
「……新入生のアリス・イリアステル・キャロルと申します。この度はこのようなパーティーを開いてくださり、ありがとうございます。ハーツラビュルの寮生として……」
というところまで言ったところで、トレイ達が止めに入った。
「これはそんな堅苦しいパーティーじゃないから、挨拶するなら気軽に挨拶していいぞ」
「そうだよ、アリスちゃん!でも待って。そのポーズで一枚写真撮らせてよ!アリスちゃんがそうしていると式典服もドレスに見えるね⭐︎マジカメ映え間違いなし!」
「確かに。魔女をイメージして作られた服らしいのにな」
トレイもそう言って笑う。アリスはおどおどしながら、先程のお辞儀をしたまま、写真を撮られる。
「えっ、あっ、はい……」
パシャッ
「あの、えっと……これで良かったんですか?」
そういうと、明るい茶髪の男性は機嫌が良さそうに口を開く。
「うんうん。イー感じ⭐︎あ、俺はこの寮の三年生のケイト・ダイヤモンドだよ!」
「よ、宜しくお願いします……」
アリスはケイトと名乗った男性の調子に少し狂わされながら姿勢を正す。
「アリスちゃん、この写真、マジ映えてる!マジカメにあげていい?」
ケイトはアリスにマジカメにあげても良いかを聞いた。アリスは「マジカメ」が一体なんなのが分からなかったが承諾した。
「いいですけど……マジカメって何ですか?」
「えー?!マジカメ知らないの?!」
「はい……」
アリスは恥を承知でケイトにマジカメとは何か、を聞いた。するとケイトはとても驚いていた。でもケイトの反応は正しい。今は「マジカメ」が若い人間を中心に流行していて、マジカメで連絡を取り合ったりするくらいだからだ。ケイトは調子よさそうにアリスにこう言った。
「じゃあお兄さんが教えてあげよう。スマフォは持ってる?」
「はい」
アリスはケイトに言われるがまま、式典服の中から真新しいスマートフォンを出す。アリスは入学前に数少ない使用人に言われて初めてスマートフォンを購入した。今はアリスがキャロル家の当主なのだから、連絡が取れないと困る、と言われてしまったのだ。つい先日買ったばかりなので、電話以外の使い方もまだよく分かっていない。なので、「今ここで他の使い方を教えて貰えるのは有難い」と感じた。
「ほら、ここから"マジカメ"で検索してみて。……これ!これをインストールして。で、インストールできたら電話番号を入れて登録完了⭐︎」
「ありがとうございます」
マジカメアカウントを作ったアリスは、初めにアカウントの使い方を教えてもらいながらケイトと、次にトレイとマジカメのアカウントを交換した。
「これで流行の最先端をゲット⭐︎ちなみにマジカメやってない子とかほぼいないから、これで友達を作るといいよ⭐︎」
「! はい、ありがとうございます!」
「はは……」
"友達"という単語を聞いて、アリスは「これで憧れの友達が出来る」と内心喜んだ。ずっと屋敷の後ろにある塔に閉じ込められて育ったアリスには友達がいない。本の中に出てくる"友達"という存在にずっと憧れていた。そんなやりとりを見ていたトレイは、「ケイトはぶれないな」と苦笑いしていた。
三人で談笑中、アリスはリドルの姿を探していたが中々見つからず、いつ二人に「リドル寮長はどこですか?」と聞こうと考えていた頃、後ろから聞き慣れているけど懐かしい、凛とした声が聞こえてきた。
「おや、そこにいるのは……」
「!! リドル!久しぶり!」
リドルの声を聞いて、アリスは思わず「リドル」と呼び捨てしてしまう。それをケイトが注意した。
「こ、こらアリスちゃん!寮長をいきなり呼び捨ては……」
「あっ」
アリスは急いで口を塞ぐが時既に遅し。トレイとケイトが、アリスの首をはねるかと覚悟した時、リドルは意外な言葉を発した。
「……今回だけは見逃してあげよう。久しぶりなのは本当だしね」
「リドルくん?!知り合いなの?」
二人は驚いた。まさかリドルが首をはねないなんて、と。そして二人が「知り合い」と言うことに。ケイトが驚いた勢いでリドルにそう聞くと、リドルは真実を濁すような答えを出した。だが、アリスは正直に真実を答えた。
「ああ、まぁ……。知り合いというか……」
「あの!リドル……寮長へは私の婚約者なんです」
「「婚約者?!」」
婚約者、と言う単語に二人はさらに驚かされた。しかし、そのすぐ後にトレイは、「昔、リドルがそんなことを言っていたような」と思い直した。
リドルが三人に注意をした。
「二人共声が大きいよ!あとアリスもそんな事を簡単に言うんじゃない。ここは学校だよ」
「ご、ごめんなさい……」
アリスは、久々にあったリドルの刺々しさに一歩引いた。そして「リドルって学校ではこんな感じだったんだ」と思った。パーティーで会う時とは全然違うな、とも。
