第二章 奇跡使い対言霊使い
「感情なんていらない。感情は、私を狂わせる。感情なんてなくなってしまえばいいのに」
テンパランスがまだ「ララ」という名の一人の少女だったころ、彼女の両親は幼い彼女を厳しくしつけた。父は規律に厳しい一流私立校の教師だった。厳格な父で、母も使用人もララも、誰も彼には逆らえなかった。
ララが我侭を言って泣けば、凍える寒空の下、泣き止むまで玄関から締め出した。おいたをすれば焼けた火箸を腕に押し付けてきた。言うことを聞かないとすぐ殴った。
少女はいつの間にか、人形のように心を閉ざし、親にとって都合のいい大人しい子供になった。
彼女は、どうすれば親の怒りを買わずに済むか、それだけを考えるようになった。
グレて親に迷惑をかけてやろうという反抗心が芽生える方向には育たなかった。彼女はただ、親の愛が欲しかった。親に褒めてもらいたかった。親の期待に応えたかった。
しかし、彼女が十代半ば、中学に上がったころ、父がララとそう変わらない年齢の少女と不倫をして教職を解雇された。
母親とララの受けたショックは計り知れなかった。母は父と離婚し、ララを引き取った。
あんなに真面目で厳しかった父が不貞をはたらいたことは、ララの「認めてほしい」という気持ちを裏切り、彼女の心に深く影を落とした。彼女は恋愛や肉体関係に対してひどく潔癖になり、友人たちがしきりに話したがる恋の話に嫌悪感を抱くようになった。
そんなララにも、初めて好きな人ができた。クラスメートの少年。彼女は葛藤した。恋愛なんて大嫌いだ。その先に待っているのは、あの汚らしい肉体関係しかないのだから。
しかし少女も若かった。その少年のことを考えると、どうしようもなく熱くなる。
ある日、もうどうなってもいいとさえ思えた彼女は、少年に告白しようとした。すると、一陣の風が彼女の肌を傷つけた。
「色欲に負けてはならぬ。お前は、選ばれし女なのだ」
肉体無き高次の存在が、彼女を厳しく叱りつけた。雷に打たれたような衝撃だった。
厳しかった両親に歯向かって罰を受けて、心を閉ざした彼女。その彼女の心の氷が溶け始めたところへ、今度は神から罰を受けた。
神の声に何かを悟った彼女は、氷のように冷たい女になることを誓った。
テンパランスは、そんな半生を思い返していた。あの時、誰も好きにならないと誓った。欲に負けて堕落しないと誓った。はずなのに。
アルシャインが不意に彼女の手を握って、貴女を守ると言ってくれたから。テンパランスの心は揺れていた。
アルシャインに初めて出会った時のことをよく覚えている。真面目そうで、優しそうで、うまくやっていけそうな気がしていた。あれから何年たっただろう。彼は、テンパランスに惚れて彼女に乱暴をはたらこうとした門下生たちから、いつも彼女を守ってくれた。そう、いつだって彼は、テンパランスを守ってくれた。それでいて、決して彼女に触れようとはしない。
「アルシャイン。あなたは何を考えて、いつも私のそばにいるの?」
テンパランスがまだ「ララ」という名の一人の少女だったころ、彼女の両親は幼い彼女を厳しくしつけた。父は規律に厳しい一流私立校の教師だった。厳格な父で、母も使用人もララも、誰も彼には逆らえなかった。
ララが我侭を言って泣けば、凍える寒空の下、泣き止むまで玄関から締め出した。おいたをすれば焼けた火箸を腕に押し付けてきた。言うことを聞かないとすぐ殴った。
少女はいつの間にか、人形のように心を閉ざし、親にとって都合のいい大人しい子供になった。
彼女は、どうすれば親の怒りを買わずに済むか、それだけを考えるようになった。
グレて親に迷惑をかけてやろうという反抗心が芽生える方向には育たなかった。彼女はただ、親の愛が欲しかった。親に褒めてもらいたかった。親の期待に応えたかった。
しかし、彼女が十代半ば、中学に上がったころ、父がララとそう変わらない年齢の少女と不倫をして教職を解雇された。
母親とララの受けたショックは計り知れなかった。母は父と離婚し、ララを引き取った。
あんなに真面目で厳しかった父が不貞をはたらいたことは、ララの「認めてほしい」という気持ちを裏切り、彼女の心に深く影を落とした。彼女は恋愛や肉体関係に対してひどく潔癖になり、友人たちがしきりに話したがる恋の話に嫌悪感を抱くようになった。
そんなララにも、初めて好きな人ができた。クラスメートの少年。彼女は葛藤した。恋愛なんて大嫌いだ。その先に待っているのは、あの汚らしい肉体関係しかないのだから。
しかし少女も若かった。その少年のことを考えると、どうしようもなく熱くなる。
ある日、もうどうなってもいいとさえ思えた彼女は、少年に告白しようとした。すると、一陣の風が彼女の肌を傷つけた。
「色欲に負けてはならぬ。お前は、選ばれし女なのだ」
肉体無き高次の存在が、彼女を厳しく叱りつけた。雷に打たれたような衝撃だった。
厳しかった両親に歯向かって罰を受けて、心を閉ざした彼女。その彼女の心の氷が溶け始めたところへ、今度は神から罰を受けた。
神の声に何かを悟った彼女は、氷のように冷たい女になることを誓った。
テンパランスは、そんな半生を思い返していた。あの時、誰も好きにならないと誓った。欲に負けて堕落しないと誓った。はずなのに。
アルシャインが不意に彼女の手を握って、貴女を守ると言ってくれたから。テンパランスの心は揺れていた。
アルシャインに初めて出会った時のことをよく覚えている。真面目そうで、優しそうで、うまくやっていけそうな気がしていた。あれから何年たっただろう。彼は、テンパランスに惚れて彼女に乱暴をはたらこうとした門下生たちから、いつも彼女を守ってくれた。そう、いつだって彼は、テンパランスを守ってくれた。それでいて、決して彼女に触れようとはしない。
「アルシャイン。あなたは何を考えて、いつも私のそばにいるの?」