第三章 ケフィ対奇跡使いと言霊使い

「イオナなんか嫌いだ、ケフィなんか嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ、みんな嫌いだ……!」
 ニコの感情の高ぶりに、周囲の神々のエネルギーがスパークする。いっそ殺してしまえたらと思うが、大好きなイオナがあんなに命を助けようとした人物だ。しかも尊敬するテンパランスが禁呪でその命を生き返らせたという話を聞いたら、周囲の『ケフィを殺すな』という圧力はニコにもよくわかる。しかし、それとこの感情は別物である。ニコは思い通りにならない周囲の無理解と、自分の感情のせめぎ合いに苦しんだ。
「出てけ!出てけ!ううう~~~!」
 呪詛の言葉を呟きながら迷い込んだのは、今まで足を踏み入れたことのない屋敷の奥の倉庫だった。自閉して意識が解離していたニコは、ハッと我に返り、自分が知らない場所にいることに気付くと、パニックを起こした。
「あれ?!ここどこ?テンパランス様が入るなって言ったとこ?僕どうやってここに?」
 すると、部屋の奥の扉の向こうから、か細い声が聞こえてきた。低い、ぼそぼそと呟くような、しわがれた声。
「……誰?」
 すると、声は「その扉を開けるのだ……」と伝えてきた。
「テンパランス様がダメだって」
「構うものか、お前が欲しい力を授けよう」
「力?僕力あるよ?」
「奇跡は決まりごとが多いだろう?儂の力は無限に使えるぞ」
 声に引き寄せられ、ニコは踏み込んではいけない領域に足を踏み入れた。手を伸ばし、扉に手をかける。
「奇跡を使えばその扉は開く。念じろ」
「……開け!」
 すると、カチャリと小さな音を立てて、扉の鍵が開いた。
 恐る恐る、扉の向こうへと足を踏み入れる。真っ暗だ。一筋の光も入らない。
「光の神!」
 しかし、光の神は現れない。代わりに輝いたのは、一冊の分厚い本。赤黒い暗室のような光に包まれ、辛うじてここが書庫だとわかる。
「図書室だ」
 ニコは光の元をたどり、入り組んだ本棚の迷路を進んだ。
「そうだ、その本だ。開け。儂を開放しろ」
「こんなところでご本読めないよ」
「その封印を破きさえすればいい。本を読む必要はない。儂が全ての知識を授けよう」
 その本は、鍵付きの日記帳のような形をしているようだった。ブックカバーに鍵穴があり、小さなカギで封印されていて、開かない。
「開かない」
「では儂を本ごと外に持ち出せばいい。この中は神の力が及ばぬ禁域だ」
「わかった」
 ニコは本の帯びる薄明かりを頼りに、書庫から本を持ち出した。
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