another 第十三話 病死

 その少女は黒く染めた腰までの直毛に、ヘーゼルの瞳をしたそばかす少女で、全身真っ黒のゴシックファッションに身を包んでいた。お世辞にもあまり可愛いと言えない垢ぬけない顔だちをしており、目の下はクマで黒ずんでいて、見るからに病んでいそうな顔をしている。
 少女はビルのフェンスから下を覗き込んでいた。
 「お嬢さん。僕は死神のエルディ。初めまして。自殺をご希望のようだね。悪いことは言わない。死ぬのは諦めなさい」
 すると少女は驚いて2メートルほど後方に飛び退った。
 「うわああああ!!!びっくりした!!」
 驚いたのはエルディもである。こんなに派手に驚く人など見たことがない。エルディは努めて優しい口調で、「死ぬのはやめなさい。ね?」と説得した。
 「貴方が……死神……」
 少女は声色も可愛らしいものではなかった。痰が絡んだようなくぐもった声で、中性的というほど低い。口先だけを動かしてぼそぼそ喋るため、何と発音しているか聞き取りにくい。非常に根暗そうな印象の少女である。
 「じゃあ、私、死ぬんですか?」
 「死ねないよ。全身を強く打って意識不明になって、命だけ助かって植物人間になる。死ぬよりひどい目に遭うよ。飛び降りるのはやめなさい」
 少女は残念そうに、「はあ」とため息をついた。
 「死神なら、私を殺してくださいよ。できるんでしょう?今すぐに」
 「死神は殺せない。死にそうな人の前に現れて、手を引くだけさ。君が後悔しないように、アドバイスをしようと思って現れたんだ」
 エルディはうつむくエミリーの肩に手を置き、顎をくっと持ち上げて目線を合わせた。
 「僕も生前は何度も死のうとした。生きるのは辛いことだらけだよ。でもね、君にも、君に死なれるとショックな人が居るんだ。その人は君の自殺を止められなかったことを一生後悔するだろう。君も、無限に広がる可能性を何もかも捨ててしまって本当に後悔しないのかい?生きていれば幸せになる可能性もあるし、愛してくれる人に巡り合い、愛に気付くこともある。そんな未来を、今だけの感情ですべて捨ててしまうのはもったいないと思わないか?生きなさい、エミリー。今はまだ死ぬべきときじゃない。今死を思いとどまることで、君は幸せになる可能性を手にすることができるんだよ」
 エミリーは虚ろに濁っていた生気のない目を大きく見開き、エルディの説得に心動かされたようだ。
 「私が……愛される……未来……?」
 「君を愛してくれる人は、ほら、身近にいるだろう?君はもっと愛されるべきだ」
 そのセリフを、エミリーは自分の都合のいい方向へ解釈してしまった。
 「貴方、名前なんて言いましたっけ」
 「僕?エルディだよ。死神のエルディ」
 エルディが名乗ると、少女・エミリーは背筋を伸ばしてエルディに向き直った。
 「それってエルディさんが私を愛してくれるってことですよね?」
 「え?僕?」
 「私は愛されるべきってことは……エルディさんは私のことを愛してくれてるってことで間違いないですよね?」
 「え?ちょっと待って。どういうことかわからない……」
 エミリーはガバッとエルディを抱きしめた。
 「私、人に愛されたの初めてです。嬉しい……!エルディさん。私、ゴシッカーだから、死神とお付き合いするの夢だったんです。そして本物の死神に、愛を説かれたら……もう、私エルディさんのことしか考えられない」
 「待って待って待って!どうしてそうなるの?」
 「私を地獄に連れてってください!」
 「カフィーン!!助けて―――――!!!なんか大変な展開になっちゃったよ―――!!!」
 その様子を見ていたカフィンはクックッと笑い、「お似合いじゃないか。付き合ってやればいい。自分の過去を思い出すだろう?」とからかった。エルディはその後、何度もエミリーに呼び出されて彼女と実に長い付き合いをすることになる。
 END.
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