第四章 奇跡使いと言霊使いの恋

 奇跡使いの道場に二人も女性がいるという状況に、女性に対する免疫のないポールは戸惑いを覚えた。屋敷内もどこからともなく花のような香りが鼻腔をくすぐる。汗臭く雄の香りに満ちていたジャッジメントの道場とは大違いだ。
「入って。とりあえず応接室に来て。イオナ、お茶の用意を」
「はい」
「し、失礼します」
 応接室には瑞々しい花が活けられていて、馨しい香りに包まれていた。憧れのテンパランスの屋敷。眩暈がするほどの幸福に包まれていたポールだったが、その夢心地を引き裂く邪魔者が現れた。テンパランスの右腕・スター・アルシャインだ。イオナと一緒に茶器とお湯を運び、テンパランスの応接室に入ってくる。
「やあ、久しぶりだね。今日はどうしたんだい?」
「こ、……こんにちは」
 ポールは思わずアルシャインを睨んだ。なぜこいつが来るのか。テンパランスと二人で話せると思っていたのに。
「さあ、状況を教えてくれる?」
 ポールは自分が今まで如何に禁を破ることなく修行に打ち込んできたのかを語った。入門して二年。実力はトップクラス。誰も先日の大会のメンバーとして選抜されることに異論を唱えなかった。
 しかし、本当の理由はどうしても言えなかった。言えるわけがない。テンパランスとアルシャインとイオナがそろっているこの状況で、何もかも打ち明けることはできない。
「獣の肉を買って食べてしまいました。それで罰が下りました。翌朝、師匠に殴られました。思わず、飛び出してきてしまいました。今まで僕は、師匠に殴られたことがなかったので……。ショックで……」
「悪食ね。なら罪も軽かったでしょう。気にすることはないわ。魚が食べられることもあるし、魚卵で罰が下ることもある。牛の肉は罰が下る日もあれば免れる日もある。そう思い詰めないで」
 なんと優しい女性だろう。禁を犯して罰が下ることは奇跡使いの恥なのに、理解を示してくれるなんて。たとえ嘘だとはいえ。
「テンパランス様、今更おめおめ帰れる交通費もありません。僕をここに置てくれませんか」
「うーん、あの子がどういうかしら?」
 イオナの頭に過ったのは先日暴れに暴れたニコの存在だ。
「そうね。ポール、うちにはちょっと厄介な弟子がいて、力が強い反面人間性に問題のある子がいるの。うちは現在あの子を中心に回っているといっても過言ではないわ。あの子と仲良くやっていけるなら、置いてあげてもいいのだけど」
「厄介な子…?」
 一同は作業場で奇跡の小瓶を作らせているニコのもとへポールを案内した。
「ニコ、今日からこの子うちに置いてもいいかしら?仲良くできる?」
「?」
 ニコは不思議そうな顔をした。ポールにとって、ニコの存在は見覚えがあった。大会で強力な奇跡の力をふるっていた奇跡使いだ。確かに彼を敵に回すと厄介なことになりそうだ。
「初めまして、ニコ。僕はポール。今日からここで働いてもいいかな?」
 しかし、心配をよそに、ニコは「いいよ」と一つ返事で彼を迎え入れた。もしかしたら、先日の一悶着でイオナの愛を独り占めできたことに安心したからかもしれなかった。
「ニコがいいというなら……。良いでしょう。しばらくうちで働いてもらいます。でも、交通費が稼げたらジャッジメント様のところに帰るのよ」
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