第二章 奇跡使い対言霊使い

 エラがまだ幼かった頃、近所に変質者が出ると噂になり、不要不急の外出は控えるよう注意されていた。
 しかし、幼かったエラは、親の目を盗んで外に出かけ、公園で一人遊びをしていた。
 友人たちは皆親の言いつけで外出を控えていたので、エラはいつも友人たちに遠慮して遊べなかった公園の遊具を堂々と独り占めしていた。
 そこへ、優しそうな男性が近づき、一緒に遊ぼうと声をかけてきた。
 一見優しそうな男性だったので、信用したエラは、その男性と遊ぶことにした。
 かくれんぼをして遊ぼうと誘われ、エラが物陰に隠れると、その男性は急に豹変した。
 幼いエラを押し倒し、刃物をちらつかせ、暴れると殺す、と脅され、下着を脱がされた。
 エラは幼心に、これはただの遊びではない、身の危険が迫っているのだと察した。
 泣き叫んで逃げようとしたところを猿ぐつわを噛まされ、手足を縛られ、エラは泣きながらうめくのみだった。
 そこへ偶然犬の散歩をしている近所のおじさんが通りかかり、間一髪のところでエラは助け出され、男は逃げ出した。
 エラは恐ろしいその男の顔を克明に記憶していた。そして残酷なことに、成長するにしたがって、あの当時自分が何をされ、どんな危険に晒されていたのかを知ることになった。
「いつか、殺してやる」
 エラは潔癖な性格になった。しかし、それと反比例するように、エラはどんどん魅惑的な美しい娘に成長していった。
 彼女の体が目当ての少年達から声をかけられ、からかわれ、噂をでっちあげられ、エラはどんどん男を憎悪するようになっていった。
「男なんてみんな汚い生き物だ。私の体目当ての汚い男なんて、みんな殺してやる」
 エラの憎悪に呼応するように、ある日エラは不思議な力が使えるようになった。
 エラに関わった男たちは、皆次の日には不幸な目に遭うようになった。
「私には、古霊から賜った素晴らしい力がある。もっとこの力を高めていきたい。そしていつか、誰も私に汚い手で触れないように、嫌らしい奴らを、見返してやれるように」
 斯くて、エラはミルドレッドの弟子になった。そこで、ベルに出会った。ベルは数日違いでほぼ同時に入門した最初の友達だった。
 ベルは何でも知っていた。古霊も視えたし、ミルドレッドも知らないような言霊を沢山教えてくれた。
 エラは、ベルさえいてくれたら、自分は目指す処に辿り着けると思った。
 そしてその日は来た。エラは十年ぶりに、憎き敵のあの変質者に会った。
 相手はすっかり自分のことを忘れているようだったが、自分は相手のことはよく覚えていた。少し老けたが、一見優しそうなあの風貌と、目の奥に宿る狂気の炎は見紛いようもない。
 エラはベルから教えてもらった、復讐の言霊を唱えた。唱えた瞬間は何事も起こらなかったが、翌日、新聞に、その男が惨殺されるというニュースが載った。
 エラは有頂天になり、得意げにベルに感謝した。
「貴女のおかげで憎き敵に復讐できたわ!あいつ、死んだって!あはは!もう私に歯向かう汚い男なんて存在しないのだわ!片っ端からやっつけてやるんだから!」
 そしてエラはもっと強力な言霊はないかとベルにせがんだ。ベルさえいれば地上で最強の言霊使いになれると思った。しかし、次第にベルはエラを避けるようになった。ミルドレッドにそのことを問うと、師匠は「ベルは言霊を封印し、雑用係になると言っていた」と言った。
 ベルほどの力の持ち主が力を封印し、あろうことか雑用なんて……。
 エラには、ベルが自分を軽蔑しているように見えた。それが悔しくて、エラはベルにきつく当たるようになった。ベルが耐えられなくなるほどいじめたら、彼女はまた見たこともないような言霊を使ってみせるかもしれない。そう考えて、暴行を加え続けた。しかし、ベルは何をされても絶対に言霊を使おうとしなかった。頑ななベルに、エラの苛立ちはどんどんエスカレートしていき……。
 そして今の構図があるのである。
「そうだったんだ……。あたし、全然知らなかった。誤解してた。じゃあ、ますますベルが許せないよ!なんでそんなに強いのに、言霊使わないの?」
 エラも首をひねった。
「解らない。何でよ。クソッ。ムカつくったら!なんで力を使わないの?そんなに私たちのこと馬鹿だと思ってるの?」
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