第四章 奇跡使いと言霊使いの恋

 アルシャインとポールは無言でダイニングキッチンから席を立った。向かう先は、まるで示し合わせたかのように、離れの道場だった。
 お互い何も言わない。二人共お互いを殺すつもりで使うべき奇跡のデッキを脳内でシャッフルする。
 位置に着くと、アルシャインは軽く肩を竦めてからふっと脱力し、深く息を吐くと、まっすぐポールを見据えて開始の合図をした。
「さあ、始めようか」
 それから1秒も待たずポールは先制攻撃を仕掛けた。
「水の神!風の神!雷の神!」
 ポールの放った水しぶきに濡れたアルシャインは電撃を受けて感電した。
 稲妻の形に火傷を負い、痛みに膝をつく。しかし、すぐさま反撃する。
「重力の神!金属の神!火の神!」
「くっ、金属の神!」
 アルシャインは重力を操りポールを壁に叩きつけると、追い打ちに灼熱の金属の破片を差し向けた。しかしこの手は常套手段である。攻撃を読んだポールは金属の盾を創り出してその攻撃を防ぐ。
「水の神!命の神!」
 その隙にアルシャインは体の傷を回復する。
「火の神!火の神!水の神!」
 ポールは水蒸気爆発でアルシャインを攻撃した。それを重力の神を使い後ろに大きく飛び退って回避するアルシャイン。
「金属の神!火薬の神!……火の神!」
 アルシャインは奇跡で爆弾を作り、ポールに向けて投擲した。
 ポールはまともに爆発を受けて皮膚に大きな火傷を負った。さらに爆弾の中の金属片で全身にダメージを受けた。
「くああ!この野郎!!」
 ポールは傷の治療を後回しにして風の神を大量に呼んだ。中に金属の神を忍ばせて追加ダメージを狙う。
 猛烈な突風に襲われてアルシャインが耐える間にポールは怪我の回復を行う。
 お互いの実力は互角だった。しかし。
「光の神!」
 ポールの放った強烈な光に目を灼かれたアルシャインは目の前が真っ白になり、思わず目を覆って身構えた。
 その一瞬の隙をついてポールが仕掛けた金属の神の槍に貫かれて、アルシャインは腹部に大ダメージを受けた。そこに追い打ちするように風の神と雷の神を叩き込む!
 アルシャインは電撃が内臓を直撃して意識を失った。
「ふっ、どうやら僕の方が頭の回転の速さでは上回っていたようだな。この程度では死なないでしょう?早く目を覚ませ。勝負はついた」
 ポールが金属の槍を消すと、アルシャインは目を覚ました。しかし、受けたダメージが大きすぎて体を動かすことができない。
「これが毎日禁を犯さず修業し続けた奇跡使いの力だ。貴方のように女性にうつつを抜かしている奇跡使いとはわけが違うんですよ。さあ、負けを認めてこの道場を去ってください」
 アルシャインはゆっくり目を伏せた。その目蓋の端から一筋の涙が流れた。
(あのひとを守り切れなかった……。僕はここまでなのか。やはり去るべきなのか。僕は弱すぎる。あの人のそばには、もういられない。守り切れない……)
 ポールは道場を後にし、テンパランスにこの道場への入門の許可を伺いに向かった。
 床に打ち捨てられたアルシャインはゆるゆると天に手を伸ばし、回復の奇跡を使った。ダメージが大きすぎるために、回復には時間がかかってしまったが、傷が治るころには彼自身の心にも決着が付いた。
「何もかもすべて正直に打ち明けよう。そして、この道場を去ろう」
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