第三章 ケフィ対奇跡使いと言霊使い

 アルシャインが車で街に出かけ、鍵のついた日記帳を買ってくると、テンパランスは徹夜で内容を書き写した。数十ページに及ぶその内容は、エクシティウムを使役するための言霊や、エクシティウムを封じる言霊、力を象徴するシジルなどが詳細に記されていた。
 実のところ、テンパランスもその本の内容を見たのは初めてだ。この本はテンパランスが言霊使いの修業を辞め、道場を立ち去った時に、師匠から譲り受けたものであった。師匠は言った。
「この本に耳を傾けてはなりません。この中には忘れられた破壊の古霊エクシティウムが封じられています。エクシティウムはあの手この手で封印を解こうとするでしょう。言霊使いの手に渡っては一大事です。奇跡の力で厳重に封印し、誰も近寄らせてはなりません。あなたがこの封印を守るのです」
 テンパランスはその言いつけを守り、部屋の中に一切の能力を封じる術を施し、封印を守ってきた。
 能力を封じるまじないは特殊な術法だった。イメージをパワーソースとする奇跡とも、言葉をパワーソースとする言霊とも異なり、幾何学模様の図形とモンスターの生き血を使用したものだった。テンパランスは噂に聞いたことがある。奇跡、言霊のほかに、古霊やモンスターを使役する召喚術、動物の体液やがらくたを使い、幾何学模様を描くことによって魔法を起こす魔術がこの世には存在するということを。しかし、歴史の陰に隠されたその力は、表立って宗教として確立している力ではない。
「この封印も古霊道の力を利用しているけれど、魔術が使われているわ……」
 ケフィには詳しいことを教えてはならないと感じた。きっと奇跡使いや言霊使いが触れてはいけない領域だ。知ってしまったら世界の均衡を崩してしまう。
「封印の言霊だけ伝えてあとは触れないようにしなくちゃ。ニコには今度こそ決して関わるなと説明しなければ」

 全員が集まった道場で、テンパランスはニワトリの生き血を日記帳に振りかけた。
「ケフィ」
 テンパランスの合図にケフィがうなずく。
「古の破壊の古霊エクシティウムよ、永き眠りに就け。この世の終末が訪れるその時まで、目を覚ますことのないよう、我、汝をここに封じる」
 ケフィの口から紡がれた言霊のリボンはニコに絡みつき、その身を縛り上げた。
「苦しい!助けてテンパランス様!」
「耐えて、ニコ!もうすぐよ!」
 ニコはたまらず嘔吐した。その吐瀉物とともにニコの口からエクシティウムが這い出してきて、言霊のリボンに縛られ日記帳に引きずられてゆく。
「おのれ、テンパランス、ケフィ、儂を再びこの窮屈な本に閉じ込めるか。口惜しや、口惜しや……。見ておれ、儂は必ず甦る。再びこの世を混沌に沈めてみせるぞ……」
 赤黒い光を放つ日記帳に、ずるずると引きずり込まれるエクシティウム。やがて忌まわしいその尻尾まで全て日記帳に吸い込まれると、赤黒い光は収まり、エクシティウムの恨み言も消えた。
「終わったようね。みんな、見たでしょう。この日記帳には恐ろしい力が封じられている。決して奴の声に耳を傾けてはだめよ。倉庫の奥の書庫には誰も立ち入らないように。いいわね」
 一同は深くうなずいた。
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