第三章 ケフィ対奇跡使いと言霊使い

 殴られる!そう覚悟しベルは目を瞑って身を固くした。が、ケフィはそんなベルをふわりと抱きしめた。
「自分で自分の力が止められなかったんですね。貴女はやっぱり優しくて、頭のいい人です。ベルさんも僕もまだ未熟なんですよ。これからまた修行して、力の使い方を勉強しなおしましょう。もう、復讐の業は虚無に帰して、まっさらな気持ちでやり直しましょう」
「え?何を言って……?」
 ケフィはベルを抱きしめる腕に力を込めた。
「虚無の古霊ニヒリウムよ、ヴィンディクタエの復讐の業を虚無へ帰せ。この呪われた屋敷を、清浄なる虚無に帰し給え!」
 ケフィが放った虚無の言霊は限界まで膨れ上がったヴィンディクタエの復讐の業を大爆発とともに吹き飛ばした。水が礫になって舞い上がり、炎は吹き消され、壁や天井は吹き飛び、家財道具も粉々になって舞い上がり、虚空へと吹き飛んだ。
 ふっ、と、静寂が訪れた。
 ミルドレッドの屋敷は更地と化し、何もなくなったコンクリートの基礎の真ん中で、ケフィとベルが抱きしめ合い、ガイとミルドレッドとエラとニナは、床にしがみついてうずくまり、衝撃に耐えていた。
「ほら、止まった」
 ケフィはにこりと微笑んで見せた。
「……本当に、貴方って人は。私を殺してしまえばよかったのに」
「殺せませんよ。ベルさんはきっと、この世に必要な人です。そのことがよくわかりました。貴女は力の使い方を間違えなければ、きっと素敵な言霊使いになる。根は優しい良い人です。僕は信じています」
「なんでそんなことが言えるの?」
「僕も昔、いじめられっ子で、いじめっ子を殺してしまったから。僕も、それを後悔しているから」
 ケフィは悲しそうに微笑んだ。ベルはまた顔をくしゃくしゃに歪ませ、嗚咽を漏らした。
「本当に、貴方って人は……。そんなことだから、私、貴方のことが、……貴方のことが、好き」
 消え入りそうな声で、独白のつもりだった。しかし、ケフィはベルを優しく抱きしめる。
「僕も貴女のことが好きです。ずっと前から」
 ベルは声を上げて泣いた。ケフィのスウェットパーカーをぐしゃぐしゃに濡らして、ケフィの胸で泣き続けた。
 ミルドレッドも、エラも、ニナも、ガイも、それを茫然と見守った。
 更地になった辺りには、ベルの泣き声だけが響いていた。
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