第四章 奇跡使いと言霊使いの恋

 テンパランスは清らかだった肌を汚した罪の跡を指でなぞった。初めての共犯者が最愛の人であった幸福をかみしめる。
「大丈夫ですか、テンパランス様。まだ痛いですか?」
「何が?」
「その……体の奥のほうのことです」
「ああ、そうね。痛いわ。信じられないぐらい。こんなに痛いのね。知らなかったわ」
 アルシャインは「すみません」と頭を下げた。
「謝ることはないわ。あなたも初めてだったのでしょう。どう?罪の味は?」
 アルシャインは目を伏せて先ほどの出来事を反芻する。何もかも初めてで、その味は。
「……予想に反して、酸っぱかったですね」
 テンパランスは苦笑した。
「私は苦かったわ。信じられないぐらい苦くて驚いた」
 アルシャインは先ほどのテンパランスの様子を思い出して笑った。
「そんなに苦かったですか?」
「ええ、びっくりよ。……でも、後悔してない。もう、引き返せないのね」
「そうですね。罪の味を覚えて、僕はこれは禁忌の味だと思いました。一度味わってしまうと、これは、中毒になる。人間であることを忘れてしまう」
 あの感触は麻薬だ。お互いもう引き返せない。しかし、愛しさが再び罪を犯せと誘惑してくる。あれは美味いものだっただろう、さあ、またご賞味あれと。
 テンパランスはお互いの身体に無数の傷がついているのを見て、罪の大きさを知った。大変な過ちを犯してしまった。だが。テンパランスは疑問に思う。奇跡使いでなければ至極自然な行為ではないのか。なぜ奇跡使いだけが罰せられなければならない?
「ねえ、奇跡を使う動物は、なぜ罰せられないのかしら」
「動物?そうですね。なぜ奇跡使いの人間のみがこんな罰を受けなければならないんでしょう?」
「私たちは、本当に間違っている?ならばなぜ私は女の身で奇跡使いなの?なぜ結ばれてはいけないの?醜い欲だけじゃない。この気持ちはもっと純粋で崇高な、尊いもののはずよ」
「テンパランス様……」
 テンパランスはこの部屋のどこかで自分たちを覗き続けている監視の神に呼び掛けた。
「監視の神よ!私たちは本当に間違っていると言えるの?なぜ私たちだけがこんな罰を受けるの?生命を繋ぐ行為は、生きとし生けるものにとってとても神聖なもののはずよ?!なぜなの?愛し合う私たちの合意の上の行為の、どこが間違っているというの?!答えて!」
 すると一陣の風が巻き起こった。風が止むと厳かな声が響き渡る。
「奇跡使いは動物であれ人間であれ、奇跡を行使する権利を得た瞬間に本能に従うことを禁じられる。奇跡使いが生命を繋げようというのならば、正式に婚姻の儀式を挙げなければならない」
「結婚式……ですか?」
 アルシャインとテンパランスは顔を見合わせた。精霊神教の結婚式を挙げれば、この愛は認められるというのか。
「お前たちは正式な手順を踏まず道を踏み外した。よってそれは禁忌に触れたとみなされ、奇跡を封じられる」
「結婚さえすればいいのね?」
 神は答えない。だが、沈黙が是というのならば。
「アルシャイン!」
「テンパランス様!その先は僕に言わせてください。貴女には言わせません。……僕と結婚してください、テンパランス様」
 テンパランスは破顔した。
「ええ、私と一緒に生きて。アルシャイン」
 二人は互いをきつく抱きしめあった。と、テンパランスははたと思いつき、身体を離した。
「そうだわ。アルシャイン。一つ条件があるの」
「何です?」
「……これからは、ララって呼んで。私も貴方を、スターって呼ぶわ」
「分かった。……ララ」
「よろしくね、スター」
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