第五話 焼身
「実はな、儂も死のうと思って、このカフェで最後の晩餐をしようと思っていたのだ。このカフェのコーヒーは世界一だ。死ぬ前に必ず飲んでおきたい、至高の一杯だ」
「解ります。僕も先生のご本の中に登場するこのカフェが好きで、ここにやってきました」
「そうか。君にもここの美味さが解るか。儂の熱心なファンに会えて、儂も嬉しいよ」
エルディはおずおずと、彼に死の理由を聞いた。
「失礼でなければ、なぜ先生ほどの方が、自殺をお考えなのか、お聞きしてもいいですか?」
エネットはまた、ふーっと長い溜め息を吐いた。
「書けなくなったんだよ。自慢のドーパミンが出ない。儂ももう年だ。もう復活はないかもしれん」
エルディは顔をくしゃくしゃにゆがめてエネットを励まそうとした。しかし、エネットの決意は固いようだった。
「自殺志願者の儂のファンに、最期に会えたのは、何かの巡り会わせかもしれん。一緒に死んでくれるか、若いの」
エルディはエネットが顔の前で組んでいた手に両手を重ね、「僕でよろしければ、ぜひ」と、涙を流しながら頷いた。
エルディは車の後部座席にエネットを乗せ、指示された場所に車を走らせた。辿り着いたのはエネットの自宅。素晴らしい豪邸である。
「庭で火をつけよう。さあ、その灯油をこちらへ」
二人はお互いに灯油をかけた。エネットが胸ポケットからライターを出す。火をつけて地面になげうつと、たちまち足元から二人は炎に包まれた。
熱いという感情よりも先に、呼吸が出来ないことにエルディは驚いた。顔の周囲の酸素が燃焼しているのである。数刻遅れて感じたのは、熱さよりも激しい痛みであった。
(焼身もこんなに苦しいのか。でもこれなら確実に死ぬ。エネット先生と心中できるなら、この苦しみも報われるかもしれない)
高速のスライド写真のように、エルディの脳裏に今までの人生のワンシーンが流れてゆく。走馬灯というものだろうか。思えば恥ばかりかいていた人生だった。
目の前に、死女神のカフィンが現れた。
「本当にお前はこれでいいのか?このままだと確実に死ぬ。お前の人生はこれで本当に終わっていいのか?」
エルディは「エネット先生に立ち会ってもらえて、カフィンと結婚できるなら、このまま死んでもいいよ」と、強がりを言った。本当はいよいよ死が身に迫る恐怖で暴れたかった。全身の気が狂わんばかりの激痛と、呼吸困難で、死にたくない気持ちの方が強かった。
「そうか」
カフィンはそういうと、エルディの頭を掴み、彼を突き飛ばした。
エルディが次に感じたのは、種類の異なる激痛と、冷感と、水が大量に鼻と口から入ってくる感覚だった。
数刻遅れて、エルディは藻掻いた。
なぜ、水の中にいるんだ?
エルディの手が固いものに触れ、彼は水の中から脱出した。
「解ります。僕も先生のご本の中に登場するこのカフェが好きで、ここにやってきました」
「そうか。君にもここの美味さが解るか。儂の熱心なファンに会えて、儂も嬉しいよ」
エルディはおずおずと、彼に死の理由を聞いた。
「失礼でなければ、なぜ先生ほどの方が、自殺をお考えなのか、お聞きしてもいいですか?」
エネットはまた、ふーっと長い溜め息を吐いた。
「書けなくなったんだよ。自慢のドーパミンが出ない。儂ももう年だ。もう復活はないかもしれん」
エルディは顔をくしゃくしゃにゆがめてエネットを励まそうとした。しかし、エネットの決意は固いようだった。
「自殺志願者の儂のファンに、最期に会えたのは、何かの巡り会わせかもしれん。一緒に死んでくれるか、若いの」
エルディはエネットが顔の前で組んでいた手に両手を重ね、「僕でよろしければ、ぜひ」と、涙を流しながら頷いた。
エルディは車の後部座席にエネットを乗せ、指示された場所に車を走らせた。辿り着いたのはエネットの自宅。素晴らしい豪邸である。
「庭で火をつけよう。さあ、その灯油をこちらへ」
二人はお互いに灯油をかけた。エネットが胸ポケットからライターを出す。火をつけて地面になげうつと、たちまち足元から二人は炎に包まれた。
熱いという感情よりも先に、呼吸が出来ないことにエルディは驚いた。顔の周囲の酸素が燃焼しているのである。数刻遅れて感じたのは、熱さよりも激しい痛みであった。
(焼身もこんなに苦しいのか。でもこれなら確実に死ぬ。エネット先生と心中できるなら、この苦しみも報われるかもしれない)
高速のスライド写真のように、エルディの脳裏に今までの人生のワンシーンが流れてゆく。走馬灯というものだろうか。思えば恥ばかりかいていた人生だった。
目の前に、死女神のカフィンが現れた。
「本当にお前はこれでいいのか?このままだと確実に死ぬ。お前の人生はこれで本当に終わっていいのか?」
エルディは「エネット先生に立ち会ってもらえて、カフィンと結婚できるなら、このまま死んでもいいよ」と、強がりを言った。本当はいよいよ死が身に迫る恐怖で暴れたかった。全身の気が狂わんばかりの激痛と、呼吸困難で、死にたくない気持ちの方が強かった。
「そうか」
カフィンはそういうと、エルディの頭を掴み、彼を突き飛ばした。
エルディが次に感じたのは、種類の異なる激痛と、冷感と、水が大量に鼻と口から入ってくる感覚だった。
数刻遅れて、エルディは藻掻いた。
なぜ、水の中にいるんだ?
エルディの手が固いものに触れ、彼は水の中から脱出した。