第二章 奇跡使い対言霊使い

 いよいよ第一次予選の日がやってきた。第一次予選は地区予選だった。国営放送はブルギス国を五つの地区に区分けし、各地区で一番大きな運動施設でモンスターと戦わせるという。
 テンパランスとミルドレッドのいる第一区では、腕自慢の能力者たちが挙って参加した。
 競技場のグラウンドに集められた参加者たちは、大会役員から説明を受けた。しきりにハウリングする拡声器からの声ではいまいちよく聞き取れなかったが、数チームずつランダムに選出してグループを作り、グループごとに一体ずつモンスターと戦い、戦闘不能者の少なかったチームが勝ちあがるというシステムだった。
 戦うモンスターの名が公表されると、能力者たちの一部にどよめきが起こった。
「あ、アディペムンドゥですって……?」
 テンパランスの表情が凍り付き、口元を覆って慄くのを見て、アルシャインは驚いた。
「テンパランス様、ご存じなんですか?」
「怠惰の古霊、ピグリティウスの眷属よ。アディペムンドゥが司る言霊で呪いをかける言霊使いもいるわ。古霊に次ぐ高次の存在よ。面白半分に闘っていいモンスターじゃない」
 その話を理解しているわけではないようだが、ニコもまた、神々が騒ぐのを聞いて、落ち着かない様子だった。
「すごく怖い奴がいる。テンパランス様、やばいよ。神様達が騒いでる」
「そ、そんなものと戦うなんて……!」
 奇跡使いたちにはピンとくるものが少なかったようだが、言霊使いたちは事の重大さがわかる分、大ブーイングが起きた。
「腕に自信のない方はこの時点で棄権していただいて結構です」
 そうアナウンスがされると、プライドを刺激された人々は急に大人しくなった。この時点でおめおめと帰っては恥ずかしくて仕事が続けられない。
 各団体の代表者が抽選会に参加すると、テンパランス達は三組目の順番だった。
 順番待ちの参加者たちは競技場外の広場で待機させられる。
「頑張って下さいね皆さん。私、上から応援してます」
 そう言ってイオナは観客席に駆けていった。
「大丈夫かしら……。アディペムンドゥなんて、私、本でしか見たことがないわ」
 いつも冷静で、どんなモンスターと対峙しても強い姿勢を崩さないテンパランスが、珍しく怯えている。アルシャインは、その姿に、普段あまり意識しないようにしていた女性らしさを感じ、不謹慎ながらきゅっと胸が締め付けられた。
(テンパランス様も一人の女性だ。心細くなることもあるだろう。ここは僕がしっかりしなくては)
 アルシャインは左手を差し出しテンパランスの右手をぎゅっと握った。
「大丈夫です、テンパランス様。あなたは僕が守ります」
 不意に真剣な強い眼差しに見つめられ、大きな逞しい手に握られ、テンパランスの心がぐらりと揺れた。
(いけない!)
 テンパランスは反射的に目を逸らし、握られた手を振り払った。
「ええ、貴方は援護に回ってください。ニコと私が主力となって前線で戦います」
 冷静さを装ってそう命令したが、テンパランスの心は早鐘を打っていた。
(落ち着きなさい、落ち着くのよテンパランス!)
 彼女は必死に自分の心を叱責して落ち着かせようとした。心がぐらついたのが監視の神に悟られでもしたら、戦う前から戦闘不能になってしまう。
「そうですね、ニコもいるんですから、負けませんよ、僕達は」
 アルシャインは、テンパランスのいつも通りの冷たい反応にホッとしつつも若干の寂しさを感じながら、気分を変えようとニコの肩を掴んだ。
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