第七話 割腹

 翌日、新聞の一面にケーキ屋襲撃事件が躍った。テレビのニュースでもその凶行が取り上げられ、セザールの噂、犯人の情報、そして、被害者のエルディについても情報が拡散された。
 まずはセザールの情報である。
 セザールはチョコミントにこだわりを持つ頑固な菓子職人で、修行時代自由にチョコミント菓子を作らせてもらえない不満から、師匠を殴って店を飛び出し、独立開業してチョコミント専門店「ショコラ・ア・ラ・モン」を開業したという。しかし、チョコミントのケーキを美味しくないと不満を漏らした幼児や、「歯磨き粉みたいで嫌いだ」と何気なく口にした客に突然激昂し、しばしば暴力沙汰を起こしていたようだ。
 警察から厳重注意されると、暴力ではなくミントクリームの皿を顔面に投げるという方法をとるようになった。今回の犯人は先日そのミントクリームでおろしたてのスーツを汚された腹いせに、凶行に及んだという。

 次に犯人の素性である。犯人はマフィアの鉄砲玉として暗躍し、表向きはホストを生業にしていた。ホストとして同伴した女性客がこの「ショコラ・ア・ラ・モン」に立ち寄り、ケーキを買い求めた時に、チンピラは何気なく「それ美味いのか?」と口にしたという。するとそのセリフにセザールが激昂し、おろしたての高級ブランドのスーツをミントクリームだらけにした。この後仕事があったチンピラはスーツをだめにされたために出勤することができなくなり、営業成績が下がってしまったという。その腹いせに、セザールを殺害しようと考えたのであった。

 最後にエルディだが、先日心中事件で世間を賑わせたばかりである。メディアは「死にたがり青年が再び命を投げ出した」と大盛り上がりであった。エルディは一命をとりとめたが、病室には報道関係者が詰めかけ、医療従事者は人払いに追われることになった。
 事情聴取にやってきたセシルは、再びエルディを担当することに内心呆れていた。
 「死にたかったのか?」
 「死にたかったわけじゃないんですが、結果死にかけてしまいました」
 「死にたかったんだな?」
 「NOと言ったら嘘になりますね」
 「はい、自殺願望から犯行に割って入った、と……。おまえ、馬鹿だろ?」
 「馬鹿だって言われました」
 「誰に?」
 「死神さんに……」
 「そりゃ死神もお前みたいなやつ馬鹿だと思うだろうな」
 「はい……」
 生死の淵をさまよったエルディは、またもカフィンに「そう簡単には殺さない。生きろ」と大目玉を食ったという。
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