第四章 奇跡使いと言霊使いの恋

「テンパランス様、お話があります」
 ポールは意気揚々とテンパランスに伺いを立てた。二人で応接室に行くと、ポールは笑みすら浮かべてテンパランスに入門の正式な申請をした。いつの間にか履歴書も用意していて、ペンを側に置いて頭を下げる。
「テンパランス様、僕をこの事務所に入門させてください。お願いします」
 テンパランスは困ってしまった。入門させるべき人選はいつもアルシャインと相談して決めている。
「アルシャインと相談してみないと一概にはいとは言えないわ」
「彼ならこの事務所を去るそうですよ」
「え!」
 ポールの一言にテンパランスは絶句した。あのアルシャインがこの事務所を去る?いったいなぜ?
 目を見開いて固まっているテンパランスの様子を見て、ポールは自分に都合のいいように説明した。
「彼は今までテンパランス様に内緒で禁を犯していたそうですよ。そのことを指摘したら彼は罪を認め、この事務所を僕に託して去ると言っていました。あんな人にこの事務所は任せておけません。僕がテンパランス様をお守りします」
「嘘……嘘よ……。ごめんなさい、ポール。やはり彼から話を聞かないことには決められないわ。今日はニコと奇跡の小瓶を作る仕事をしていてください。彼から直接事情を聴いてから判断します」
 テンパランスは極力取り乱さないように努めた。
 結論を出してもらえなかったポールは不満を覚えたが、テンパランスにも考える時間が必要だろうと思ったので、渋々ニコのいる作業場へ向かった。
「アルシャイン、話があります。私の部屋に来て頂戴」
 テンパランスは、ダイニングキッチンで一人茶を飲んで考え込んでいたアルシャインを見つけると、震える声で命令した。この時が来てしまった、と、アルシャインは一度目を伏せ溜息をつくと、テンパランスを見据えて言った。
「僕もお話しなければならないことがあります。テンパランス様」

 テンパランスは応接室ではなく、自分の部屋にアルシャインを招き入れた。部屋に鍵をかけると、お互い小テーブルの傍の椅子に腰かけて向かい合った。
「アルシャイン、ポールから聞きました。この事務所を去るとはどういうこと?」
「そうですか。ポールから話は聞いているのですね」
 アルシャインは大きくため息を吐いた。何から話せばいいだろう。打ち明けるのが怖くてたまらない。本当のことを言ったらテンパランスは二度と自分に微笑みかけてはくれないだろう。嫌悪と憎悪の目で見られるのは怖い。できることならこの先もずっと、彼女のそばにいたかった。
「テンパランス様。僕は今まで貴女に秘密にしていたことがあります」
「秘密?なんですか?」
「嫌われるのを覚悟で言います。僕は、貴女のことが、好きです。申し訳ありません。僕を、破門してください」
 テンパランスは目を大きく見開いて、浅く呼吸を紡いだ。この告白は予想していなかった。まさか、あのアルシャインが、この私を。
「い……いけないわ、アルシャイン。なんてこと言うの。罰が降って奇跡が使えなくなるわよ」
 テンパランスは動揺を隠そうと、努めて師匠らしい態度を取ろうとした。
「いいんです。僕はもう耐えられない。僕はここを去ります。あなたのことが好きになった、ほかの奴らみたいに、僕を、破門してください」
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