忠誠の在り処【steraさん作】

 それから、その川縁の花畑が、その男の子と会う秘密の場所になった。
 お互い、名前を言う事もなく、ただ花をつんだり、石を投げたり、虫を追って遊んでいた。
「アナナス、勉強の方はどうなっているのですか? このままでは、登城し士官することも出来ませんわよ?」
「それは……」
「貴方には王家の血が流れているのですから、それに恥じぬ大人にならないといけません。いいですね」
「わかりました」
 
(「ここは……窮屈だな」)


 逃げ出したくて一杯だった。
 だから、あの日も、学校を抜け出し川縁に来ていたのだが……。
「ぐ、クゥッ……ハァ、ハァ」
(「また、だ」)
 乾く、喉が焼けるように乾いて仕方がない。
 呼吸もままならない、冷汗が止めどなく流れる。
 ここ最近の不調はこのせいだ。
 吸血鬼の血が、餌を求めて暴走する。
『ガサガサ』
「!……ハァ、ハァ、ダメだ。 今は、来ちゃ……」
 あの子が来る。
 発作が起きている最中なのに、あの子が……!
「やぁ、また遊びに来た……どうしたのだ?」
「来ないでっ!……来ちゃ、ダメだ。今はっ……ハァ、ハァ」
「具合がわるいのか?! お腹がいたいのか? 頭がいたいのか?」
「だから、側に……来ないでっ!」
 近寄ってきた彼を、アナナスは思わず突き飛ばす。
「放っておいて。僕は……大丈夫だからっ!」
 アナナスは、なんとか、男の子の方へ顔を向ける。
「僕は、君にっ……酷いことをしてしまう。 だからっ! あっちに、行って、お願いだよ……ハァハァ、せっかく、友達が、できたんだっ……ハァハァ……だから……」
 たとえ血を吸わないことで落ちこぼれようと、最悪動けなくなっても……大人達が否定する、吸血鬼にはなりたくない。
 もう、独りは嫌だった。
「余は、友達を見捨てるようなことは、出来ない!」
 力一杯、男の子が叫び、腕を掴む。
 途端、空間がネジ曲がり、気づけば見たこともない豪華な部屋の一室に飛ばされていた。
「ここ、は?!」
「余の部屋だ、今誰か呼んでくるからな、待っていろ……」
「ダメだ、それはっ!」
 アナナスは男の子の腕を掴んだ。それは、人を呼ぼうとする彼を引き止めたい、それだけの気持ちからそうしただけだったのだが……発作中に手にしたその肉の感触に、一気に乾きが極限まで押し寄せ、理性を喰い尽くす。
 小さな身体を強引に引き寄せ、目の前の獲物に己の牙を突き立てる!……その寸前で、アナナスは、自分の唇を噛み切り、すんでのところで思いとどまった。
「僕はっ……吸血鬼、なんだっ! 血が欲しくて、血が欲しくて、堪らないんだよっ! 血が欲しくてっ……僕は、そんなことをしたいと望んでいないのに、傷つけて……誰かを襲うような、そんなことは、したくないのにっ!」
 パタパタと、汗でない何かが瞳から溢れでた。
 ずっと否定しようとしてきた、大人の誰もが忌み嫌い、蔑んで見つめる吸血鬼という存在を。
 自分を。
 それなのに、やはり結果は、誰かを襲い奪おうとする。
 そんな、存在でしかない……。
「ん~、なら、ほら。食べていいぞ?」
 ポンポンと、男の子はアナナスの頭をなでる。
「よしよし、もう泣くな。 ほら、余なら大丈夫だ、ガブッと腕にに食い付くが良い。友達だろう? そのくらい、早く言ってくれれば、血などいくらでも分けてやるのに」
 男の子は腕を出し、またニカッと笑う。
「友達だぞ、余とお前は。違うのか?」
 アナナスは、首を振った。
「友達は、助け合うんだぞ」
「……ありがとう」
 

(「あの時、少し血を飲んだだけで渇きは収まるし、魔力は無尽蔵に漲るし……知らなかったとはいえ、王家の血を奪ったのだから、自分も随分不遜な真似をしたものだ。あの後、ジキタリスに見つかり大騒ぎになったが、魔王様が庇ってくれた。友達だと、言ってくれたのだ」)
 場内を歩きながら、アナナスは昔を思い出す。
 今、自分が在るのは、すべて魔王様のおかげだ。
 あれから、自由に城に出入りすることを認められ、学校も主席で卒業しエリートコースを歩んだ。
 魔王は幼馴染であり、唯一人、自分を心から信頼し分かってくれる……親友だ。
 そういえば……。

「ハァ、ハァ」
「アナナス、また発作か?」
「いえ、大丈夫ですから。我慢します」
「またそんなやせ我慢を、ほら」
「サルビア様っ……甘い顔をしていると、私に食い殺されるかも知れませんよ? そんなに簡単に、血を渡してはいけません。私だって、いつまでも、子供じゃない。……ハァ、ハァ、その首筋に、牙を立て奪ってしまうかもっ」
「腕だろうと首だろうと、どこからでも吸わせてやるさ。お前はそんなことをする奴ではない。好きにしろ」
「サルビア様……」

(「……あれは、無い。若気の至りだ。……早く忘れよう」)
 昔の思い出は、アナナスにとっても、魔王にとっても、ある意味黒歴史である。
「さぁ、剣呑な魔界に帰りましょう。あの方の支配するべき世界を平定するために。平和な魔界は魔王様の夢、平和な魔界にネバーランドを創るのが私の夢、ですからね。フフフ」
 
 素晴らしい王とともに、夢を見よう。
 かけがえのない親友は、必ず素晴らしい王になる。
 その傍らで、私は彼を支える影となろう。
 幼い時、ずっと支えてくれた、彼の気持ちに応えるために。
 親友の、笑顔のために。



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