第十話 服毒

 「エルディ。残念だったな」
 「……!カフィン……」
 真っ暗い世界で、顔が半分白骨化した美しい女神が、エルディの首に大鎌をあてがっている。
 「お前は本来ここで死ぬべき運命ではなかった。だが、このままだと確実に死ぬだろう」
 エルディは涙を流して鎌に縋りついた。
 「殺してよ。もうたくさんなんだ。カフィンと一つになりたい。そっちの世界に行かせてよ。こんなひどい裏切り、あんまりだよ……。このまま生きながらえて、ドレリーを思い出しながら生きたくない。バカだ、ドレリーは。本当にひどい人だ」
 カフィンはさすがにエルディに同情したようだ。エルディに憐れむような目を向け、エルディの嘆きを聴く。
 「今まで沢山ひどい目に遭ったけど、今回ほど死にたいと思ったことはなかった。こんなひどい裏切り、僕は想像もしなかった」
 「エルディ。お前の生涯の伴侶は、デライラがふさわしい」
 カフィンはそういうと、しばし沈黙して虚空を仰いだ。
 「え?デライラ……?」
 1分だろうか。3分だろうか。しばらく沈黙していたカフィンが、ゆっくりとエルディに向き直った。
 「お前の命はまだ刈り取らない。デライラと生きろ。お前にはそれがふさわしい。私のことなど忘れ、デライラを幸せにするのだ」
 そういうと、カフィンは鎌をエルディの首筋から離し、天に掲げた。途端、エルディの視界が歪み、激しいめまいとともに暗転する。
 「カフィン!カフィン!!」

 気が付くと、白い天井が見えた。今度は右側から陽の光が差し込んでいる。その顔を覗き込む顔は、見知った笑顔だった。
 「エルディ!気が付いたのね!」
 「で、デライラ……」
 デライラはわあっとエルディに覆いかぶさり、彼を抱きしめた。
 「カフィンから連絡が来たの。エルディが本当に死にそうになっているから、彼の自宅を訪ねろって。エルディを助けてやってくれって。エルディ。カフィンにお礼言わなくちゃね」
 エルディは驚いた。エルディの死期を、カフィンがデライラに告げたという。カフィンが沈黙していたのは、きっとデライラにエルディの危機を知らせるためだったのだろう。カフィンはそうまでしてエルディを生かしたかったのか。そして、デライラは親の反対を押し切ってまで、エルディを看病してくれたのか。
 エルディは泣きながらデライラを抱きしめ返した。あんなに迷惑だと思っていたデライラが、今は世界で一番愛しい。
 「デライラ……カフィン……ありがとう……」
 エルディは、カフィンの言葉を胸に刻み、デライラと生きようと誓った。
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