そして、リドルが厳しくアリスに「指導」をし始めた。
「アリス、よくお聞き。ここでは寮長であるボクがルールだ。だから返事は左足を引いて、敬礼!大きく口を開けて、『はい、寮長』って言うんだよ」
「はい!寮長」
アリスはリドルの言う通り、左足を引いて敬礼し、大きく口を開けて返事をした。初々しいその姿にトレイとケイトは少し微笑ましさを感じた。リドルはその姿に満足気にしている。
「うん。よろしい。ではハーツラビュル寮では、ハートの女王の法律に則って行動をするんだ。法律を破ったら文字通り首をはねるから、そのつもりで。ちなみに法律は全八百十条あるから、一週間以内に一言一句間違えずに覚えてくるんだよ」
「八百十条……?!」
アリスは八百十条もある、と言う法律を一週間で、一言一句間違えずに暗記してこい、というリドルに昔の兄の面影を感じた。最も兄は次の日まで、とか二時間以内に、等もっと無茶を振ってきていたので、一週間なんてまだリドルは優しいなと思った。
「返事は?」
「は、はい寮長!」
そんなことを思っていると、返事を促されたので、教えられた通りに、もう一度左足を引いて敬礼し、大きく口を開けて返事をした。
「キミにはハートの女王の法律の本とハートの女王の歴史の本、あと学校での過ごし方が書かれている本を渡そう。それを読んでしっかり勉強するんだね」
そしてリドルに数冊の本を渡された。学校での過ごし方の本は、「アリスが学校に通ったことがないから気を使ってくれたのだろう」と感じ、感謝の念を抱いた。そして、教えられたようにきっちりとまた同じように返事をする。
「はい、寮長!」
その姿はリドルにとってまだ初々しいが、毎回こうして返事をしなくてもいいと教えることを忘れていた、と思った。
「……普段は略式でいいんだよ。大きく口を開けて、『はい、寮長』って言うんだ」
「はい、寮長!」
リドルがそう言うと、アリスは大きく口をあけて返事をする。
「よろしい」
それを聞いて、満足気にリドルはそう言った。
リドルはアリスが自分の寮に配属になったので、正直"あの"アリスが何をやらかすか不安だったが今の調子だったら素直な寮生になってくれそうだ、と感じた。そしてアリスも"十二歳"になり、伯爵を継いだのだから、昔のお転婆具合も落ち着いたんだな、とアリスの成長振りを素直に嬉しく思った。
このやりとりをずっと見ていたケイトが口を挟む。
「リドルくん、相変わらず厳しいね〜……。それに、『学校での過ごし方』の本なんて、ミドルスクールまで卒業している子には必要ないんじゃない?」
ケイトは思ったことをそのままリドルに伝えた。だが、アリスはリドルとは違うベクトルで特殊な環境下で育ったのだ。それを知っているリドルはケイトにこう言う。
「ケイト。この子はミドルスクールどころか、エレメンタリースクールも行ったことがないんだよ。……家の事情があったみたいだけど」
「そうなんです、先輩方。お恥ずかしい……」
アリスが苦笑いしながらリドルの言うことを肯定する。しかし、リドルは「何故アリスが学校に通わせてもらえていなかったのか」までは知らない。ただ本当に「家の事情」としか捉えていない。アリスもリドルに理由なんて話したことはなかった。あまり会えないのだから、リドルにはなるべく楽しい話をしたいと考えていたからである。そしてこれからも言うつもりはない。聞かれたら言える範囲で答えるだけである。
「え?!じゃあつまり……」
「アリスが『飛び級入学生』って訳か……」
二人の答えを聞いたトレイとケイトはまた驚かされた。ナイトレイブンカレッジ初の女子入学生が、噂になっていた飛び級入学生とは。
「アリスちゃんは今何歳なの?」
「十二歳です。十一月に十三歳になります」
「そりゃまた凄いな……」
アリスが十二歳と聞いて、二人は驚くと言うより少し引いた。十二歳でこの学校に入学するなんて、一体どんな子なんだろうか、と。とんでもない化け物がこの寮に来てしまったのではないか、とも思った。何か問題を起こさなければ良いけれど、と感じた。
「アリス。初めに言っておくけど、学校では、先輩・後輩の縦の関係が重要視される。先輩にはタメ口を聞いたりしないように」
「はい、寮長」
「それと――」
話が少し逸れた、と思ったリドルがアリスにまた学校のことを説きはじめた。それを素直に聞くアリスを見ながら、トレイとケイトはこんな会話をした。
「ねぇトレイくん。リドルくんって婚約者いたんだね」
「俺も昔話を聞いたことがあるが、まさかこの子だったとは。しかしリドル、相変わらずブレないな。婚約者相手でも厳しい……」
「まぁでも、身内を贔屓したりしないところが良い所でもあるんだけどねー……」
そんなことを言いながら、二人は苦笑いをした。
1/11ページ