第七話 割腹

 チンピラはクリームまみれのサングラスとマスクを外すと、カウンターを乗り越えてセザールに躍りかかった。
 「殺す!!」
 「キャー!!」
 その場にいた客や従業員が、凶行に悲鳴を上げた。エルディは考えるより先にチンピラの凶行を止めようと、カウンターの奥へ飛び込んだ。
 「やめてください!」
 揉み合うチンピラとセザールの間に割って入り、チンピラの手からナイフを奪おうとする。
 「邪魔すんじゃねーゴラア!!死にてーのか!」
 その一言に、エルディの頭の奥がすうっと冷えた。
 (死にたいのかって?え、そ、そうだな……可能なら死にたいな。あれ?これ、ひょっとして死ぬチャンスじゃないかな?)
 「セザールさんを殺すなら僕を殺せ!」
 咄嗟に出た台詞だったが、その勇敢な行動とカッコいいセリフに、その場の人々が感銘を受けた。そして、この隙に警察を呼ばなければ、と、だれからともなく警察へ連絡し始める。
 「スプリングバレー通りのケーキ屋さん、『ショコラ・ア・ラ・モン』に強盗が入りました!今お客さんの一人が襲われてて……!」
 その声を耳ざとく聞いたチンピラが「ポリ公呼んでんじゃねーぞ!」と怒鳴ったが、エルディとセザールに両腕を掴まれていて、通報を止めることができない。
 「クッソ、離せこらあ!!ぶっ殺してやる!」
 「殺せ!さあ、僕を殺してみろ!」
 「お客さん、危ない!手を放すんだ!」
 揉み合う三者の力の均衡を崩したのは、「FREEEZE!!!」と飛び込んできた警察官の怒声だった。
 不意に、エルディのチンピラの腕をつかむ手が緩み、その隙にチンピラの刃物を持つ手がエルディの胸を切り裂いた。返す刀でチンピラがエルディの腹を刺す。
 一瞬の出来事だった。
 エルディは痛みを感じるより、なぜだか「熱い」と感じて飛び退った。その腹にナイフが刺さったまま、チンピラはナイフから手を放し、勢い余ってエルディの上に覆いかぶさった。
 セザールはその様子を、スローモーションを見るかのように見送った。
 エルディの体から、深紅の液体が溢れ出た。
 そのまま、エルディは意識を失った。

 「何!?クソ、チンピラめ!」
 飛び込んできた警察官・セシル・ポッフェリオは、犯人の脚に向けて発砲した。犯人が足の自由を奪われ動けなくなったところへ、警察官たちがカウンターを乗り越えて確保した。
 被害者の青年を抱き起こしたセシルは、その顔を見て「あっ!」と思わず声を上げた。
 被害者のエルディは、セシルが先日心中事件を担当したときに見知った顔だったのである。
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