第四章 奇跡使いと言霊使いの恋

「もういい、傷が治るまでお前は雑用だ。屋敷をピカピカになるまで磨け」
 今まで禁を犯したことがなかったポールにとって、禁を犯して雑用を強いられている兄弟子は軽蔑すべきものだった。そんな恥ずかしい真似ができるものか。
「破門してください。僕は出ていきます」
「なんだと?」
「僕は禁を犯したんです、放っておいてください!」
 ポールは食堂を飛び出し、自室の荷物をあらかた必要な分だけバッグに詰め込み、道場を飛び出した。こんなところでやっていられるか。戒律戒律ばかりで気が狂いそうだ。
 もっと緩い道場で一人前として実力を認めてくれるところはないか。
 ポールは僅かな所持金でできるだけ遠くに行こうとした。とりあえず電車で終点まで行ってみるか。最寄り駅の路線図からできるだけ長い路線を選び、切符を買って電車に乗り込んだ。

 意図的に選んだ町ではなかった。しかし、辿り着いた街の公園で、左頬の傷のかさぶたを剥がしていると、若い少女と共に買い物袋を両手に下げたテンパランスに出会ってしまった。まさか想い人のもとにたどり着いてしまうだなんて。これは運命か。
「あ、あの入れ墨……この前の大会の時に会いませんでしたっけ?」
「ジャッジメント様のお弟子さんだわ。こんなところでどうしたのかしら」
 二人が近づいてくる。ポールは後ろめたさと切なさに心を掻き乱されて、逃げ出そうとした。しかし、
「ねえ、あなた、もしかしてジャッジメント様のお弟子さん?」
 呼び止められて、逃げ出せなかった。
「は……はい……。ポール・エスキースです。先日はどうも」
「ジャッジメント様の道場ってここからだいぶ遠いでしょう。どうしてこんなところにいるの?里帰り?」
 ポールは黙り込んだ。何と言い訳すればいいだろう。里帰りといっても帰る家はここからさらに遠い。ジャッジメントの道場の方角へ戻り、そこからまた更に終点まで行かなければならない。そこまで帰る旅費はなかった。無計画に飛び出してきてしまったが、行く宛はなかった。
 複雑な顔をして黙り込むポールの様子を見て、テンパランスが何かを察した。
「その荷物、何か理由がありそうね。どう?うちにいらっしゃい。訳を聞きましょう」
「良いんですか……?」
「何か、あったんでしょう」
「すみません。少し、ご厄介になってもいいでしょうか」
 「状況次第ね」とテンパランスは念を押した。誰でも迎え入れられるほど優しくはない。
「分かりました……」
 ポールは荷物を抱えると、イオナとテンパランスの後についていった。
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