第二章 奇跡使い対言霊使い

 ミルドレッドが戻ると、その場には血だまりしかなかった。血を引きずった跡を目で追うと、エラとニナは会場の隅でケフィを囲んでいた。その場に、いつの間にかアルシャインがいる。
「お願い、アルシャインさん、ケフィを助けて!」
「しかし、死んだ人を生き返らせる方法は……!」
「あ!ミルドレッド様!テンパランス様!」
 テンパランスはケフィに駆け寄ると、脈を確かめ、生死を確認した。確かに死んでいる。しかし、まだそんなに時間は経っていないようだ。
「いったいどうしてこんなことに?」
 テンパランスが問うと、エラもニナも「私が悪かったんだ」と自分を責め、要領を得ない。ミルドレッドが説明した。
「ベルっていう子がいてね。本当は強い子なんだけど、戦おうとしないから、喧嘩になって。それをこの子、優しいから、庇ったの。ちょうどそこに、イムンドゥスの尻尾が……。何も言えなかった。一瞬だった。だからこの子たち、自分を責めてるのよ。当のベルは、暴走してる。もう誰もあの子に手を付けられないわ」
 テンパランスは思案した。今なら助けられる。でも、でも、でも。いや、しかし。
「下がって。今からありったけの神を呼ぶわよ。静かにして」
 アルシャインは驚いて止めに入った。「生死にかかわる奇跡は禁忌だ」と、あれほどきつく言っていたのはテンパランスではなかったか。
「テンパランス様、ケフィを生き返らせるおつもりですか?無理です!禁忌だとおっしゃっていたはずではないですか!」
「そうね。禁忌よ。でも今ならまだ助かる。まだそんなに時間が経っていないわ」
 「この人は本気でやるつもりだ」と察したアルシャインはテンパランスの両肩を掴んで止めようとした。
「やめましょう。諦めましょう!彼は死んだんです!そんなことをしたらもう二度と奇跡が使えなくなるかもしれませんよ?!」
 テンパランスはアルシャインの瞳を見つめ返して言い放った。
「そうかもね。でも私たちは奇跡使いよ。何のためにこの力は奇跡と呼ばれていると思っているの?今この状況で奇跡を起こして見せずして、何が奇跡使いだというの?!私は奇跡使いよ。奇跡を起こして見せるわ」
 テンパランスはアルシャインの手を振り払うと、両掌を天にかざして、空を仰いだ。そして、すっと目を伏せると、低い声で神の名を列挙し始めた。
「火の神、水の神、風の神、土の神、光の神、闇の神、雷の神、時の神、重力の神、酒の神、愛の神、幸福の神、色彩の神、音の神……」
 テンパランスが神の名を呼ぶたびに、あたりに光が満ち、目も開けていられないほどの眩しさに覆われた。
「……命の神。彼を甦らせ給え!」
 巨大な光の手が天高く伸びてゆき、何かを掴むと、その光の塊は激しい奔流となってケフィの体へと流れ込んだ。
「誰だ?これは禁呪か?」
 奇跡使いジャッジメントは激しい光の発生源に目を凝らした。
「蘇生の奇跡か。いかん。いかんなあ。裁きの神よ、彼の奇跡使いに罰を!」
 光の奔流がケフィの中にすべて飲み込まれると、ケフィの体はビクンと大きく跳ね、やがてケフィは浅く呼吸をし始めた。と、同時に、監視の神の鋭い風刃がテンパランスに襲い掛かり、テンパランスは衣服ごと顔も体もズタズタに切り刻まれた。
「もう奇跡は使えない、か……」
「テンパランス様!」
 アルシャインは、テンパランスの肩を抱いて、彼女を気遣った。
「ケフィ?……ケフィ?」
 ミルドレッドが恐る恐るケフィの頬に触れると、ケフィは薄目を開けた。
「ミルドレッド様?テンパランス様?」
 わあっと、ミルドレッド、エラ、ニナはケフィを抱きしめた。
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