第三章 ケフィ対奇跡使いと言霊使い

 ケフィとガイが家財道具の攻撃の隙間を縫うように屋敷の奥へ進んでいくと、ミルドレッドとエラとニナが身を寄せ合い、ヴィンディクタエの攻撃に耐えていた。鋏に切り刻まれ、キッチン用品に切り刻まれ、燃え盛るキッチンの熱に耐え、やけどを負いながら、傷口を汚水に汚染される。それでも声を殺して耐えるしかない。抵抗する術はない。言霊でやり返せば、倍になって帰ってくる。辛うじて殺されないのは、ベルが死なない程度に陰湿に虐めてきたからだろう。
 火の手に包まれるキッチンの隅で、ベルが腕を組んでケフィを待ち構えていた。
「ケフィ……。やはり貴方には、ヴィンディクタエは攻撃しないようね……」
 ベルはどこか悲しそうな表情を浮かべた。それは、「しくじった」という悔しさからか、はたまた、それ以外の感情からか。
「ベルさん、貴女は一体何をやったんですか?僕がいない間に何があったんですか?」
 ベルは少し思案した。ケフィを巻き込んでよい物かどうか。ケフィはいつもベルを守ってくれた。しかし、道場がこうなってしまったからには、何もかもおしまいだ。ケフィを突き放せば、ベルは悪役として葬ってもらえるかもしれない。秘めた想いは、この際犠牲にしてしまおうか。
「どうもこうもないわ。私、何もかも嫌になってしまったの。こんな人達といつまでも一緒にはいられない。だから、復讐して破壊しつくして、こんな人達葬ってしまおうかと思ったの」
 今までとは打って変わって高慢な態度をとるベルに、ケフィは軽く失望した。
「おかしいですよベルさん…。貴女が今まで耐えてきたのは、すべてこの瞬間、復讐する為だったんですか?貴女はもっと優しい人だと思っていました……」
「失望した?そうよ、だから、この惨劇を止めるには私を殺すしかないわよ。もっとも、攻撃すればするほどヴィンディクタエはカルマを蓄積してあなたに復讐するけどね」
「この言霊を止めることはできないんですか?」
「無理ね。この私にも、一度発動した言霊は止められない」
 ケフィは深くため息を吐いた。
「なるほど。じゃあ、僕にも手があります。虚無の古霊ニヒリウムよ、この復讐の言霊の力を虚無に帰し給え!」
「ニヒリウム、ですって?!」
 ケフィの背後に黒い竜の姿が過った。ヴィンディクタエの力は虚無にかき消されてしまうかに思われた。しかし。
「あれ?!何も起こらない?!」
 ニヒリウムは答えた。
「ケフィ、ヴィンディクタエの力は攻撃するものにしか行使されない。攻撃したことのないケフィには初めから力が及んでいないのだ。虚無には帰せない。儂の力を彼奴に向けるには、お前もベルを攻撃し、彼奴の注意をこちらに向けるしかない」
「そんな……ベルさんを、僕が攻撃しなくちゃいけないなんて!」
 ベルは鼻で笑った。ニヒリウムなどというから何もかも攻撃を無効化されてしまうかと思った。しかし、ケフィはその力を使いこなせていないようだ。
「驚いた。いつの間にそんな古霊を味方につけたのか知らないけれど、言霊が使いこなせないなら意味ないじゃない」
 ケフィは唇をかみしめた。やるしか、ないのか。
「ベルさん……。本当は無傷で貴女を救いたかったけど……。どうやら僕達は戦わないといけないようです」
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