第四話 崖からの飛び降り

 しかし、崖の上には沢山の人が居て、テレビカメラや音響機器などが設置されていた。何やら叫ぶ人もいる。また先客だろうか?
 「殺せるものなら殺してみなさいよ!殺す勇気もないくせに!いいわ、死んでやる!ここから飛び降りて死んでやる!」
 騒ぐ女を横目に、エルディは人だかりから離れたところにスタンバイした。
 (死んでやるって騒ぐだけ騒ぐ人はなかなか死なないし、結局死なないんだよなあ……。僕は本気で死ぬから、静かに死にますよ。お先に失礼)
 崖の縁に立ってエルディがスタンバイすると、「カーット!!」と、野太い声が叫んだ。
 「ちょっとお兄さん、そこカメラに映るんだよなあ、どいてくれない?」
 助走をつけて飛び込もうとしたエルディに、熊のように体の大きなサングラスの男が近づいてきて、彼を引き留めた。引き留めたというより、追い払おうとしたというのが正しいか。
 「何ですか?」
 「今映画の撮影中なんだ。そこにいられると邪魔なんだよなあ。何なの?観光?」
 エルディが周囲を見渡すと、人だかりは皆エルディに注目していた。皆一様に不機嫌そうな、迷惑そうな顔をしている。
 「あ、そういう事でしたか。先客かと思いました。僕は今から死にます。わめいたりしないでさっさと死にますので、お構いなく」
 「ええ?!」
 熊のような男は途端に慌て始めた。自殺のシーンを撮影しようとしていたら、本物の自殺志願者が現れたのである。男は顔を真っ赤にしてエルディを恫喝した。
 「何を考えてるんだ!何があったか知らないが、こんなところで自殺なんてやめなさい!今撮影中なんだ、変なものが映ったら迷惑なんだよ!」
 しかし、エルディには知ったことではない。エルディはこっそりサクッと死ぬつもりなのだ。迷惑になるようなことはしないつもりだ。
 「放っておいてくれませんか?サクッと死ぬので、ご迷惑はかけません」
 「そういう問題じゃない。下にはダイバーを待機させているんだ。彼らの仕事を増やす……ん?待てよ?」
 そういうと、熊のような男は沈黙し、何か思案し始めた。
 「よし、君、名前は?」
 「エルディです」
 「よし、エルディ。この映画に出てみないか?スタントマンとしてだが、君ほど死に抵抗がなければ、良い画が撮れる。ちょっと着替えてみてくれるかい?」
 そういうと、男は半ば強引にエルディに演技指導をし始めた。エルディは女装させられ、カツラをかぶらされ、崖の縁に立たされた。
 「カメラスタンバイいいか?じゃあシーン39!」
 どうも、エルディは崖から飛び降りる女性の落下シーンのスタントマンにされたようである。死に抵抗がないエルディは、まさに適役というわけだ。
 「はあ……。しょうがないな。でも、僕の死に様が有効活用されるなら、ちょっとは社会貢献できるな。光栄だよ」
 そして、エルディは体を前傾し、重力に任せて身投げした。
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