君とワルツを【steraさん作】

「本当に私は、何をしているのだろうな……」
そこは城の屋上。 スミレは、急にこみ上げた疑問を抱えて、一人月を見上げていた。
紅葉した木々の葉がハラハラと落ち始め、夜風が冷たさを増すこの季節……冬の訪れを予感させるこの物哀しい季節のせいなのか、不意にこみ上げた不安とも戸惑いとも嫌悪とも言えるこの疑問が、取り付いたように離れなくなった。

美しいドレスに身を包み、今は魔王と結婚の約束を交わしここにいる自分。
女である事をアレほど嫌っていた自分が、今、こうして誰かの妻になると決めている。
『誰にも負けない剣士になる。』
そう決めていた自分は、どこに行ってしまったのだろう?
剣に生き、道具でしかない女としての生き方と決別すると決めた私は、一体どこにいったのだろう?
殺すはずの魔王を好きになってしまった。
人を襲っているなどという話は全くのデタラメで、実際の魔王は悪い奴じゃなかった。
だから、恋に落ちて悪い道理はない。
ただ……その瞬間、剣のために生きていた私という存在に、何か意味があったのだろうか?

「スミレ、こんな時間にこんな所にいては、風邪をひくぞ?」
不意に声をかけられ振り返ると、そこには魔王の姿が。
「ん?少し考え事をな……魔王、私と結婚することに……後悔したりしていないよな?」
「そんなことはしない。なんだ、スミレ、まさか余と結婚することが嫌になったのか?」
「違うっ!そうじゃない。ただ……」
「ただ?」
首をかしげ、不思議そうにスミレの顔を見る魔王。
そんな魔王から視線を外し、スミレは溜まった何かを吐き出すように言った。
「……私でいいのか? 私はずっと剣士になることを目指していた。結婚など馬鹿な考えだと認めていなかった。私より強い奴なら好きになると言いながら、私は誰よりも強くなることを目指していた……こんな幸せを手に入れるとは思っていなかったんだ。剣のことは分かる。だが、お前のために妻らしいことが出来るかといえば自信がない。私が、一度殺すと固く誓ったお前を愛したように、お前も……何かがきっかけで、私から心が離れる日が来るんじゃないか?」
「スミレは、余が信じられんのか?」
「……愛される事が、私にはわからないんだ……」
ポツリと、スミレはつぶやくようにそう言った。
魔王は、わからないというような顔をして、夜空の月を指さし言った。
「スミレ、あの月を美しいと思うか?」
「はぁ?あ、ああ。」
唐突な質問に、スミレはぎこちなく答えた。
「今日この月を見て美しいと思う。しかし、月は日によって姿が違うな?」
「……。」
「月は満ち欠けを繰り返し姿を変えるが、月は月だ。美しいことに変わりはない。同じように……」
魔王は、スミレの手を取り、顔を見つめはっきりと言った。
「余が好きなのはスミレだ。スミレ自身だ。それだけなんだ。」
「魔王……」
「女らしくなくても、手がタコだらけでも、獰猛でも、怒りっぽくても、スミレが大好きだ」
「……それ、褒めてるのか?けなしてるのか?」
スミレの少しむっとした顔を見て、魔王はほっとした。
それと同時に、ひどく愛しい。
「スミレ、余はスミレが大好きだ。スミレも余が好きだろう?余が好きなら、余の大好きなスミレ自身のことも、もっと好きになってくれ」
魔王は、スミレの手を引いた。
「スミレ、ワルツを踊ろう。」
少し強引に踊り始めた魔王に合わせ、スミレもそのうち軽やかなステップを踏む。
虫たちの歌声をリズムに、月明かりを浴びて踊る2人。
重ねあわせた手のひらから、抱き寄せた身体から、伝わる温もりがあたたかい。
『なんだか、馬鹿馬鹿しい事を考えていたようだな、私は』
スミレの顔に、穏やかな、そしてほっとしたような微笑が浮かんだ。
魔王の顔も、自然と穏やかで、優しい横顔だった。
そんな二人を見守るように、少しふっくらとした丸みを帯び始めた月が、二人を優しく包み、幸あれと照らしていた。

END.
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