第四章 奇跡使いと言霊使いの恋

「え?」
 ミルドレッドは驚いて再びフェンスにしがみついた。突然のプロポーズ。このタイミングで?
「ミルドレッド、すまん、まだ指輪の準備はしてない。だが、お前が生きるというなら俺と結婚しよう。もう浮気なんかしない。一生お前さんを支える。約束だ。だから、死なないでくれ」
 クリスも警察も野次馬も、そしてミルドレッドも、吃驚仰天である。しかし、屋上にいた野次馬がそれに続けた。
「そうだ!!このお兄さんもそういってるじゃないか!生きてればいいことある!!生きろ!!帰って来い!!」
 その声に触発されて警察も他の野次馬もガイとミルドレッドを応援した。こんなに沢山の人に、生きることを応援されている。それはミルドレッドの絶望に凍り付いた心を溶かした。
 クリスの言霊は、「ミルドレッドが人生を悔やみ、己の罪を懺悔して絶望の海に落ちるように」祈っていた。「絶望的な運命」ではあったが、決して「不幸な最期」を願ったわけではなかった。結果的に不幸な最期が訪れればいいと計算していたが、紡がれた言霊は、あくまで「絶望的な」運命である。
 とある伝承に、絶望の詰まった箱があったという。ある時その箱を開けたものがいた。すると、箱の中からあらゆる絶望が飛び出し、世界は絶望に包まれた。しかし、箱の奥底に一つの小さな光があった。それは希望だった。
 絶望とは、たった一筋の希望があれば、状況を好転することができる。希望を失わなければ、どんなに絶望的な運命でも、道は拓けるのである。この場合は、ガイがミルドレッドの唯一の希望だった。ファトゥムのもたらした絶望を、ガイの変わらぬ愛が打ち破ったと云えよう。
「ガイ……。あたしと、こんなあたしと、結婚してくれるの?」
「ああ。愛してるよ、ミルドレッド。昔から、ずっとな」
「解った……。結婚して。あんたとなら、生きる」
 ギャラリーがわあっと歓声を上げた。皆が二人を祝福した。ミルドレッドはフェンスをよじ登り、ガイの胸に飛び込んだ。
「ミルドレッド。ひやひやさせんなよ」
「愛してる。ガイ」
 ばつが悪くなったクリスはそそくさと逃げ出した。こんな時に言霊を盛大に失敗してしまった。やはりミルドレッドが絡むとクリスは言霊を上手く扱えないと痛感する。
「何よ。何よあれ。私があいつを幸せにする手伝いしたみたいじゃない!」
 クリスは深夜も営業している酒場に入ると、朝まで浴びるように酒を飲んだ。
「覚えてらっしゃいミルドレッド!!いつか絶対もっと不幸にしてやる!!」

 その後はとんとん拍子に工事が進み、天候にも恵まれ、何のアクシデントもなく屋敷が完成した。
「ミルドレッド様、これが新しいお屋敷なんですね!素敵です!!」
「わあー!!新築のいい匂い!!あたしどこの部屋にしようかなあ!!」
 エラとニナが奪い合うように部屋を見て回る。今度の屋敷は、ケフィとガイの同居にも配慮している。
「どう?気に入った?」
「勿論!!」
 弟子たちが口を揃えて答えた。そして、新居の初めての夜、盛大にパーティーを行った。新築祝いと、ガイとミルドレッドの婚約祝いだ。
「ミルドレッド様、ガイさん、ご婚約おめでとうございます!!」
「ありがとう。近いうちに記者会見しなくちゃね」
 すると、耳敏いニナが掴んだ情報を教えた。
「そういえばテンパランス様もご婚約されたそうですよ。明後日、記者会見するとか」
「えー?ほんとに?クッ、先を越されたわ。ガイ!明々後日に会場押さえて!!」
「イエス、マ・ム!明日早速準備してくるぜ!」
 ミルドレッドとガイは、最大のライバルであるテンパランスとアルシャインの婚約会見に、大きな花束を持って駆け付けた。
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