第十二話 拳銃

 「てめえ……調子乗ってんじゃねえぞ……。馬鹿にすんじゃねえよ。俺が何も苦労しないで生きてると思ってたのか」
 エルディは反抗的な目で睨み返した。しかし、ヴァイスの黒い肌に縁どられたぎょろりとした円い眼光は、エルディを竦みあがらせるほどの威圧感を放っていた。
 「俺は、虐待と差別の中、親からも捨てられて施設で育った」
 そして、ヴァイスは彼の過去を語り始めた。

 ヴァイスは黒人の母が白人男性と不倫して生まれた子供だった。ヴァイスの母は黒人差別のトラウマを抱え、白人との間に子供をもうければ、白人の子供を手に入れて社会的に自立できると考えたのだ。
 しかし、生まれてきたのは母と瓜二つの黒人の子供だった。不倫相手の白人男性は「黒人の子供は自分の子じゃない。子供は認知しない」といって、ヴァイス母子を捨てた。
 ヴァイスの母はヴァイスを恨んだ。ヴァイスが白人として生まれてきたら、すべてうまくいくはずだったのにと。
 ヴァイスなど死んでしまえばいいと、虐待の限りを尽くした。火が付いたように泣き叫ぶヴァイスの声を聴いた近所の人が、ヴァイスの母を通報し、ヴァイスの母は子供を虐待した罪で逮捕された。保護されたヴァイスは施設に預けられた。
 しかし、施設でも黒人差別は変わらなかった。白人の孤児が犯した悪事を、いつもヴァイスに擦り付け、ヴァイスは身に覚えのないことで叱られ罰を受けた。
 そんな生活の中で、戦友とも呼べる黒人の親友がいた。ヴァイスが罰として食事を与えられなかった時も、親友は自分のご飯を隠し持って、ヴァイスに分け与えた。ヴァイスは親友さえいれば生きられると、彼の存在に希望を見出した。
 しかし、親友はいじめを苦に自殺してしまった。
 施設の調理場から包丁を盗み、自身の腹に刺して冷たくなっていた。
 第一発見者はヴァイスだった。ヴァイスは親友の死を受けて、完全に精神崩壊した。
 
 「はあ、はあ、はあ、ああああああああああ!!!!うぐ、あがあああああ!!!!!」
 そこまで話すと、ヴァイスは悶え苦しみ、喉を掻きむしって地べたでもんどりうった。
 「ヴァイス?!ヴァイス落ち着いて!」
 「はあはあはあはあ、ああ、ああ、はあはあ、はあはあ、ああ、ぐう……う……」
 どのぐらい苦しんだだろうか。ヴァイスが落ち着きを取り戻すまで結構な時間がかかった。やがてぐったりとして虚ろな瞳をして、ヴァイスは再び語り出した。
 「だから、俺は、死ぬってことが怖くてたまらないんだ。親友が自殺したってことが、ショックで、怖くて、自分もいつか死にたいと思う日が来るのかもしれない、そしたらあいつみたいに冷たくなって、この世から消えてしまうのかもしれない、そう考えたら、怖くて。意地でも生きてやるって思ったんだ。死なないように、明るく生きてやろうって。どんなに辛くても、絶対に死なないように生きようって思って……。だから、お前が死のうとするたびに怖くてたまらなかった。死ぬことが俺にとって最大のトラウマなんだよ。お前まで俺を置いて死んじまったらどうしようかって、めちゃくちゃ怖かった……」
 「ヴァイス……」
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