第二章 奇跡使い対言霊使い

 それは独白だったのだが、たまたまそばを通りかかったアルシャインが耳にして、心臓が口から飛び出そうなほど仰天した。
 アルシャインは、自分の心を見透かされたような気がしたのだ。
「えっ……!ふ、深い理由はありません!僕はあなたの弟子ですから!」
 反射的にそう言い訳して、今度はテンパランスが驚いた。
「貴方、いつからそこにいたの?」
「えっ?」
「わ、私、ただ、独り言を言っただけなのだけれど」
「えっ?す、すみません……」
 アルシャインは口元を覆って部屋から出ていった。取り残されたテンパランスも、珍しく顔を真っ赤に染めて、彼の消えた扉の向こうを、呆然と見つめていた。
「私、何も誤解されるようなこと言ってないわよね……?」
 独りになれそうな場所まで逃げてきたアルシャインは、壁にもたれて盛大に溜息をついた。
「独り言だったのか……。つい反応してしまった。僕も馬鹿だなあ」
 アルシャインは、テンパランスに惚れていた。しかし、戒律があるため、いつもその気持ちを押し殺していた。平常時はテンパランスをなるべく女だと思わないことにしていたし、尊敬する師匠として一心に彼女を信じ付いてきた。
 しかし、不意に心乱れることもある。気を抜けば溢れ出しそうになる、彼女への想い。
「落ち着け。また罰が下る。今奇跡使用不可になるわけにはいかないんだ」
 誰にも明かさなかったが、彼は時々テンパランスへの気持ちを抑えることができなくなり、監視の神から罰を受けていた。理由はいつも何かと誤魔化してきたが、彼が顔に傷をつけてくるときは、いつもテンパランスへの自制心が抑えられなくなった時だ。
「僕までテンパランス様の元を離れるわけにはいかない。あの人を独りにするわけにはいかない。耐えろ、落ち着け」
 彼は壁に背を預けたまま、自分の体を抱きしめ、平常心を取り戻そうと、ずるずるとしゃがみこんだ。

「はー、疲れたなあ。肩痛い……」
 洋服のアイロンがけに疲れて一休みしていると、それを手伝っていたニコが彼女を気遣った。
「痛い?」
「うん、肩が痛い。ちょっとね」
「治してあげる。命の神!」
 ニコはイオナの痛みがなくなることを願って奇跡を使った。
「わ!体が軽くなった!治ったよ、ありがとうね、ニコ」
 ニコは得意げにニコニコ笑った。
 ニコはすっかりイオナに懐き、イオナのためにその奇跡の力を揮った。最初のころは力が強すぎて失敗ばかりだったが、彼が力のコントロールを真剣に努力するようになったのは、彼女の役に立ちたいと願ったことが大きい。イオナもまたそれが解るから、イオナもニコを特別可愛がった。
 同い年とは思えないほど無邪気で子供っぽいニコは、イオナにとっては弟のような存在になっていた。
「よしよし、いい子」
 イオナはご褒美とばかりにニコの頭を抱きしめた。ニコもそれに甘えてイオナの胸に顔をうずめる。
 ニコは、イオナの為なら何だってできると思っていた。いつまでも彼女の愛を独り占めしていたい。その為なら何だってしてあげたい。ニコは今日もイオナの手伝いを頑張っていた。
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