第九話 睡眠薬

 目を開けると、見覚えのある白い天井が見えた。視界の端にカーテンが引かれ、左側から陽の光が差し込んでいる。
 途端、ぐにゃりと視界が歪み、回転する。体は寝ているのに目が回って目を開けていられない。めまいが治まった隙に目を開け、周囲を目だけで確認する。すると、デライラがベッドの横に備え付けられた椅子に座って居眠りをしていた。
 「で……デライラ……?」
 その声に、デライラが気付いたようだ。パッと目を覚まし、花が開くような笑顔を向ける。
 「エルディ!目が覚めたのね!よかった。私だけ置いていかれたらどうしようと思ってた」
 ぼうっとする頭が次第に冴えてゆく。そうか。自殺は失敗したのか。
 「丸3日眠り続けていたんだよ。待ってね、看護婦さん呼ぶね」
 デライラは枕元のナースコールのボタンを押し、看護婦を呼んだ。
 「目が覚めましたか。まったく。とんだお騒がせですよ、あなたは。いい加減自殺なんか諦めてください」
 看護婦は呆れ果てた様子でエルディの様子を確認すると、医師を呼びに行った。
 「ははは、エルディ君。残念だったね。死ねなかったろ?」
 医師はにやっと笑いながら椅子を引っ張ってきて、腰かけながらエルディに話しかけた。
 「なぜ……死ねなかったんですか……?」
 「君みたいなおバカさんが多いから、最近の睡眠薬は何錠飲んでも死ねないように改良されているんだよ。とても飲みきれない数を一気に飲まない限り、死ぬのは難しいだろうな。残念だったね」
 エルディは目を伏せ、すべて医師に見抜かれていたことを恥じた。最初から死ねない薬しか処方されていないのである。
 「目が覚めたなら、退院だね。もうバカなことはしないようにね。自殺なんかするだけ無駄だよ。絶対に失敗して後悔するだけだからね」
 そういうと医師は看護婦に指示を出して去っていった。看護婦はエルディの性器から尿道カテーテルを乱暴に引き抜くと、点滴も外してその一式を台車に載せ、点滴のポールを引きずって去っていった。
 「い、痛い……」
 「尿道カテーテル痛いよね。あたしも昨日目が覚めた時に思いっきり引き抜かれて超痛かった」
 エルディが上体を起こすと、倒れそうなほどの激しいめまいに襲われた。
 「さ、帰ろう」
 「ちょっと待って。めまいがひどくて起き上がれない……」
 「大丈夫?」
 デライラは再びナースコールを押した。
 「今度は何ですか?」
 「目が回るんですけど、ほんとにこのまま退院なんですか?」
 「当たり前でしょう?!もう面倒は見ません。これに懲りたらもう自殺なんかしないこと。早く帰ってください。ほら!ほら!自業自得!」
 エルディはデライラに支えられ、死んだほうがましだと思うほどの苦しみとともに帰宅した。
 「また死ねなかった……。カフィンにも会えなかったし。もうODなんかこりごりだぁ……!」
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